和菓子作家 杉山早陽子
August 27, 2023 涼しげな小川を写す、寒天の一皿。
―賀茂別雷神社 (上賀茂神社) 水面―〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.18



賀茂別雷神社(上賀茂神社)
水面(みなも)
賀茂別雷神社、通称上賀茂神社は、鴨川デルタからさらに賀茂川沿いを上がった、京都市内でも北のエリアに位置する。世界文化遺産としても名高く、たくさんの観光客が訪れる神社だ。
時には白無垢姿の花嫁や、七五三の子どもの姿も見られ、境内の白砂の輝きがハレの人々を一層眩しく照らす。一方で、近隣の大学生の駐輪場になっていたり、夏には地元の子どもたちが小川のほとりで涼む姿も見られたりと、地域の人々の日常に欠かせない場所でもある。生い茂る木々が影を作り、夏の日差しから逃れられるこの小川。さらさらと流れる川底には石が転がっており、その影響を受けて水面が乱反射し、美しく輝く。そして、川の水はとても冷たくて気持ちが良いのだ。
まだ暑さの残るこの時季に、小川を写した寒天菓子を作ることにした。川を覆う木々の香りを閉じ込めた透明の寒天の下に、川底を想起させる黒糖の寒天。とても柔らかく仕上げた寒天菓子は、冷たく冷やして食べると、まるで小川の水を口に含んでいるかのようだ。景色を食べたいという思いからまた、新たな菓子が生まれた。
『賀茂別雷神社(上賀茂神社)』京都市北区上賀茂本山339 ☎075-781-0011 参拝5時30分〜17時、楼門・授与所8時〜16時45分 無休
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年10月号より。
July 27, 2023 庭に石を並べるように、ひとつひとつの礫を仕上げる。
―京都仙洞御所 南池の洲浜―〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 番外編



京都仙洞御所 南池の洲浜
礫(つぶて)
17世紀の初め、後水尾天皇が上皇となった際に造営された京都仙洞御所。仙洞とは本来、仙人の住む所を意味し、広い池に架かる八ツ橋や、隅々まで手入れの行き届いた植物の様子を見ると、仙洞という名にふさわしい清らかな空気が流れている。その中でも特に印象的な風景が南池の洲浜だ。
神奈川・湯河原から運ばれた石が敷き詰められ、その数11万1千個。当時、京都まで持ってくるだけでもかなりの仕事だったと想像する。その執念ともいえる石が並ぶ姿は圧巻で、丸い石だけで見立てられた洲浜(浜辺と入り江)の姿が愛おしい。
この石たちを菓子にするべく、松の実を手に取った。卵白に和三盆糖をすり混ぜたものに色付けとして竹炭を入れ、とろっとした液体を松の実にコーティングしていく。石らしい表情を出すために、グレーには濃淡をつけた。表面が乾いたら出来上がり。カリッとした食感と、中から溢れる松の実の油分が味わえる菓子が生まれた。
一個一個コーティングして菓子を仕上げていく作業と、石を一個一個並べていく作業とが時をこえて、重なるように感じた。
『京都仙洞御所』京都市上京区京都御苑2 ☎075-211-1215 参観はガイドによる案内のみ 月祝休ほか不定休 参観料無料 当日枠もあり。
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年9月号より。
May 29, 2023 梅雨の憂鬱を晴らす、雨を模した干菓子。
―京都・東山 高台寺―〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.17



