文筆家 川村 明子
May 09, 2023 こんがり焼いた自家製フォカッチャに
ルッコラをたっぷりのせて。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.28
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No114に登場した『カフェ・サンギュリエ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

オリジナルの特注パンが増えたこの頃。
コロナ禍を経て、サンドイッチが大いなる多様性を見せるようになってから、耳にする業種がいくつか現れた。その一つに、サンドイッチやバーガー専門店から注文を受け、店の意向に沿うパンを作る、卸専門のパン屋がある。その流れの中で、店舗を構える一般的なパン屋でも、サンドイッチ専門店のリクエストに応えて試作を何度も重ね、共同制作をするケースが出てきた。ひと昔前であれば、そういったコラボは星付きのレストランに限られたことだ。今はそんなわけで、サンドイッチ専門店といえど、その店オリジナルの特注パンに出合う機会はぐんと増えた。

のだけれど......。私は自家製パンに弱い。サンドイッチを作る店で、ランチ営業がそろそろ終わりを迎える頃に、翌日のために焼かれたパンがオーブンから出てくるタイミングに遭遇してしまったりするともう、一気に惹きつけられる。店内で吸い込んだ焼きたてのパンの匂いが数日おきに蘇ってきて、気づけばふらふらと足がその店へと向かい、しばし通うことになる。『カフェ・サンギュリエ』もそうだった。
心奪われたクロック・ゴルゴンゾーラ。
初めて出かけた日。メニューで真っ先に惹かれたクロック・ゴルゴンゾーラはもう売り切れで、既に行き先の決まった最後の数枚が私の席から見えるところに残っていた。予想通り、その残り数枚は消えてなくなったのだが、ふと気づいたら、明らかに焼かれたばかりの食パンが一斤、カウンターの端に鎮座していた。どこにも落ち度のない堂々たる姿に、どうしても食べてみたくて仕方がなくなって、私は、翌週、再度出かけた。ところが、それは毎日メニューにあるわけではなかった。結局そのあと立て続けに数回振られ、おかげで、食パンはクロック・ゴルゴンゾーラを作るときにだけ焼かれることがわかった。

やっとお目にかかれたクロック・ゴルゴンゾーラは、甘味と酸味のバランスが巧みなトロトロの具に香ばしさが散りばめられ、とてもおしゃれな味だった。食べていると、炒ったヘーゼルナッツのかけらに当たることがあった。砕けた途端に香りを放ち、溶けたゴルゴンゾーラと手を組むものだから、口の中だけじゃ収まらなくて、鼻でも食べているような感覚だった。あとになって知ったのは、ところどころに振りかけられたクランブル生地を細かくしたかのような粒は、ヘーゼルナッツを粉末状にしたものということ。だからあんなにも軽やかで香ばしかったのか、と合点が入った。クルトンのような油っぽさがなかったのだ。
毎日焼かれるフォカッチャにも惹かれて......。
クロック・ゴルゴンゾーラに出合うまでの間に、別の料理を開拓していた。食パンは日によるけれど、卵のココットやポタージュに添えられるフォカッチャは毎日焼かれていて、オープンサンドにもなる。これが、野菜たっぷりの色鮮やかな一皿で、実は、今ではこちらのファンだ。

具は季節の素材とともに少しずつ変わる。初めて食べたのは、カボチャとビーツのローストに、フェンネルのスライス、ヘーゼルナッツとルッコラのペースト。その上からたっぷりとリコッタチーズが削られて、中にみかんが潜んでいた。カボチャともビーツともフェンネルとも相性が良くて、すばらしいアクセントになっていた。寒い日には、ミートボールが具のものを食べたこともあった。ミートボールが見えないくらいに惜しみなくルッコラのサラダが盛られていて、それももちろんおいしかった。そして春になったら、一気にグリーンがボリュームを増した。

このフォカッチャオープンサンドの大きなポイントは、フォカッチャを平たく使っていないことだと思う。四角く大きく焼いたものを、まず2cm幅程度に切る。それを横に倒し、長さを半分に切ったら、もとの底面をくっつけて置く。そうすると、白い生地の部分が上に出る。 具を盛り付けるのに、大きさももちょうどいい具合だ。

春のフォカッチャは、最初にストラッチャテッラを一面に広げる。そこに茹でたグリーンアスパラと、マッシュルームのロースト、炒ったひよこ豆をチミチュリソースで和えて、載せる。チミチュリソースは、イタリアの細長いピーマン「フリッジテッリ」をピクルスにしたものを刻み、そこにギョウジャニンニクを漬け込んで香りを移した白ワインビネガーを加えたオリジナルレシピだ。ルッコラをたっぷり盛ったら、最後にソースを全体に散らす。聞いただけでも、冬から確実に季節が移行したことを感じる材料だ。実際私は、このバージョンがいちばん好きだった。
なんでフォカッチャにこだわるの?
それにしてもどうしてフォカッチャなのだろうと思い、尋ねた。このカフェは、パリのアパートを始め、フランス各地、そしてイタリアに点在するセカンドハウスなどの物件を扱う不動産屋がオーナーで、カフェの内装は建築家の息子が手掛けた。そして、オープンキッチンで腕を振うのはその息子のパートナー、ヴィクトワール。店で使っている、オリーブオイルとアーモンドは、オーナー夫妻が所有する南イタリア・プーリアにある家の庭で採れたもの。だから、パンどころかオリーブオイル自体が自家製なのだが、プーリアではパンと言ったらフォカッチャなのだそうだ。
家族でイタリアが大好きで、カフェを始めるにあたり、料理も南イタリアのテイストをベースにすることはすぐに決まったという。旅が好きなヴィクトワールは、インド、アルゼンチンにそれぞれ6ヶ月滞在したことがあり、他にも世界各地で味わった記憶が『カフェ・サンギュリエ』の料理にもところどころ反映されている。チミチュリソースもその一つだ。話を聞いて、オリーブとアーモンドの木に囲まれた庭で食べるオープンサンドを想像した。確かに、しっかりと噛みごたえのあるパン・ド・カンパーニュよりも、ハーブの香る軽やかなフォカッチャがしっくりくるな、と思った。
『Café Singuliers』

April 01, 2023 バターがジュワッと染み出す。
コーヒーに合うチーズのサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.27
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No113に登場した『グラム 11』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

チーズトーストとコーヒー。
チーズトースト。それにコーヒー。日本に帰国中、もし朝早めに用事があり、目的地に少し余裕を持って着けたなら、ここぞとばかりにコーヒーショップで楽しみたい組み合わせだ。トーストじゃなくて、サンドイッチでも、もちろん嬉しい。個人的には厚切りの食パントーストがより好きだけれど、チーズによってはカンパーニュ風のパンでタルティーヌもいい。別にものすごく質のいいチーズである必要なんてない。あのサクッと、ジュワッと、ビヨーン、が味わえるならば。だが不思議なことに、このシンプルでこの上なくおいしい組み合わせが、私の知る限りフランスには存在しない。これほどにもチーズがたくさんある国で、パン屋が見つかる街で、シンプルなチーズトースト(もしくはグリルドチーズサンド)とコーヒーを楽しめる店がないなんてなぜだろう。ずっとずっと思っていた。

ついに見つけた!
だから、2023年1月半ばにオープンした『グラム 11』が、3月に入ったところで、チーズ入りの「モーニング・グリルド・サンドイッチ」を朝ごはんの新メニューに掲げたときは「来た〜っ!」と声を上げたい気分だった。インスタグラムのストーリーに投稿されたメニューをスクショして、2種のサンドイッチのどちらにしようと迷いながら、食べに出かけた。店に着いて挨拶を交わし「モーニングサンドを食べたくて来た!」と共同創業者のアレクシに告げると、「どっちもおいしいけど、僕はポルケッタがもう、本当に好きだね」と本当に好きそうに言ったので、そちらを注文した。マレ地区北部にある『グラム』1号店はいつからか、ランチタイム近くになると45分待ちが当たり前の人気店になった。そちらは今、兄のロマンが店に立っている。2号店は観光客の多いエリアから離れ、席数も倍以上。アレクシが客を迎え、ロマンのパートナーのマリーヌが厨房で腕を振るう。

運ばれてきたポルケッタサンドは少しぷっくらした丸みを帯びたフォルムに、誰が見てもおいしそうと感じる焼き色。窓際の席に座りながらひとりニヤニヤした。どんなふうに挟まれているのかと思ったポルケッタは、極薄スライス。同じ厚みに重ねられたエメンタールチーズは溶けきっていない。はっきり目に見える具材はそのふたつしかなかったけれど、知っているようで知らない味が口の中に広がることを予感させた。
口の中でほどけるように、とろけていく。
クシュクシュッと溶けた。豚バラ肉の脂身のほどけていくようなとろけ方は、クロワッサンの表皮から数枚内側にある生地のような、そんな儚さがあった。もう一度食べてみる。ショワショワ、の方が近いかも。シュワシュワとホワホワを合わせた感じ。すぐにいなくなるくせに存在感は大きくて、ねっとりとした脂の味は、夜遊びをしたあとのラーメン、あるいはオニオングラタンスープのような背徳感を思い出させた。バターをふんだんに含んだ香ばしいトーストが、さながらフライドオニオンのようだ。チーズを溶かしていない訳がよくわかった。ここでのチーズは、むしろ全体の味を引き締めている。
ショワショワ、をスローモーションで味わい、パンの耳のカリッとしたところを後追いでかじりながら、期待以上の満足感に浸っていたらマリーヌがやってきて「何飲んでるの?」と私のマグカップを覗き込んだ。「あ、ドリップコーヒー! このサンド、コーヒーと合わせたいと思って作ったの」。それを聞いて、悪巧みを一緒にした仲間の言葉を聞いたような気になった。

後日インタビューをしたとき、冒頭に書いたことを彼女に伝えた。すると「そう、本当にそう!ずっと私もそう思っていた。それでずっと出したかったの!」と声を上げた。アメリカに行っても、ポルトガルでもスペインでも朝食にグリルドチーズサンド的なものがあるのに、フランスにはない。同類とも言えるクロックムッシュは昼に食べるもので、朝ではない。でも、朝に食べたいよね、と声をあげた。1号店の厨房は小さ過ぎて、注文ごとに焼いて仕上げる、ということが難しかったが、それを、十分すぎるほどの広さを得た2号店で実現した。
発酵させた椎茸がとびきりにおいしいのだ。

マリーヌの念願を叶えた話を聞いて、これはもうひとつのほうも食べたいなぁと、翌週また訪れた。ポルケッタを上回るような驚きはないだろうと思いながら。ところが、だ。思わず真顔になるほどに、びっくりした。真顔にさせた正体は発酵椎茸だった。艶やかな玉ネギのキャラメリゼでも、鮮やかなブロッコリーの新芽とホウレン草でも、燻製香を漂わせるスカモルツァでもなく。
2号店をオープンするにあたり彼女は、右腕を務めるジュリエットと2人でありとあらゆる素材を、発酵させてみようと漬け込んだらしい。それである日試作をしているときに、柑橘系とは異なる何かしらの酸味を加えたくて、手に取ったのが発酵させた椎茸だった。火に通すこともなくそのままスライスして挟んでいるのだけれど、これがとろっとろで、何をどうしたらこうなるのだ?と噛むのをストップしてしまうくらいに、滑らかな味わいが脳を直撃した。それともうひとつ。極小の角切りにしたビーツのチリジャム。甘辛酸っぱさが、細かい粒で舌の上に散らばって、憎いくらいに私の気を引いた。このサンドイッチはクセになる。
『GRAMME 11』

March 15, 2023 チーズが惜しみなくとろけ出す!
ジューシーなフライドチキンバーガー。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.26
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No112に登場した『ピウピウ!』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

鶏の唐揚げには目がないのです。
もしかしたら前にも書いたことがあるかもしれない。いや、ある気がする。としたら繰り返すことになるけれど、私は、鶏の唐揚げが大好きだ。どれだけ好きかはかなり年季が入っていて、母に言わせれば、幼稚園の遠足のお弁当はもちろん、お誕生日会も毎年私は「唐揚げがいい」とリクエストしていたらしい。フライドチキンも大好きだ。ただその二つは、同じ括りのようでやはり別物で、大きな違いのひとつに、鶏の唐揚げと言った場合、大抵はお箸で食べることを前提に作られているのだろうひと口大のサイズなのに対し、フライドチキンは大ぶりなことが挙げられる。それと味付け。フライドチキンのほうが胡椒がしっかりと効いていたり、スパイシーなことが多いと思う。
ショウガの下味が染み込んだ、ジューシーなチキンカツサンド。
さて。大きなロースターで焼く丸鶏と、フライドチキンを具にしたバーガーが看板商品の『ピウピウ!』に向かった。メニューにひとつだけ「これはバーガーじゃないよ!」と注意書きの付いたサンドイッチがあることに気づいたのだ。その名も"KATSU(カツ)"。具材のひとつにとんかつソースが記されている。そう、カツサンド。でも主役の具は、フライドチキン。要するに、チキンカツサンド、のようだ。

買ってみると、6枚切りと8枚切りの間くらいの厚みの食パンに、ゴツゴツとした衣のチキンカツと千切りキャベツが挟まれていた。ソースのかかっていない側を見てみたら、衣がより顕著で、その堂々たる風貌は食べたらガリッとしそうに見えた。でも、パン粉は使われていないようだ。ってことは、そんなにカツサンドっぽくはないのかもしれない。
しかし、果たしてそれは、まさにカツサンドだった。千切りキャベツとソースの組み合わせで、ここまで印象がカツサンドになるのだなと、感心してしまった。ここで言いたい"カツサンド"は、豚肉を使ったもののこと。『ピウピウ!』のそれは鶏胸肉で作られているのに、目を見張るほど肉厚で身が適度に締まりジューシーで、その食べ応えといったら、うっかり鶏肉であることを忘れてしまいそうになるくらいだった。それと、口の中で鮮明に存在感を示したショウガの香り。どこから来ているのだろうと、分解しながら食べすすめたところ、ソースでも衣でもなく、キャベツの千切りに紛れ込んでいるでもなく、鶏肉だった。鶏肉にしっかり、ショウガの下味が染みていた。
考えてみたら、食パンで挟んだチキンカツサンドを食べるのは初めてだった。学生の頃、バーガー型のチキンフィレサンドは大好物で、しょっちゅう食べていた。けれどあれは食パンじゃない。元々クラシックなロティスリー(ロースト料理専門店)だった場所にオープンしたフライドチキンバーガーが売りの『ピウピウ!』。ショウガが香るフライドチキンに、千切りキャベツととんかつソースを合わせたチキンカツサンドは、私の中に眠っていた(豚肉の)カツサンドとチキンフィレサンドの記憶を総動員させた。気をてらったところもなく、馴染みがあるのに、初めての味わい。心が弾んだ。
チーズが惜しみなくとろけ出る、フライドチキンバーガー。
この店のスタンダードを食べてみなくては!と思い、2度目に足を運んだ日は、店の名を冠したフライドチキンバーガーを買った。具材はよりシンプルで、チキンカツサンド以上に鶏肉の迫力を感じた。

チーズが惜しみなくとろけ出ていたから、チーズも重要な味の構成要素のひとつだろうと捉えてかぶりついたけれど、完全に、鶏肉の風味が優っていた。どちらかというと味付けの要素は、シークレットソースと書かれた白いソースで、一見マヨネーズっぽいものの、卵の風味はしない。ギリシャヨーグルトをベースに作ったソースだそうだ。それが、千切りレタスといい塩梅に絡んでいた。そして、何より驚いたのは、キャベツの千切りがレタスに取って代わられるだけで、随分と印象が変わることだ。ほんの2枚だけ潜んでいるキュウリのピクルスの水分と、レタスのみずみずしさとで口の中がさっぱりするし、それがまたフライドチキンの存在感を際立たせているようにも感じる。
そしてやはりチキンの肉感に唸った。フライドチキンはモモ肉よりも胸肉派!っていう人(私は胸肉派です)、チキンフィレサンド大好き!っていう人には、もう是非とも食べてほしい。それと、サイドメニューも。コールスローもジャガイモのピュレもありますが、タイムをまぶしたフライドポテト、おすすめです。
『PiouPiou!』

February 01, 2023 大迫力で食べ応えもたっぷり!
マッシュルーム入りオムレツサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.25
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No111に登場した『ミショー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

パワーアップして帰って来た、
あの『ミショー』のサンドイッチ。
「うわぁ、『ミショー』のサンドイッチだ!」。箱を開けた途端、ぷわぁっと漂った匂いに記憶が蘇った。その日選んだ具は、以前食べたことのあるものではなかったにもかかわらず、だ。匂いでこんなにもはっきりとアイデンティティーを示すサンドイッチは初めてじゃないだろうか、と驚いた。『ミショー』は、本連載No5で登場した店だ。当時はポップアップだった。それから1年半を経て、今度は期間限定ではなく店舗を構え、新たなスタートを切った。
オープンから2週間後、買いに行ってみると、長蛇の列ができていた。注文をするために並ぶ人たちと、注文をしてから出来上がりを待つ人たちとで、店の前はちょっとした人だかりに。列に加わり、順番を待ちつつメニューを見たら、"本日のサンドイッチ"としてポラック(鱈の一種)が具に掲げられていた。魚を挟んだサンドイッチは、ポップアップ時にはなかった。大いに惹かれて"Mystic Fish"と名付けられたそれを頼むことにした。

