日本の美しい町を旅する。

北海道・札幌で自然とともに生きる人々が紡ぐ文化に出合う。__前編July 10, 2024

その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪れたのは日本で4番目の人口規模を誇る札幌市。でも歩いてみると、どこかのんびりとした空気が流れている。今回の案内人でレストラン『グリ』を営む小野理恵子さんにとってこの町は「いい意味で頑張りすぎず、それぞれ個人の”好き”を表現できる場所」。同じ思いを持つ人々が集う、大好きなスポットを聞いてみた。この記事は札幌を旅した前編です。後編はこちら

Landscape_山々に見守られ、四季折々の花が咲く。時季によって表情が変わる『大通公園』。

山々に見守られ、四季折々の花が咲く。 時季によって表情が変わる『大通公園』。
札幌のランドマーク『さっぽろテレビ塔』(札幌市中央区大通西1)からは山に向かって延びる『大通公園』(中央区大通西1〜12丁目)が見える。1871(明治4)年に市街を南北に分ける火防線として造られた『大通公園』は東西に約1.5㎞。約90種、4700本の木々に囲まれ、四季折々の花が咲く。正面に見えるのは1972年の冬季オリンピック札幌大会の舞台となったスキージャンプ台がある大倉山。冬には雪をかぶった真っ白の世界となる。「札幌はなんでも揃う都市というイメージが強いかもしれませんが、町の至る所から山々が見え、『大通公園』など緑をとても近くに感じられます。春夏秋冬、どの季節もため息が出るほど美しい」と案内人の小野理恵子さん。

Craftwork_北海道全域から木彫り熊が集結。『遊木民』で自分だけの熊を探す。

木彫り熊を中心にフクロウや植物などをモチーフにした木彫り製品を販売する『遊木民』(札幌市中央区北7条西19−1)。60年ほど前に木彫り製品の卸問屋として始まり、2016年に現在の店舗兼工房をオープン。おなじみの鮭をくわえた熊からスキーをする熊までポージングも多様。「店内に並ぶ木彫りのなかから自分だけの”マイ熊”を探すのが楽しい」と小野さん。
木彫り熊を中心にフクロウや植物などをモチーフにした木彫り製品を販売する『遊木民』(札幌市中央区北7条西19−1)。60年ほど前に木彫り製品の卸問屋として始まり、2016年に現在の店舗兼工房をオープン。おなじみの鮭をくわえた熊からスキーをする熊までポージングも多様。「店内に並ぶ木彫りのなかから自分だけの”マイ熊”を探すのが楽しい」と小野さん。
八雲や旭川、阿寒湖など道内各地に伝わる木彫り熊をはじめ、全国の若い作家の作品も。シナやエンジュ、イチイ、クルミなど、素材となる樹種によって色や質感は様々。木彫り職人でもある3代目店主の川口直人さん、先代で父の拓二さんが彫った木彫り作品も販売する。
八雲や旭川、阿寒湖など道内各地に伝わる木彫り熊をはじめ、全国の若い作家の作品も。シナやエンジュ、イチイ、クルミなど、素材となる樹種によって色や質感は様々。木彫り職人でもある3代目店主の川口直人さん、先代で父の拓二さんが彫った木彫り作品も販売する。

Culture Spot_北海道の食文化を本から体験する、〈六花亭〉の私設図書館『六花文庫』。

蔦が絡まるクラシックな建物は、かつて〈六花亭〉の店舗として使われていたもの。
蔦が絡まるクラシックな建物は、かつて〈六花亭〉の店舗として使われていたもの。
「館内にはテーブルやソファがあり、コーヒーを飲める喫茶ルームも素敵です」と小野さん。一般公募で選ばれたアート作品をボックスに収めて展示する「六花ファイル棚」では、北海道の自然をモチーフにした絵画やオブジェなどが見られる。金・土・日曜のみ開館。
「館内にはテーブルやソファがあり、コーヒーを飲める喫茶ルームも素敵です」と小野さん。一般公募で選ばれたアート作品をボックスに収めて展示する「六花ファイル棚」では、北海道の自然をモチーフにした絵画やオブジェなどが見られる。金・土・日曜のみ開館。

