MOVIE 私の好きな、あの映画。
文筆家・伊藤亜和さんが薦めたい映画、薦められた映画。July 28, 2026
好きなシーンや新しい発見で盛り上がる、映画は最高のコミュニケーションツールだ。映画好きが語る「私が薦めたい映画」「誰かに薦められた映画」。&Premium153号(2026年9月号)「誰かと語りたい、あの映画」より、文筆家・伊藤亜和さんが薦めたい映画、薦められた映画を紹介します。

自分らしく生きようとする姿に勇気づけられる。
私が薦めたい映画
『哀れなるものたち』ヨルゴス・ランティモス
天才外科医によって生まれたての女性として蘇生したベラの成長物語。未知の世界を知るべく旅するなかで自由を知り、時代の偏見から解き放たれる。Poor Things / 2023 / UK / 141min.
幼少期に通っていた映画館は宇宙ステーションみたいで。扉ごとに全然違う世界があって、「これから旅に出るんだ」というワクワクが詰まっていました。今も時間が空くと映画館を訪れます。ファンタジックなポスタービジュアルに惹かれて観たのが『哀れなるものたち』。自ら命を絶ったベラ(エマ・ストーン)が、天才医師によって胎児の脳を移植され、蘇生して生き直すところから物語は始まります。体は大人だけど精神は赤ん坊。だからこそ、社会がつくり出す倫理観や様式といった基準にとらわれない。世間の目にも惑わされないから、自分の中だけで答えを出せる。真っすぐで澱みない生き方が魅力的に映りました。印象的だったのは、劇中でベラが「良識ある社会か……」とつぶやきながら頭を叩くシーン。他者に植え付けられた社会の常識と自分の世界を混在させず、それぞれを〝別のもの〞として認識している。SNSやAIの発達によって自分という骨組みが弱くなっている今、世間に見せる顔と自分自身のズレを感じている人、他者との折り合いのつけ方に悩んでいる人への気づきや背中を押すきっかけになるかもしれないと思い、この映画を選びました。
誰かに薦められた映画
『落語家の業』榎園喬介
落語家・快楽亭ブラックのドキュメンタリー。7月18日~24日に茨城『あまや座』、7月25日~ 8月7日に群馬『前橋シネマハウス』他各地にて上映予定。
喫茶店の店員さんに「面白い」と薦められた『落語家の業』。立川談志の弟子であり、米軍兵士と日本人女性との間に生まれた快楽亭ブラックの生き様を描いたドキュメンタリー。「混血には無理だ」と言われながらも落語の世界に執着し、王道とは違うお下劣なスタイルを確立。出囃子に童謡「青い眼の人形」を使っている高座ではもちろん、密着の裏側でも、後輩から訴えられたときでさえふざけっぱなし。差別で味わった苦い経験や、真面目で真摯に人生に向き合う姿なんておくびにも出さない。その姿こそ〝業〞。品のない芸だけど品性はある、どんなときでも笑いをとりにいく美学を貫く姿勢が胸に迫り、共鳴しました。

伊藤亜和文筆家
noteでのエッセイ「パパと私」が創作大賞2023 メディアワークス文庫賞を受賞。絵本『モプーはヘンダ』(KADOKAWA)の文を手がける。12編の小さな物語を織り込んだエッセイ集『魔女になりたい』(文藝春秋)を2026年8月27日に刊行。
photo : Shingo Wakagi illustration : Shapre text : Yukino Hirosawa edit:Wakako Miyake





























