美しい暮らしのある、日本の町を旅する

長野・松本で成熟した暮らしの文化と美しい山並みを堪能する。__前編July 15, 2023

城下町だった面影を残し、長い歴史と守られてきた伝統、そこに新しい文化が加わった土地、松本。文化が成熟している町のゆとりと、信州の澄んだ空気と山並みの美しさが相まって、さまざまな表情が垣間見える。その魅力に惹かれ移住した古物店『guild Bekkan(ギルド ベッカン)』の店主・中島孝介さんがおすすめする楽しみ方とは。

Landscape_北アルプス連峰や安曇野を一望、 町近くの憩いの場、アルプス公園。

松本 guild Bekkan 旅 中島孝介
松本駅から車でおよそ15分、松本市街地の北西部の丘陵にあり、城山公園の北の尾根続きに位置する松本市アルプス公園(松本市大字蟻ケ崎2455‒11)。総面積71.1ヘクタールの広大な土地に、展望台や小さな動物園、音楽広場など、子どもから大人まで野山と自然を楽しめる公園になっている。「散歩で行くととても清々しい気持ちになって、浄化される感じというか。いわゆる大自然の場所に出かけていけば同じような体験はできるかもしれないですけど、比較的町の近くで自然を感じられるという貴重な場所です」。写真の景色はピクニック広場からの眺め。2500m級の北アルプス連峰の美しい山 並みを望める。その下に広がるのは安曇野の景色。

Craftwork_松本の新しいものづくりを感じる 『10㎝』と『犬飼眼鏡枠』。

木工デザイナー三谷龍二さんが営むギャラリー兼ショップ『10㎝』
(松本市大手2‒4‒37)。金、土、日、祝日と週末のみのオープン。龍二さんの作品の他、器やアクセサリー、衣類なども扱う。「年に2 回、作家の個展、食やワークショップなどのイベントも年に数回開催しています」と妻の順子さん。
木工デザイナー三谷龍二さんが営むギャラリー兼ショップ『10㎝』 (松本市大手2‒4‒37)。金、土、日、祝日と週末のみのオープン。龍二さんの作品の他、器やアクセサリー、衣類なども扱う。「年に2 回、作家の個展、食やワークショップなどのイベントも年に数回開催しています」と妻の順子さん。
陶磁器のような普段使いの木の器をはじめ、漆の伝統色に「白漆」を加えた漆器が特徴の三谷さんの器は、佇まいの美しさと高い機能性を併せ持つ。
陶磁器のような普段使いの木の器をはじめ、漆の伝統色に「白漆」を加えた漆器が特徴の三谷さんの器は、佇まいの美しさと高い機能性を併せ持つ。
眼鏡フレームのデザインと製作を手がける『犬飼眼鏡枠』(松本市城西1‒4‒1)。サンプルは21型100種類以上。フィッティングでは、一人ひとりの鼻や顔幅、耳の位置に合わせて微妙なサイズ調整を施す。
眼鏡フレームのデザインと製作を手がける『犬飼眼鏡枠』(松本市城西1‒4‒1)。サンプルは21型100種類以上。フィッティングでは、一人ひとりの鼻や顔幅、耳の位置に合わせて微妙なサイズ調整を施す。
福井・鯖江で活動後、地元に戻った店主の犬飼厚仁さんは「使いやすい機能を持ちながら、手の跡を感じられるものを作りたい」とすべて一人で製作。「店は日曜日のみ、納期は1 年半後。犬飼さんの一貫したものづくりが人気を集めています」と中島さん。
福井・鯖江で活動後、地元に戻った店主の犬飼厚仁さんは「使いやすい機能を持ちながら、手の跡を感じられるものを作りたい」とすべて一人で製作。「店は日曜日のみ、納期は1 年半後。犬飼さんの一貫したものづくりが人気を集めています」と中島さん。

