真似をしたくなる、サンドイッチ
とろけるようなイチジクとリコッタチーズのオープンサンド。フランスの菜園で採れたての食材を。October 05, 2024
本誌『パリのサンドイッチ調査隊』、ウェブ『真似をしたくなる、サンドイッチ』の連載番外編。パリ郊外にあるファーム・レストラン『ル・ドワイヤネ』では、食事を予約すると泊まれるゲストルームの、朝食でしか味わえないタルティーヌがあります。番外編では、パリでは決して出合えないであろう、採れたての野菜をのせた季節のタルティーヌにまつわる便りを、お届け。今回は第2回です。
太陽をたっぷり浴びて育った、露地栽培の野菜。
6月から2〜3週間おきに菜園を訪ねるようになって、はや4か月が経とうとしています。その影響か、少し、季節の感覚が変わってきました。これまで、マルシェで野菜や果物を見て感じていたよりも、ずっと早く季節が移行しているのを目の当たりにしている気がします。それはたぶん、『ル・ドワイヤネ』ではすべてが、ビニールハウスではなく露地栽培だから。苗は、レストラン棟から見て、菜園の奥にある密やかな温室で育てられているものもありますが、畑に植え替えられたものは、太陽を直に浴びて育っています。
私自身、買い物をするのはいつも、マルシェに出店するパリ近郊生産者のスタンドです。その中にハウス栽培ものと露地栽培もの両方を店頭に並べている人がいます。やはりハウス栽培ものは、手に取れる期間が長いです。市場に出て来るのも遅く、そして気づくとなくなっている露地栽培もののほうが、ぎゅっと詰まった味で、匂いと風味の違いをたとえるなら、布団乾燥機にかけた布団と、お日様で干した布団の違いに通じるものがあると思います。『ル・ドワイヤネ』は、主にレストランで使う素材を栽培しているから、野菜と果物の種類が豊富です。そして、それぞれの生産量は多くない。つまり、サイクルがとても早い。特に果物は、3週訪れずにいると、青い実がついていたはずなのに、全て収穫されて一つも残っていなかったりするくらいです。
そんなわけで、菜園を巡ると、その日のタルティーヌに使われた素材はもとより、まだ熟していない果物や、育ちきっていない野菜にも目がいきます。夏から秋の始まりにかけて3度訪れた菜園の様子と、そこで採れた産物で作ったタルティーヌは、こんな感じでした。
2024年8月2日
この朝、菜園に出ると、ちょうどスタッフがベリーを収穫しているところでした。赤い実はフランボワーズかと思っていたらブラックベリー。市場では6月に入った頃からフランス南部で生産されたものが出回りますが、パリ近郊で自然の気温に任せて育てたら、この時期に採れるのだと実感しました。生い茂る葉のなかで、ピカンと輝いたぷりっぷりのなすや、元気よく伸びるとうもろこしを観察していたらシェフが様子を見にやって来て、他のエリアも一緒に回ることに。まだ全体的に青いけれど、一つだけ食べられるくらいに熟していた桃を見つけ、シェフはアイデアが浮かんだようです。色味の合いそうな黄色いトマトを一つと、戻りがてらハーブも摘んで、それらでタルティーヌをつくってくれることになりました。
熟れる前のトマトと桃の楽しい食感と、フレッシュな果汁。
これはやっぱり、どうしたってパリでは食べられない。決め手は、桃もトマトも熟れ具合がまだ若いことだったと思います。桃は、歯ごたえが残るくらいの硬さで甘みが前面に出ておらず、果汁がフレッシュな味わいで、旨味の強すぎない黄色いトマトと、とても自然に寄り添ったおいしさでした。その2つの主役に、キリッと輪郭をつけたのが、ドライにしたチェリーとトマトを合わせてほんの少し赤唐辛子を加えたペーストと、ハーブ類です。水気のないレモンくらい酸味のあるスイバに、1枚でも数十粒のスパイスに匹敵するほどパワー溢れる、セロリのエキスを濃縮したような香りのリヴェーシュ、トマトの隣で育った夏の象徴ともいえるバジルが、調味料代わりの味付けに。そこに赤いペーストが深みを与えて、爽やかなのにパンチが効いている、思わず二度見しちゃうような魅力のタルティーヌでした。
2024年8月23日