高台寺
緑雨
観光客で賑わう清水にある高台寺は、豊臣秀吉の正室・ねねが秀吉の死後を過ごし、安土桃山文化を色濃く残す寺。敷地には、茶の湯が成立する以前の自由な形式による3つの茶室が構えられている。うちのひとつ、傘亭は、隣接する時雨亭とともに伏見城の遺構といわれ、放射状に竹で組まれた天井の景色からその名が付いた。中に入れば、大きな唐傘の中にいるような錯覚さえ覚える。
また、その茶室の風情はとても簡素なもので、桃山文化の華麗な印象とは程遠い。華やかさで溢れる桃山時代に逆行するように、利休が侘茶を求めたことを思い出せば、高台寺の中にこの茶室が存在することを理解できる。
6月の梅雨時季、この大きな傘の下で食べる菓子はどんなものだろうと想像した。フキの茎の部分を飴がけし、少し乾燥させて干菓子のようにして、雨に見立て真っすぐと仕上げる。鮮やかな黄緑色が美しく残り、噛むとじゅわっとフキの香りが口の中で広がる。雨が続く憂鬱な時季に、この鮮やかな色を目で楽しみ、フキの香りを味わえば、少しは気が晴れそうな気がする。
茶会の開催もある。▷『高台寺』京都市東山区高台寺下河原町526 ☎075-561-9966 拝観9時〜17時30分(17時受付終了) 拝観料600円 無休
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年7月号より。
April 27, 2023 松の木を見上げた先の、青空に漂う雲。
―京都・紫野 今宮神社―〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.16



今宮神社
松雲
京都市北区にある今宮神社は、バスや車の交通量が多い道路沿いに立地し、この界隈に住む人にとっては日常の風景に溶け込む神社だ。観光客で溢れる寺社仏閣の横の小道を入れば、誰かの普段の生活の風景がある。そんなふうに、ハレとケが当たり前のように隣り合っているのが、京都の街の面白さのひとつであると思う。
鮮やかな朱の門をくぐると、それとは対照的に静かな境内が広がり、穏やかな空気が流れている。境内の中心にひときわ高く聳え立つ松がとても印象的で、青空までの視線を導くように上に向かってぐんぐんと伸びている。寺社仏閣にある松といえば、ぐねぐねと曲がりながら低く広がるイメージがあるが、これほどまでに高い松を見かけることは少ない。境内が広く開放的に感じるのは、この松の佇まいによるものかもしれない。
松と青空の風景を写すように、雲の菓子を作ることにした。卵白と寒天という、とてもシンプルな素材でできたその菓子は、雲の食感を楽しんでもらうためのもの。松葉を刺せば、今宮神社の境内からの景色が皿の上に現れる。
正暦5(994)年に疫病を沈めるため行われた御霊会に起源を持つ。▷ 『今宮神社』京都市北区紫野今宮町21 ☎075-491-0082 拝観自由 無休
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年6月号より。
March 27, 2023 明恵上人が一輪のスミレに見出した宇宙を、羊羹の一皿に。
―京都・栂尾 高山寺―〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.15



高山寺(こうさんじ)
菫の宙(すみれのそら)
京都・栂尾にある高山寺。国宝の鳥獣人物戯画が伝わる場所、あるいは日本最古の茶園として有名だが、山の中に聳え立つ寺から見える景色はとても印象深く、人に勧めたくなる。隣の山を背景にして、さらさらと降る春の雨は、ここからしか
見られない景色だ。向かいの山に咲くヤマフジの美しさも忘れられない。寺までの道中でも存分に自然を味わうことができ、苔や草木の緑に足を止められてしまうゆえに、なかなか前に進まず、自ずと寺までの道のりが長くなる。
この寺を開山した明恵上人はこの自然の中で暮らし、森に咲く一輪の菫の花の中に宇宙を見いだそうとした。微塵の中に一切を見る「一即多」(いっしょくた)という考え方で、上人が悟りを開くにはこの山の自然はなくてはならないものだったのだろう。
上人が菫の花と出合った瞬間を想像し、菓子にした。寒天で作った一滴の雫を宇宙に見立て、そこに実際の菫を閉じ込める。雫を受け止めるように、苔や草木の緑をイメージしてヨモギの柔らかい羊羹を作った。明恵上人が菫を通して見た宇宙を、この菓子を食べながら想像していただきたい。
世界遺産のひとつ。▷ 『高山寺』京都市右京区梅ヶ畑栂尾町8 ☎075-861-4204 拝観8時30分〜17時 無休 拝観料800円 秋期別途入山料500円
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年5月号より。
January 27, 2023 正伝寺サツキ餅〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.14



