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3万冊の蔵書に包まれる旅。長野・茅野〜蓼科を味わうための6冊の本。後編June 26, 2026
信州八ヶ岳山麓の茅野と蓼科は、古代よりさまざまな人や生き物、そして作家や歌人、映画監督などの文人たちをも惹きつけた、魅力ある土地。茅野在住の生活芸術家、ひがしちかさんの案内で、自然の恵みを実感し、活字のシャワーを浴びるように"知"の豊かさを味わいに行く。
この記事は後編です。前編はこちらから。 17のスポットを紹介する中編はこちらから。

営みに必要なものは古くから八ヶ岳の自然がもたらした。
茅野の自然に触れて、生きるための〝知〞について考えるようになったひがしさんは、2022年に傘ブランド〈コシラエル〉を畳んだ後、見よう見まねで野菜や米づくりを始めた。耕作で迷いがあれば、無農薬野菜を扱う『おかげさま農園』の阿部智子さんのもとへ。
「智ちゃんは私の農作業の先生。無農薬で作物を育てるのは大変なのに、彼女がそれを楽しそうにやっているのを見ると嬉しくて。また、自然食品と量り売りの店『イツトクル』の(高林)愛佳ちゃんも、環境に配慮しながら自然食品を扱うのは簡単ではないのに、一人でお店を笑顔で切り盛りしている。お客さんも急かさずにちゃんと待つんですよね」
畑仕事をしている時間が本当に幸せと話すひがしさん。土を触るだけで、爪にまで入ってくる細かさや独特の匂いなど、発見の連続。
「お米、野菜、ハーブ、空気、水、土……植物を通して知るあらゆることには、人間が生きるための知恵が凝縮されています。必要なものはすべて自然から与えられていて、身の回りに揃っているんです」
同様に薪割りも新しい発見に満ちた作業。その知識について書かれた『薪を焚く』からは、技術以外にもさまざまなことを得た。「茅野に来た当初は薪ストーブを焚くのに薪や火の扱い方に試行錯誤。でも薪を無心に割っていると癒やされるというか、メディテーション効果があるんです。縦に割った木の断面に、宙から見下ろした地上絵みたいな景色を見つけるのは、割った人にしかわからない。そういう体験は唯一無二です」
山や森、川が生んだ自然の恵みは、どうやら1万年以上前に生きていた縄文人たちも呼び寄せたらしい。茅野には数多くの縄文遺跡があり、住みやすい土地だったのではと推測されるという。縄文中期の尖石(とがりいし)遺跡などから発掘された、たくさんの土器や土偶は、『茅野市尖石縄文考古館』で見ることができる。
「『土の中からでてきたよ』は考古館で見つけた本。縄文人は言葉を持っていなかったのに、風や木、水や草などと通じ合うことができたらしいんです。ここに来ると、無言のままにそういう素晴らしさを教えてくれている気がして。縄文人の持つ自然に近しい部分、平和な精神に心惹かれます」
知人が茅野に来ると必ず連れていくというのが『神長官守矢史料館』。ここは諏訪大社上社の神長官を勤めた守矢家の史料を集めた施設で、ひがしさんが20代の頃から持っている『日本の神々』に掲載されている。
「ところが載っていることをすっかり忘れていたんです。本を貸した友達から教えられて、再読したらすごく良くて。昔読み飛ばしたページの場所に今住んでいる不思議を感じます。本は読むタイミングによって受け取り方も心に響く箇所も変わるし、過去の自分とつながることができる。素晴らしいことです」
20代ではあまり響かなかったけれど、今はここに年間20回以上は訪れる。
「神様とは何かを知りたくて『日本の神々』を買った記憶がありますが、今は自然こそが神かなという気がします。この本で白洲正子が『私の中のあれ』というエッセイに、野生では消えてしまったリンドウが、晩秋の木漏れ日の中で咲いているのを見つけ、拝みたくなった、と書いています。私はその気持ちがわかると思ったんです。手を合わせたくなるほどの『ありがとう』という感謝の気持ちが」
行きつけの店のどこに入っても、ひがしさんは店の人に「ありがとねー」と歌うように言う。その清らかな感謝の声は、人々にも茅野の豊潤な自然にも伝わっているに違いない。
自然が多くの"知"を内包する、茅野・蓼科を味わうための6冊。
『ポケット詩集』 田中和雄 著(童話屋)