サンドイッチの方向性を決めるパンは、以前と同じく、ハッラーだった。ユダヤ教徒が安息日に食べるパンで、乳製品を用いず、植物性のオイルを加えて作られるものだ。縄編み状に成形され、生地はもちっと弾力があり、同時にふかふかしている。挟まれた魚は、粉を叩いて揚げ焼きにしているかのように香ばしかった。少しスモーキーな風味のスパイスが食欲を刺激する。白キャベツとコールラビの千切りサラダと、エシャロットにふんだんなハーブを刻み合わせたチミチュリソースが、フレッシュな食感とみずみずしさを放ち、口の中で飽きを感じることがない。ただ、具材の一つに書かれていたカシューナッツのソースは、それほど加えられていなかったのか、クリーミーな味わいは確かにあったものの、その在りかは判然としないままだった。サラダに溶け込んでいたのだろうか? いずれにしても、以前食べたことのあった牛シチューサンド、ローストチキンサンドを上回るおいしさで、これは、もうひとつレギュラーメニューにあったオムレツサンドも食べなければと、日を置かずにまた出かけた。
次なる目当ては、マッシュルーム入りオムレツサンド。

2回目はピークの時間帯を避けて、大半の客がオフィスへと戻る14時過ぎに行った。パレ・ロワイヤルとオペラ大通りの間という場所柄、ランチタイムには大勢の人が昼食を求めて繰り出すが、14時を回ると、さーっと人の波が引く。『ミショー』の店内にも空席が出ていたから、イートインすることにした。そして、迷いなく、マッシュルーム入りオムレツサンドを注文。実は、具入りのオムレツは個人的にそんなに惹かれる食べ物ではないのだけれど、この店ならば、自分の知らない新たなおいしさに出合える予感があった。私の持つ、黄身と白身を攪拌して調理する卵料理の"おいしい"を司るセンサーは、母の卵焼きの味が基本になっている。母の卵焼きは、甘味のしっかりしたものだ。甘味のある黄身と白身を攪拌して作る卵料理が好きで、塩味だけのオムレツや卵焼きは、あまり得意ではない(茶碗蒸しは例外)。そこまではっきりと自覚していながらオムレツサンドを食べようとするのはなかなかの冒険だった。
いざ、厨房へ潜入。
結論から書くと、とてもおいしかった。ニンニクのコンフィを加えることで、味わいに膨らみのあるラブネ(水切りしたギリシャヨーグルト)をソースとして用いていることが功を奏しているのかもしれない。そのソースと、仕上げにたっぷりと振り掛けられたオレガノやタイムがベースのミックススパイス、ザータルにオムレツが包まれている印象で、食欲を刺激した。後日、作り方を見せてもらったら、オムレツは注文ごとに、1人前ずつ材料を混ぜ合わせ、それを大きなフライパンに流し込み、片面だけを焼いていた。いわゆるオムレツのように、成形しない。平たく焼いて、表面は半熟の状態で軽く半分に折ったら火からおろし、パンに挟む段階でさらに折りたたむように詰め込む。
パンにはたっぷりとラブネを塗っていた。ギリシャヨーグルトは、脂肪分0%のものを使っているそうだが、これがサンドイッチに加えるコクは、見た目以上な気がした。それと、赤タマネギのピクルスの存在。卵の風味を損なわない柔らかい甘酸っぱさで、それでいて、しっかりとアクセントを放ち、卵の味をマンネリ化させず、リフレッシュ感を与え続ける。食べ始めると断面から覗く、透明感あるピンクと黄色の組み合わせがなんとも可愛らしくて、ニンマリした。
イートインならではの、パンのおいしさ。
一つ、イートインとテイクアウトで大きな違い感じたのはパンのおいしさだ。温かい具を挟むから、注文ごとにパンも焼き、温めている。家に持ち帰ったときは、冷めた状態で食べた。でも、温かいほうが断然おいしかった。どうしても化学的な要素を加えるのが嫌で、小麦粉自体にも保存料の添加がないものを選んでいるらしい。それに、片栗粉とオリーブオイルを少し加え、天然酵母で発酵させて焼く。9区にある人気ブーランジュリー『マミーシュ』と何度も試作を繰り返し、ようやくたどり着いたレシピで、毎朝焼きたてが配達されている。

気になっていた、魚サンドに潜んでいたはずのカシューナッツソースについても聞いた。カシューナッツの実はまず水に浸け、少し発芽させてから炒って、それを粉砕しているという。「そうすると消化が良いから」と、至極当たり前のことのように言われた。下拵えした粉末カシューナッツに、隠し味程度の白味噌とレモン汁、シードル酢を加え、生姜とゴマ油も合わせてペースト状にしたソースは、なるほど、その在りかが見当たらない程に白身魚に馴染みそうだと思った。
『Micho』

January 04, 2023 天然酵母のパン屋が作る、
豆腐サンドと"オムニ"サンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.24
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No110に登場した『アトリエ・ぺ・アン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

今や、サンドイッチは専門店で買うのだ。
この連載で紹介してきたサンドイッチのほとんどは、注文を受けるごとに作られる、サンドイッチ専門店や食材店、コーヒーショップによるものだ。かつては、サンドイッチを買いに行くならば真っ先に浮かんでいたであろうパン屋は、数軒しか取材していない。大きな理由のひとつに、オリジナルのパンを用い、具材に工夫を凝らしたサンドイッチ店が続々登場し、それらに興味をそそられ、買いに行く機会が増えたことが挙げられる。パン屋で売られるサンドイッチの主流は、ハムやチーズ、生野菜を挟んだもの。もちろんそんなシンプルなものも時折食べたくなるのだが、その場合は、仕入れ先や出所のわかっている素材を扱うサンドイッチ店や食材店で買うようになった。
久しぶりに好奇心をくすぐられた、パン屋のサンドイッチ。
モンマルトルの丘を越えたマルカデ通りに、『アトリエ・ぺ・アン』というパン屋がある。天然酵母を用いた古代麦や在来種の麦の粉で作るパンが並び、バゲットは売っていない。オープンしたのは2019年の春の終わりで、天然酵母を使ったパン教室も開催している。サンドイッチが気になっていたのだが、チャバタで作られていたのが難点だった。実はチャバタは、個人的にあまり惹かれるものではなく、それで作られたサンドイッチも試したことがなかった。しかし、今年の夏のバカンス明けにパンが変わった。コッペパンが少し平たくなったような形状のそのパンを目にして、一気に好奇心が膨らんだ。

実はこの店に行って、ほぼ毎度買うのは、塩味のタルト。特に夏野菜のタルトは色鮮やかで、目にもおいしいものだった。だからサンドイッチも「まずはヴィーガンを食べてみたい」と思った。私は天邪鬼なところがあって、謳い文句に対し斜に構えがちだ。"ヴィーガン"や"ビオ(オーガニック)"を前面に出されると、敬遠する。でも、『アトリエ・ぺ・アン』では食指が動いた。野菜タルトのようなおいしさに出合えるかもしれない……と。
まず魅せられたのは、豆腐が具材のサンドイッチ。

最初に食べたヴィーガンサンドには豆腐が入っていた。フランスのビオブランドが製造したものであろう、ぎゅっと身の詰まった硬めのもので、日本人の感覚からすると"トウフ"とカタカナで記したくなるような、日本の豆腐とは一線を画するタイプのものだった。でも、この"トウフサンド"を食べて、普段自分から進んで買うことのない"トウフ"に、初めて「こうすればおいしいのか!」と開眼した。パプリカ風味のそれは、ターメリック入りのパンと、レモンを加えた豆乳マヨネーズ、それにビーツ、トマト、ラディッキオ、赤玉ネギのピクルスと馴染み、それら具材の持ち味をまったく邪魔することなく、でも存在感はしっかり示していた。正直、具材に豆腐を見つけると「ヴィーガンを名乗るには、ともかく豆腐を入れればいいと思って」くらいに考えていたのだ。その自分を恥じた。これはもっと知りたい、また食べたい!と、その次もヴィーガンサンドを買いに行った。
そして、気づいてしまった。オムニサンドのおいしさに!
『アトリエ・ぺ・アン』では常に2種類のサンドイッチを作っていて、ヴィーガンと、もう一つは"オムニ"だ。オムニとは「すべての」とか「総じて」などの意味で、オムニサンドには、ハムやツナ、チーズが具材として用いられる。夏の終わりには、ブッラータチーズが頻繁に使われていた。すっかり"トウフ"の面白さに引き込まれていた私は、しばらく、オムニサンドを買いたいとは思わなかった。
それは、どこか、オーツミルクに目覚めたときと似ていた。カフェオレを飲むときはオーツミルクを選び、ホットミルクもオーツミルクを好んで、しばらく牛乳を買わずにいたら、すっかり牛乳と疎遠になってしまった。でもあるとき、ふと気が向いて、久々に牛乳を買い、カフェオレを淹れたら、「あぁやっぱり牛乳っておいしいな」としみじみしたのだ。

それがサンドイッチでも起こった。オムニサンドに挟まれている野菜は、ヴィーガンサンドとほぼ同じ。だけれど、噛んだときにブッラータのミルクの風味が奥歯のほうでじわっと滲み出て、あぁやっぱりおいしいなぁ、と。もしかしたら、パンに動物性油脂が加えられていないことで、より乳製品の旨みを感じたのかもしれない。マヨネーズではなく、ネギの風味をつけたオイルがかけられただけなのも、それをさらに助長させたのだろう。
この店のサンドイッチの特典は、もうひとつある。サンドイッチに使われているパン。これは販売していない。だから、サンドイッチでしか味わえない。プロヴァンス地方のブリオッシュに着想を得て開発した、オリーヴオイルを加えてセミコンプレの粉で作るパンは、実は毎日ちょこっと変わる。ある日は、プレーン。翌日はザータル(モロッコのミックススパイス)入り。その翌日はシード入り、といった具合だ。どこか、おにぎりのふりかけが毎日変わるような気分になる。
サンドイッチは11時半頃店頭に並ぶ。でも13時を過ぎると売り切れていることが少なくない。おまけに水〜金の3日間しか売っていないから、限定品を買いに行くようなワクワクを、向かう道すがらいつも感じている。
『Atelier P1』

December 09, 2022 秘伝のソースがカギを握る。
ステーキ&フライのサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.23
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No109に登場した『ラ・バゲット・デュ・ルレ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

ステック・フリット専門店が、サンドイッチのテイクアウトに挑む。
パリに、サーロインステーキとフライドポテトを合わせたひと皿のみをメイン料理に掲げるレストランがある。その店『ル・ルレ・ドゥ・ヴニーズ』は、1959年、フランス南部のワイン醸造用ブドウ栽培者によって生まれた。
今では創業者の孫娘・ポーリーヌが指揮をとるステック・フリット(ステーキ&フライドポテトのこと)専門店に転機が訪れたのは、パンデミックがきっかけだった。外出禁止令の解除と、しかしながら、飲食店の店内での営業は引き続き停止が発表された時点で、ポーリーヌはそれまで一度も着手したことのなかったテイクアウトに足を踏み出す必要があると考えた。店の看板料理は変えずに。『ル・ルレ・ドゥ・ヴニーズ』では、塊で焼いたサーロインステーキをスライスし、ソースをかけて提供する。それをそのままテイクアウトにしたら、肉は乾いてしまうしソースもおいしくない。熟考の末、バゲットで挟むことにした。もちろんフリットも一緒に、だ。
次は、サンドイッチ専門店へ。
外出禁止令が解かれ、人々がオフィスへ出勤するようになったタイミングで発売すると、ランチタイムには買い求める人が列を成した。バゲットに店の看板料理ステック・フリットをそのまま挟んだサンドイッチは、3日目にして2時間半で300個が売れた。レストランの営業を再開するに至っても、まだ店内で食べることをためらう人たちもいる状況だったから、サンドイッチのテイクアウトは続けた。すると、毎日欠かさずサンドイッチを買いに来るビジネスマンが現れた。店内で食べるのではなく、好んで、サンドイッチを買っていく。毎日とは言わずとも、週に数回、サンドイッチを目当てにやってくる人も少なくない。そんな人々の足の運びを鑑みて、初めて発売した日から1年後、サンドイッチの専門店『ラ・バゲット・デュ・ルレ』をパリ市庁舎近くにオープンした。

リピーターも多い、炭入りの真っ黒なバゲット。
メニューは、ステック・フリットサンドのみ。材料はごくシンプルで、バゲットに、サーロインステーキ、細身のフリット、それに秘伝のソースの4つだ。ただ、パンは3種類用意されている。シンプルなバゲット、それにグルテンフリーのパン、目を引くのが、炭入りの真っ黒なバゲットだ。炭が入っていると消化に良いなどの節もあるらしいが、ただ単に、見た目にバリエーションをつける目的でレパートリーに加えたところ、その外見に惹かれてか、この黒いバゲットサンドをリピートする人がとても多いそう。味は、普通のバゲットと変わらない。はずなのに、何とはこれまたはっきり言えないけれど、何かが違う気がしてしまうから、視覚的な情報というのは大きいのだな、と思う。私個人は、バゲットサンドよりも腹持ちが良い気がした。パンの生地が、普通のバゲットの方が少しエアリーな印象だからだろうか。

サンドイッチとはいえ、注文すると、肉の焼き加減を聞かれる。フリットも注文ごとに揚げられて熱々だ。そして、焼いた肉はレストランと同じように、スライスして挟む。だから、皿の上と、パンの狭間でどこにも違いはない。バゲットにはバターを塗らず、まずソース。そこにスライスした肉を並べ、再びソースをかける。最後に、隙間を埋めるようにフリットをふんだんに詰め込む。重たいかと思いきや、意外にあっさりしていることに驚く。くどさがない。秘伝のソースのなすわざか、2、3日後にはまた食べたくなる。食後の満足感は、レストランに行ったら、食べ終わったあとのソースをバゲットで拭い、余すところなく味わって締める、あの感覚に通ずると思う。
この秘伝のソースは、創業以来、一度もその中身を公にしていない。にもかかわらず、「やっとレシピを見つけた!」と題し、大手の新聞社が記事を出したこともあるという。エスカルゴに合わせるのが定番の、ハーブ入りニンニクバターソースにも似ている気がするけれど、もっと複合的な味わいだ。聞けば、たくさんのスパイスを使っていて、ソースの製造は3つのラボに分けて依頼しているそうだ。だから、ソース全体のレシピを知る人は、外部にいない。幾多のスパイスのなかには、創業当時、簡単には到底手に入らなかったものも含まれていて「どうやって考案したのだろう、と不思議で仕方がない」とポーリーヌは話してくれた。
『La Baguette du Relais』

November 01, 2022 切り口からチーズがとろけ出る、
『ソニーズ・デリ』のチョップド・チーズ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.22
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No108に登場した『ソニーズ・デリ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

ピザ屋が、サンドイッチ店を出したと聞きつけて。
「おいしい」にはいろいろな種類がある。人によって感じ方がそれぞれなのはもちろんのこと、中には、背景や情景をともなって成り立つ「おいしい」もある。そんな場合、必ずしも味わいが格別なわけではなかったりする。むしろおいし過ぎると、求めるおいしさから遠ざかってしまうことになりかねない。そういった味をあえて作り出したのではないか。『ソニーズ・デリ』のサンドイッチを食べたときに、そんなふうに思った。
何よりも印象的だったのは、パンだ。このパンの味を伝えるとしたら……思い浮かんだ言葉は、ポジティブには受け取られない形容ばかりだった。生地はパサつきがあり、表皮は薄くてカサカサしている。全体的にスカスカでやわやわなのに、どこか、モチっとした食感で、なんとも不思議だった。小学校の給食で出たコッペパンをもっと乾いた感じにして、そして、モチっとさせたら、あんな質感になるのかもしれない。

『ソニーズ・デリ』は、向かいにあるピザ屋『ソニーズ・ピザ』が出したサンドイッチ店。でも、ピザ屋でもサンドイッチを注文することができるし、サンドイッチ店のメニューにもピザが書かれていて(そしてピザの方が種類が多い)、注文もできる。ただ、ピザ屋の厨房で作られるのはピザだけで、サンドイッチ店ではサンドイッチのみを作る。だから、もし『ソニーズ・デリ』でピザを注文したら、それは向かいの『ソニーズ・ピザ』から運ばれてくる、という具合だ。
コーラと一緒に食べたくなる、どこか懐かしい、そんな味。
ピザ屋が出したサンドイッチ店のサンドイッチに、興味を引かれた。子どもの頃、私は厚切りの食パンで作るピザトーストが好きだった。ピザは「お店の味」あるいは「買ってきた味」で、ピザトーストは「おうちの味」だった。どんなパンを用いるかによって大きく変わってくるよなぁと思いながら、買いに出かけた。
ピザにも通ずるような味のものを試してみたくて、ミートボールサンドを頼んだ。アルミホイルに包まれて渡されたサンドイッチは熱々だった。その日は家に持ち帰り、ほの温かいくらいで食べた。時折ちょっとピリッとして、一度溶けたチーズが少し固まっていたのもあってか塩味はしっかり、コショウも効いていた。これはコーラを買ってくるべきだった、と思った。ピザとは違うけれど、ピザを頬張るとき(それも、デリバリーのピザ)と同じような気持ちになって楽しくなった。ただ、パンに戸惑った。いったいこのパンはどこで売っているんだ? 掴みどころがない、正体不明とでも言いたくなるパンだった。正直に言葉にするなら、決しておいしいパンではなかったのだ。でも、「この感じ、知らなくはないなぁ」と舌で記憶を探った。いずれにしても、持ち帰る間にきっとペショっとしてしまっただろうから、これは熱々で食べた方が良いと思って、次は店で食べることにした。
香ばしい焼き加減の「チョップド・チーズ」。

