TALK あの人が語るベターライフ。
映画が伝える大切なことー正直に、そのままを受け取る。濱口竜介監督が語る、映画『急に具合が悪くなる』について 。June 25, 2026

国際的な評価を集める濱口竜介監督。2026年6月19日に公開されたばかりの新作『急に具合が悪くなる』で描かれるのは、パリを舞台にした、介護施設の施設長とがん闘病中の演出家の魂の交流だ。今回、監督に本作へ込めた思いや、人と人が誠実に向き合うために大切にしていることについて聞いてみた。
予告なく訪れるものとの向き合い方。
──今回の映画のタイトルは『急に具合が悪くなる』です。病気や災害、あるいは人間関係においても思いがけないタイミングで何かが起こる、ということがあります。そうした出来事に直面した時、どのように受け止めるべきなのか、作品を通して伝えたかったことを教えてください。
濱口竜介(以下濱口):“急に”というのは、要するに“それまで頭になかったこと”ということです。予告されていなかったものがやってくると人は急だと感じる。これに対する接し方は2つあると思います。例えば電話が鳴ったときに出るか出ないか。表示される名前を見て「出ないほうがいい」と拒絶する場合もあるし、一方で「これは自分にとって重大なことだろう」と受け入れて進む人生もある。受けなければ、それまで通りにことは進む。でも、受け入れた人生を選んだ先に考えてもみなかった道が開かれる可能性があるのも確かです。とはいえ、どちらが正解かはわかりません。
魂の出会いは、これまでの生き方が準備している。
──介護施設で理想の介護を模索するフランス人のマリー=ルーと、演劇の演出家でステージⅣのがんを患っている日本人の真理。主人公である二人の女性がパリで偶然に出会い、すぐに深い友人関係、あるいは同志のような繋がりを築きます。なぜ二人は響きあったのでしょうか。
濱口:肩書などではなく、お互いの人格を通じて付き合う “友人”はそう簡単には見つかりません。出会えたとしたら本当に幸運なことです。映画の二人の場合は、最後のほうでそういう会話があるのですが「準備ができていた」のだと思います。これまで生きてきた人生そのものが、こうした出会いの準備になっていた。本当の友人を得るには、それしかないのではないでしょうか。自分の価値観に基づいて生きていった先に、もしかするとそういう友人と出会えるかもしれない。そう信じ、願いながら生きていくしかないように思っています。