子どもの本を出版する童話屋のロングセラーシリーズ第1巻。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」、石垣りんの「表札」、茨木のり子の「自分の感受性くらい」など、詩人27人の代表作を選んで収録。ひがしさんが何度も読み返すのは真壁仁の「峠」。峠や道などから想像を広げ、旅や人生になぞらえていく。
『日本の神々』 白洲正子、堀越光信、野本寛一、岡田莊司 著(新潮社)

京都の松尾大社や奈良の薬師寺などの普段見ることのできない神像や、信仰の対象となってきた山や磐座(いわくら)、木などを写真で紹介。目を引くのは、主に神社で伝えられてきた神に供える神饌(しんせん)。土着的ともいえる独特の儀式は、無宗教といわれる日本人にとって神とはどういう存在なのかを考えさせる。
『野鳥の図鑑 にわやこうえんの鳥からうみの鳥まで』薮内正幸 作(福音館書店)

図鑑が好きというひがしさんが、茅野に来て野鳥の多さに気づき手に入れた本。普段見られる野鳥を中心に、庭や公園、草原、山や林、川や沼、海という生息環境別に分けてイラストで掲載。235種の野鳥を調べることができる。「鳥を見て、体の形や羽の色、鳴き声で名前がわかると嬉しいものです」
『薪を焚く』 ラーシュ・ミッティング著 朝田千惠 訳 (晶文社)

寒冷地の人にとって薪焚きは生活に欠かせない技術。薪材の選び方、薪割りの道具、貯蔵の際の積み方、乾燥の手順、薪ストーブの選び方など、薪焚きに必要な方法論を語る。ノウハウ以上に伝わるのは、薪焚きはノルウェーの人々の文化の一部であり、アイデンティティをも表すものだということ。
『八ヶ岳の食卓 簡素でおいしいレシピ 美しく愛しい普通の一日』 萩尾エリ子 著 (西海出版)

萩尾さんが1992年から4年間、地元新聞に連載したレシピとエッセイ220編を一冊に。八ヶ岳山麓の暮らしや日常の出来事を、野菜やハーブを使った料理のレシピとともにつづる。「移住してから手に入れた本。年ごとに章が分かれているので、季節の移り変わりに合わせて、少しずつ読んでいます」
『土の中からでてきたよ』 小川忠博 著(平凡社)

ユニークな表情、変な形。「こんな面白い土器があったのか」と素直な驚きがわきあがる。全国各地の縄文遺跡から出土した遺物に、子どもでも興味が持てるようウィットに富む言葉を添えた、縄文の入門的写真集。石を叩いて作ったヤジリや焦げ跡のついた石など、古代の人間たちが生きた証しに感動。

電車の場合、東京方面からJR新宿駅で特急あずさに乗車、約2時間で茅野駅着。名古屋方面からはJR名古屋駅で特急しなのに乗車、塩尻駅で中央本線に乗り換えて約2時間30分で茅野駅に到着。車の場合、東京・調布ICから中央自動車道で約2時間10分で諏訪ICより茅野市内へ。大阪・吹田ICから名神高速道路、小牧JCTから中央自動車道で約4時間で諏訪ICに到着。茅野市内や蓼科は車やレンタカーで回ると便利。

ひがしちか生活芸術家
1981年長崎県生まれ。2010年、一点ものの日傘屋として〈コシラエル〉を立ち上げる。2022年閉業。現在は茅野市のアトリエで絵を中心に作品を制作し、生活芸術という言葉を基点に活動中。著書に『傘の素』『コシラエルとはなんだったのか』(ともにHeHe)などがある。
photo : Masako Nakagawa illustration : naohiga text : Akane Watanuki


