今度は、ひき肉とチーズ、赤ピーマンが具のチョップド・チーズを注文。真ん中でふたつに切られて運ばれてきたそれは、切り口からすでにチーズがとろけ出ていた。その様子に、学生の頃大好きだったファストフード店のチーズソースを思い出した。フライドポテトに付けて食べる用のソースで、私はいつもそのオプションを追加していた。
冷めないうちに食べなくちゃ、という心配は無用なほどに、包み紙の上から掴んだサンドイッチはあっつあつだった。ところどころ香ばしさを感じる焼き加減の具材を、チーズがつないでいる。子どもの頃のピザトーストとはもちろん別物だけれど、どことなく「おうちの味」寄りな気がした。パサつきのあるパンは相変わらずで、ますます、これこそが鍵を握っているように思えた。
聞けば、パンは特注しているのだという。イメージは、ニューヨークのピザ屋でスタッフが、カウンターの背に置いてあるパンをひょいと掴んでその場にある具を挟みサンドイッチにするような、だから、おいしいバゲットではダメで、どちらかというと大量生産の袋詰めのパンみたいな味。パリッとした香ばしさを持ち合わせていない、いわゆるおいしくないバゲットとパン・オ・レ(ミルクパン)の間を目指したらしい。パリには今、店舗を持たずに、ストリートフード店のパンを受注するブーランジュリーが存在する。『ソニーズ・デリ』がオリジナルパンの製作を頼んだのはそういった工房の一つだ。
サンドイッチのイメージを聞いて合点がいった。店で作る、でも商品ではない味、というのだろうか、それがもしかすると、おうち味寄りにさせているのかもしれない。具は、注文ごとにひき肉と赤ピーマンを鉄板で焼き、それにチーズを絡め、熱々を、焼き温め直したパンに挟んでいるそうだ。それにしても……あえておいしすぎない、インダストリアルな味のパンを特注して、イメージするサンドイッチを作ろうだなんて、遊び心満載だなぁ。
『Sonny’s Deli』

October 01, 2022 皮目がカリッと香ばしい豚バラを挟んだ、
『ノネット』のバインミー。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.21
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No107に登場した『ノネット』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

この4年で、サンドイッチ店は大きく変化した。
本誌でサンドイッチの連載を始めて、もうすぐ4年が経つ。始めたときには、こんなにも長く続けられるとは思っていなかった。テイクアウトを主軸とした店で、商品のほぼすべてが自家製の店は数少なかったし、サンドイッチに特化した個人経営の店は限られた。それがどうだろう? 昼間だけ営業するサンドイッチ店がいつしか増え、当然のように具材はすべて店で作られたもので、パンが自家製の店も珍しくない。同時に、国際色が豊かになった。最近の若いシェフには、自身はフランス生まれフランス育ちながら、ルーツはアジアや中近東という人が目立つ。
ベトナム系3世の女性オーナーシェフが営む『ノネット』へ。
『ノネット』のオーナーシェフもそんな一人だ。祖父と父はフランスとベトナムのハーフで、母はベトナム人。それで、自身のルーツであるベトナムのサンドイッチと、大好きなドーナツをコンセプトに店をオープンした。彼女は、パリにバインミーを売る店はたくさんあるけれど、どこの店からも同じにおいがしてくることに違和感を覚えていたらしい。そして、すごく残念だとも思っていたそうだ。
だから看板商品である、豚肉と鶏肉で作る具材を5種挟む「ダック・ビエット」ももちろん、チャーシュー、ベトナム風ハムにベトナム風ソーセージ、レバーパテ、チキンフロス、すべて自家製だ。「フランスの豚肉はおいしいし、肉の風味を味わってほしいから」と、調味料で味を形成するのではなく、素材の持つ味わいを引きだす味付けにとどめている。

皮目がカリカリ、豚バラ肉のバインミー。
『ノネット』のオープンは2021年の7月。すぐに買いに行くようになったのだが、直前に別の店のバインミーを連載で取り上げていたので、「取材をお願いするのは少し時間を置こう」と思っていたら、その間にサンドイッチのラインナップが増えた。そして、夏前に、至極気になる具材が登場した。皮目をカリッと仕上げた豚バラ肉を挟んだバインミー。即、買いに出かけた。
食べると、本当に、皮が香ばしかった。揚げ餅を食べるときと肩を並べるくらいに、噛むごとに音を立てた。肉はしっとりで、バラ肉にもかかわらず脂っこさは感じない。5〜6ミリにスライスされているのが食べやすいのと、太めに切られた大根とにんじんのベトナムなますがたっぷり挟んである効力か、食べ終えたあとに、口の中をちょっとさっぱりさせたい、という気にならなかった。皮目にしっかり塩が効かせてあって、「ダック・ビエット」よりも味がはっきりしている印象ながら、全体の味付けはシンプルだった。肉自体のコクはあっても、くどさがない。おかげで、あれよあれよと食べ進めていた。

パリッパリだけどモチっとした、魅惑のバゲット。
何よりも注意を引いたのは、バゲットだ。以前のものとは変わっていた。ものすごく軽やかで、でもスカスカじゃなくて、ほんの少しモチッとしている。あくまでも、ほんの少し。表皮は薄く、焼き色もそれほど付いていないのに、パリッパリだった。このバゲットだったら、「ダック・ビエット」も以前とは違う味わいになっているに違いない、と確信して、2日後に買いに行った。
やっぱり、以前よりも断然おいしく感じた。全体的にコントラストがくっきりしたことで、具の存在感が増して、味にメリハリがあった。
聞けば、当初はフランスのブーランジュリーに注文していたそうだ。でも、フランスのパンは、おいしすぎることが問題だった。パン自体を味わいたいくらいに風味がしっかりしていて、それだとバインミーには向いていない。バインミーは具をたくさん入れるし、具自体がしっかり調理されたものでそれを味わって欲しいから、パンは味が分からないくらいの方が好ましい。それでいろいろと探し、トライした結果、マグレビアン(北アフリカ系)のパン屋に、自分たちの求めるパンが売っていることを発見した。今は、その店から買っている。が、この先、より理想の味を実現するためにパンも自分たちで作るつもりで、既に厨房の調整をしているのだという。
その日、私は、豚バラ肉のカリカリサンドも再度買った。2日前に感じたのと同じように、飽きの来ない美味しさだった。やっぱり、食べ終えると、スッと後味を残すことなく口の中から消えている。それでいて、ちゃんとお腹は膨れている。その引き際の良い味は、きっとまたすぐに食べたくなる気がした。そして、実際、そうなった。
『Nonette』

September 01, 2022 揚げナスとゆで卵、魅惑の組み合わせ。
パリで話題のイスラエルサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.20
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No106に登場した『ディゼン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

パリのイスラエルサンドに新顔が登場。
パリで圧倒的な市民権を得ている中東のサンドイッチといえばファラフェルだ。マレ地区のユダヤ人街に行けば、ファラフェルサンドを看板料理に掲げる店が何軒も見つかる。ひよこ豆のコロッケ(=ファラフェル)がピタパンに詰められ、サンドイッチ一つでおなかいっぱいになるコンパクトながらボリューム満点の一品だ。
パリでは数年前から、イスラエル料理の人気が高まり、随分と店が増えた。それに伴い、かつてはファラフェル一辺倒だったサンドイッチのバリエーションも広がって、これまでになかった具材も見かけるようになった。
ブームかと思われた波がすっかり定着した頃、新顔が登場した。スティック状のフライが突き刺さっていて、何かと思ったら、揚げナスという。その店『ディゼン』は、揚げナスが主役のサンドイッチと、サイドメニューでファラフェル(サンドイッチではなく、コロッケ)だけを売っていた。オープンしたのは2021年の12月。真冬に食べてみたけれど、やっぱりこれはナスの旬に食べたいと思い、夏がやってきて再訪した。
揚げナスとゆで卵の、魅惑の組み合わせ。
毎夏、ナスの季節が来るたびに、「ナスと油の相性は最高だ!」と思う。だから、このサンドイッチを食べたときに、どうしてこれまでナスのフライを具にしたサンドイッチを食べたことがなかったのか、にわかに不思議に感じられた。ファラフェルサンドには、ナスの素揚げが入っていることが多い。でも、素揚げと衣をまとったフライはやっぱり違う。そして、これも毎年のことだけれど、夏の暑いときになぜか私は無性に揚げ物が食べたくなるのだ。

店は販売カウンターだけで、注文すると、ピタパンに具材を詰めていく様子を目の前で見ることができる。ピタパンの底にまず練りゴマソース、ハーブで作る緑色のアリッサを塗り、その上に、野菜ブイヨンの中で火を通したジャガイモ、季節野菜の角切りを詰め込む。すでに一度揚げていたナスを揚げ直してカラッと仕上がったら、縦に差し込み、最後にゆで卵を注意深く、加える。このゆで卵、周りが少しベージュがかっている。
そもそも「サビー」というサンドイッチは、もともと宗教的な伝統に則った食べ物だそうだ。ユダヤ教で土曜日は休日で、火を使わない日でもある。その土曜の食事のために、金曜日の夜から弱火で(かつては余熱で)肉や野菜にじっくり火を通し作るダフィナという料理があり、翌日、そのダフィナの残り物で作るのが「サビー」。
今ではサビーも独立した一料理としていつでも食べられるが、『ディゼン』では、“残り物の味が染みた具”のようにしたくて、野菜のブイヨンにゆで卵を漬け込んでいる。「ニタマゴ(煮卵)と似た感じ」と説明してくれた。
ナスのフライも、ゆで卵もすごく身近な存在なのに、このふたつの組み合わせをメインに食べたことってなかったなぁと新鮮な驚きがあった。さらには、練りゴマのソースを合わせると、硬派な味に早変わりする。ナス好きも、ゆで卵好きも、たくさんいると思う。これ、食べてみてほしいなぁ。
『Dizen』

August 05, 2022 絶品惣菜店が出す、
チキンサンドとフォカッチャの野菜サンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.19
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。
今回は、本誌No105に登場した『アダー・トレトゥール』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

「何を食べても本当においしい」と聞きつけて。
「何を食べても本当においしい」。
そう教えてくれたのは、この連載のvol.14で登場した『ブロークン・ビスケッツ』の主人だ。たしか、アイスクリームサンドを買いに行って、この2年でテイクアウトのあり方が変わった、選択肢が随分と広がった、というような話をしていたときだ。『アダー』はすごくいい、と彼からイスラエル料理店の名前が出てきた。「2区の?」と聞き返したら「いや、11区の。惣菜店を出したんだ。ここからも近いよ。何を食べても本当においしい」と彼は言った。
おいしいものを作る人がおいしいと言うのだから、間違いないだろうとは思った。でも、惣菜店だし、コスパが良いとか、プロの観点も含めて"総じておいしい"ってことかもしれないな。そんなふうに受け止めた。何はともあれ、テイクアウト専門の『アダー・トレトゥール』に行ってみると、通りに面したアトリエが大きな窓で切り取られ、活気が伝わってきた。外に立てられた黒板に、お昼のセットメニューとして、サンドイッチと惣菜1種類という組み合わせがあったから、それを買おうと、店に足を踏み入れたのだが......。
選び切れないほど、ずらりと並んだ惣菜たち。
この中から1種類だけ選ぶって、難しくない?と思うほどに、抜かりなく中身を解明したい欲求が湧いてくる、そして勢いを感じる惣菜類がびっちり並んでいるではないか。ショーケースの上にはスイーツが、レジの横の台には、パンも揃っている。ところがサンドイッチの姿が見当たらない。これだけ惣菜が勢揃いしていながら、サンドイッチは注文制なのだろうかと思っていたら、アトリエから出来たてのフォカッチャの野菜サンドが運ばれてきた。このまま広告用の写真にできそうな膨らみと野菜の鮮度に、今日はこれを買うべし!と狙いを定め、あとは、順番が来る前に惣菜を決めなければ、とショーケースの中を凝視した。
グリーンアスパラ、コルシカのチーズ"ブロッチュ"とミントのサラダか、マッシュルームとモッツァレラチーズ、ヘーゼルナッツのサラダと2つまで絞って、最終的にマッシュルームを選ぶことにした。タンパク質はどちらもチーズだけなのに、あまりにも豊かな風味に具材を書き出してみると、サラダは8品目、サンドイッチはパンを除いて11品目も入っていた。
フォカッチャの野菜サンドを食べて驚いたのは、ひとつも火を通した食材が挟まれていないのに、どこにもパサつきがなく、そして物足りなさもまったくなかったことだ。後日、取材をさせてもらってわかったことだが、ためらいのないオリーブオイル使いに目を見張った。これだ! 鍵を握っているのは。
特製スパイスが効いた、鶏胸肉のサンド。
翌週、別のサンドイッチを食べてみたくて、また買いに行った。サンドイッチは、魚、肉、野菜の3種があり、この日の魚はツナ、肉はチキンだった。きっと夏の間中、ツナはあるだろうと予測して、チキンを買うことにした。それに、グリーンアスパラとフェタチーズのサラダをチョイス。結構ずしっと来るなぁ、とその重みを手に感じながら、家に帰り包みを開くと、カボチャの種が表面にふんだんにまぶされたベーグルが出てきた。あからさまなハーブの香りではない、なんだろう? そこはかとなくいい匂いがする。中身を細かいところまで知りたくて半分に切った。

真ん中には、サンドイッチに挟むにはギリギリの半熟加減のゆで卵がいた。外側から見えなかった、その存在にとりわけそそられて、全部の具を取りこぼさずに頬張りたいと思った。鶏がもも肉ではなく胸肉なのが、ものすごく好みだった。しっとりとした身の表面には少しスパイスが塗ってある。聞けば、オレガノ、トウガラシ、ミント、コリアンダー、クミンをミックスしたチュニジアのスパイスらしい。どこにも姿は見えないけれどニンニクの風味が時折漂い、それはチキンをローストする際に一緒に焼いたものと分かった。
取り立てて、珍しい具材はひとつもない。特異なテクニックが使われている様子もない。もし、何か言えるとしたら、どれもが、塩梅が良いってことなのじゃないかと思う。ともかくおいしい。何を食べてもおいしい、と聞いてはいたけれど、それは"ハズレがない"とか"合格点"とかそんな意味じゃなくて、全部が目を見張るほどおいしくて、びっくりしている。
『Adar Traiteur』

July 01, 2022 赤タマネギとキュウリで、ソーセージが隠れちゃう!
店の名品、ジューシーなホットドッグ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.18
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。
今回は、本誌No104に登場した『ビュッフェ・ロカル』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

サンドイッチ探索、初心に帰る。
『&Premium』本誌でサンドイッチの連載を始めてから3年半が経ち、サンドイッチ探索はすっかり私の日常生活の一部になった。それで、うっかり大事なことを忘れていたのかもしれない。そう思わせたのは、『ビュッフェ・ロカル』で、初めてサンドイッチを買ったときだった。
いつも通り、家に持ち帰って写真を撮り、食べるつもりでいたのだ。それが、サンドイッチを買って店を出たら、自然と足が、サクレ・クール寺院へと続く坂道を登っていた。来た道を下り、メトロの駅へとそのまま向かう気には、全然なれなかった。カメラを持って行っておらず、iPhoneはあったけれど、「もう今日は写真はいいや」と思った。坂を登ると、目の前にさらに上へと続く階段、左手には丘を下る階段があって、私は、下る方の階段の、一番上の端っこに腰を下ろした。それで、モンマルトルの丘の街並みを見下ろしながら、サンドイッチを食べた。
これ以上ないくらい、シンプルなサンドイッチ。
「あ〜、サンドイッチってこうやって食べるのがいちばんおいしいかもしれないなぁ」。そのサンドイッチは具材がシンプルで、ひと口かじったあとに、こちらの動きをはたと止めてしまうようなインパクトの強いおいしさを秘めているわけではなかった。それが良かった。
「軽食」という言葉がぴったりな、屋外で気負わずに食べるのにスッと寄り添うような味。挟んであるのがグリーンアスパラとヤギ乳のチーズという、典型的な具ではなかったのも功を奏していたのだと思う。フランスで暮らし始めた当初、ホームステイ先のマダムが、私が遠出するときに持たせてくれたサンドイッチを思い出させた。
何を隠そう、店の名品は、ジューシーなホットドッグ。
『ビュッフェ・ロカル』は、私の自宅からは遠く、わざわざ足を運ぶことになる。でも、「また、モンマルトルを少しお散歩して帰ろう」と、天気の良い日を選んで再訪した。クロック・ムッシュ、鴨胸肉とスグリの実のジャムのバゲットサンドを食べたあと、次回はぜひ!と店主から薦められたのは、ホットドッグだった。店の評判を作ったのは、何を隠そう、ホットドッグだったらしい。
意外な気がしながらも、その次に行ったとき、食べてみることにした。そうしたら、出てきたホットドッグからは、ソーセージの姿がほとんど見えなかった。ほぼ全体を、角切りにした赤タマネギとキュウリが覆っている。でも、その赤タマネギとキュウリは、大きさからも、フードプロセッサーで、ガーーーっとみじんにしたものではなく、包丁で切ったことのわかるものだった。そして、細か過ぎないみじん切りに、どこか温かみを感じた。

