真似をしたくなる、サンドイッチ

春の味覚は行者ニンニクのペーストで。旬を詰めたベジサンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.5May 27, 2021

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No91に登場した『ミショー』で、惜しくも掲載できなかったサンドイッチのお話を。

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具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回メインで紹介するのはルッコラやトマトのコンフィが入った「春のベジサンド」。

"ポップアップ型サンドイッチ店"の登場。

『&Premium』本誌で、サンドイッチの連載を始めてから2年半。その間に、サンドイッチの販売カウンターもあるビストロの煮込み料理を挟む日替わりサンドイッチ(本誌No64、『ル・プティ・ヴァンドーム』) や、レストランを経営していたシェフがパン屋に転向した店のサンドイッチ(本誌No85、『サン・ブーランジュリー』)など、調理された具を挟む食べ応え抜群のソウルフードたる味わいをいくつも紹介してきた。そして当連載のVol.3では、それらがさらに進化した“料理サンドイッチ”の出現について触れた。

さて、今回。訪れたのは、オペラ座からほど近い場所に出現したポップアップのサンドイッチ店『ミショー』。インスタグラムにアップされた投稿を見て、書かれていた住所に行ってみると、そこはレストラン『La Fontaine Gaillon』の厨房通用口だった。折りたたみ式の小さなテーブルで扉を抑え、開け放している。そのテーブルには野菜の仕入れで使われる木箱を裏返し、上にiPadを立てて即席注文カウンターを設えていた。扉の脇は、額に入れられたゲンズブールの写真、ランタン、ダイヤル式の電話やスケートボード、ショートボードに鉢植えなどでデコレーションがなされ、ちょっと陽気な雰囲気だ。
この場所でサンドイッチを作っていたジュリアン・セバグは、ギャルリー・ラファイエットの屋上レストラン『トルトゥーガ』をはじめ、4軒の店を任されるシェフである。『La Fontaine Gaillon』のスタッフではない、というところが面白い。レストランの営業ができない期間に厨房を使わないかと『La Fontaine Gaillon』から話があり、ポップアップの開催が決まったという。

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シェフのジュリアン・セバグ。サンドイッチでも、素材に用いるのは旬のもののみ。「僕は春にトマトは使わない。このコンフィは去年の夏に作ったやつ」。

「トマトのコンフィ、ルッコラ、オリーブ......。春のベジサンド」

レストランの営業が再開されるまで、という期間限定の店で販売されたのは、牛肉のシチュー、ローストチキン、そしてベジタリアンの3種のサンドイッチ。レヴァント(東部地中海沿岸)地方のパン屋さん『Babka Zana』のハッラー(hallat=ユダヤ教徒が安息日に食べるパン。乳製品を加えずに作られる)を使い、ボリューム満点、華やかな姿をすでに投稿で見ていた。
初めて買いに行った日。ベジタリアンサンドの具はカリフラワーだった。迷った挙句、牛シチューとローストチキンの2つを買った。どちらも、脇役たちの面子と配役が新鮮で、“これはベジタリアンも食べてみたい。同時に取材依頼もしよう”と1日置いて出向いた。そうしたら、その場で取材をすることになり、そして、ベジサンドはその名も“Spring”の春バージョンに変わっていた。
期せずして、登場早々に味わえることとなったそのベジサンドは、ルッコラがめいっぱい挟まれ、トマトのコンフィと小粒のオリーヴで、春というよりは夏を思わせた。家に帰るまでに寄る場所があり歩き回ったからか、道中でちょっとパンが崩れてしまったようで、その割れ目で切って食べることにした。初日、大きさに驚いてサンドイッチの全長を測ったのだ。27cmあった。ひとつ丸ごとを手にして頬張るには、だいぶ大きい。

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いざナイフを入れ、切り離そうとしたら、外からは見えていなかったストラッチャテッラ(ブッラータチーズのとろーっとした部分)がびよーんと出てきた。おぉ〜!真っ白なチーズとハーブのペーストに彩られたパン生地が美しい。目を奪われたその箇所の味を確かめたくて、手前からではなく、いちばん奥の、味が染み込んでいそうなところにかじりついた。ペーストからにじみ出ているのか、後からかけてもいるのか、オリーヴオイルがたっぷりで、パンの内側全体が湿っている印象だ。でも、オイリーかというとそうではなく、透き通った味わいで、もたつき感もない。昨年の夏に作ったというトマトのコンフィは甘みと酸味を併せ持ち、カラマタ・オリーヴは手で潰して種を抜き取っているのだろう、ちぎったような感じの少し潰れてくたっとした身が、他の具と馴染んでいる。鮮やかなグリーンは、春にほんの2、3週間だけ出回る行者にんにくをペーストにしたもので、それが、ルッコラ、トマト、オリーヴと馴染みある具材のサンドイッチを、ひと味違うものに仕上げていた。惜しみなく加えられた松の実と、オレガノの香りにも誘われて、コート・ダジュールの海岸沿いに行きたくなった。

ナイフを入れたら、中からストラッチャテッラが出てきた。旬ものだけを使いたいから、春のトマトは使わない。

ナイフを入れたら、中からストラッチャテッラが出てきた。旬ものだけを使いたいから、春のトマトは使わない。

本誌で紹介したローストチキンのサンドイッチ。鶏を丸ごとローストする際に、胴の内側にレモンを詰めていて、その香りが心地よいアクセントとして効いていた。

本誌で紹介したローストチキンのサンドイッチ。鶏を丸ごとローストする際に、胴の内側にレモンを詰めていて、その香りが心地よいアクセントとして効いていた。

牛シチューのサンドイッチ。ユダヤ教では乳製品とお肉を一緒に食べないそう。だから牛シチューにもルー(同量の小麦粉とバターを炒めて、ソースのつなぎとするもの)は使わず、パンにバターも塗らない。それが、とても美味しかった。

牛シチューのサンドイッチ。ユダヤ教では乳製品とお肉を一緒に食べないそう。だから牛シチューにもルー(同量の小麦粉とバターを炒めて、ソースのつなぎとするもの)は使わず、パンにバターも塗らない。それが、とても美味しかった。

それにしても考え込んでしまったのは、パンの威力。とても弾力のある、噛んで美味しいパンで、サンドイッチの味わいの中に、弾力から得る食感が多分に含まれるように思った。ものすごくコシの強いうどんみたいだ。結局、ポップアップ開催中に3回食べた。
一見、自分ですぐにでも出来そうなのに、昨夏の旬をぎゅっと取り置いたトマトのコンフィの風味は、今の季節に生み出せないし、そして行者にんにくの時季だってあっという間に過ぎ去ってしまった。作れないじゃん!と、してやられた感になんだか嬉しくなりながら、こんな風に季節を感じて、名残惜しくなったサンドイッチはこれまでにあったかなぁ、とまたひとつ新たなサンドイッチの記憶が胸に刻まれたことをまた嬉しく思った。
今回書ききれなかった牛シチューサンドについては、ポッドキャスト「今日のおいしい」でお話しします。

『Micho』

Micho
厨房だけを借りて実現したポップアップ。期間中に話題となり、最終日の前日は、発売から80分で300個が売り切れた。Instagramは(@juliensebbag)


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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