──作品のなかでマリー=ルーは日本語を、真理もフランス語を話します。けれど、共通の母語はない。そのハンデのなかでも二人は魂から分かり合います。その秘訣はありますか?
濱口:すべてを正直に、というのは難しいですが、自分の核心にある部分において嘘をつかずに生きていくことは大切な気がしますね。マリー=ルーは介護という仕事を選び、真理は劇作家・演出家という仕事を選んだ。そして、マリー=ルーは、真理の演劇を見て「この人とは何か分かり合えるかもしれない」と感じ、切実な問いを投げかけます。それに対して真理が答え、自分ががんであることを告白する。自分のある種の秘密と言えるような深い部分を率直に分け合うことは、そういう関係性が生まれ、発展していくうえでは必要なことだという気がします。嫌なことを飲み込んでしまうと、関係はいずれ壊れたり、不活性化します。自分が何を嫌と思うのかが相手に伝わらないのだから改善されようがないし、何より自分にも負荷がかかってしまうからです。あなたと人間関係をつくっていくという点では「おおまかにはイエスなんだよ」と示したうえで、嫌だと思うことには柔らかく、細やかにノーを伝える。そのほうがおそらく大事な人間関係は続きやすいだろう、と思っています。
──マリー=ルーを演じたヴィルジニー・エフィラさんと真理役の岡本多緒さんは、揃ってカンヌ国際映画祭最優秀女優賞を受賞しました。実際の現場でも仲が良かったのでしょうか?
濱口:現場では英語でコミュニケーションを取り合っていましたね。本当に気さくなお二人なので、最初からざっくばらんに話していました。二人だけのシーンが多いので、撮影中も演技をしながらお互いを支えにしていて、そのことで信頼関係が築かれていったように思います。
──長塚京三さんが出演された経緯についても教えてください。
濱口:もともとはプロデューサーの松田広子さんの提案だったんですが、私も大好きな俳優さんだったので、是非出ていただきたいと、ほとんど当て書きをするように脚本を書きました。演技はもちろんですが、人間性も素晴らしい方です。これほど謙虚な方には会ったことがない。私みたいな若僧の話も真摯に聞いてくださって、あらゆるテイクで手を抜かない。こういう大人になりたいものだな、としみじみ思いました。
“関心を寄せる”ことが、人と社会を繋ぐ。
──マリー=ルーは介護の現場でユマニチュード(ケアを受ける人を“対象”ではなく感情や意思を持つ一人の“人間”として捉え、開発されたケアの哲学・技法)を実践します。真理も劇中劇のなかで、精神疾患を持つ人と地域社会が統合することで、イタリアの精神病院が実際に廃絶されたことを描いた舞台を演出しています。他者と生きていくうえでそういった態度は重要だと思いますか?
濱口:ケアの仕事の根本にあるべきものは“関心”です。お金や食が必要なのは当然として、関心が向けられないと、人は簡単に社会から脱落します。ただ、現代は介護業界に限らず、すべての業界、社会構造において、人に関心を向けるための時間が奪われてしまっている。自分の身近な人にすらそれができない。自分としては、まさにそこを考えたかった。ユマニチュードというのは、人に関心を寄せる技術です。問題を発見し、構造の罠にどうアプローチするか、自分自身のそうした関心を一つにまとめて映画にした、という思いがあります。
──ユマニチュードは家族との関係性など、日常のコミュニケーションにも生かせると思いますか?
濱口:はい。できると思います。ユマニチュードの精神の根本は、自分の相手への関心と会えた喜びを伝えることです。このとき、相手から自分自身に向けられる関心も活性化すると感じます。そういうときに夫や妻、親や子といった家族の中での役割を超え、友人にも似た、一人の人間同士としての関係を結べるのではないかという気がします。
For Better Life
「ベターライフのために大切にしていることはありますか?」

&Premiumが大切にしている「Better Life(より良き日々)」。それを叶えるためのヒントを濱口竜介監督に聞いてみました。
「毎朝本を読む」:ロベール・ブレッソン監督が綴った『Notes sur le cinématographe (シネマトグラフ覚書)』です。録音技師のピエール・メルタンスさんから撮影現場に入る前にプレゼントしていただきました。毎朝、現場に向かう車の中で適当なページを開き「今日はこれかな」と思いながら仕事に行っていました。映画作りの根本へと導いてくれる大事な本です。
濱口竜介 Ryusuke Hamaguchi映画監督・脚本家
1978年神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業後、東京藝術大学大学院で黒沢清に師事。『偶然と想像』(2021年)で第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)、『ドライブ・マイ・カー』('21年)で第74回カンヌ国際映画祭脚本賞および第94回アカデミー賞国際長編映画賞、『悪は存在しない』('23年)で第80回ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(審査員大賞)を受賞。最新作『急に具合が悪くなる』('26年)では主演の二人が第79回カンヌ国際映画祭最優秀女優賞を受賞した。
Movie Information『急に具合が悪くなる』
舞台はフランス、パリ。郊外の介護施設「自由の庭」の施設長であるマリー=ルーは、理想のケアを模索しつつも、人手不足や周囲の不理解に悩まされていた。そんな中、彼女は日本人の舞台演出家・森崎真理と出会う。がん闘病中で余命半年を宣告されながらも、自閉スペクトラム症の孫を持つ清宮吾朗が主演による一人芝居を演出する真理。同じ名前の響きを持つ偶然から始まった二人の交流だったが、あるとき真理は「急に具合が悪くなる」。病の進行とともに、二人は国籍や言葉を超え、互いの魂を通わせ合うようになり……。宮野真生子と磯野真穂による往復書簡を原作に、世界が注目する濱口竜介監督が描く、人生でたった一度きりの魂の邂逅。
6月19日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
監督: 濱口竜介
原作: 宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社刊)
出演: ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代 ほか
text: Wakako Miyake photo: Shingo Wakagi



































