真似をしたくなる、サンドイッチ
ふわッふわのハムに、たっぷりのバター。食べ始めると止まらない、パリのジャンボン・ブール。June 06, 2026
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No63となる今回は、本誌No150に登場した『ル・パリゾ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

たしかに、ここまで潔いお店はなかったなぁ。
『ル・パリゾ』がメニューに掲げるのは、ジャンボン・ブール(=ハム+バター)のバゲットサンドのみ。ただ、そこからバリエーションが展開される。
まず、基本型をお伝えしよう。バゲット、ハム、有塩バター、それに胡椒。この4アイテムで作られる。店から1ブロック先のブーランジュリー『ル・プティ・ミトロン』から徒歩で配達されるバゲットに、ノルマンディー地方イズニー産のバターを惜しげもなく塗る。その上に、大きなミルから胡椒を挽く。ハムは11区にて昔ながらの製法を守る『ドゥンベア』の看板商品「プランス・ドゥ・パリ」を扱い、スライサーで薄く切るごとにふわッふわッとパンに乗せていく。

注文ごとにサンドイッチを作る店は、最近珍しくないが、その都度ハムをスライスする店は少ない。それに、ハムは切り方によってだいぶ印象が変わるものだ。『ル・パリゾ』では極薄で軽やかなスライスをフワッと落とすようにパンに乗せる。室温に置かれていた、塗りたてのバターと、パンの上でクシュっと空気を含んで丸まったハムが、噛むときに初めてギュッと潰れて、すると途端に旨味が口の中に飛び出す。最もスタンダードで、ありふれているはずのジャンボン・ブールなのに、初めて食べる感触だった。胡椒の存在も大きい。
この基本型から、最初に変化を生むのはハムだ。
実はプレーンなハムの他に、スモークハムとハーブで風味づけられたハムも揃えている。これだけでも結構変わる。たとえるなら、シンプルな梅干しと、紫蘇も一緒につけた梅干し、鰹節を加えた梅干し、のような感じだろうか。
だから、ハム+バターのサンドイッチといえど、これですでに選択肢は3つ。そこに、オプションが2つ用意されていて、コニャック風味の粒マスタードと、小粒状に切られ、しっかり甘みの効いたピクルスという、どちらもちょっと変化球のアイテムが控えている。どちらか片方だけ加えても、両方加えてもそれは好み次第だけれど、店主は、「スモークハムに、甘みのあるピクルスは互いの良さをちょっと消してしまう」と言う。
とはいえ、可能性としては、この時点で12種類になる。ジャンボン・ブールといいつつ、もし全部試してみたいと思ったら、デフォルトの味を食べたあと、11回も味変バージョンが楽しめるなんてびっくりだ。

チーズもさらに1種類あって、これがまた季節によって変わる。
少し前までは行者ニンニクを混ぜ込んだトム(主にアルプスの山間で作られる小型のセミハードチーズ)だったのが、数週間前からカンタル(オーヴェルニュ地方カンタル県で作られるチーズ。チーズを加えた濃厚なマッシュポテトである郷土料理アリゴにも欠かせない)になった。うかうかしていたら、トム入りバージョンを食べそびれてしまったから、カンタルが登場してすぐに、その時点で、「店主が今いちばん気に入って食べている」組み合わせを試してみた。それは、ハーブ風味のハム+カンタル+ピクルス。

テイクアウトをして家まで持ち帰り、包みを開けると、子どもの頃にフライドチキンを買って帰って箱を開けたときの記憶が瞬時に蘇った。挟んであるのはハムで、揚げものでもないのに、挽きたての胡椒とハムに付いているハーブと相まって、フライドチキンほどの食欲をそそる香りを漂わせたのだ。匂いに誘われて、なんておいしそうなんだ!と写真を撮り続けた。サンドイッチで、それもグリルしたわけでもない冷たいサンドイッチで、匂いに誘われて写真を撮り続けるなんてあるだろうか。
食べてみると、最初の印象は一瞬フライドチキンなのだけど、ピクルスの甘みにハッとした。甘酸っぱいというよりも、甘くて、チャツネ(主に南、西アジアで使われているソース、ペースト状の調味料)みたい。それが塩気を引き立てるのだろう、食べ始めると止まらなかった。チーズが全体を繋ぎ合わせる役割を担うのか、チーズも一緒に食べると味がまろやかになる。
後日オプションはつけず、プレーンなハム+バター+チーズで食べてみることに。

これが、ぜんぜん飽きなかった。それどころか、ひとつひとつの素材の風味に、より意識が集中する感じだった。そう、引き込まれていくのだ。しっかりと味わいを持つ素材の力ってすごい。やっぱりチーズはまろやかで、ハムとバターのほうがパンチがある。この日は快晴でサンドイッチの売れ行きがよく、2回配達されたバゲットがすでになくなってしまい、私が着いたタイミングで、ちょうど3度目の配達が届いた。ランチタイムが落ち着いた時間帯だったのだけれど、パン屋さんが近所ってすばらしい。

店の前に立てかけられた看板には、ハム&バターのサンドイッチはいつ食べてもいい!と書かれている。朝は9時半から夕方6時まで、いつでもその場で作ってくれる。ただし、店主一人で運営する小さなお店ゆえ、昼は行列ができる。午後は3時以降であればそんなに待たずに買うことができるはず。サンドイッチはハーフサイズでも買えるので小腹の空いたおやつタイムにもいいかもしれない。
『Le Parizot』

文筆家 川村 明子




