実際、そのホットドッグは初めて食べる味で、たっぷりとかけられた赤タマネギとキュウリが、存在意義を存分に発揮している印象を受けた。ソーセージは細身ながらジューシーで、噛むごとに豚ひき肉のエキスがぎゅっと滲み出る。そこに、葉野菜とは異なる、角切りタマネギとキュウリのみずみずしさが加わると、毎度口の中がリセットされる感じで、またひと口、と後を引いた。
その日は、店内で食べた。でもあのホットドッグは、外で食べたら、もっとおいしいだろう。あいにく、それ以降、お天気の良いタイミングでの再訪が叶わず、まだ実現できていない。近いうちに必ずや、青空の下で、すっかり観光客の戻ってきたモンマルトルの丘の小道の片隅に腰を下ろして、頬張りたいなぁと思っている。
『Buffet Local』

June 04, 2022 表面はこんがり、中はしっとりの焼き加減。
ジャガイモと玉ネギたっぷりのスペイン風オムレツサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.17
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。
今回は、本誌No103に登場した『シャンスー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

きっかけは友人のインスタグラム。
春が少し顔を覗かせ始めた、まだ寒さの残る頃に、友人が『シャンスー』の店先でコーヒーを楽しんでいる写真をインスタグラムにポストした。「なんだかおしゃれなお店が出来たなぁ」と思いながら何度か前を通り過ぎた店だ。サンドイッチを出しているのも、店先の黒板メニューで確認済みだった。でも、私は入るのに躊躇していた。悪い癖の一つだと思うのだけれど、一見して"なんだかおしゃれな店"に、"今どき"と思える要素が加わると、どうも私には素直になれないところがある。「おいしいかなぁ……」と斜に構えてしまうのだ。でも、その投稿をした友人は、味はもちろん店主も含めて好きじゃなければポストはしないだろう、と思う人だった。だから一瞬で気持ちは翻った。そして、すぐさま行くことにした。
売り切れ御免。メニューは週替わり。
広めの入り口を抜けると、目の前は注文カウンターだ。コーヒーのお供として、気軽につまめそうなスイーツもいくつかスタンバイしている。その横に設置されたショーケースにはチーズやシャルキュトリーが一堂に会し、手前にはリンゴにキウイなどの果物、ニンジンやカボチャの季節野菜(まだカボチャのある時期だった)が木箱に詰められていた。店内右側の壁は一面棚で、瓶詰めが並び、店名が手書きされたラベルが貼ってある。近づくと、野菜別に作ったピクルスだった。それにジュースも。ワインやビールは仕入れたものだけれど、オリジナルの保存食品も豊富に作っているみたいだ。
初訪問の日、ランチタイム遅めに着いたら、すでにサンドイッチは売り切れだった。でもメニューには、"牛肉のコンフィとカンタルソース""ジャマイカ風ハムとドッグソース"と、食べてみないことには味の想像がつかない、食べてみたいと思わせるサンドイッチの説明が書かれていた。どうやらメニューは週替わりのようだったから、日を置かずに再訪した。
まずは、ベジタリアンサンドと、ジャマイカ風ハムサンドから。
11時半過ぎに着いて、ベジタリアンサンドと、ジャマイカ風ハムサンドを買った。家に持ち帰り包みを開くと、見栄えよりも味重視の、作り手の愛情が詰まったお弁当のようなサンドイッチが現れた。"きっと野菜もたっぷり食べてほしいんだろうな"と感じられるホウレン草の挟まり方で、写真を撮るのは難しかったけれど、身の引き締まった豚肉ローストはコンフィしたように味が染みていて、そこにマッシュルームのソテーも同量で重ねられ、唐辛子入りの玉ネギソースと生クリームがかかり、食べ進むごとに食欲が刺激された。ベジタリアンサンドは、シェーブル(ヤギ乳)のチーズに、ポロネギのグリルとクレソンで白とグリーンのヘルシーな色合いなのに、旨味がじわじわと口内に広がった。グリーントマトのジャムが塗られていて、それ自体はとても優しい味わいだったけれど、陰の立役者な気がした。
ジャガイモと玉ネギたっぷり!スペイン風オムレツサンド。

その翌週に登場したジャガイモ入りオムレツサンドは、この店で食べたサンドイッチのなかで、オリジナリティが最も控えめだったかもしれない。ジャガイモと玉ネギたっぷりのスペイン風オムレツは、表面には焼き目をしっかりつけ、中はしっとりの焼き加減で、それを2cmほどの厚みに切り、挟んでいる。アイオリソースとスリラチャ(スイートチリ)ソースがダブルでかけられて、結構パンチのある味だ。知らない味はどこにもないのに、何かが気になって、もう一度食べてみたくなった。
そしてふた口目でその謎が解けた。オムレツにごろごろ入ったジャガイモが、皮つきなのだ。なめらかさに紛れる異物感。それが、何とも言えない小気味良いアクセントとなっていた。噛むたびに、シャキッと音を立てるとともに、土臭い尖った苦味を放つ。おかげで、飽きがこない。もしジャガイモの皮が剥かれていたら……と想像した。もっと輪郭のぼやけた味なのではないかなぁ。
創意工夫がそこかしこにみられる『シャンスー』のサンドイッチで、忘れてはならない存在にジャムがある。グリーントマト、りんご、こけもも、などなど。店で売られる果物や野菜は、少し勢いがなくなるや、ジャムやピクルスへと姿を変える。それらが実にいい仕事をしている。特にベジサンドでは、それらの穏やかな酸味や甘味が必要不可欠な脇役として持ち味を発揮していて、新たなジャムにサンドイッチを介して出会うたびにジャムを買っていたら、いつしかコレクションのようになってしまった。
『Chanceux』

May 02, 2022
フリカッセ、パストラミサンド、フライドチキンサンド……。
異国情緒なサンドイッチたち。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.16
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No102に登場した『ケルン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

フランスの食に、別文化の味を融合させた、新たなサンドイッチ。
新しいサンドイッチを発見するたびに、パンの受け皿の広さに驚き、無限の可能性を感じる。そして、パリだからこそ、実感する恩恵かもしれないなぁと思う。
最近、朝9時前後からオープンし、夕方には店を閉める店が、随分と増えた。ほとんどがコーヒーショップを兼ね、午前中とランチタイム後は焼き菓子を販売するが、ランチに出す食事にその店のカラーが出る。サンドイッチはその筆頭だ。内容はバラエティに富み、ハムやチーズが具になっているオーソドックスなフレンチテイストは、それほど見かけない。
従来のスタンダードな営業時間ではない店を経営するのは、たいてい、30代前後の若い世代だ。それがかなりの割合で、「自分はフランス生まれだけれど、お母さん(もしくはお父さん)は、どこどこの人」と異文化圏の血を受け継いでいる。もちろん世代もあるだろうが、その影響もあってか、彼らは、出自とは異なる食文化に対してとてもオープンな印象を受ける。そして、自然な形で、フランスの食に、別の文化の味を融合させる。
本誌No98で紹介した『べ・べ・テ』から数十メートル先に、『ケルン』というコーヒーショップ兼サンドイッチ店が2021年11月にオープンした。白い壁にステンレスのカウンターが奥にのびる店内は、東京かベルリンかコペンハーゲンにでもありそうな雰囲気で、きっちりした直線と角が印象的だ。入り口のガラス戸に貼られたメニューを見ると、パストラミサンドにエッグ&チーズサンドなどのかわいい写真が並んでいる。最も私の目を引いたのは、"フリカッセ"だ。ユダヤ系かな?と思っていたところに、チュニジアが登場した。

フリカッセは、揚げパンに具を挟むチュニジアのサンドイッチ。私は、その存在は知っていても、まだ現地に赴いて食べたことがない。チュニジア方面の店ならばシャクシュカ(ピーマン、パプリカ、トマトをポワレし最後に卵を落として仕上げる北アフリカ発祥で中近東でもポピュラーな料理)がつきものなイメージがあるけれど、『ケルン』のメニューの成り立ちに興味を抱き、頭の中に地図を描きながら、まずは、フリカッセを食べてみたいと思った。
テイクアウトをして箱から出すと、サンドイッチは潰れることなくふっくらとしてボリュームを維持していた。フリカッセでは王道らしいジャガイモとツナとゆで卵の組み合わせ。幸いにも家だったから、誰の目も憚らず大口を開けて齧り付いた。どうしたってこのユニットはおいしいよねぇと感心してしまった。ツナがオイル漬けではないようで、意外にさっぱりしている。レモンの塩コンフィも効いていた。
すぐに再訪して、今度はパストラミサンドをイートインした。切り方が上手なのかふわっふわっと空気を含むように挟まれ、日本の食パンがロール状になったような食感のパンと一体感を生んでいた。きゅうりのピクルスのグリーンとパストラミのピンクも相まって、見た目もかわいらしい。ハードな印象を持っていたパストラミサンド像が、ここでは違うものだった。
子どもの頃のお弁当を思い出す、フライドチキンサンド。
「フライドチキンサンドもおすすめ」と言われたものの、この店のメニューを見る限り、私の中でのフライドチキンサンドに対する優先順位は、正直なところ、3番目以降だった。その直前に他の店でもフライドチキンサンドを食べていたし、オリジナリティ度が低そうに思えたからだ。
でも、食べてみて、即座に「あ〜、ごめんなさい」と考えを改めた。やはり食べてみないことにはわからない。
大きなチキンの塊がどどんと挟まれているだろうことを想定していたら、『ケルン』のフライドチキンは、子どもの頃のお弁当に入っていた鶏の唐揚げくらいに小さかった。とても意外だった。それがいくつも詰まっていた。ソフトなパンには、その小粒の唐揚げがピッタリだった。ナイフとフォークの文化圏において、フライドチキンが、お箸で食べることを想定した日本の鶏の唐揚げサイズで出てくることはあまりないと思う。些細なことかもしれないけれど、私はこの細切れフライドチキンに、新鮮な驚きを得た。

子どもの頃のお弁当に入っていた鶏の唐揚げを思い出させたフライドチキンは、シェフのデルフィーヌにとってはシュニッツェル(仔牛や鶏など白身の薄切り肉にパン粉をはたき揚げ焼きした料理。オーストリアや東欧、イスラエル、トルコなどで食される)だった。彼女は母方がアシュケナジ(北・東ヨーロッパのユダヤ人)だそうで、シュニッツェルは馴染み深い料理だ。それを聞いて、小さく食べやすいフライドチキンが、優しくて、とても家庭的な味わいだったことに納得した。
自家製マヨネーズにケッパーとケッパーのつけ汁を合わせてより軽やかに仕上げた、上にたっぷりかかった白いソースは、刻んだネギとも、酸味も甘味もマイルドなきゅうりのピクルスとも相性抜群で、子どもも好きそうな味だなぁと思った。
フリカッセがメニューにあるのは、共同経営者がチュニジア系だからと言っていた。それぞれの出自をもとに作るサンドイッチを出す『ケルン』の店名は、デルフィーヌの母方の苗字をつけたらしい。オープン当日までお母さんには店名を教えず、住所だけを知らせて、来てびっくりのサプライズにしたと教えてくれた。
『Kern』

April 01, 2022 フランスの家庭的な味わいを。
田舎風パテサンドに、ひよこ豆のコロッケサンド。
真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.15
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No101に登場した『ギャルニ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

最近、「家庭的な味わいだなぁ」と感じるサンドイッチに出合う機会が増えた気がする。もしかしたら、たまたまかもしれない。でも、前回登場した『ブロークン・ビスケッツ』のホットサンドに続き、今回紹介する『ギャルニ』のサンドイッチも、温かみがあり、どこか懐かしさを覚える味だ。
1年前を振り返れば、レストランは通常営業(店内飲食)が不可能な事態のなかで、許可されていたテイクアウト業務にこぞって乗り出し、まるで皿に盛る代わりにパンで挟んだかに思える、一皿の料理がそのまま具材になったようなサンドイッチがそこかしこに出現していた。その波が過ぎ去って見かけるようになったのは、ハムやチーズなどシンプルな具の、いわゆる"軽食"のスタンダードなタイプだった。そして、レストランで食事を楽しめる状況が戻ってきたいま、食べて気持ちがほぐれるサンドイッチに立てつづけに出合った。
フルーツケーキのように芳醇な、パテ・ド・カンパーニュ。
初めて『ギャルニ』を訪れたときに、サンドイッチのメニューを見てまず目に留まったのは、パテ・ド・カンパーニュだった。いつから見ていないだろう? と思った。パテ・ド・カンパーニュが挟まれたサンドイッチの存在を、そのもの自体も、はたまたメニューでも、久しく目にしていない。だいたい、私が、パテを挟んだサンドイッチを最後に食べたのはいつだったろうか? はっきりと思い出せないほどなのに、以前は馴染み深かったその味を、舌は記憶していた。口の中に蘇った味を確かめたい気持ちが芽生えて、パテサンドを買うことにした。
家に持ち帰り、包みを開くと、予想に反する色あざやかなサンドイッチが姿を現した。南フランスのどこかの庭先のような、太陽の光を感じさせるパッとした明るさに驚いた。"パテ・ド・カンパーニュ=田舎風パテ"は、一般的に、色がとても地味だ。茶色とグレーが混ざり合い、土や石を思わせ、華やかさとは対極にある。食べてみると、果たして、フルーツケーキのように芳醇だった。粗挽き肉とレバーの土台に、アプリコットとプルーン、レーズン、ヘーゼルナッツをふんだんに混ぜ込んでいて、力強いと同時に香ばしくみずみずしい。切り方も大きなポイントに思えた。2.5〜3cmの大胆な厚みが、気取りのない味わいと、ふくよかな食後感を作り出している。
最初は持ち帰りをしたのだが、メニューのなかには店内で食べたいものがあったから、すぐに再訪した。「クロック・ギャルニ」と名付けられたホットサンドだ。ベースはクロック・ムッシュと同じで、ハムとチーズとベシャメルソース。そこに、スライスした菊芋のローストと、マッシュルームのポワレ、それにルッコラが野菜勢として加わり、大抵チーズはエメンタールかグリュイエールのところ、ラクレットが使われていた。甘酸っぱいオレンジ色のソースも入っている。2回目に食べたときには、チーズがブリヤ=サヴァランに変わっていた。それで、思った。
"家でクロック・ムッシューを作ろうとして、たまたま冷蔵庫にあったチーズを使い、ついでに残っていた野菜も加えたらこうなったのだけど、それが思いのほかおいしかった!"なんてエピソードがついて来そうなホットサンドだなぁと。フランス人の誰かの家で出てきそうな、とても家庭的な味に思えた。
そんな気持ちで支払いをするために会計カウンターに行き、改めてそこにあったメニューを見たら、ベジタリアンのためにと用意されているファラフェル入りのサンドイッチを、ふと食べてみたくなった。ファラフェルは、言い換えれば、「ひよこ豆のコロッケ」だ。レバント地方発祥で、フランスではとてもポピュラーなコロッケを具材にしたそのサンドイッチは、きっと他の店では食べたことのない、温かみのある味なんじゃないかと思ったのだ。
フレッシュミントとディルがたっぷり。ひよこ豆のコロッケサンド。

食べてみたら、それは、まさに、コロッケサンドだった。ピタパンに詰める、いわゆるファラフェルサンドのイメージとは全然違う、日本のコッペパンでつくるコロッケサンドの方がずっと近い印象だ。決め手は、ファラフェルを潰してから挟んでいることかもしれない。食べやすさを考慮しての、この1アクションが、ファストフード的ファラフェルサンドを、一気に手づくり感のある惣菜に変容させている。フレッシュミントとディルがたっぷりの、レモンを効かせたヨーグルトソースが十分にオリエンタルな味を演出する役割を担った、自分のバックグラウンドにはないサンドイッチなのに、親しみの湧く、懐かしささえ覚える味だった。
ハンバーガーが流行り出した10年前には、ハンバーガー用のパンと認識されていた"バン"が、"バン・ブリオッシュ"とも呼ばれるようになり、ブリオッシュ生地をアレンジしたサンドイッチ用のパンとしてすっかり定着した。そのことで、パリにおけるサンドイッチのバリエーションが随分と広がったなぁと思う。そして、その広がりには、まだとどまる気配がない。
さて、パリのサンドイッチ。この先、どんな方向に向かうのだろう?
『Garni』

March 05, 2022 ランチタイムだけに現れる!
バターこんがり、自家製パンのサンドイッチ。
真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.14
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No100に登場した『ブロークン・ビスケッツ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