正伝寺
サツキ餅
京都の北、西賀茂という住宅街の山際に位置する正伝寺。その庭は、数ある中でもシンプルで愛らしい景色を持つ。比叡山を借景にし、丸く刈り込まれたサツキが白砂に七、五、三、と並ぶ。丸く刈り込まれたサツキは一般的にもよく見られるが、こうして白砂の上に作り手の意志を映して整然とある姿が普通ではないオーラを纏わせるのだ。
江戸初期に作庭されたのち、昭和時代に重森三玲によって整備されたと聞いて、納得してしまう。重森三玲の造る庭はいつも、訪れた人に確かに訴えかけるオーラを持つ。
和菓子を作る私にとってはこの丸いサツキがおいしそうに見えてならない。道明寺(蒸したもち米を砕いたもの)で小豆の漉し餡を包み、回りに木の葉と浮島をふわふわなパウダーにしてまぶす。そうすると小さくて丸く、愛らしさに満ちたサツキが現れる。重力に逆らわない餅の特性が正伝寺に配されたサツキの形とリンクする。
食べることは、ものを愛でる一つの方法だと思う。正伝寺の庭を見ながらこの餅を食べて愛でることを想像するとにんまりしてしまう。
庭園はデヴィッド・ボウイも愛したという。▷『正伝寺』京都市北区西賀茂北鎮守庵町 ☎075-491-3259 拝観9時〜17時 無休 拝観料400円
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年3月号より。
December 28, 2022 法界寺宝相華〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.13



法界寺
宝相華
仏教美術によく見られる、宝相華(ほうそうげ)という文様。空想上の植物をかたどったもので、調べるうちに、文様を見学できる伏見区の法界寺のことを知った。
住宅街にひっそりと佇む寺。門前に立った瞬間、その美しい風情に期待が高まる。阿弥陀堂にある四天柱と呼ばれる柱に、宝相華は描かれていた。鎌倉時代に極彩色で描かれたそれは既に色褪せ、うっすらとしか見て取れないが、蓮を思わせる花と円を描くように広がる蔓が確かに想像できた。
可憐なさまを菓子にするにあたって、文様を写し取ること、口溶けの良い食感にすることを目指して、2種類の製法を組み合わせた。一つは和三盆糖の干菓子の製法。木型に生地を押し込み型から出すと、彫られた文様がくっきりと現れる。もう一つは焼き菓子の製法。小麦粉に砂糖、杏仁、油を混ぜ、低温でじっくりと焼く。素材を焼き菓子にすることで、ふんわりした食感に仕上がった。
もはや既存の菓子にはカテゴライズできないものに仕上がったので、ニュー和三盆と名乗ることにした。出来上がったお菓子は見た目は力強いが、食すと儚く消える。
阿弥陀堂は国宝。▷ 『法界寺』京都市伏見区日野西大道町19 ☎075-571-0024 拝観9時〜17時 (10〜3月〜16時) 不定休 拝観料500円
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年2月号より。
December 08, 2022 天龍寺遠近山〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.12



天龍寺
遠近山
嵐山といえば誰もが知る京都の観光名所。何度訪れても、川と山、橋が織りなす風景には魅了される。老若男女がここを楽しそうに歩く様子も相まって、とても幸せな空気が流れる。
紅葉する山を見立てたお菓子を作りたいと考えたとき、いつか見た天龍寺の庭園が記憶から鮮明に蘇った。曹源池庭園といわれるその庭は池の周囲を回遊できるようになっており、借景として嵐山や亀山が奥に聳える。不思議なのは、この庭から望む山々は、それら単体で眺めるよりも大きいのか小さいのか、何故かわからなくなってしまうこと。庭の風景と比較して山々を眺めてしまうゆえに起こる現象だという。
この遠近感をお菓子でも感じてもらいたいと、きんとんで山を作った。緑の部分はイチジクの葉のパウダーと抹茶で色付けし、そこにカボチャの餡を植え付ける。夏の名残の緑色と一足早く秋へと向かう黄色、それぞれの色彩がまさに紅葉の山と重なり、小さな嵐山が出来上がった。色づいて深みを増す山を食べたらきっとこんな味だろうという想像から生まれた菓子だ。
臨済宗天龍寺派の大本山。 ▷『天龍寺』京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68 ☎075-881-1235 参拝8時30分〜17時 参拝料500円
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2023年1月号より。
November 01, 2022 京都御苑枯葉せんべい〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 番外編



