真似をしたくなる、サンドイッチ

皮目がカリッと香ばしい豚バラを挟んだ、
『ノネット』のバインミー。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.21October 01, 2022

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No107に登場した『ノネット』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。 今回は、バゲットタイプの2種のサンドイッチが。川村明子 ノネット
具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。今回は、バゲットタイプの2種のサンドイッチが。

この4年で、サンドイッチ店は大きく変化した。

本誌でサンドイッチの連載を始めて、もうすぐ4年が経つ。始めたときには、こんなにも長く続けられるとは思っていなかった。テイクアウトを主軸とした店で、商品のほぼすべてが自家製の店は数少なかったし、サンドイッチに特化した個人経営の店は限られた。それがどうだろう? 昼間だけ営業するサンドイッチ店がいつしか増え、当然のように具材はすべて店で作られたもので、パンが自家製の店も珍しくない。同時に、国際色が豊かになった。最近の若いシェフには、自身はフランス生まれフランス育ちながら、ルーツはアジアや中近東という人が目立つ。

ベトナム系3世の女性オーナーシェフが営む『ノネット』へ。

 『ノネット』のオーナーシェフもそんな一人だ。祖父と父はフランスとベトナムのハーフで、母はベトナム人。それで、自身のルーツであるベトナムのサンドイッチと、大好きなドーナツをコンセプトに店をオープンした。彼女は、パリにバインミーを売る店はたくさんあるけれど、どこの店からも同じにおいがしてくることに違和感を覚えていたらしい。そして、すごく残念だとも思っていたそうだ。

だから看板商品である、豚肉と鶏肉で作る具材を5種挟む「ダック・ビエット」ももちろん、チャーシュー、ベトナム風ハムにベトナム風ソーセージ、レバーパテ、チキンフロス、すべて自家製だ。「フランスの豚肉はおいしいし、肉の風味を味わってほしいから」と、調味料で味を形成するのではなく、素材の持つ味わいを引きだす味付けにとどめている。

<a href="https://andpremium.jp/book/premium-no-107/">本誌No107</a>でも紹介した『ノネット』の「ダック・ビエット」がこちら。 川村明子 ノネット
本誌No107でも紹介した『ノネット』の「ダック・ビエット」がこちら。

皮目がカリカリ、豚バラ肉のバインミー。

『ノネット』のオープンは2021年の7月。すぐに買いに行くようになったのだが、直前に別の店のバインミーを連載で取り上げていたので、「取材をお願いするのは少し時間を置こう」と思っていたら、その間にサンドイッチのラインナップが増えた。そして、夏前に、至極気になる具材が登場した。皮目をカリッと仕上げた豚バラ肉を挟んだバインミー。即、買いに出かけた。

食べると、本当に、皮が香ばしかった。揚げ餅を食べるときと肩を並べるくらいに、噛むごとに音を立てた。肉はしっとりで、バラ肉にもかかわらず脂っこさは感じない。5〜6ミリにスライスされているのが食べやすいのと、太めに切られた大根とにんじんのベトナムなますがたっぷり挟んである効力か、食べ終えたあとに、口の中をちょっとさっぱりさせたい、という気にならなかった。皮目にしっかり塩が効かせてあって、「ダック・ビエット」よりも味がはっきりしている印象ながら、全体の味付けはシンプルだった。肉自体のコクはあっても、くどさがない。おかげで、あれよあれよと食べ進めていた。

『ノネット』のカリカリ豚肉サンド。 川村明子

パリッパリだけどモチっとした、魅惑のバゲット。

何よりも注意を引いたのは、バゲットだ。以前のものとは変わっていた。ものすごく軽やかで、でもスカスカじゃなくて、ほんの少しモチッとしている。あくまでも、ほんの少し。表皮は薄く、焼き色もそれほど付いていないのに、パリッパリだった。このバゲットだったら、「ダック・ビエット」も以前とは違う味わいになっているに違いない、と確信して、2日後に買いに行った。

やっぱり、以前よりも断然おいしく感じた。全体的にコントラストがくっきりしたことで、具の存在感が増して、味にメリハリがあった。

聞けば、当初はフランスのブーランジュリーに注文していたそうだ。でも、フランスのパンは、おいしすぎることが問題だった。パン自体を味わいたいくらいに風味がしっかりしていて、それだとバインミーには向いていない。バインミーは具をたくさん入れるし、具自体がしっかり調理されたものでそれを味わって欲しいから、パンは味が分からないくらいの方が好ましい。それでいろいろと探し、トライした結果、マグレビアン(北アフリカ系)のパン屋に、自分たちの求めるパンが売っていることを発見した。今は、その店から買っている。が、この先、より理想の味を実現するためにパンも自分たちで作るつもりで、既に厨房の調整をしているのだという。

サンドイッチに入っている肉類。左下が、カリカリの豚バラ肉のバインミー用。右側の上から、ベトナム風ソーセージ、肩ロース肉で作るベトナム風ハム、チャーシュー。右側の小皿にあるのがレバーペーストで、上の赤い小皿はスリラチャソース。どれも手作りの味。 ノネット 川村明子
サンドイッチに入っている肉類。左下が、カリカリの豚バラ肉のバインミー用。右上から、ベトナム風ソーセージ、肩ロース肉で作るベトナム風ハム、チャーシュー。右の小皿にあるのがレバーペーストで、上の赤い小皿はスリラチャソース。どれも手作りの味。
『ノネット』の向かいには、シンガポール人の共同経営者と運営する姉妹店『ザ・フード』がある。こちらはシンガポール・マレーシア料理店。『ノネット』でも使っている、スリラチャなどの自家製調味料も販売している。 川村明子
『ノネット』の向かいには、シンガポール人の共同経営者と運営する姉妹店『ザ・フード』がある。こちらはシンガポール・マレーシア料理店。『ノネット』でも使っている、スリラチャなどの自家製調味料も販売している。

その日、私は、豚バラ肉のカリカリサンドも再度買った。2日前に感じたのと同じように、飽きの来ない美味しさだった。やっぱり、食べ終えると、スッと後味を残すことなく口の中から消えている。それでいて、ちゃんとお腹は膨れている。その引き際の良い味は、きっとまたすぐに食べたくなる気がした。そして、実際、そうなった。

『Nonette』

71 rue Jean Pierre Timbaud 75011 ☎️01-47-00-66-84 11:30~15:00 (土日〜18:00) 無休 季節野菜が具のベジサンドも。もうひとつの看板商品はドーナツ。 川村明子 ノネット
71 rue Jean Pierre Timbaud 75011 ☎️01-47-00-66-84 11:30~15:00(土日〜18:00)無休 季節野菜が具のベジサンドも。もうひとつの看板商品はドーナツ。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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