Culture Spot_国内外で集めたさまざまな古物に 新たな美しさを見いだす『guild Bekkan』。

北海道根室市にある古物店『guild Nemuro(ギルド ネムロ)』の別館として2019年にオープンした『guild Bekkan』(松本市大手1‒3‒24)。店主・中島さんの個性とセンスが全開の店には、ル・コルビュジエがこよなく愛した「ランプ・グラ」の照明や18世紀のフランスのワイングラス、アノニマスなオブジェや道具などが揃う。「惹かれる感覚は具体的には形容し難いのですが、背景を調べるとやはりユニークなものが多い。よく見ると何かズレてる、一箇所だけおかしい、でもトータルのバランスが美しい、そんなものが好き」と中島さん。
北海道根室市にある古物店『guild Nemuro(ギルド ネムロ)』の別館として2019年にオープンした『guild Bekkan』(松本市大手1‒3‒24)。店主・中島さんの個性とセンスが全開の店には、ル・コルビュジエがこよなく愛した「ランプ・グラ」の照明や18世紀のフランスのワイングラス、アノニマスなオブジェや道具などが揃う。「惹かれる感覚は具体的には形容し難いのですが、背景を調べるとやはりユニークなものが多い。よく見ると何かズレてる、一箇所だけおかしい、でもトータルのバランスが美しい、そんなものが好き」と中島さん。
有名無名にかかわらず、ヨーロッパ、中東、日本など世界各地から心に留まるものだけを集めている。根室に縁ある作家の現行品も。
有名無名にかかわらず、ヨーロッパ、中東、日本など世界各地から心に留まるものだけを集めている。根室に縁ある作家の現行品も。

Food_ 新鮮な信州野菜を使った体に染みる イタリアン『クチネッタにし村』。

中町通り近くにあるイタリア料理とワインの店『クチネッタにし村』(松本市中央3‒5‒2)は、信州の地野菜をたっぷりと使った季節の料理に定評がある。オーナーシェフの西村祐介さんと妻のみどりさんはともに愛知・名古屋出身だが、野菜も水もおいしい松本に惹かれて移住、この地で店をオープンした。ランチもディナーもおすすめという中島さん曰く「食材が厳選されてて、たくさん食べても胃もたれしない。テイクアウトのランチBOXもおすすめです」。しらすと地野菜のアンチョビソーススパゲティ¥1,550、グラスフェッド牛のグリル¥2,300。
中町通り近くにあるイタリア料理とワインの店『クチネッタにし村』(松本市中央3‒5‒2)は、信州の地野菜をたっぷりと使った季節の料理に定評がある。オーナーシェフの西村祐介さんと妻のみどりさんはともに愛知・名古屋出身だが、野菜も水もおいしい松本に惹かれて移住、この地で店をオープンした。ランチもディナーもおすすめという中島さん曰く「食材が厳選されてて、たくさん食べても胃もたれしない。テイクアウトのランチBOXもおすすめです」。しらすと地野菜のアンチョビソーススパゲティ¥1,550、グラスフェッド牛のグリル¥2,300。
西堀公園近くで10年半営業した後、現在の場所に移転。席数はテーブルとカウンターで11席。
西堀公園近くで10年半営業した後、現在の場所に移転。席数はテーブルとカウンターで11席。

The Guide to Beautiful Towns_松本

町に根付く暮らしの文化、個性溢れる店主に会いに。

 松本には暮らしを彩る文化が根付いている。それは旅であれ、短期間の滞在であれ、この土地に足を運べばよくわかる。戦国時代末期と江戸時代、異なる時代にわたり築造された松本城を中心に、蔵が並ぶ中町通り、女鳥羽川(めとばがわ)を挟んで、長屋造りの店が続く縄手通りなど城下町の面影が色濃く残る中心部。その近くには、明治時代に造られた日本最古の学校の一つ、旧開智学校や大正期に開校した文部省直轄学校の旧制松本高等学校の歴史的建造物が点在する。学校を招致するなど、昔から教育に力を入れる土地でもあった。昭和になると、柳宗悦らが提唱する民藝思想に影響を受けた松本出身の丸山太郎が、戦後の信州松本の民藝運動の中心的な担い手となり、1962年に松本民芸館を開館。以来、松本は〝民藝のまち〞としてもよく知られるようになった。ここ最近では、現代的なライフスタ
イルを軸とした店も増えており、移住者が多いのもこの町の懐の広さを表している。つまり松本という場所は、長年にわたり歴史や伝統を大切にしながら、外からの影
響も柔軟に受け入れ、自分たちの暮らしの質を上手にアップデートしてきた土地だといえる。