京都御苑
枯葉せんべい
京都市内の地図を広げると、中心に緑の長方形をすぐに見つけることができる。そこが京都御苑。京都御所の周りを囲むようにある緑地で、東西約700m、南北約1300mの範囲に及ぶ。
市民の憩いの場として愛されるこの場所では、 老若男女が散歩や日光浴、読書、昼寝……と、自由に過ごす。都会と自然が程よく混じり合うこの風景を見ると、「ああ、ここは京都なのだ」としみじみ感じてしまう。
植物も種類豊かで、梅や桜、桃と、四季折々に楽しめる。秋には木の葉が色付き、やがて落ち葉になって、辺りはシャクシャクとした音の出る絨毯に。この上を音を鳴らしながら歩くのは、大人だって楽しいもの。
落ち葉の触感を踏み締めるだけじゃなく、噛み締めたい、と生まれた枯れ葉のお菓子。サツマイモと米粉をベースに食感を表し、風味はほろ苦く、スパイシーな香りに仕上げる。そして、枯れ葉をおいしく食べるためのアイスを添えた。口で味わいながら脳内に広がる風景は、いつ訪れても変わらない、自然豊かな京都御苑だ。
京都御所を囲む公園では500種を超える約5万本もの植物が育まれている。▷『京都御苑』京都市上京区京都御苑3 ☎075-211-6348 入苑自由
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年12月号より。
October 19, 2022 由岐神社熱の味〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.11



由岐神社
熱の味
京都三大奇祭の一つに数えられる鞍馬の火祭。独特な風習を残すことから〝奇祭〞と呼ばれるそうだ。私が最後にこの祭りを訪れたのはもう随分と前だが、今でも「サイレイヤ、サイリョウ」というかけ声とともに、大きな松明(たいまつ)が火の粉を散らしながら、狭い集落を進んでいく様を鮮明に思い出せる。他の祭りにはない熱気と、この土地に深く根付いていることが感じられる体験だった。
火の温度と人々の熱気が交わり、熱くなっていくこの祭りにふさわしいお菓子を想像したとき、どうしても甘い味わいを作ることに違和感を覚えた。代わりに思い出したのは英語の”hot”という単語。熱いときにも辛いときにも使われる”hot”。辛味から火の温度を連想させる味わいが頭に浮かんだ。固めた餅をスライスし、水分を飛ばすために乾燥させる。それを油で揚げ、仕上げに唐辛子、胡椒、塩で”hot”な味わいを表現する。出来上がったあられはどこか火を感じる見た目にも仕上がり、そして、食べると水が欲しくなるほどに舌の温度が上がる。このあられを片手に、火祭を味わってみたいと思った。
「鞍馬の火祭」は毎年10月22日開催。▷『由岐神社』 京都市左京区鞍馬本町1073 ☎075-741-1670 拝観自由 授与所9時〜15時頃(季節で変動)
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年11月号より。
August 27, 2022 曼殊院門跡虹窓〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.10



