真似をしたくなる、サンドイッチ

濃厚生クリームにクミンが香る、スモークニシンのライ麦パンサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.4May 11, 2021

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No90に登場した『テン・ベルズ・ブレッド』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

スケッチ
具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回登場するサンドイッチのページには「アジの干物をサンドイッチにしてもおいしいんじゃないか?」なんてメモ書きも。

「スモークニシンのライ麦パンサンド」

サンドイッチを包みから取り出そうとしたら、おむすびみたいな匂いがして思わず手元を確かめた。それは間違いようもなくパンで挟んだサンドイッチなのだけれど、放たれている匂いは、干物そのものだった。これはなかなかの衝撃だ。鼻に近づけると、ピクルスから来るのだろう、酢の匂いも加わり、酢飯に焼いた干物を載せたかのような印象だ。
一体どういうことだろう?もしやこれは和風仕立てなのか?
そう、未知の世界に誘い込まれた。期待と、「これ、好きかな…?」という若干の疑念が入り混じるのを自覚して、それを断ち切るようにひと口。
途端に、意識が外国へひとっ飛びした。ターメリックとクミンを入れて漬けたピクルスの存在感に、控えめな酸味を伴ったクレーム・フレッシュはクリームチーズと見紛う濃度で、ライ麦粉パンのちょっとねっとりとした生地は噛むごとに粘り気が出そうな気さえする。食べる前には明らかに主役と思われたニシンは、干物のような塩気と燻製香、それに干した魚特有の締まった身の食感で、それだけを味わえば、確かに主張が強い。だけれど、ピクルスの甘みと酸味とクミンの香りにちょっとピリッと喉を刺激するマスタードシードが、W主役の勢いで現れて、最後にクレーム・フレッシュの脂肪分が全体をひょいっと丸く包んで、全部を連れ去っていった。
もうひと口、と気持ち新たにかじりつくと、改めてニシンのキリッとした塩気に目の覚める思いで、そこに覆いかぶさるようにピクルスを彩る構成員たちが再び顔を出す。そしてそこで気がついた。後ろ手に控え、それぞれの主張を吸収するライ麦パンが大きな仕事をしているぞ、ということに。

ニシン サンドイッチ クレームフレッシュ たまねぎのピクルス

白い生地のパンだったら、それぞれの尖った部分を受け止めきれないのではないだろうか。ちょいと強めな酸っぱさとスパイスの風味と脂っこさに塩気が、行き場を見つけられないまま暴れちゃったかもしれない。これは、この黒いパンだからこそ、成り立つように思った。
パンをペラっとめくって、じっと見つめ、アジの干物をサンドイッチにするなんて考えたことなかったけれど……と想像した。クリームチーズを塗って、なんなら塩気が強めのバターでも良いのかもしれない、それにお新香の残りとアジの干物をほぐして、全粒粉やシード入りのパンで挟んだら美味しいのかもしれないなぁ。そば粉のパンが手に入るなら、それも良さそうだ。

ショーケースにずらりと並ぶ、
色とりどりのサンドイッチ。

『テン・ベルズ・ブレッド』は、コーヒーショップ『テン・ベルズ』が4年前にオープンしたパン屋さんだ。立ち上げメンバー3人は、『テン・ベルズ』をオープンする前、パリの別の場所で『バル・カフェ』というカフェ・レストランを経営していた。バル・カフェの週末ブランチは、それは美味しくて美しく楽しいものだった。ことさらスコーンが美味で、私は大ファンだった。
そんなわけで、料理を提供していたユニットがパン屋をはじめ、そのサンドイッチが種類豊富になるのは、自然な成り行きかもしれない。

テン・ベルズ・ブレッド

『テン・ベルズ・ブレッド』のショーケースにはランチタイムを直前に、色とりどりのサンドイッチが勢ぞろいする。具材によって使われるパンは異なり、それぞれのサンドイッチは半分に切って中身が見える状態で並んでいて、ハーフ・ポーションでも購入できる。
本誌で紹介したハムカツサンドには食パンだったけれど、その後に登場したチキンカツサンドはチャバタで作っていて、ハードでより香ばしくそしてキリッとした仕上がりで、同じカツサンドでも印象は全く違うものになっていた。そんなパンチある肉系サンドを半分に、野菜だけのサンドイッチもハーフ・ポーションで一つなんて組み合わせ方もできるのが嬉しい。カツサンドをはじめとした“スペシャル”と謳ったサンドイッチは、週に3回具材を変えるそうだ。

本誌No90で紹介した、ハムカツサンド。フランス語でハムを表す単語”ジャンボン”は豚のもも肉(後ろ脚、膝上の部位)を指す。もも肉を塩漬けにして茹でた食品も同じく”ジャンボン”(=ハム)と呼ばれる。ハムカツは薄いもの、という思い込みを覆すボリューム感に肉文化の違いを実感。
本誌No90で紹介した、ハムカツサンド。フランス語でハムを表す単語”ジャンボン”は豚のもも肉(後ろ脚、膝上の部位)を指す。もも肉を塩漬けにして茹でた食品も同じく”ジャンボン”(=ハム)と呼ばれる。ハムカツは薄いもの、という思い込みを覆すボリューム感に肉文化の違いを実感。
”スペシャルサンド”の一つとして登場したチキンカツサンド。ベビーほうれん草に紅芯大根がぎっしり。香ばしいカツとパンの硬派な仕上がりのアクセントに、オリジナルレシピのチリジャムが潜んでいる。
”スペシャルサンド”の一つとして登場したチキンカツサンド。ベビーほうれん草に紅芯大根がぎっしり。香ばしいカツとパンの硬派な仕上がりのアクセントに、オリジナルレシピのチリジャムが潜んでいる。
ライ麦パンで、フムスとルッコラに人参のローストを挟んだ野菜サンド。ニンニクを効かせたフムスがソースの役割も果たしていた。フォカッチャで作るベジサンドもある。
ライ麦パンで、フムスとルッコラに人参のローストを挟んだ野菜サンド。ニンニクを効かせたフムスがソースの役割も果たしていた。フォカッチャで作るベジサンドもある。

一方で、月曜日はノー・ミート・デイとして、ベジタリアンサンドだけを販売する。週に1回くらいお肉を食べない日があってもいいんじゃない?という提案をしたくてのルーティン。
他にも、フランスでは商品化されない乳清を生産者から譲り受け、水の代わりとしてライ麦パンに加えたり、パン粉はフォカッチャの切り落とし生地で作る。売れ残ったパンはフード・ウェイスト一掃を促進する慈善団体に引き取ってもらい、店ではゼロ・フード・ウェイストを実践するなど、美味しくて楽しい上に地域と環境への取り組みにも積極的で、そんなところにも惹かれ、以前にも増して頻繁に買いに行くようになった。

何度行っても、サンドイッチがきれいに並ぶショーケースを見ると、心が踊る。「今日はあれにしようかな」なんて目処をつけていくのに、毎回目移りしてしまう。その時間がまた楽しい。15時を過ぎると、サンドイッチのショーケースは空っぽで、ヴィエノワズリーもほぼ売り切れる。週末は特に、12時を過ぎるやいなや人気の具材は売れてしまうから、張り切って出かけた方がいい。

『Ten Bells Bread』


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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