ランチタイムだけに現れる、魅惑のそれ。
友人が、「行き止まりの小さな通りにコーヒーショップを見つけて、そこのシュークリームがおいしい!」と教えてくれたのは、5年前のこと。お酒が大好きな彼女が、妊娠を機に甘いものに目覚め、色々と試しているうちに出合ったらしかった。行ってみると、スツールが4つしかない本当に小さな店で、その日はキャロットケーキを食べた。それが「パリでこんなにおいしいキャロットケーキは食べたことない!」と興奮する、好みの味だった。
2日後に再訪して、今度はサンドイッチを食べることにした。チキンに、たっぷりのルッコラと赤パプリカ、そしてアーモンドをパン・オ・ルヴァンで挟んだサンドイッチは、キャロットケーキを上回る興奮を私にもたらした。思わず笑いがこみ上げるおいしさに、これはちょっとやられたなぁ、と一人でニヤニヤしてしまったことを覚えている。
それから少ししてその小さなコーヒーショップ『ブロークン・ビスケッツ』は、店から近い大通りに2店舗目をオープンし、私は、もっぱらそちらに立ち寄るようになった。サンドイッチはバリエーションが増え、以前は仕入れていたパンも自家製になり、朝ごはん向けのバンズで作るものも登場した。
温かいサンドイッチを出していると知ったのは、最近になってのことだ。厨房とショップ部分の境目の壁に、小さなホワイトボードが掛かっていて、肉バージョンと野菜バージョンの2つが書かれていた。それらはランチタイムだけの提供で、15時近くなると、ホワイトボード自体が取り外されることもわかった。私は、買いに寄るのはおやつの時間帯がほとんどだから、見逃していたことにも納得した。
早速食べに行くと、その日の肉サンドはパストラミとシュークルートが具で、その組み合わせにも惹かれたけれど、ベジサンドの具材に名を連ねていたポロネギに、興味をそそられた。
ポロネギがメインの具のサンドイッチを、これまでに食べたことはあるだろうか。記憶になかった。パストラドサンドはまた食べに来ればいいや、と思って、その日はポロネギ入りのベジサンドを注文した。出てきたベジサンドは、思っていた以上に、ポロネギが主役だった。とろっとしたポロネギにヤギ乳のチーズが絡み、時折ハーブのペーストがそこに加わって、見事な調和を見せた。表面に満遍なく焼き色のついたパンがまたおいしかった。初めての味なのに、どこか懐かしかった。
実家にはホットサンド器があった。電気製品ではなく、火にかけて使うタイプのものだ。たまに登場するそれで作られるホットサンドは、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム、ハム、とろけるチーズが具だった。喫茶店で出てくるような味のそれが私はとても好きだった。焼きたても美味しいけれど、塾用のお弁当に母が用意してくれて、アルミホイルで包み熱でぺショッとした、すでに冷めたものを食べるのも大好きだった。
『ブロークン・ビスケッツ』のサンドイッチは、その、母のホットサンドを思い出させた。チーズがとろけ出る熱々の状態で食べたけれど、冷めてもおいしいだろうと思った。翌日、今度はパストラミサンドを目当てに出かけたら、すでに売り切れで、またベジサンドを食べることになった。ところが、すでに具材は変わっていた。この日はパプリカが主役で、たっぷり入ったマスタードシードが全体の味に膨らみをもたらしている、これまた魅力的な味わいだった。
念願叶って、ついに肉サンドを。

翌週、3度目の正直でパストラミサンドを期待して行ったら、その日の肉サンドの具はハムだった。合わせる材料は、カンタルチーズ、自家製キュウリのピクルス、赤タマネギにサラダホウレンソウ。それらを頭の中で組み合わせて、味を想像しながら、出来上がりを待った。
すると、目の前に現れたハムサンドは、いともあっさりと私の予想を裏切った。思いがけず、キュウリがたくさん入っている。それもただのキュウリではない、ピクルスだ。途端に、どんな味だろう? と思った。
フランスで口にする小ぶりなキュウリのピクルスは、キリッと酸味の効いたものと、甘みがしっかりのロシアンタイプに2分される。『ブロークン・ビスケッツ』のピクルスはそのどちらでもなく、酸味と甘み、両方が程よく、バランスのとれたものだった。ハムとピクルスのボリュームが絶妙で、ハムは、先頭に立つタイプではない、みんなを後ろからサポートするタイプの主役に思えた。そして何口目かに、メニューには書かれていないハッとさせる香りが顔を出した。タラゴンだ。途端に、日常から非日常の味にワープした。私にとって、タラゴンの芳香は、外国の味の扉を開くものなのだ。そういえば、この店はいつも、思わずにやけてしまったり、はたまた、うっとりしてしまうようなハーブの使い方をするなぁと思う。具材だってオーソドックスなのに、出されるものは、唸りたくなる変化球のような、自分には発想のないアプローチで、だから次回食べに行くのが楽しみで仕方ない。
『Broken Biscuits』

February 01, 2022 ニンジンにかぼちゃ。
「オレンジ」づくしのヴィーガンサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.13
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No99に登場した『プラン・デ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

「色」でメニューが決まる!?
「DWICH & GLACE」(サンドイッチとアイス)。
店名ではなく、コンセプトを、間口と同じ幅の看板に大きく掲げた店に、私はちょっと斜に構えた。サンドイッチとアイス、それは、とても楽しい気分になりそうな組み合わせだ。でも、コンセプトをここまで前面に出すのはどうだろうなぁ……確かに、分かりやすい。だけど、おいしいかなぁ……そんな気持ちになった。
それでも興味がまさって、とにもかくにもまずは食べてみよう!と思ったのは、ランチタイムに店の前に出来る列と、どうもサンドイッチは2種類しか無いらしいことに惹かれたからだ。店頭に貼られたメニューの写真からは、ボリューム満点な様子が見て取れた。
この店のサンドイッチは、色で名付けられ、その色に即した構成になっている。秋に登場したブラン(褐色)は、肉厚なマッシュルームのフライを主役に、菊芋のローストと賽の目に切った栗、みずみずしいアンディーブが重ねられ、それらを3つの異なるソースが繋いでいた。
フライの衣はコーンフレークで、ソースが絡んでも香ばしく、中のマッシュルームはジューシーだ。そこにほくっと焼き上げらた菊芋が加わると、口中に丸みのある風味が広がるのだが、さらには、コショウを効かせたクリーミーなマヨネーズ(ソース)がパンチを放ち、アンディーブをマリネしたシェリービネガーがその濃度を落ち着かせて、それらの味の重なり合いに思わず黙り込んで味わった。具は野菜だけのようだけれど、ソースが濃厚なことも手伝って、言われなければ野菜だけのサンドイッチとは気づかない。
驚きが収まらず、もう一つの味も食べたくて、翌日また買いに行った。
オレンジがテーマのサンドイッチは、厚みあるかぼちゃのフライに、大きく切られたニンジンのローストがゴロゴロと入り、こんなにたくさん!?と目を見張る数のニンジンのスライスが積み重ねられている。
具材から、前日のブランよりもきっとボリュームがあるだろうと想像して、サイドメニューのフライドポテトは頼まなかった(そう、前日、実はフライドポテトも頼んでいた。これがまたおいしかった)。
ところが、これほどのニンジンのスライスを一度に口に頬張ったことはないな、と思うニンジンのカルパッチョが予想以上の存在感で、フライも挟んであるのに、後味がとても爽やかだった。散らされたオレンジゼストと生姜が効力を発揮し、みずみずしく、至極食べやすい。
とにかくニンジンづくし、でヴィーガンのサンドイッチ。

色味は、なかなかにインパクトが強いと思うのだ。こんなにもオレンジが重なった食べ物は、思い浮かばない。同じ色の具材をこんな風に合わせることにも、それが食べ飽きないことにも、驚きを通り越して、感嘆のため息をついた。かぼちゃのフライはふっくらと柔らかく火が入り甘みを存分に感じる仕上がりで、対してニンジンのローストは歯応えを残す焼き加減と、異なる食感に風味の違いが楽しい。大口を開けてひと口頬張っては、咀嚼しながら、齧った断面をまじまじと幾度となく眺めた。
そんなわけで、イートインしたその日、食べ終えたあと、迷いなく取材の依頼をした。
インタビュー当日。さらに私は、驚くこととなった。
具材に野菜しか使われていないから、ベジタリアンなのだろうとは思っていたけれど、ヴィーガンだとは思いもしなかった。ソースもマヨネーズも、厚みを感じる濃度でクリーミーだったし、卵も乳製品も当然使われている印象を受けた。
ところが、実際は、卵も乳製品も不使用で、完全にヴィーガンなのだという。
ただ、表立って、ヴィーガンを謳うつもりはないのだそうだ。
自分たち自身、例えば、骨つきリブロースステーキをシェアして食べることは喜びだし、ヴィーガンになる考えはない。けれど、食に関わりながら自分たちが何をしたいか、何が出来るかを問うたら、それは季節を重んじ、環境と大地の永続性を考慮して、自分たちも大好きな美味しいものを提供すること。そう行き着き、野菜を中心に、少しの材料できちんと料理したストリートフードを実践することにした。素材は、パリから250km圏内で生産されるものだけを、作り手から直接仕入れている。
実現にあたり、一つだけ懸念があった。チーズも使わないとなると、コクが足りないんじゃないか、パサパサしている感じがするんじゃないか。
それを克服するために、作ることにしたのが3種のソース。具材によって風味に変化をつけるマヨネーズと、店内で薪で燻すスモークソース、それに野菜クリームとも言えるコンポートを段階的に塗って、全体をつなぎ合わせているのだ。ソースと同じように具材も、ロースト、生、フライ、3つの調理法で組み合わせる。
そうして、野菜のアンサンブル的サンドイッチが生まれた。
さて。看板に大きく書かれたもう一つの看板商品、アイス。
これが、寒い冬でも食べたいコックリした味わいだ。オーツミルクをベースに作ったソフトクリームで、ピーナッツバター味。ピーナッツバターが好きな方には、是非とも味わって欲しい。イチオシです。
『Plan D』

January 07, 2022 『ベ・ベ・テ』のシンプルを極めた、
ドライソーセージと豚肉のリエットのサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.12
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No98に登場した『ベ・ベ・テ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

クラシックなサンドイッチに心踊らせて。
私には、ふだん、買わないようにしている食べ物が2つある。
一つはポテトチップス。開けたら最後、一袋食べ切ってしまう。もう一つはドライソーセージ(サラミ)。1本買ってきて、それを空腹時に食べ始めようものなら、胃が痛くなるまで食べてしまう。2つとも、自制心が利かなくなるくらい好きなので、極力手に取らないようにして、年に数回、ご褒美で買うに留めている。だから、『ベ・ベ・テ』のメニューにドライソーセージが書かれているのを見たときには、心が躍った。
この連載でも紹介してきた、「サンドイッチってこんなにも包容力があったのか!」と驚かされるようなバラエティーに富む具材の、オリジナリティを前面に出すサンドイッチがすっかり定着した中で、最近では逆に目にすることがめっきり減ったクラシックなサンドイッチを主軸に販売する店『ベ・ベ・テ』を見つけた。メニューに並ぶのは、ジャンボン・ブール(ハム&バター)にジャンボン・フロマージュ(ハム&チーズ)、ドライソーセージ、豚肉のリエット。それに今の傾向を取り入れた、ベジタリアン、パストラミ、モツァレラ&ハムなどで、その時々セレクトのチーズをオプションで追加することもできる。
私がこのメニューの中で、ぎゅっと惹きつけられたのは、ドライソーセージと豚肉のリエットだった。どちらも大好物だ。ただ、このシンプルなサンドイッチを、注文してから作ってくれる店はほとんどない。最近の、おいしいサンドイッチを売る店は、どんなにシンプルでもそこには何かしらのクリエーションがあり、文字通り"挟むだけ"で堂々と存在するのは、王道のジャンボン・ブールとジャンボン・フロマージュに限られる。ドライソーセージとリエットが具のサンドイッチは、作り置きでショーケースに並べて売る店に行けばあっても、作りたてに出合えることは稀だ。
食べる直前に海苔を巻いて食べるおにぎりと、作られた時に海苔も巻かれてすっかりごはんに馴染んだおにぎりほどではないかもしれないけれど、作り置きのサンドイッチと、注文してから作られたサンドイッチは、やっぱり違う。そして、もう一つ例を挙げるなら、予め詰められ、箱が重ねられて売られるお弁当と、注文してからごはんを詰めてくれるお弁当では、たとえ中身が全部同じだったとしても、向き合う気持ちは別のものになると思うのだ。
そんなことを考えながら『ベ・ベ・テ』で、まず、豚のリエットのサンドイッチを買ってみた。本誌での連載に書いたけれど、私にとって豚のリエットは、「いつか日本に引き上げることになったら、おそらく最も恋しくなる食べ物」だ。大いなる期待を胸に手にしたサンドイッチは、バターも塗られておらず、リエットとピクルスと、バゲット、その3アイテムだけで構成されたいた。でも全然飽きずに、どんどん食べ進んだ。コショウの効いたリエットと、弾力と精悍な香ばしさが同居する茶色がかった生地のバゲット、キンと酸味の効いたピクルスのバランスが絶妙なのだろう。
ドライソーセージとバター、ピクルスだけとシンプルに。
それで翌週、今度は、ドライソーセージ版を買いに出かけた。チーズ入りもあったけれど、ドライソーセージとバター、それにピクルスだけの方にした。これがまた、唸るバランスだった。バターは、パンの切り口の下側のみに塗られている。ところどころ、厚みが5ミリほどあり、チーズが挟まれているかのボリュームを感じた。対して、ドライソーセージは透けるほどの薄さ。グリーン・ペッパー入りのそれは、重なりながら隙間なく並べられ、満遍なくペッパーが口の中を刺激する。だいたい、包みを開いた瞬間からドライソーセージの香りがぷわ〜っと広がったのだ。その存在感から、薄さを見て驚いたくらいだった。こちらのバゲットは身が白くもちもちで、皮は香ばしくも表面のクープも1本だからか、軽やかさも併せ持っている。確かにこの生地には、少し厚みのあるドライソーセージを数枚だとだいぶ異なる印象を受けるだろう。
久々に、これ以上ないシンプルでおいしいサンドイッチを食べたら少し興奮した。でも、フランスの食文化の土台とも言えるおいしさに、改めて魅入られた人々は多いようだ。
1年半前にオープンした『ベ・ベ・テ』は、昨年の夏前に2軒目を出し、勢いは加速してこの1月には3店舗目、3月には4軒目を開店するという。
取材に行ったときに、「ぜひリエットとサン・ネクテール(チーズ)の組み合わせを試してほしい!」と言われて、食べた。チーズのクリーミーさが合わさることでリエットの肉肉しい感じは和らぎ、脂肪分は加わるのに力強さやボリューム感が増すわけではなく全体としてはマイルドな印象になった。ものすごくフランス的な味だなぁ、と思ったら、日本でもこういうことあるな、と頭に浮かんだ。それだけで十分塩っぱい鯵の干物や塩鮭に醤油を数滴垂らすと、塩気は増えるはずなのに味がまあるくなる感じ。あれと似ているなぁと思った。
『B.B.T』

December 01, 2021 正体不明!?「ブリオッシュ・ホッカイドー」の謎に迫る。
『ア・コテ』のチーズサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.11
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No97に登場した『ア・コテ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

「ブリオッシュ・ホッカイドー」との出合い。
Brioche Hokkaido/ブリオッシュ・ホッカイドー。
初めてその名を目にしたのは、パリ3区にある『グラム』(本誌No78の連載で紹介)のメニューだった。半年ほど前のことだ。ブリオッシュ・ホッカイドーってなに? ホッカイドーは、北海道だよね? HokkaidoのHは大文字で固有名詞なのは明らかだった。ただ、料理名として記されていたから、そういう名前の料理があるのか、それともパンの名前なのか、見当がつかず、正直私は混乱した。何をもってして、ホッカイドーなのか?
例えば仮に、ラーメン・ハカタ、とパリで見かけたとしても、「へぇ、博多ラーメンを出すお店ができたんだぁ」と、別段驚くことはないだろう。でもブリオッシュじゃあ、話が違うと思うのだ。そのときに得られた情報は、タンゾンというメソッドを用いて作るブリオッシュを、ブリオッシュ・ホッカイドーと呼ぶ、ということだった。「日本のものじゃないの?」と店主に聞かれ、「いや、聞いたことない……」と、私と友人(日本人)は困惑気味に首を横に振った。
それから半年近く経ち、別の店で、ブリオッシュ・ホッカイドーに再会した。今度は、モンマルトルの丘の麓(といってもいわゆる観光地側ではなく、アフリカ系美容室がひしめく移民色の強い東側)にある『ア・コテ』で。弾力の強い生地は、同時にふわっとして、引き締まった身のゆで卵を挟んだサンドイッチにぴったりだった。馴染み深いはずの卵サンドが、初体験ともいえる力強い食感で迫ってきて、新鮮な驚きを得た。
それで再訪すると、その日の卵サンドはオレンジ色で登場した。マヨネーズに燻製パプリカを混ぜ込み、はじめ、チョリソーかベーコンが潜んでいるのだろうと思ったくらいだ。それほどに、食べ応えのあるものだった。これはぜひとも本誌連載で紹介したい!と取材を依頼した。
ついに明かされる、その正体。
自家製という"バン・ブリオッシェ(ブリオッシュ風バン)"に話が及ぶと、「あれは、バンの形に作っているけれど、生地はブリオッシュ・ホッカイドー」と、当然こちらが知っているものという口調だった。思わず私は身を乗り出して訊ねた。
「それ『グラム』のメニューで見て、何これ?って驚いたのだけれど、何ですか?」
「え? 日本のものじゃないの?」
「いや、私は見たことも聞いたこともなくて……」と答えると、
パンを作っているマノンが厨房から出てきて、
「タンゾンというメソッドを使って作るレシピで」と
これまた『グラム』で聞いたのと同じ名を発した。
「ググったらいっぱい出てきますよ」と言われ、その場で一緒に検索すると「Brioche Hokkaido」で約193000件もヒットした。「えー、本当にいっぱいある!」と驚いたら、店主のカミーユが「イタリア人に『ボロネーズソースにしようよ!』って言ったら、何それ?って聞かれるのと同じね。彼らにとってはただ、ラグーだものね」と笑った。