曼殊院門跡
虹窓
これまで京都の茶室をいくつも見たが、特に心に残るのは曼殊院門跡の八窓軒だ。八つの窓が設けられた空間で、釈迦の一生を八つの場面にまとめた「八相成道」から名付けられたという。三畳台目の仄暗い茶室には虹窓と呼ばれる窓があり、庭の常緑樹に反射した緑と、庇に反射したピンクの光がぼんやりと障子に映る。格子状の竹と障子、自然光によって引き起こされるその美しさは例えようのないもの。構成するものはシンプルでも、計算し尽くされた構造が秘められていて、天候と時刻によって常に移り変わるその景色からは実に日本らしい美意識が見て取れる。そして和菓子を手がける私が目指すのも、そんな虹窓のような美しさをたたえる菓子だと、気づかせてくれるのだ。
透明の梅シロップを寒天で固め、青柚子の果皮と山葡萄の果汁を浮かべる。すると思いもよらない爽やかな風味が口の中で広がる。作りはシンプルでも、おいしさを生み出す構造がこの菓子にも込められた。光のプリズムが織りなす虹窓の風景を菓子にするなら、きっとこんなふうに鮮やかで明るい味わいをしているだろう。
小さな桂離宮と呼ばれる美しい名刹。▷『曼殊院門跡』京都市左京区一乗寺竹ノ内町 ☎075-781-5010 9時〜17時(16時半受付終了) 拝観料600円
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年10月号より。
July 20, 2022 古知谷 阿弥陀寺苔筵〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.9



古知谷 阿弥陀寺
苔筵(こけむしろ)
洛北の観光地・大原のさらに北に位置する古知谷 阿弥陀寺。ここまで向かうバスの本数は少なく、車以外の交通手段では少々厳しいところにあるというのが第一印象だった。阿弥陀寺の開山は1609年。2022年の今でも少々アクセスが悪いということは、当時はもっと山深く、人がなかなか辿り着けなかった場所だと想像できる。弾誓(たんぜい)上人が開基された如法念佛の〝道場〞だったことを知り、妙に納得してしまった。修行僧たちはここで、現代の私たちには知ることのできない思いを念沸に込めていたのだろう。今も観光地然とは程遠い、静けさに充ちた雰囲気があり、わざわざ訪れたい寺の一つとして記憶に残っている。
道中に生い茂る苔は絨毯のように広がり、人々を迎え入れる敷物にも感じられる印象的なものだった。この苔を再現すべく、漉し餡をメレンゲと合わせて蒸し上げた浮島を、しっとりとした食感に仕上げ、ヨモギで緑の味を出した。さらに苔の下にある石ころの食感をごろごろと炊き上げた小豆で見立てた。この暑い季節にも食べやすく仕上げた浮島は、必然的に苔の食感となった。
江戸初期創建の如法念沸道場。折々の花も美しい。▷『古知谷 阿弥陀寺』京都市左京区大原古知平町 ☎075-744-2048 拝観9時〜16時 1・2月休
INFORMATION
今回紹介したお菓子「苔筵」を、7月22日(金)より〈御菓子丸〉公式オンラインショップで期間限定で販売します。以下2回の受注、発送を予定しています。
①7月22日(金)20時〜受注分→7月29日(金)発送
②7月23日(土)20時〜受注分→7月30日(土)発送
*ともに無くなり次第終了。
また、8月にも受注販売を予定。ぜひ実際にお菓子を味わいながら、京都のいまに思いを馳せてみてください。詳しくは下のボタンから。
*販売日時は変更になる場合がございます。
詳しくはこちらphoto : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年9月号より。
June 27, 2022 貴船神社透水〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.8