 松本に10代の頃から馴染みがあったという『guild Nemuro(ギルドネムロ)』の店主・中島孝介さんは、2019年、2号店となる『guild Bekkan(ギルドベッカン)』を市内にオープンした。

「都会すぎず、田舎すぎず、バランスがいい場所だなと思います。実家が近いこともあって、昔からよく知ってはいた土地でしたが、実際に生活してみたら文化度が高く、感性の高い人たちが多く集まっているのも特徴ですね」

 音楽、映画、演劇、アートなど、さまざまな文化に触れる場所や機会も多く、クラフト関連のイベントも頻繁に開催される。

「昔から暮らしの文化がきちんとあるんでしょうね。それを感じたのは松本民芸館に行ったとき。素朴な器だったり、味がある家具だったり、洗練されすぎてない、奇を衒っていない日常の中の道具にたくさん触れることができた。ここにあるものは国内外から集められたものだけど、松本という地で民藝が受け入れられたことがわかる気がします。僕自身、海外に行って蚤の市でものを選ぶときにもその見方は多少なりとも影響を受けていて勉強になっています」

 今回、中島さんがお薦めしてくれた店は、ジャンルこそバラバラだが、扱うものに対する愛情の深さやどういう店でありたいかという考えが近い人たちが多い。

「わかりやすくいうと、金儲けしたいという俗物的なことではなく、ピュアなんです。みなそれぞれ純粋に、真面目に商売をしている感じがある。例えば『犬飼眼鏡枠』の犬飼さんは、眼鏡作りへのこだわりに本当に驚愕します。日曜だけが営業日で客がオーダーできる日ですが、それ以外の日はすべて製作に充てている。一からすべて作るからフレームは1年半待ち。眼鏡をすべて一人で作る。〝真摯に作りたい〞という気持ちが伝わってきて、それは実際に犬飼さんが作るものに表れていると思います。『クチネッタにし村』の料理もまた、西村祐介さん、みどりさん夫妻の人柄がそのまま料理に表れている。ただ〝おいしい〞だけでなく、体に染みるというか、また食べたいという気持ちになる店なんですよね」

 他にも週末しか開いていない、木工作家・三谷龍二さんが手がける現代の生活工芸を扱うギャラリー兼ショップ『10㎝』や、あえて町中から外れた場所でやっている店主、中川美里さんの選書がユニークな書店『本・中川』、最近オープンしたスタイリスト荻野玲子さんのヴィンテージショップ『REVONTULI(レヴォントゥリ)』など、自分たちのやり方
を貫くスタンスがいいと中島さん。

「無理のないことが店の個性に繋がっているのかもしれないですね。周りの顔色を気にしすぎない。迎合しない。周囲に流されていない方たちが多い。東京では難しいと思われる店のスタイルも松本では許される。受け入れてくれる環境や風土もあるのかなと思います」

 それぞれマイペースだからなのか、町中を歩いていてもどこかゆとりが伝わってくる。そんな松本を旅で訪れたときの楽しみ方は?

「中心地はコンパクトなので、徒歩で巡るのもいいですが、僕はレンタサイクルを借りて、少し行動範囲を広げるのが面白いと思います。そうすると『本・中川』や『REVONTULI』など、中心部から少し離れている、いい店にもアクセスしやすくなる。遠くにアルプスを望みながら走ったり、川沿いで風を感じながら走ったり。ちょっとした自然に触れながら面白い場所を巡れる。町と自然との距離が近いので、その気持ちよさをぜひ楽しんでほしいと思います」

中島孝介 『guild Bekkan 』店主

長野県出身。東京の書店『リムアート(現POST)』を経て、2013年に北海道・根室で古物を中心としたセレクトショップ『guild Nemuro』をオープン。2019年には松本に『guild Bekkan』を構え、現在2拠点で生活する。

中島孝介
 
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新宿駅から松本駅までJR特急あずさ号で約2時間40分。東京駅からは北陸新幹線で長野まで行き、JR篠ノ井線に乗り換え。松本行きのバスも都内各所から毎日運行している。中心街へはタクシーかレンタカーの他、松本駅から出ている周遊バスで。中心街は徒歩でも回れる。公共のレンタサイクルもあり。

この記事は松本を旅した前編です。後編はこちら

photo : Tomoyo Yamazaki illustration : Jun Koka edit & text : Chizuru Atsuta

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