札幌駅から地下鉄で20分ほど。真駒内公園近くにある『六花文庫』(札幌市南区真駒内上町3−1−3)は、北海道を代表する菓子メーカー〈六花亭〉が運営する私設図書館。1999年に帯広本店に開館し、2004年に札幌に移転。ほぼすべての蔵書が食に関するもので、貸し出しは不可だが誰でも無料で閲覧可能。

Food_ 狸小路商店街の名店『グリ』で 北国の季節の移ろいを味わう。

小野城碁さんと理恵子さんが切り盛りする店はゆったりした間隔でテーブルが置かれ、半個室も。
小野城碁さんと理恵子さんが切り盛りする店はゆったりした間隔でテーブルが置かれ、半個室も。
月替わりのコース(¥6,000〜)には道内産の食材が多く使われ、季節を丸ごと食べるような感覚。取材した5月には無農薬の豊浦のイチゴと美瑛の春菊などを使ったサラダが。6月にはトウモロコシなどが旬を迎える。「季節に置いていかれないように必死です」と笑うシェフの城碁さんは中華料理の経験も豊富で、季節食材を使った春巻きやシュウマイなどの点心も人気。コースに追加で注文可能。
月替わりのコース(¥6,000〜)には道内産の食材が多く使われ、季節を丸ごと食べるような感覚。取材した5月には無農薬の豊浦のイチゴと美瑛の春菊などを使ったサラダが。6月にはトウモロコシなどが旬を迎える。「季節に置いていかれないように必死です」と笑うシェフの城碁さんは中華料理の経験も豊富で、季節食材を使った春巻きやシュウマイなどの点心も人気。コースに追加で注文可能。

札幌の古き良き雰囲気を残す狸小路商店街に2014年にオープンしたレストラン『グリ』(札幌市中央区南2条西8−5−4−4F)は札幌のフードカルチャーを牽引する存在。

The Guide to Beautiful Towns_札幌

好きなものを分かち合う。穏やかで優しき北の文化。

「札幌で一番好きな風景はなんですかと聞かれたら、真っ先に浮かぶのが自宅の窓から見える景色なんです」と話す、レストラン『グリ』店主の小野理恵子さん。部屋の前には『北海道大学植物園』の森、その向こうに山々が広がる。初夏は新緑、秋は紅葉、そして冬は白銀の世界。札幌駅から徒歩10分ほどの中心地でこれほど豊かな自然を感じられるのは、札幌が都市として発展する傍ら自然を大切に守ってきた結果だ。市内には大通公園、円山公園など緑溢れる場所が多く、市街地を流れる豊平川には毎年鮭が遡上する。

「札幌は便利でお店も多いです。でも空気が綺麗で緑が近く、町も人も穏やか。私は旭川出身で、都会はちょっと怖いなと思っていたのですが、ここなら私でも暮らしていけるかなと思ったんです」

小野さんは2014年、料理人である夫の城碁さんとともに札幌中心部の狸小路商店街に『グリ』を開店。店を始めて10年になる。

「とはいえ冬はすごく寒くて、雪も多い。一年の半分くらいは厳しい環境なので、5月に入って暖かくなると心の底からウキウキするんです。冬の間、根菜ばかりで色に乏しかった野菜も色鮮やかになって、どんどん移り変わっていく。料理する側も食べる側も短い季節を味わい尽くすぞ!と一生懸命季節を追いかけるように動き出します。そしてその喜びや感動をみんなで分かち合いたいと思うんです。競争したり独り占めしたりしている場合じゃない。自分が心底好きというものを紹介したり、教えてもらったりしながら、短い夏を楽しみたいと考えているのかもしれませんね。だからこそ、どのスポットも“好き”という気持ちが溢れていると感じます」

