真似をしたくなる、サンドイッチ

中はもっちり、表面はカリッ。野菜たっぷりのエッグベネディクト。October 04, 2023

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No119に登場した『オーブ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。サンドイッチ 川村明子
具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。ここはまだ前回のスケッチ。*川村さんから届いたら差し替え。

サンドイッチの作り手のルーツについて。

サンドイッチをテーマにパリを巡っていると、サンドイッチを通して作り手の出自が垣間見えることが少なくない。フランス生まれフランス育ちでも、北アフリカや東部地中海沿岸エリアにルーツを持つ人もいれば、両親ともにアジア人の人もいるし、生まれは他国でも、勉強が目的でやって来てそのまま居を定め、レストラン事業に携わっている人もいて、本当にさまざまだ。軽食の性質をもつサンドイッチには、気軽さも手伝って、より作り手の日常が投影されるのだろう。ルーツに意識が行くのは、それゆえかもしれない。

トルコ風エッグタルティーヌ、なるものに惹かれて。

最近パリで目にすることの増えた、朝ごはんからランチまでを楽しめる店がまた一軒、オープンした。フランス語で夜明けを意味する「オーブ(Aube)」が店名で、メニューを見たら、朝ごはんに"ターキッシュ・エッグ・タルティーヌ"なるものが書かれている。すっかりサンドイッチとタルティーヌの字面に敏感になっている私は、結構な数のメニュー名を見ていると思うけれど、トルコ風タルティーヌ、というのは初めてだ、どんなのだろう?と興味をそそられた。

<a href="https://andpremium.jp/book/premium-no-119/">本誌No119</a>で紹介したトルコ風エッグタルティーヌ。トルコで食べるような味と具材を思い浮かべ、それをフランスの食材で構成したもの。 川村明子 サンドイッチ
本誌No119で紹介したトルコ風エッグタルティーヌ。トルコで食べるような味と具材を思い浮かべ、それをフランスの食材で構成したもの。

アイデアは、こうだ。ゆで卵とギリシャヨーグルト、たくさんのハーブに、唐辛子ペーストでアクセントをつけたトルコで食べるようなサンドイッチを、フランスの食材を用いて、カリフォルニアスタイルで作る。『オーブ』のシェフを務めるのは、アメリカ人のキャリー。在仏歴20年を超える彼女は、アメリカで政治学を専攻してから、パリにやってきて写真学校に入学した。ある日、雑誌で1ページ作るとしたら、という想定で、テーマ、構成を考え、撮影をして、ページを仕上げる課題が出される。中学生時代から飲食店でアルバイトをし、料理が大好きだった彼女は、迷いなく料理ページを作った。クラスメートは全員モードをテーマにしていて、料理を選択したのはただ一人、彼女だけだったそうだ。

ともかく土地のものを使う、をモットーにするキャリー。例えばパンケーキでも、輸入ものになるメープルシロップは合わせず、パリで手に入る季節の花でシロップを作っている。サンドイッチ 川村明子
ともかく土地のものを使う、をモットーにするキャリー。例えばパンケーキでも、輸入ものになるメープルシロップは合わせず、パリで手に入る季節の花でシロップを作っている。

「料理は誰が作った?」「スタイリングは?」と先生に聞かれた。「全部、自分でやりました」。そう答えたら、「これからは、これだけ、料理だけをテーマにしなさい」と言われた。それをきっかけに彼女のキャリアがスタートする。三つ星レストラン『アルページュ』の厨房に入り、料理人として経験を積む傍ら、当時シェフが始めたばかりの菜園に行くときには、カメラマンとして同行した。有名シェフのレシピ本制作では、シェフが作った料理を彼女がスタイリングして撮影、インタビューもこなし、原稿まで書く。一人で何役も担った経験から、やがてコンサルタントも始めるが、コンセプトの提案に留まることに少し飽きてきて、お客と直接触れあう機会を持つべく店をやりたいと思い始めた頃に、『オーブ』との出合いを得た。

地元で採れる食材を使うこと。

そんなキャリーがメニューを考案するときに何よりも軸と据えているのは、地元で採れる食材を用いること。さらに、植物性のものをメインにする。だいたい、お皿の80%くらいを占めるように。だから、一般的には動物性の素材をメインに構成される一品でも、彼女が作ると、野菜が主役でプロテインは脇役だ。特にブランチで人気の品には脂っこいものが多いから、なるべく野菜を加えて、バランスのいいひと皿にしたい、という。

川村明子 サンドイッチ

土曜限定で登場するエッグ・ベネディクトはその筆頭だ。ポーチドエッグにオランデーズソース(レモン汁とバター、卵黄を混ぜ合わせ乳化させたもの)という定番の組み合わせはそのままに、野菜の詰め物をしたズッキーニの花を盛り付ける。詰め物は、その時々で少しずつ余ったハーブや野菜の端っこなどを細かく刻み団子状にしたもの。ゆえに、毎度材料は異なる。いずれにしても、丸ごと野菜。私が食べた日は、フェンネルとインゲン、ポロネギにハーブが何種類も入っていると教えてくれた。もう少ししてズッキーニの花の季節が終わったら、カボチャの花で作ってもおいしいらしい。

生地はしっとり、もっちり。表面はカリッ。

そしてこれらダブル主役を、イングリッシュマフィンではなく、パン・ド・カンパーニュのスライスの上にのせる。これが絶妙な焼き加減だった。生地はしっとりもっちりで、焼きたてのようなフレッシュ感、それでいて表面はカリッ。だけれど皮(クルート)はカリカリ過ぎず、おかげでナイフで難なく切ることができる。ズッキーニの花と卵を絡めて、さらにソースもほんの少し加え合わせたものを半ば潰すように、この焼き加減のパンにのせて食べてみた。

具材をぜーんぶ合わせて、ソースで絡めて、いただきます。ズッキーニの花のファルシが加わって、一見ボリューミーに見えるけれど、スタンダードなエッグベネディクトよりも、逆に軽やかに感じた。川村明子 サンドイッチ
具材をぜーんぶ合わせて、ソースで絡めて、いただきます。ズッキーニの花のファルシが加わって、一見ボリューミーに見えるけれど、スタンダードなエッグベネディクトよりも、逆に軽やかに感じた。

すると口の中で、いろいろなエキスがジュワジュワ出てきて、これまでに食べたことのあるエッグベネディクトのように、少しもそもそして水に手を伸ばしたくなる感覚とは無縁で、これはいいぞ!と膝を打ちたくなった。たまに、パンチェッタを小さな欠片に砕いて加えると、優しかった味わいが途端にキリッとして、塩気が次のひと口を催促する。イングリッシュマフィンは大好きだ。でも、パン・ド・カンパーニュが土台の、いわばフランス版とも言えるエッグベネディクトのほうが、私は好みかもしれない。カボチャの花は食べたことがないから、そのバージョンもやっぱり食べてみたいなぁ。

『Aube』

8 rue de la Main d'Or 75011 ☎️01-83-89-63-82 10:00〜16:00 日月休 トルコ風エッグタルティーヌは毎日朝ごはんから注文可。エッグベネディクトは土曜のランチに登場。サンドイッチ 川村明子
8 rue de la Main d'Or 75011 ☎️01-83-89-63-82 10:00〜16:00 日月休 トルコ風エッグタルティーヌは毎日朝ごはんから注文可。エッグベネディクトは土曜のランチに登場。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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