前回はまだまだ青かったトマトが、この日は、妖精でも出てきそうなくらいに、楽しげに色をつけていました。8月も半ばを過ぎて、すこし秋の気配を感じるようにはなっていたけれど、とうもろこしはさらに背を伸ばし、幾つもの種が栽培されているピーマンも弾けそうなツヤを湛え、夏野菜はどれも今が旬といわんばかりでした。
温室も覗くことにして、室内をひと通り見てから戸口に向かうと、甘く芳しい匂いがフワッと漂いました。どこから来た?と後ずさりするも、気配はなく。なんだったんだろう?と思いながら、外に出ようとしたところで、もう一度香りました。芳しい香りの主は、すぐ脇に枝を伸ばしたイチジク。これがもう、ここは天国か!と思うほどうっとりする香りで、風がそよぐのを待って、顔を上にむけ、イチジクの葉に囲われる中にしばらく佇んでいました。実はまだ青いけれど、だいぶぷっくりしていたから、次回は食べごろになっているかもしれない。そうなったら、どんな香りがするのだろうと想像してまた夢心地でした。しあわせな時間だったなぁ。
水気をたっぷり含んだナスと、自家製黒豚のパンチェッタ。
今日は何が出てくるだろうと楽しみにしていたら、ナスのピクルスに自家製のパンチェッタをかぶせたタルティーヌが登場しました。ピクルスといっても、ひと晩漬けただけの浅漬けで、マリネのほうがイメージに近いかもしれません。このナスの食感が、とても興味深いものでした。水分をたっぷり含んだキノコの軸のような、いわれなければナスとはわからなかったのではないかと思います。スライスしてから塩もみし、エスペレット唐辛子とバジルを加えたオリーブオイルに漬けているそうで、すごく元気になる味でした。それにパンチェッタ。
『ル・ドワイヤネ』は黒豚を放牧していて、ハム類を作っています。レストランの食事では、最初に3種のハムが提供されるのですが、始まりなのにクライマックス級の、おいしさの軸が揺るぎないのです。それをタルティーヌで頬張るしあわせたるや......。塩気がしっかりした構成も、ごちそうの翌日に食べるブランチのようで、前夜にごちそうは食べていなかったけれど、そんな気分まで味わえました。
2024年9月20日
ほぼ1か月ぶりの訪問。この日はまずタルティーヌの撮影をする段取りになりました。告げられた素材は、イチジクです。あのイチジクが、ついにタルティーヌとなって出てくるのかぁと思ったら、作るところからずっと見ていたくて、厨房で見せてもらいました。
リコッタチーズと自家製ハチミツ、イチジクがとろけるようなおいしさ。
出来上がりは、想像を超えた可愛さでした。撮影をしながらもキュンキュンしっぱなしで、食べるのが勿体なくて、手をつけるのに深呼吸したくらいです。でも、食べてよかった。食べたらもっとすごかった。まず、バニラアイスのような黄味がかった自家製リコッタチーズと、ホームメイドのハチミツがちょっとついたトーストしたパンの焦げ目を一緒に食べたら、どこにもキャラメリゼした部分はないのにキャラメリゼした味がして、初っ端から全身がとろけてしまいそうなおいしさが口の隅々まで浸透していきました。このリコッタチーズのテクスチャーが、軽過ぎず少し重みがあって、ふわふわしすぎずフワッとしていて、形容しがたい舌触りの気持ちよさだったのです。ここに主役のイチジクが加わったらどうなったかというと、スケッチ帳にメモした言葉は「信じられないほどおいしい」。どの素材も、風味にほわっとした柔らかさがあり、そして、それぞれの量のバランスが絶妙だったのだと思います。最後のひと口が本当に惜しかった。ずっとおいしさに包まれている感覚で食べ終わりました。
食べ終えてから、カメラを片手に、イチジクの木の下に向かいました。大きく息を吸ってから、少し秋めいてきた菜園を一周すると、もう季節が終わりに差し掛かっているトマトの横で、肉厚な葉の野菜がぐんぐん成長し、出番を待ち構えているようでした。
次回もお楽しみに。
【今回のスケッチメモ】
『Le Doyenné』
木金12:00〜19:00 土日12:00〜22:00 月火水休 ☎︎0658802518
この記事は、Vol.2です。Vol.1こちらから。