たとえば熊をはじめ、道内を中心に様々な木彫りを扱う『遊木民』も、そんな店のひとつだ。

「札幌でこれほど多くの木彫りを扱うお店を見たことがありません。3代目店主の川口直人さんは木彫りに関する深い知識をお持ちですが、作家ものも貴重な骨董も、かつて土産物として生産されたものも平等に扱って、たくさんある木彫り熊でも『自分が好きだなと思った熊が、“いい熊”です。その価値はあなたが決めるものです』とおっしゃる。私の故郷の旭川も古くから木彫りを作ってきた土地なので、そんなふうに木彫りを紹介してくださる店が札幌にあることを嬉しく、誇らしく思います」

寒さ厳しい土地だからこそ分かち合いの精神が生まれるという点で『六花文庫』の存在は欠かせない。北海道を代表する菓子メーカー〈六花亭〉だが、『六花文庫』は同社が運営する私設図書館。ある新人社員が「お菓子の奥深さを伝える文庫をつくりたい」と発案したことから生まれ、約8000冊を無料で公開する。

「驚くのは蔵書のほとんどが食にまつわるものだということ。レシピ本や専門書はもちろん、小説や詩歌、美術、貴重な絶版本も。冬には薪ストーブの前で読書できます。本だけでなく心地いい空間までも提供するなんて、素晴らしい取り組みだと感じます」

同じ思いを持つ人の輪が緩やかに広がっていくのが札幌の店の魅力と語る小野さん。その中心にあるのが器と生活雑貨を扱うギャラリー&カフェ『サビタ』だ。

「オーナーの吉田真弓さんは全国から本当にいいと思うものだけを選び抜いて、様々なイベントも交えつつ、常に新しい価値観や感性を伝えてくれる方。私を含め、なかなか道外に出られない人にとって、この店はカルチャーの“窓”のような存在。訪れるたびワクワクするきっかけをもらえます。アイテムはもちろん吉田さんやスタッフの方とお話しするなかでいろいろな人を紹介していただくこともあって、自分の輪が静かに広がっていくような感覚があります」

『チバハウス』も、新しい出合いをくれる大切な場所だ。

「店主の千葉幸平さんがその日の空気感で選ぶレコードを聴きながら、昼は奥様のまどかさんが自家焙煎するコーヒー、夜はお酒をいただける店です。ヴィンテージオーディオから流れる音楽が心地よくて、CDを買うこともできます。どの選曲も穏やかで、静かに季節を感じられる。ここでたくさん新しい音楽に出合って、CDを持ち帰っては楽しんでいます」

小野さんが挙げる店は、誰かに紹介したいスポットであると同時に、自分の暮らしになくてはならないもの。それは厳しい冬を越すための支えであり、その後にめぐりくる心躍る季節を目いっぱい楽しむためのものでもある。それぞれの場所や人が緩やかにつながり、分かち合う。その静かな優しさがこの町のカルチャーを育み、訪れる人をおおらかに迎え入れる気質をつくっているのかもしれない。

小野理恵子 『グリ』オーナー

北海道旭川市生まれ。2014年、夫の城碁さんとともに札幌の狸小路商店街にレストラン『グリ』をオープン。北海道の食材を中心に季節を感じる料理を提供する。余市や岩見沢など道産のナチュラルワインも取り揃える。

小野理恵子
 
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羽田空港から新千歳空港まで飛行機で約1時間30分。空港から札幌市内まではJR快速エアポートで約30分。札幌市内の移動は地下鉄かバスが便利。町の中心部にはレトロな路面電車も走り、各種交通系ICカードで乗車可能。市内50以上の拠点間でレンタル・返却できるレンタサイクル「ポロクル」も便利。

photo : Kasane Nogawa illustration : Junichi Koka edit & text : Yuriko Kobayashi

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