貴船神社
透水
貴船山と鞍馬山の山峡に鎮座する貴船神社。山の入り口から神社までの道のりは川の音とともにあり、しっとりと湿度に包まれた山からは、ここに祀られる水の神様の気配を感じる。
毎年7月7日には貴船の水まつりが行われ、貴船の神様に感謝し、今年もよい天候のもと水の恵みを施してもらえるよう祈りが捧げられる。また七夕神事(笹の節句)も同時に執り行われ、供え物の中には素麺が見られる。
織姫の織り糸や天の川に見立てられたという素麺は、貴船神社で見ると清い水の流れのようにも見え、美しいこの流れそのものを菓子に表現しようと試みた。素材は神社に流れる御神水。まろやかでとてもクリアな水からもやはり水の神様の気配を感じる。御神水の印象をそのままに、柔らかな食感と透明感を寒天に閉じ込め形作る。そこに鞍馬山近くで採取された笹の香りを抽出したエキスとこの季節には欠かせない青梅のシロップを合わせてかける。
透明な水に宿る神様と季節、まぶたを閉じて感じていただきたい水のお菓子となった。
『貴船神社』京都市左京区鞍馬貴船町180 ☎075‒741‒2016 開門6時〜20時 授与所9時〜17時 貴船の水まつり(七夕神事)は7月7日10時〜。
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年8月号より。
June 15, 2022 両足院はんげしょうの宝珠〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.7



両足院
はんげしょうの宝珠
禅寺のひとつ、両足院の庭に生える半夏生という植物。七十二候の半夏生、つまり夏至の頃から7月頭まで、葉を半分白く染めることから半化粧(はんげしょう)と呼ばれている。ドーランを塗ったかのように青々とした葉が白く染まる様子は、毎年目を疑ってしまうほど。この時季に両足院は夏の特別公開として開放され、静寂に包まれ風に揺れる白い半夏生の庭が、不思議と暑さを落ち着かせてくれる。実は葉が白く染まるのは、科学的にいえば虫を呼ぶためだそう。人も虫もこの白さに魅了されていると思うと、白く化粧した植物の誘惑のようだ。
仏教には、手に入れるとどんな願いも叶うといわれる「宝珠」という概念がある。庭を見た人々が宝珠を持ち帰るようなものになればと、半夏生の葉で作る宝珠の姿を菓子で描いた。白い琥珀糖を三角錐の形に組み立て、中には緑のピスタチオを忍ばせる。噛むとシャリッとみずみずしい食感の中に、ピスタチオの旨味が口の中に広がる。
7月半ばを過ぎると葉は枯れ始めるが、静寂の中に見た美しい白い葉の記憶は、次の半夏生の頃まで染まったままだ。
『両足院』京都市東山区大和大路通四条下る4丁目小松町591 ☎075‒561‒3216 通常は非公開。半夏生の庭園特別公開は6月1日〜7月10日。
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年7月号より。
April 27, 2022 南禅寺 天授庵水の青〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.6



南禅寺 天授庵
水の青
臨済宗南禅寺派の大本山である南禅寺。その塔頭、天授庵には枯山水庭園(東庭)と池泉回遊式庭園(書院南庭)の2種類の庭がある。新緑が美しいこの季節には青紅葉が書院南庭の池に映り込み、木の橋を渡れば滝の音がかすかに耳に触れる。瑞々しい青の風景に包み込まれる、この季節ならではの心地よい時間だ。これから夏に向けて生きていく青紅葉の生命力が、その心地よさをつくる正体なのかもしれない。
対して紅葉は、光合成の役目を終え、冬に向けて葉を落とす準備の時季にみられる風景。一年の終わりに向かって葉が赤く染まる様は美しく、この庭園も秋にはたくさんの人で賑わうそうだが、新緑の静かな庭園もまた味わう価値のあるもの。生き生きとした青紅葉を眺めに、ここへ訪れることをおすすめしたい。
瑞々しさ、生命力を菓子にするため、形が保てる極限まで柔らかくした寒天菓子の中に、酸味の強いパイナップルの果汁を固めたものや苦味のある夏みかんの果肉を入れた。青紅葉に包まれながら口にしたいのは、こんな爽やかな風味だろうか。
『天授庵』京都市左京区南禅寺福地町86-8 ☎075-771-0744 拝観9時〜16時45分(11月15日〜2月末日は〜16時39分) 無休 拝観料500円
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年6月号より。
April 15, 2022 紫の味〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.5