決して日本語とは思えないタンゾンなるものの正体は、小麦粉と水を合わせ、温めて作る繋ぎ(冷ましてから生地に加える)で、これを加えることで、日本の食パンのように、ちぎると糸状に解れていく質感を実現できる、と考えられているようだ。
面白いのは、ブリオッシュと名は付いているけれど、「パン・ド・ミ・ジャポネ(日本の食パン)」のようなパンと認識されていることだ。思うにこれは、逆の発想で、フランス人にとって、日本の食パンは、食パン(フランス人が思い浮かべるフランスの)というよりブリオッシュ(彼らにとっての)に近い、ということなのではないだろうか?
それを裏付けるものとして、東京の『セントル・ザ・ベーカリー』がパリで展開する食パン専門店『キャレ・パン・ド・ミー』の名を挙げている記事やポッドキャスト番組をいくつか見つけた。そのひとつによると、「タンゾン=Tangzhong」はオーストラリアに暮らす中国人女性が紹介しているレシピらしい。日本発オーストラリア経由ヨーロッパ着、だとしたらまさに世界規模の旅を経てきたのち、私はその存在を知ったことになる。
6か月熟成のコンテチーズが挟まれた、グリルドチーズサンド。
それが形を変え、ホットサンドイッチとして姿を現したものに、私は出合った。卵サンドも、バンを存分に味わえるものだが、もうひとつ。グリルドチーズサンドも甲乙つけがたい食べ応えだ。
使うチーズは、ジュラ県を代表するモルビエとコンテ。なぜこの2つかというと、かの地出身のシェフ、シャルルの子どものころの味だそう。モルビエの風味を壊さないよう、コンテは強過ぎない6ヶ月熟成を選び、そこにたっぷりの粒マスタードを合わせている。マスタード部分には甘みがあり、最初に食べたとき、栗のハチミツやもみの木のハチミツほどではないけれど、それくらいはっきりとした個性を感じた。何のハチミツだろう、と思ったらメープルシロップだった。
真ん中で切ると、淡いピンクが可愛らしい赤タマネギのピクルスが数枚。
チーズサンド好きとしては、チーズとパンを味わうべくシンプルに仕上げられたこのサンドイッチに敬意を持って味わいたく、溢れ出たチーズのとろけ具合もベストな状態を逃したくないから、テイクアウトはせず、焼きたてを店内で頬張るのだ。
『à Côté 』

November 01, 2021 心を惑わす、オレンジの香り。
白インゲン豆のオープンサンドを。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.10
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No96に登場した『キャピタル』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

朝ごはんにぴったり。"ちょうどいい塩梅"のクロワッサンドウィッシュ。
ほんの半年ほど前は、料理一皿をそのまま挟んだような具だくさんのサンドイッチが次から次へと登場していた。ところが、近ごろ新たに見かけるようになったのは、具材がすべて表面から見て取れる、とてもシンプルなものだ。そのどこかにはちゃんとオリジナリティが潜んでいて、かつ、食べ応えもしっかりあったりする。
パリ19区と20区にまたがる中華街・ベルヴィルから、さらに北東のビュット・ショーモン公園へと向かう途中。7月にオープンした『キャピタル』は、朝9時半から開いているカフェで、軽食も、カクテルも楽しめる。だから、夜に重きを置いた店かと思いきや、閉店は17時30分。人が押し寄せるランチタイム前の午前中が、とても気持ちよくて、自宅からかなり遠いにもかかわらず、PCを持って出かけたくなる店だ。
それは、"ちょうどいい塩梅"のサンドイッチの存在があるから、かもしれない。最近は少し変わってきたものの、基本的にフランスの朝ごはんは甘いものが中心だ。あえて挙げるなら、パンと有塩バターには塩気があるけれど、チーズだったり、サラダだったりは、リュクスなホテルの朝食にでも足を運ばない限り、選択肢として出てこない。「甘いものは要らないなぁ」という気分の朝に、コーヒーと塩味の何かで小腹を満たしたい欲求を叶えられる場所は、家以外、パリではとても少ないと思う。だからと言って、ランチを少し早めの時間から提供する店に行き、遅めの朝ごはんとしてランチメニューを頼むといきなり量が多い気がしてしまう。
そんなわがままに、実に"ちょうどいい塩梅"でピタリとはまったのが、本誌No96で紹介した『キャピタル』のクロワッサンドウィッシュだった。正直、お昼ごはんとして食べるなら、少し物足りない。ポタージュかサラダを添えたくなるボリュームだ。でも、量も塩気も、クロワッサンの生地の軽やかさやチーズの風味も、朝10時〜10時半くらいに食べるのには、なんともいい具合なのだ。ほんのり香りを効かせたカモミール入りのコーヒーを合わせるのがすっかり気に入っている。
オレンジの香りに心掴まれる、
白インゲン豆のオープンサンド。
白インゲン豆のオープンサンド。
もう一つ、この店でぎゅっと心を掴まれたオープンサンドがある。初めて頼んだときに、皿が運ばれて来ると、ぷわ〜っとオレンジが香った。見えるはずのないその香りの道筋を、思わず目で辿ろうとしてしまったくらいにいい匂いで、ぐわんと体をベンチ型シートの背もたれに投げかけ、つかの間放心した。テーブルに置かれた皿にパンの姿は見えず、こぼれ落ちんばかりに白インゲン豆が盛られていた。
バターで和えた旬のグリーンピースを思いっきり頬張りたくて、食パンのトーストに盛ってかぶり付く(豆がこぼれ落ちるからちょっとパンを折る)、ということを私は毎シーズンする。けれど、グリーンピースよりもお腹が張る印象の白インゲン豆を、サンドイッチのメインの具に据えるとは思い付いたことがなかった。気前よく盛られた白インゲン豆は、ちょうどグリーンピースと入れ替わるように季節が始まる、夏から秋にかけてが旬の、ブルターニュ地方で収穫される「ココ・ドゥ・パンポル」だ。

放心させるほどの香りのありかは、オリーブオイルとオレンジとチャービルだった。
オレンジのフレッシュな甘みがオリーブの青み、オイルのとろみ、さらにアニスを思わせるチャービルのほのかな甘みと合わさると、こんなにも心を惑わす芳香になるのかと、本当に驚いた。オレンジゼストが削られていることで加わる苦味も効力を発揮しているのだろう、どこかネロリを思わせる。
香りにすっかりドキドキしながら、いざナイフを刺すと、しっかりした焼き色のパンの皮は厚みもあり、見た目以上に力強くて、文字通り歯が立たない。少しずつ刃を動かし、どうにかひと口分を切り離して食べたら、切っている時に感じたパン生地の弾力を口の中でも確認した。とてもおいしい。でも、予想していなかった何かがある。何だろうこれ、と切り口をじっと見つめて、気づいた。
パンの底、皿にくっついている側がオイルに浸っている。逆に、上部、具が乗っている側にはオイルが染み渡っていない。もし上からオイルを塗るなりかけるなりしていたら、下まで浸透して全体的にオイルを感じただろう。でも、リコッタチーズがコーティングの役割を果たすかのようにパンの上部にはオイルが浸っていないおかげで、パン自体の味わいと生地の弾力をダイレクトに感じ、同時に、オイルを纏って香ばしいもう一つの味も楽しむことができたってわけだ。
対して、具材はいずれも風味の強いものではなく、チャービルは繊細で、白いんげん豆も淡白。それにオレンジ+オリーブオイルの甘くほろ苦い香りが加わって可憐な印象だものだから、オープンサンドの上半分と下半分でコントラストがくっきりで、一度で二度おいしいような気がした。口の中を満たす味わいと鼻に立ち上る香気に包まれ、本当に「ごちそうさまでした」の気持ちでいっぱいになった。
実は、ドキドキするほどに香りに魅了されたオレンジベースの味付けは、シェフのエリーズが柚子胡椒に発想を得て、独自のレシピで作るようになったものだ。材料は限りなくシンプルで、オレンジとチリをオリーブオイルで漬け込んだだけ。
これ、ジャガイモやカブ、それにたぶん、鱈にも合うと思うのだ。これから柑橘の季節が始まるし、時間を見つけて私も漬けてみたい、なんて今思っている。
『Capitale』

October 05, 2021 何が違うの?
"ベルリン"版ケバブの正体に迫る!真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.9
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No95に登場した『ジュープリーズ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

3年前に登場した、「ベルリンケバブ」の正体を探りに。
フランスで暮らし始めてから、初めて食べたサンドイッチのひとつにケバブサンドがある。隙間なく肉が重ねられた鉄串が、グリル器へ縦にはめられてゆっくり回転する光景は、迫力があった。さらに、その状態のままで肉が削り切り落とされることにも興味が湧いた。大きなピタパンを袋状に開いたものへ、生野菜と肉がぎゅうぎゅうに詰められて、最後にフリット(フライドポテト)まで盛られる。それも山盛りで。
パリでは、ケバブサンドは「サンドイッチ・グレック(ギリシャサンド)」の通称で呼ばれる。それで私は長らく、ケバブサンドがそもそもはトルコ由来であると知らずに、ギリシャのサンドイッチなのかと思っていた。
ことの発端は、1980年代のパリのカルティエ・ラタン。ギリシャ人が、ピタパンを使った、ケバブにとてもよく似たギリシャ料理「イーロス」を売り出したことらしい。それは料理名ではなく、"ギリシャ人の売ってるサンドイッチ"略して"ギリシャのサンドイッチ"と呼ばれて定着した。そんなわけで、パリのケバブ界にはトルコ版とギリシャ版が混在している。
ところが最近、そこへベルリンケバブなるものが登場した。3年前のことだ。ケバブサンド自体の歴史を知らなかった私は、ベルリンケバブって一体何だろう? とさっぱり分からなかった。いまどきの店はどこもインスタグラムのアカウントがあるから検索すれば写真が出てくる。見ると、ケバブサンドだけれど、野菜が盛りだくさんでカラフルだ。ただ、何が違うのかは分からなかった。
敢えて"ベルリンの"と謳うからには、何かポイントがあるのだろう。そう思って、11区のオベルカンフ通りにある『ジュープリーズ』へ食べに出かけた。
ベルリンを看板に掲げる店の中でいちばんメニューがシンプルで、気になった。具は3種類。チキン、ハルミチーズ、それと野菜。パンは2種類あり、ピタパンに挟むか、ガレット状の薄いパンでロールサンドイッチにするかを選ぶ。中身をじっくり観察したいから、ロール状ではなく、パンで注文した。そしたら、このパンが、これまで食べてきたケバブサンドでは食べたことがないもので、一口目から違いを実感することとなった。コッペパンに弾力を持たせて、表皮を少し硬くした感じ。スカスカしてちょっと乾いたようでもあるのだけれど、ベーグルのようなモチっと感があって、噛みちぎるという印象を持つくらいに柔じゃない。形も、愛嬌のある楕円形をしている。
肉と生野菜と焼き野菜が1:1:1の、「チキン・ケバブサンド」
チキンは、パプリカの風味がきいて、身はプリプリ、かつ、焼き目がしっかりついてとても香ばしい。そのチキンの奥に、グリル野菜が詰められ、上にはふんだんに生野菜がのっている。グリル野菜は、ナスに赤・黄・緑のピーマン、ズッキーニ、にんじん、そして生野菜はロメインレタスにきゅうり、トマト、にんじん、赤タマネギ、赤キャベツ、ミント、と野菜だけで10種を超えていた。どおりで見た目が色鮮やかになるはずだ。肉とグリル野菜と生野菜の比率は同じくらい。

これまでフランスのケバブサンドでグリル野菜が入っているものに遭遇したことはなかったと思う。お肉たっぷりに生野菜が詰め込まれるのが一般的だ。それにフリット付きを頼めば、フリットが盛られる。対して、ベルリンではフリットが加えられることはないそうだ。
ケバブサンドはたまに食べたくなるのだけれど、ランチに食べると「今日の午後は使い物にならないな」と思うほどにお腹がいっぱいになるのが常なのだ。
ところが『ジュープリーズ』では、「こんなさっぱりの食後感のケバブは食べたことがない」と思った。食べ終えた後に、肉の脂、ソース、スパイスなどの後味が口に残っていなかった。パンの切り口上下にソースを塗るだけで、最後に上からかけないのだけれど、それも功を奏している気がする。これはグリル野菜を詰めたベジタリアンサンドでも同じで、ソースはパンの切り口に塗られるのみ。だから、ソースが全体の味付けをまとめ上げている印象はなく、チキンの香ばしさや野菜の旨味で、食べ進む。あまりの食べ心地の良さに、家でも似たように作れないものかと思ったくらいだ。でも、パンは、トルコ人のパン職人に特注しているらしいから、家での実現は難しいか......。
ドイツは、トルコからの移民が多く、その数は500万人に上るという。そのうちのひとりが、ドイツ人は軽食を取るときに常に立って食べる、ということに気づき、ケバブ(グリル料理)をパンに挟んだことで、今に伝わるケバブサンドがベルリンで生まれたそうだ。1970年代のこと。それがパリに登場したのは80年代になってから。だから元は、ベルリンなのである。
構成要員のバランスが異なるだけで、こんなにも違いが生まれるのかと思ったら、本場ベルリンに食べ比べに行きたくなった。ベルリンには1500軒のケバブサンド店があるというのだから。

『Sürpriz』

August 25, 2021 こってりプルド・ポーク×夏野菜満載のカポナータ。
甘みと塩気が絶妙なオープンサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.8
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No94に登場した『トラム』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

忘れられない、あの夏のクロック・ムッシュー。
たしか2003年だったと思う。カフェに行けば、猛暑で「冷蔵庫がまともに機能しない」と、サービス係の嘆きを毎度耳にした夏、私はチェキを持ってクロック・ムッシューの食べ比べに精を出していた。そのときによく見かけたのは、老舗パン屋『ポワラーヌ』のパン・ド・カンパーニュを売りにしたタルティーヌ(=オープンサンド)だった。当時フランスでは、食パンといえば、すでにスライスされ、袋詰めでスーパーの棚に並ぶ工場生産品が主流で、カフェで出される食パンを使ったクロック・ムッシューには、スーパーの売り場でも鼻につく、袋詰めパン独特の酸味を感じた。どこのカフェにもクロック・ムッシューはあれど、おいしいクロック・ムッシューはとても少ない。その夏から長らくそう思っていた。
リピート必須のクロック・ムッシューに出合ったのは、2013年の夏。デパート『ボン・マルシェ』から徒歩で7、8分のところにオープンしたカフェ『トラマ』でだ。食パンで作られるクロック・ムッシューでおいしい店のものは、どれも薄切りだったのに、ここでは1.5cmほどの厚みにスライスされていた。それに、弾力のある生地で噛みごたえもある。聞けば、卸し専門のブーランジュリー『プージョラン』のもので、ベシャメルソースを挟まず、チーズの風味が濃厚な、けれどくどさの無いクロック・ムッシューは、チーズとハムとパンがトリプル主役のようなおいしさだった。ところが『カフェ・トラマ』は閉店してしまい、私は嘆いた。
それから2年を経て、今年の4月。カフェ『トラマ』は、6区から5区へと場所を移し、本屋さんを併設した『トラム』として、生まれ変わった。オーナーのマリオンとポールは健在で、厨房では、『トラマ』時代と同じように、かつてひとつ星レストランのオーナーシェフだったマリオンのパパが腕を振るう。そして、常連客たちの期待に応じ、メニューもほぼ同じで復活、大好きだったクロック・ムッシューも名を連ねていた。(こちらについては、ぜひ本誌をご覧ください)。
そう、メニューはほとんど以前と変わらぬままだったのだが、ひとつ、新顔が混じっていた。プルド・ポークのタルティーヌ。
この連載のVol.3でも紹介したけれど、プルド・ポークは、"料理サンドイッチ"を出す店でちらほら見かける具材だ。ただ、思い浮かぶものはホットドッグのような形態か、食パンタイプのソフトなパンで挟んだサンドイッチで、タルティーヌ(=オープンサンド)はまだ見たことがなかった。「おそらくハード系のパンが土台だよなぁ」と想像して、早く確かめたい気持ちになった。メニューには、野菜のコンフィも併記されている。軽やかな仕上がりの料理が多いこの店で、こってりの一皿ならば、それは食べてみたい!とさらに興味が湧いた。
10種類以上の夏野菜がのった、「プルド・ポークのオープンサンド」

