真似をしたくなる、サンドイッチ
しっとりした分厚いパンがたまらない。トマト、ゴマクリーム……のオープンサンド。September 01, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No118に登場した『ぺ・アン・ブーシュ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
おいしいパンと、サンドイッチにしておいしいパンは、違う。
ずっとそう思ってきた。今もそう思っている。パンだけで食べたいと思わせる、そのままで味わい深いパンは、その力強さで、具材を圧倒してしまうことが少なくない。サンドイッチ屋さんと話しても、それであえて、そこまでおいしくないパンを探した、と聞くことはしょっちゅうだ。特に、具として複数の要素を組み合わせたり、料理としてしっかり味を作り上げたものを挟んだりするサンドイッチを提供する店は、一様にそう言う。要は、バランスの問題で、パンが主張していると感じるようだと具合が悪い。
パン屋が始めた、朝食からおやつまでが楽しめる店。
そう、思い込んでいたから、2cm強と見てとれる『ぺ・アン・ブーシュ』のタルティーヌ(オープンサンド)が出てきたときには、正直、驚き、そしていぶかしんだ。私には日ごろからパンを買いに行く店が5軒ほどあって、『アトリエ・ペ・アン』は中でも最も足を運ぶ1軒だ。この連載でも、サンドイッチを紹介した。その『アトリエ・ペ・アン』が7月、数軒並びに、朝食からおやつまでを提供するイートインが主体の『ぺ・アン・ブーシュ』をオープンすると知らせを受け、さっそく訪れた。
まずは、トマトのタルティーヌ。
7月の初めにしては肌寒い朝だったけれど、青空に誘われて、トマトのタルティーヌを注文した。すると、ん?と、こちらの動きを止める一皿が登場した。盛られた具にまず目が行きがちなタルティーヌで、パンの厚みと大きさに引き付けられた。分厚い。こんなにパンの分厚いタルティーヌは、見たことない。それに、パンの面積が広い。いくらパン屋さんだからと言って、これはどうなんだろう? 疑わしく思う気持ちが頭をもたげた。
様子を知りたくて、フォークとナイフは使わず、手でふたつに切り分けた。パンの生地がしっとりしていることが、まざまざと感じられた。水分を飛ばしたトマトソースと、少し焼き目をつけた、でもフレッシュなトマトはいずれもシンプルな味付けで、パンを味わうためのボリュームなのだろうと思った。
続いて、ゴマクリームのタルティーヌ。
これは、もっとシンプルな食べ方をしたい。それで間をおかずに再訪し、今度はゴマクリームを塗ったタルティーヌ(本誌No.118掲載)を頼んだ。大正解だった。そして、この店で出すタルティーヌは、パンをよりおいしく味わうためのものだ、と思った。別の言い方をすれば、やはり、自分たちのパンの、よりおいしい食べ方を知っていて、それを直球で出している、そんな気がした。
ただ、そこで、はたと考えた。いずれも具の組み合わせはひねりのない、家でも実現可能なものだ。パンを買って帰り、同じような厚みにパンを切って、自分で作ることもできる。近所に住んでいて、「今日はあそこで食べようか」とふらっと行ける距離ならまだしも、私は自宅から45分ほどかかるのだ。天秤にかけたらどっちを取るかなぁと考えた。
結論は、ゴマクリームとメープルシロップを常備しているならいいけれど、わざわざ買うのなら、食べたいと思ったその時に食べに行ったほうがいいな、だった。家で食べるよりも、なんとなくパンがおいしい気がした。そりゃそうかもしれない。パンの鮮度を考えたら、店で食べるのがいちばんだ。もちろん、寝かせておいしいパンもあるけれど、あの、タルティーヌをちぎったときの生地のほぐれ具合は、鮮度が良いからこそ楽しめるものだろう。
最後の具材は、スモークトラウト(鱒)。
いつものごとく、おいしいとわかるとメニューにあるものを全部食べたくなる私は、スモークトラウト(鱒)をのせたものも試したくて、また行った。それまでに食べたふたつと比べると、いちばん具が賑やかだ。それでもやっぱり、印象は変わらなかった。パンがおいしい。具を合わせることで、より、パンがおいしい。
パンを味わうためにサンドイッチを食べに行く、という選択はなかなかないように思う。パンがおいしいと思うなら、パンだけを買えばいい。でも、餅は餅屋と言うけれど、パン屋はこんなふうにパンを食べているのかと垣間見れたような気持ちになった。おいしい食べ方を知っているなぁ、と。
タルティーヌに使われているパン「ぺ・アン・デュ・スクアール」はブーランジュリーで買うことができる。大きなパンで、ハーフサイズでも買える。それでも、たとえば旅行でパリに滞在する場合には、躊躇する大きさだ。パンが好きな友人がパリに来て、ハード系のパンを味わいたいと望んだら、私は「ぜひ、『ぺ・アン・ブーシュ』でタルティーヌを食べてみて!」と薦めたい。そんな1軒だ。