紫の味
アヤメ科の中でも、その年の一番初めに咲くことから名付けられた「一初(いちはつ)」。なかなかお目にかかれないこの花の、群生を見られるのが上御霊神社の名で知られる御靈神社だ。戦前、社の堀には水が流れ杜若(かきつばた)が咲いていたが、戦後は水が枯れてしまったため、20年ほど前に同じアヤメ科の一初を植えたという。神社を囲う鮮やかな紫と緑の景色は、杜若のときもきっと同じだったのだろう。
春になると黄色の花が咲き、次に紫の花が咲く。そんな季節の色の移り変わりに気付いたのは、和菓子を作り始めて数年経った後のことだった。なぜそんなふうに咲く花の色が変化していくのだろうか。そもそも、理由なんてないのかもしれない。それでも、この紫と緑の風景を菓子にしたいと考えたとき、食べられる紫の花を探してみたら、や っぱり晩春に数多く揃っていたのが興味深かった。
土の香りのする水羊羹の上に薫風を思わせるきんとんを敷き、紫の花をあしらう。祭神の御霊を鎮めるとともに、参拝者の心も自然と静まるとされる社。この菓子も、口にする人の「こころしづめ」となりますように。
平安時代、桓武天皇により創建。▷『御靈神社』京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495 拝観9時〜17時 無休 拝観料無料
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年5月号より。
February 23, 2022 伏見稲荷大社 白狐餅〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.4



伏見稲荷大社
白狐餅(びゃっこもち)
稲荷山の麓にある伏見稲荷大社。元は農耕の神として、また中世から近世にかけては商売繁昌、家内安全の神としても広く信仰されるようになった。伏見稲荷といえば思い起こすのは狐だが、古来、日本人は狐を神聖なものとして見ており、稲荷神社では白狐が神の使いとして祀られている。様々な謂れがあるなかで、春に山から下りて秋に山に帰る狐の習性と田の神が結びついたという説があり、だから神社で見かける白狐は稲穂をくわえているようだ。
また〝白い狐〞というが、神様の存在と同じく、人の目には見えない透明なものとされている。かつては昔話や落語でも度々登場し、その存在はもっと身近なものだったのだろうが、現在、人の住む場所ではほとんど狐を見かけなくなった。現代の私たちにとっては、まさに狐はすっかり透明な存在となってしまった。
白狐がくわえる菓子として米づくしの餅を作った。もち米を加工した道明寺餅で小豆のこし餡を包み、玄米の粉をまぶす。最後に揚げた稲穂を添える。形はまるで白狐がくわえたかのように。
参道に連なる千本鳥居で知られる古社。▽『伏見稲荷大社』京都市伏見区深草藪之内町68 ☎075‒641‒7331 参拝24時間 無休 拝観料無料
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年4月号より。
February 03, 2022 北野天満宮 氷華〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.3



北野天満宮
氷華(ひょうか)
全国天満宮の総本社である北野天満宮。2月には約1500本、約50種の梅が咲き誇る梅苑が公開される。その梅について、菅原道真公が詠んだとして知られる和歌がある。「東(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春を忘るな」。春風が吹いたら、匂いを(京から太宰府まで)送っておくれ、梅の花よ、と梅に呼びかけるような想いを描いた一首だ。それほどにこの香りは人の記憶に残り、春を待つ心をかきたてる様子が窺える。
また、いち早く春を告げる花として愛でられる梅は「百花の魁」といわれ、厳しい寒さの中にも花を咲かせる強さの象徴としても知られる。
この凛とした冬の空気に包まれて咲く梅を表現するべく、冬に熟すフユイチゴを紅梅に見立てた。本来、フユイチゴは夏に熟すが、冬に熟すことからフユイチゴと名付けられ、寒い中にこの野イチゴを見つける喜びはどこか梅の花を見つける喜びにも似ている。シャリッと冷たい空気のような食感を頭の中で描いてもらえるよう、琥珀糖をできる限り薄く仕上げ、紅梅を中に閉じ込める。梅の記憶を写したようなお菓子が出来上がった。
梅苑は例年2月初旬〜3月下旬公開(有料)。▽『北野天満宮』京都市上京区馬喰町 ☎075-461-0005 参拝9時〜17時 参拝無料
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年3月号より。
〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.02 / December 20, 2021 大徳寺 瑞峯院 なみのこり