そして、爽やかな夏の風が気持ちいい7月のある日、食べに出かけた。
出てきたタルティーヌはボリューム感満載で、パッと見ただけでも10種を優に超える素材が見て取れた。添えてあるものと思っていた野菜のコンフィは、タルティーヌの具材として盛られているようだ。宝の山を崩さぬまいとするかの慎重さで、フォークの先で少しずつ肉の繊維をほぐしながら切り取りやすそうな一角を探り、ナイフを当てた。パンの表皮の香ばしさが伝わってくる。
ひと口目にまず、できる限り全部の具を、満遍なく頬張りたい!その一心でひと口大に切ったパンの上に盛り付け、かぶりついた。と、予期せぬ味の広がりに、改めて具の山をフォークで探る。ナス、ピーマン、玉ねぎ、松の実に、緑と黒のオリーブ。フランス語で「野菜のコンフィ」と書かれていたのはカポナータだった。甘みのしっかりついたプルド・ポークが、カポナータと合わさることでいきなり夏の味になっていた。さらに、オリーブの塩気が、こってり味をきりっと引き締め、全体的にさっぱりとした印象に変換させている。
他にも何か、南仏を思わせる味を感じて、今度は舌で探り当てようと口の中に意識を集中した。アンチョビが潜んでいる気がするなぁ……。控えめに、ところどころハーブにかかっているピストゥソース(ニンニクとバジル、オリーブオイルをあわせて作る)に入っているのかも、と、ちょうど厨房から出てきたシェフに聞いてみると、そうだと言う。本当にほんの少しだけ加えている、と。
甘さと酸っぱさが同じくらいの強さでとても食べやすい赤タマネギのピクルスと、酸味がプチっと弾けるスグリの実の存在も大きかったと思う。ハード系の、生地が白くないパンが土台だったことも、おなかへの負担を軽くしていたのだろう。最初、出てきた皿を見たときには、「これは相当おなかいっぱいになるぞ」と少し身構えたのに、実際の食後感は、クロック・ムッシューよりもずっと軽くて驚いてしまった。それで、思わず、食べるつもりのなかったデザートも注文したほどだ。
前はクロック・ムッシューを目当てに出かけていたけれど、夏のバカンスが明け、最初の再訪は、このタルティーヌを頼むかもしれないなぁと今から迷っている。
『Tram』

August 04, 2021 すべての具材は店主の手作り、幻の「バイン・ミー」。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.7
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No93に登場した『ミン・チー』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

自家製の豚肉でんぶや野菜のペーストが全体の味の決め手。
いやぁ、びっくりした。あんまりおいしくて、一口食べて飲み込んでは、肘をつき手の甲でおでこを支える格好になって、考え込んでしまった。
というのも、そのおいしさの出所が、どうじっくり味わってみても、さっぱりわからなかったのだ。どれひとつとして、パキッとわかりやすい味のものはなかった。どれもが、その内側においしさを秘めたままでいるような、そんな味だった。
4月の終わりに買いに行った、数日間限定で販売された『ミン・チー』のベトナム風サンドイッチ、バイン・ミー。レストランの営業が許可されていなかった期間に、ひとりの料理人がすべての具材を一から作ったそのバイン・ミーは、2月にも一度売られて、12時から発売なのに、12時に行くともう完売、という幻のサンドイッチになっていた。多数のリクエストにより、2度目の限定発売が企画され、今度は、インスタで告知をして、DMで注文、ペイパルで前払いというシステムになった。
2月に、2度買いに行って2度とも逃した私は、今度こそ食べてみたかった。それで、告知の投稿を見るや、すぐさま注文したのである。肉入りと、ヴィーガンの2種類あったから、両方買った。
サンドイッチに調味料やソースはかかっていなかった。肉入り、ヴィーガンともに、肉汁と野菜汁をそれぞれソースとしてかけているだけで、あとは自家製の豚肉でんぶや野菜のペーストが全体の味を決める元になっていた。
パンは、あるパン屋さんに特注したらしい。生地がふっくらとして、形もぷっくらしたそのバゲットは、手作りバイン・ミーに見事に合っていた。
あんまりおいしくて、そのおいしさの在り処を見つけたくて、すごく考えながら食べていたら、考え込みすぎていたようだ。半分ずつ食べて残りは朝ごはんにしようと思っていたのに、一気に二つ食べてしまった。気付いたら、なかった。
ダイレクトに”おいしい”が直撃してくる!
翌週、また注文した。その日が最終日だった。味わえる最後のチャンス。
初めて食べたときに「こんなおいしさは初めてだよ!」と驚いたものに、2度目も同じような感動を得られるとは限らない。
けれど、このバイン・ミーには、1度目以上に「めちゃめちゃおいしい!」と心が踊った。その感動は、凝りが酷すぎて「1度目のマッサージでは届いて欲しいところまで実は届いていなかったんだ!」と2度目にマッサージを受けたときに発覚したような感じに似ていた。
1度目はそのおいしさの正体も在り処も分からなくて、探っていくうちに食べ終わってしまった。2度目は、まず何も考えずに噛り付いたら、ダイレクトに“おいしい”が直撃してきて、興奮した。
幻のバイン・ミーは3週間のポップアップでカムバックしたのだけれど、販売されるのは木曜から土曜の3日だけで、実質9日間という、かなりの限定発売ぶりだった。でも、聞いて納得した。ともかく、仕込みに手間と時間がかかる。
肉バージョンに挟む豚ばら肉は、数日間塩漬けしたものを蒸してから、五香粉を加えたマリネ液で24時間マリネする。でんぶは、豚のヒレ肉をマリネしてから、焼き色がつかないようにごく弱火でじっくりゆっくりと火を入れ、それをほぐす。3キロのヒレ肉で、サンドイッチ150個分のでんぶができる。

ヴィーガンサンドの湯葉のパテは、乾燥の湯葉を水で戻し、塩・コショウ・砂糖で味付けをしてロール状で1時間休ませてから、バナナの葉で巻いて2時間半蒸す。
店主のミン・チーさんは、ベトナム人の両親のもとフランスで生まれ育った。両親はベトナム料理店を営み、20年ほど前、店の裏に仏教の寺院が建立され、ヴィーガンはそこで学んだという。今回のヴィーガン・バイン・ミーも、その、寺院での学びをもとに考えられたものだから、具材を調理するのに、ニンニクなど刺激の強いものを加えていない。唐辛子のピクルスは、サンドイッチを受け取る時に、オプションで追加できるように用意していた。
取材をお願いしたらレシピを丁寧に教えてくれて、何がなんだかわからないけれどともかくおいしいレバーペーストに見える茶色のペーストの正体がわかった。玉ねぎ、豆腐、しいたけ、マッシュルーム、ピーナッツ、カシューナッツ、醤油、塩、コショウ、砂糖、大豆クリーム、グレープシードオイル。色の秘密はカカオパウダーだった。
あんなにも、滋味深いサンドイッチは味わったことがないんじゃないかなぁ。いつかまた、食べられることを切に願っている。
『Minh-Tri』

June 24, 2021 切っても、折っても、丸めてもおいしい!魅惑のナンサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.6
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No92に登場した『ナニー』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

初日から100人以上が並ぶ、売り切れ御免の大人気「ナンサンド」店。
今年2月から5月の初めまで、彗星の如く現れては消える、ポップアップショップのサンドイッチを立て続けに味わった。期間限定で販売されるそれらは、美味しいと分かるや、瞬く間にSNSで評判になり、開始翌日には長蛇の列が出来る現象まで生まれた。
中でも、道行く人々が「なにごとだ?」と立ち止まるほどの行列で、その様子がまたインスタグラムのストーリーズで拡散されることによって、さらなる評判を得たのが『ナニー』だった。
『ナニー』は、偶発的に誕生したという。きっかけは、家でのごはん。本業は写真家、そこから、ブログ→ケータリング→旅の写真→ホテルやアルコール類の広告写真を手掛け、現在は”食のクリエーション・スタジオ”を謳うユニット「The Social Food」のマチューとシャーリー。そして、シェフ・シルヴァンの3人で、ある夜、食卓を囲んでいた。
パンがなくて、その代わりにと、シルヴァンがナン生地を作ってフライパンで焼き始め、そのときあった食材をのせたり巻いたりしたら、すごくおいしかった。楽しくなって、翌日改めて「色々試そう!」と何種類もの具材で試作してみると、可能性がどんどん広がることがわかった。それにやっぱりおいしくて楽しい。それで、“これを販売しよう!”と、思い立ったら吉日。すぐに実現することにしたそうだ。オンライン注文でのデリバリーツールは使わず、直接買いに来られる人だけに……と、1日40個のつもりで始めた。ところが、「The Social Food」のSNSアカウントで告知をして迎えた初日。予想をはるかに上回り、100人を超える人が並んだのだ。
私は、そういったイベントだとか新規オープンだとかに、のっけから飛びつかない。”これは、自分の好きな感じかなぁ?”と少し様子を見る。だけど、毎日アップされる、仕入れによって変わる具材と、その試作品の完成図を連日見ていたら、何やらえらいおいしそうで。おまけに、仕入れた素材は使い切ったら終わりだから翌日にはなくなる、とあって気持ちが急き立てられた。その上、開催は13日間と短い。早々に行くべくスケジュールを調整し、初『ナニー』に臨んだ。

箱を開けると、そこには、小躍りしたくなるほどきれいなナンサンドが!
開店前に配られる整理券は、購入希望個数分渡される。すぐ近くで働く料理人の知人とシェアする約束をして、3種類食べてみたいと、3枚のチケットをもらった。なのに、なのに……。
全4種類の具材から何をチョイスするかは、注文の順番が回ってきたところで、決める。いよいよ、次の次、とワクワクが高まっていたそのときに、告げられた。「シイタケは、売り切れました〜!」。シイタケは食べてみたい具材のひとつだった。なのに、目の前で、去って行った。
この日は結局、仔羊の挽き肉にミント蜂蜜ヨーグルトソースを合わせた「Naany Agneau」と、グリーンピースに小ぶりのアーティーチョーク、そしてグリーンアスパラにカラブリア風ペーストを合わせた「Naany Green」の2つを食べてみることにした。
注文をして外で待ち、数分後、箱を受け取って、移動する前にその場でぱかっ。箱を開けた。
・・・・・・うわぁぁぁ!!!きれい〜〜〜!
写真で何度も見ていたのに、目の前に現れたそれに小躍りしたくなった(盛り付けが崩れるのを恐れて、小躍りはかろうじて制した)。
急いで知人の仕事場へ向かい、逸る気持ちを落ち着けつつ、いざ一口。
料理人の彼女と並んで座り、互いにしばし無言で、それぞれ中身を探るように食べた。「Naany Agneau」、ソースがすごくおいしい。仔羊を挽き肉にしてサンドイッチの具にすると、こんなにも印象が変わるのか、と目を見張った。牛そぼろのごとく、サフランライスの上にたくさんのハーブや玉ねぎと散らして、混ぜごはんにしても美味しそうだ。
それに、「Nanny Green」の生地に塗られた赤いペースト。ピーナッツと思われる粒々のほかは正体が掴めない。でも、やたらとおいしい。
「これ、また食べたい」。レストランの営業停止期間を利用して開催された、このポップアップショップ。もう別の機会はないかもしれない。食べとかなくちゃ。
コチュジャンと柑橘が合わさった、タコ・ナンサンド。
そうして、その2日後、再度私はサンドイッチを待つ列に加わった。並びながら、またもドキドキした。サンドイッチは、もはやエンターテイメントな気さえした。この日は幸い、逃したシイタケのリベンジに成功し、新たに登場したタコ・ナンサンドも買えた。私が注文し、支払いを終えるとスタッフが外に出て、「タコは売り切れました〜」と叫んだ。どうやら最後を、ゲットしたらしかった。
家に持ち帰り、やってみたかった食べ方を試した。“ロール状にしたら味が違うんじゃないか”。2日前に食べ終わったあと、そう思ったのだ。果たして、ロール状のほうが、美味しく感じた。よりジューシーで、特に、生地に塗られたペーストの香りが際立った。卵が少し潰れることで、具材全部をつなぎ合わせる役割を担い、それにより生まれた一体感が新たなおいしさとして口の中も、気持ちも満たした。

スペインとの国境に近い、フランス南部ペルピニャンに住むシャーリーのおばあさんのレシピをベースにアレンジした、タコ・ナンサンドに塗られたスイート&スパイシーアイオリソースが、これまた後を引いた。コチュジャンと柑橘が加わり、これだけを舐めていたい味だった。「The Social Food」の2人は、それぞれの名前の頭文字を合わせ、Matshi(=Mathieu+Shirley)というソースを作っている。シャーリーは唐辛子が大好きで、それにペルピニャンの柑橘農家の産物を活用したくて、開発したオリジナルソースだ。各果物が届いた分だけでソースを作るから、これもやはり数量限定で、このポップアップで発売された金柑入りは即完売。
『ナニー』の各サンドイッチに、爽やかな甘さと辛みを加えていたのはこのマチソースだ。ラベルのデザインも魅力的で、迷わず購入した。それからというもの、パスタにも、お肉や魚を焼いたときにも、数滴かけて、大活躍だ。これまでタバスコか柚子胡椒を添えていたところに、新たな選択肢が加わった。
ナイフで切るだけでも、一口サイズに折っても、はたまた丸めて食べるのもアリで、その都度表情を変える『ナニー』のナンサンドに出合って、またまたサンドイッチの奥深さに引き込まれた。
『Nanny』

May 27, 2021 春の味覚は行者ニンニクのペーストで。旬を詰めたベジサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.5
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No91に登場した『ミショー』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

"ポップアップ型サンドイッチ店"の登場。
『&Premium』本誌で、サンドイッチの連載を始めてから2年半。その間に、サンドイッチの販売カウンターもあるビストロの煮込み料理を挟む日替わりサンドイッチ(本誌No64、『ル・プティ・ヴァンドーム』) や、レストランを経営していたシェフがパン屋に転向した店のサンドイッチ(本誌No85、『サン・ブーランジュリー』)など、調理された具を挟む食べ応え抜群のソウルフードたる味わいをいくつも紹介してきた。そして当連載のVol.3では、それらがさらに進化した“料理サンドイッチ”の出現について触れた。
さて、今回。訪れたのは、オペラ座からほど近い場所に出現したポップアップのサンドイッチ店『ミショー』。インスタグラムにアップされた投稿を見て、書かれていた住所に行ってみると、そこはレストラン『La Fontaine Gaillon』の厨房通用口だった。折りたたみ式の小さなテーブルで扉を抑え、開け放している。そのテーブルには野菜の仕入れで使われる木箱を裏返し、上にiPadを立てて即席注文カウンターを設えていた。扉の脇は、額に入れられたゲンズブールの写真、ランタン、ダイヤル式の電話やスケートボード、ショートボードに鉢植えなどでデコレーションがなされ、ちょっと陽気な雰囲気だ。
この場所でサンドイッチを作っていたジュリアン・セバグは、ギャルリー・ラファイエットの屋上レストラン『トルトゥーガ』をはじめ、4軒の店を任されるシェフである。『La Fontaine Gaillon』のスタッフではない、というところが面白い。レストランの営業ができない期間に厨房を使わないかと『La Fontaine Gaillon』から話があり、ポップアップの開催が決まったという。

「トマトのコンフィ、ルッコラ、オリーブ......。春のベジサンド」
レストランの営業が再開されるまで、という期間限定の店で販売されたのは、牛肉のシチュー、ローストチキン、そしてベジタリアンの3種のサンドイッチ。レヴァント(東部地中海沿岸)地方のパン屋さん『Babka Zana』のハッラー(hallat=ユダヤ教徒が安息日に食べるパン。乳製品を加えずに作られる)を使い、ボリューム満点、華やかな姿をすでに投稿で見ていた。
初めて買いに行った日。ベジタリアンサンドの具はカリフラワーだった。迷った挙句、牛シチューとローストチキンの2つを買った。どちらも、脇役たちの面子と配役が新鮮で、“これはベジタリアンも食べてみたい。同時に取材依頼もしよう”と1日置いて出向いた。そうしたら、その場で取材をすることになり、そして、ベジサンドはその名も“Spring”の春バージョンに変わっていた。
期せずして、登場早々に味わえることとなったそのベジサンドは、ルッコラがめいっぱい挟まれ、トマトのコンフィと小粒のオリーヴで、春というよりは夏を思わせた。家に帰るまでに寄る場所があり歩き回ったからか、道中でちょっとパンが崩れてしまったようで、その割れ目で切って食べることにした。初日、大きさに驚いてサンドイッチの全長を測ったのだ。27cmあった。ひとつ丸ごとを手にして頬張るには、だいぶ大きい。

いざナイフを入れ、切り離そうとしたら、外からは見えていなかったストラッチャテッラ(ブッラータチーズのとろーっとした部分)がびよーんと出てきた。おぉ〜!真っ白なチーズとハーブのペーストに彩られたパン生地が美しい。目を奪われたその箇所の味を確かめたくて、手前からではなく、いちばん奥の、味が染み込んでいそうなところにかじりついた。ペーストからにじみ出ているのか、後からかけてもいるのか、オリーヴオイルがたっぷりで、パンの内側全体が湿っている印象だ。でも、オイリーかというとそうではなく、透き通った味わいで、もたつき感もない。昨年の夏に作ったというトマトのコンフィは甘みと酸味を併せ持ち、カラマタ・オリーヴは手で潰して種を抜き取っているのだろう、ちぎったような感じの少し潰れてくたっとした身が、他の具と馴染んでいる。鮮やかなグリーンは、春にほんの2、3週間だけ出回る行者にんにくをペーストにしたもので、それが、ルッコラ、トマト、オリーヴと馴染みある具材のサンドイッチを、ひと味違うものに仕上げていた。惜しみなく加えられた松の実と、オレガノの香りにも誘われて、コート・ダジュールの海岸沿いに行きたくなった。
それにしても考え込んでしまったのは、パンの威力。とても弾力のある、噛んで美味しいパンで、サンドイッチの味わいの中に、弾力から得る食感が多分に含まれるように思った。ものすごくコシの強いうどんみたいだ。結局、ポップアップ開催中に3回食べた。
一見、自分ですぐにでも出来そうなのに、昨夏の旬をぎゅっと取り置いたトマトのコンフィの風味は、今の季節に生み出せないし、そして行者にんにくの時季だってあっという間に過ぎ去ってしまった。作れないじゃん!と、してやられた感になんだか嬉しくなりながら、こんな風に季節を感じて、名残惜しくなったサンドイッチはこれまでにあったかなぁ、とまたひとつ新たなサンドイッチの記憶が胸に刻まれたことをまた嬉しく思った。
今回書ききれなかった牛シチューサンドについては、ポッドキャスト「今日のおいしい」でお話しします。
『Micho』

May 11, 2021 濃厚生クリームにクミンが香る、スモークニシンのライ麦パンサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.4
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No90に登場した『テン・ベルズ・ブレッド』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

「スモークニシンのライ麦パンサンド」
サンドイッチを包みから取り出そうとしたら、おむすびみたいな匂いがして思わず手元を確かめた。それは間違いようもなくパンで挟んだサンドイッチなのだけれど、放たれている匂いは、干物そのものだった。これはなかなかの衝撃だ。鼻に近づけると、ピクルスから来るのだろう、酢の匂いも加わり、酢飯に焼いた干物を載せたかのような印象だ。
一体どういうことだろう?もしやこれは和風仕立てなのか?
そう、未知の世界に誘い込まれた。期待と、「これ、好きかな…?」という若干の疑念が入り混じるのを自覚して、それを断ち切るようにひと口。
途端に、意識が外国へひとっ飛びした。ターメリックとクミンを入れて漬けたピクルスの存在感に、控えめな酸味を伴ったクレーム・フレッシュはクリームチーズと見紛う濃度で、ライ麦粉パンのちょっとねっとりとした生地は噛むごとに粘り気が出そうな気さえする。食べる前には明らかに主役と思われたニシンは、干物のような塩気と燻製香、それに干した魚特有の締まった身の食感で、それだけを味わえば、確かに主張が強い。だけれど、ピクルスの甘みと酸味とクミンの香りにちょっとピリッと喉を刺激するマスタードシードが、W主役の勢いで現れて、最後にクレーム・フレッシュの脂肪分が全体をひょいっと丸く包んで、全部を連れ去っていった。
もうひと口、と気持ち新たにかじりつくと、改めてニシンのキリッとした塩気に目の覚める思いで、そこに覆いかぶさるようにピクルスを彩る構成員たちが再び顔を出す。そしてそこで気がついた。後ろ手に控え、それぞれの主張を吸収するライ麦パンが大きな仕事をしているぞ、ということに。

白い生地のパンだったら、それぞれの尖った部分を受け止めきれないのではないだろうか。ちょいと強めな酸っぱさとスパイスの風味と脂っこさに塩気が、行き場を見つけられないまま暴れちゃったかもしれない。これは、この黒いパンだからこそ、成り立つように思った。
パンをペラっとめくって、じっと見つめ、アジの干物をサンドイッチにするなんて考えたことなかったけれど……と想像した。クリームチーズを塗って、なんなら塩気が強めのバターでも良いのかもしれない、それにお新香の残りとアジの干物をほぐして、全粒粉やシード入りのパンで挟んだら美味しいのかもしれないなぁ。そば粉のパンが手に入るなら、それも良さそうだ。
ショーケースにずらりと並ぶ、
色とりどりのサンドイッチ。
色とりどりのサンドイッチ。
『テン・ベルズ・ブレッド』は、コーヒーショップ『テン・ベルズ』が4年前にオープンしたパン屋さんだ。立ち上げメンバー3人は、『テン・ベルズ』をオープンする前、パリの別の場所で『バル・カフェ』というカフェ・レストランを経営していた。バル・カフェの週末ブランチは、それは美味しくて美しく楽しいものだった。ことさらスコーンが美味で、私は大ファンだった。
そんなわけで、料理を提供していたユニットがパン屋をはじめ、そのサンドイッチが種類豊富になるのは、自然な成り行きかもしれない。

『テン・ベルズ・ブレッド』のショーケースにはランチタイムを直前に、色とりどりのサンドイッチが勢ぞろいする。具材によって使われるパンは異なり、それぞれのサンドイッチは半分に切って中身が見える状態で並んでいて、ハーフ・ポーションでも購入できる。
本誌で紹介したハムカツサンドには食パンだったけれど、その後に登場したチキンカツサンドはチャバタで作っていて、ハードでより香ばしくそしてキリッとした仕上がりで、同じカツサンドでも印象は全く違うものになっていた。そんなパンチある肉系サンドを半分に、野菜だけのサンドイッチもハーフ・ポーションで一つなんて組み合わせ方もできるのが嬉しい。カツサンドをはじめとした“スペシャル”と謳ったサンドイッチは、週に3回具材を変えるそうだ。
一方で、月曜日はノー・ミート・デイとして、ベジタリアンサンドだけを販売する。週に1回くらいお肉を食べない日があってもいいんじゃない?という提案をしたくてのルーティン。
他にも、フランスでは商品化されない乳清を生産者から譲り受け、水の代わりとしてライ麦パンに加えたり、パン粉はフォカッチャの切り落とし生地で作る。売れ残ったパンはフード・ウェイスト一掃を促進する慈善団体に引き取ってもらい、店ではゼロ・フード・ウェイストを実践するなど、美味しくて楽しい上に地域と環境への取り組みにも積極的で、そんなところにも惹かれ、以前にも増して頻繁に買いに行くようになった。
何度行っても、サンドイッチがきれいに並ぶショーケースを見ると、心が踊る。「今日はあれにしようかな」なんて目処をつけていくのに、毎回目移りしてしまう。その時間がまた楽しい。15時を過ぎると、サンドイッチのショーケースは空っぽで、ヴィエノワズリーもほぼ売り切れる。週末は特に、12時を過ぎるやいなや人気の具材は売れてしまうから、張り切って出かけた方がいい。
『Ten Bells Bread』
April 21, 2021 リンゴのピクルスが隠れていた!プルド・ポークのサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.3
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No89に登場した『コロロヴァ』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

"料理サンドイッチ”の出現。
すごい時代になったな、と思う。サンドイッチの概念がここまで変化するとは予想だにしなかった。ほんの2年前は、どこのパン屋のバゲットを使い、ハムはどこどこから仕入れ、チーズは何ヶ月熟成で、なんて話をしていたのだ。それがいつしか”料理サンドイッチ”なるものが台頭し始め、さらには店で自家製のパンを焼くことが珍しくないところまで来てしまった。そんな事態を加速させる社会的背景があったことは確かだが、それにしても、である。軽食を表す言葉、「カス・クルート(casse-croûte)」を象徴するクラシックなサンドイッチも根強い一方で、レストランで食事を楽しめない今、ひと皿の料理を食べたかのような満足感を得る、手間をかけ工夫を凝らしたサンドイッチの出現が引きも切らない。
パティスリーだって、
サンドイッチを作るのだ。
サンドイッチを作るのだ。
前回この連載に登場した『モコロコ』は、パティシエールの奥様のレシピで食パンやバンを焼いている。そして今回、本誌No89でも紹介した『コロロヴァ』はパティスリーで、以前からブリオッシュなどヴィエノワズリーは商品として作っていた。
パティスリーがサンドイッチを作ることの強みは、何と言っても、そこだろう。自分たちの作りたいサンドイッチに合うパンを探す必要はなく、もともと自分たちで作っているものを具材に合わせて調整する技術を持っていること。
本誌に掲載した、バターナッツかぼちゃのフライを挟んだサンドイッチは、ピーナッツが潜むサクッサクの衣に包まれたバターナッツが何ともジューシーで、衣の熱で溶けたヤギ乳のチーズの塩気がキリッとアクセントを放っていた。
そして、几帳面に重ねられた水っぽさを感じさせないサラダほうれん草がぎゅっと集中した青々しさで全体を引き締める。最後に不意打ちで現れた洋梨の、艶やかで爽やかな甘みと口どけ感に儚さまで感じるという、そのバランスの取れた味と食感の構成はまさにアントルメ(=ケーキ)で、他ではどこでも食べたことのない味だった。
実はもう一つ、具材としては他店でも見ることのあるプルド・ポークのサンドイッチもあったのだ。これには、長方形に成形したパン・ブリオッシェ(食パン生地が少しブリオッシュ寄りになったパン)を使っているのだが、これがまたもちもちしていてとても美味しい。それに、プルド・ポークと言ったら、濃厚な味付けが肉の中に浸み込んでいて、噛むごとにジュワッと出てくる液に、早々と満腹感を覚えることが多いのに、全くくどさを感じなかった。ミックスしたスパイスで肉をマリネしてからじっくり火を通すのではなく、焼き目をつけてから野菜のブイヨンで5〜6時間じっくり煮込んでいるそうで、それでだろうか。さっぱりしている。バーベキューソースの代わりとなる自家製ソースには、リンゴのコンポートと水を足さずに作るキャラメルを加えて、とろみを出しているというが、こちらもそのさじ加減はお手のものだろう。そしてこのサンドイッチも、いちばん下にリンゴのピクルスが隠れていた。この甘酸っぱさがまた抜群に効いており、一度リンゴピクルス入りを食べてしまったら、もう元には戻れない、舌にその存在を刻み込む隠し球だった。

週末だけ営業をしていたのが、4月に入ってからは、水〜金曜日もオープンするようになり、新たにスコッチエッグもメニューに加わっていた。きっと衣にまた何か隠し味が仕込まれているのではないかなぁ。近々買いに行こうと思っている。
『Colorova』

March 25, 2021 アーティチョークをソースに。甲いかをグリルしたロールサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.2
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No88に登場した『モコロコ』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

サンドイッチの概念が覆された!
すごく美味しいけれど、でもなぁ……と、連載で紹介することを渋るサンドイッチがある。ロールサンドイッチだ。なぜか。写真が難しいからだ。どうやってもその美味しさを伝えられる写真が撮れる自信がない。本誌の連載では、サンドイッチの写真は形に沿って切り抜き、具材を指し示しているが、ロールサンドはこれもまた難しい。中身の見える面積が極めて少ない。
それが、このウェブ連載を始めたことでいよいよ晴れの舞台に立つ日がやってきた。
本誌No88で掲載した『モコロコ』は、バンズで作るバーガータイプとロールサンドをサンドイッチとしてメニューに掲げいて、紹介したいけれど……と長らく躊躇っていた1軒だった。
ある日、食パンでのサンドイッチが登場したことを知り、すぐに買いに行った。それが今月号に掲載のハルーミ・グリルド・サンドイッチなのだが、実は同じくその日のメニューにあったロールサンドがまた、他ではどこにも見つからないだろう独自路線の逸品で、ひと口ふた口と食べたところで、鼻から大きく息を吐き、うつむいたまましばらく顔を上げられないほどに考え込んだ。2つともが、「結構サンドイッチは食べ込んでいるよ!」と自負し始めていた私の、サンドイッチの概念を覆した。
「甲イカのロールサンド」

Today’s specialのロールサンドは、甲イカのグリルに、トレビス、アーティチョーク、赤玉ねぎ、そしてケッパーとタヒニ(中東のごまクリーム)が具材と書かれていた。けれど食べてみると、どこにもアーティチョークは見当たらない。
どこにいるかと思えば、実のところ、全体に散らばっていた。ソースになっていたのだ。アーティチョークの根幹(花托部分)をグリルし、ドライトマト、揚げニンニク、パセリ、ケッパーと合わせ、そこにレモン汁と酢を加え撹拌した、それだけでサラダとして成り立つような材料のソース。
本誌で紹介した食パンサンドの方も、一見してわかる具ではなく全体に散りばめられたピンクベージュのソースが主役に思えたが、このロールサンドもしかり。
もちろん、一見してわかる具の方も抜かり無い。イカは火が入りすぎないよう、1枚のままグリルし、焼き色が付いてから切り込みを入れる。Pain de sucre (チコリの仲間で、白菜のような形の葉野菜)はさっと焼き、対してトレビスは1時間ほど前に塩とレモン、オリーヴオイルで味付けをして、火を通していないけれど、少し火を通したかのような食感に仕立てる。
『モコロコ』は『モコナッツ』という、店主であり厨房で腕を振るうオマーの出身地、レバント地方(東部地中海沿岸地域)の料理を出す小さなレストランの姉妹店だ。故にサンドイッチにもその味わいが反映されているのだが、それだけじゃない。
オマーの料理を引き立てるパンを作るのは、奥様の日本人パティシエ、モコさんだ。オマーは日本の食パンが大好きらしい。本誌で紹介した食パンサンドは、日曜のお昼に家でよく作っているもので、だから家族の味だという。
ある時、ラストオーダーぎりぎりの時間に買いに行ったら「アキコ、このまま家に帰るの?」と聞かれ、そうだと答えると、奥で食べていっていいよ、とひっそり店内で食べさせてくれた。私がだいぶ遠くに住んでいることを思っての計らいで、もう入り口を閉めた店内でありがたく頂いたのだけれど、そうしたら、とてつもなくいい匂いが漂い始め、焼きあがったバンズが次々とカウンターに並べ始められた。
そのバンズを使った新メニューで、トリッパサンドが数日前に登場し、昨日食べに行った。フィレンツェ風トリッパの煮込みにグリーンソースを合わせたこのサンドイッチもまた、なんて形容したらいいんだろうか…と途方に暮れる美味しさで、またいつか、これに関しても、書けたらいいなぁと思います。

March 01, 2021 スパイスとハーブの風味が弾ける、ローストカリフラワーのベジサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.1
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
初回は、本誌No87に登場した『ペニー・レイン』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

ますます、サンドイッチに魅せられて。
『&Premium』本誌で、パリ中のサンドイッチを紹介する連載「パリのサンドイッチ調査隊」をはじめて早2年。パリのサンドイッチ事情は、当初、思いもしていなかった展開を見せ、それに比例して、私のサンドイッチへの探究心もずんずんと奥地へ足を踏み入れている。
最初に作った取材候補店リストには、ブーランジュリーも数軒挙げていた。それが、連載開始と呼応するかのように一軒また一軒とサンドイッチ専門店が出現し、そのほとんどが注文を受けてから作る店で、さらには、店主がもともと料理人だったりする。メニューに名を連ねるサンドイッチは、定番ものだけではない。そうなると、あれもこれもと試したい。
でも、連載で紹介できるのは一つだけ。その一つを選ぶために、えらく悩む。具材のバリエーションが豊かで、文字だけのメモじゃ抜け落ちるところが出てくるから、食べながらスケッチする。そのスケッチを持って取材に行くと、「ここにこんな手がかけられていたんだ!」と、シェフのひと手間を新たに知ることになり、さらに悩ましい。最終的に選んだ一つは、必ずしも、美味しい!と軍配が上がった方ではない。こっちをまず食べてみて!と勧めたいサンドイッチが「来週でメニューから消える」と言われたら、私は、もう一方を記事にする。そして心の内で、“いやぁ、でもなぁ、これも食べて欲しいよなぁ…”と誌面には載らないサンドイッチへの未練を呟くのだ。そんな諦めきれぬ思いや、サンドイッチもだけれど店主が本当に感じが良くてそれさえも味、なんて思う店で交わした会話だとか、本誌では書ききれなかったエピソードを、ここで綴りたいと思います。
「カリフラワーのベジサンド」

本誌No87では、2020年夏に10区にオープンしたサンドイッチ屋さん「ペニー・レイン」のシーフードサンドを紹介。でも実はもう一つ候補がいたのだ。ローストしたカリフラワーが存在感を放つベジサンド。食べると、見た目からは計り知れない味が飛び出してきた。主役の脇を固める布陣には、ニンジンとセロリ、フェンネルの甘みあるピクルスに、小さなキュウリのピクルスはキリッと甘みがなく、火を通していない黄色味がかったカリフラワーもいてオリエンタルな香りがした。
聞けば、カレーパウダーとフェヌグリークにターメリックを加えピクルスにしているらしい。そう、ピクルスだけで3種類。そこにパセリ、ディル、ミント、クレソンが気前よく押し込まれ、奥にはタヒニ(ねりごま)ソースとニンニククリームがたっぷり。緑の甘唐辛子も潜んでいる。
フレッシュな食感と酢の酸味、スパイスとハーブの風味が口の中で弾け、食べ進むたびに元気になるような気がした。3日と経たずリピートしたくなって、再訪し、今度はハドック入りのサンドイッチも買ってみた。これがまた、ひと口ごとに新たな味が顔を覗かせ、あれよあれよと食べ終えてしまった。困ったな、どっちにしよう。共通して言えることは、どちらもフォークが必要だった。具だくさんで、その一つ一つの味わいを確かめるように、奥に潜んだソースを絡めて食べたくなる。それと、細長いピタパンの役割。すべての具を受け止め器としての機能を持ちつつ、ちぎってソースにディップしながら食べるのも美味しくて、最後、ソースが染み込んだところは、丼の底に残ったタレの染み込んだごはんを思わせた。最後に味のついていないパンのかけらを残してしまうような事態には到底ならないサンドイッチ。
見るからに鮮やかなハーブは、注文が入ってからオイルとレモン、塩で軽く和えるらしい。他にもちょっと仕上げをする。だから、受け取りに少し待つ。そして本当は、作りたてをその場で食べるのがいちばんおいしい、と言われた。まだ一度も、イートインは叶っていない。できるようになる頃には、新しいメニューが登場しているのだろう。その日を楽しみに......。

文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。Youtubeも始めました。