大徳寺 瑞峯院
なみのこり
京都の北区紫野にある大徳寺の塔頭「瑞峯院(ずいほういん)」には重森三玲が作庭した「独坐庭(どくざてい)」がある。奥に聳(そび)えるのは蓬莱山。そこから力強い波のように曲線を描く枯山水は、見事に荒波を表現している。
「独坐大雄峰」。今、ここに座っていることが素晴らしい、という禅語から名付けられたこの場所。動きある荒波とその中に静かに座る自分の心、静と動の交差を感じられる美しい庭である。
1月の京都、特にこの北区あたりでは雪が積もることも珍しくない。「独坐庭」に降る雪は荒波を消すことなく律儀に積もっていく。動きのあるこの荒波だからこそ、ここまで波の形が残るのかもしれない。しかし、雪は波の力強さを和らげ、その様はどこかおいしそうにも見える。
この雪の波を皿の上に表現するのは、「淡雪」という和菓子の製法。木の香りとともに儚く消える雪の食感を再現した。そして、土台は冬の果実、柚子の水羊羹。「名残」の語源、波が打ち寄せた後に残るものという意味の「なみのこり」。口に入れるとふわっと消える雪の波の余韻を味わっていただきたい。
大徳寺塔頭のひとつ。重森三玲による庭園「閑眠庭(かんみんてい)」も。▷『瑞峯院』京都市北区紫野大徳寺山内 ☎075‒491‒1454 拝観9時〜17時 拝観料400円
INFORMATION
今回ご紹介したお菓子「なみのこり」を、12月21日(火)15時より〈御菓子丸〉公式オンラインショップで期間限定で販売します。ぜひ実際にお菓子を味わいながら、京都のいまに思いを馳せてみてください。詳しくは下のボタンから。
*販売日時は変更になる場合がございます。
詳しくはこちらphoto : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年2月号より。
〈御菓子丸〉が一皿で表す、京都、寺社仏閣の風景 vol.01 / November 26, 2021 西本願寺 黄金雪(こがねゆき)



西本願寺
黄金雪(こがねゆき)
西本願寺にある銀杏の木は高さ約12mで、幅は25mほどの大木。低い位置から枝が横に伸び、根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」の名で親しまれている。樹齢はおよそ400年。1788年の天明の大火の時には、木から水を吹き出して大火の前に立ちはだかったという話も伝えられ「水吹き銀杏」とも呼ばれる。御影堂門にかかる金色の菱灯籠を反射するように葉が染まり、黄金色が目の前に広がる景色はとても鮮やかだ。
思い出すのは、浄土真宗で読まれる経の一節。「その仏国土には、絶えず美しい音楽が流れている。黄金を大地として、昼夜にそれぞれ三度ずつ、天から曼荼羅華の花がふりそそぐ」。銀杏の葉が落ち地面を染める様は、黄金の大地を思わせる。
この季節、殻を破った銀杏の実もまた美しい黄色に。菓子の素材にして、黄金の大地に降る雪を表現した。もっちりとした食感を残すように煎り煮した銀杏をハチミツ入りの蘇(古代チーズ)で包み、同じく銀杏をパウダーにしてまぶす。美しい極楽浄土の風景を想像しながら、冬のはじまりにこの醍醐味を味わってほしい。
逆さ銀杏が色付くのは11月末〜12月上旬。▽『西本願寺』京都市下京区堀川通花屋町下ル ☎075−371−5181 拝観5時30分〜17時 参拝自由
photo : Yoshiko Watanabe
*『アンドプレミアム』2022年1月号より。
和菓子作家 杉山早陽子
1983年三重県生まれ。老舗和菓子店での修業を経て、2006年から和菓子ユニット〈日菓〉として活躍。2014年から〈御菓子丸〉を主宰。