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「自分のルーツであるピアノに、改めて深く向き合った」。音楽家・江﨑文武さんが振り返る、新譜「Whispers of Silence」が生まれるまで。May 22, 2026

1「自分のルーツであるピアノに、改めて深く向き合った」。音楽家・江﨑文武さんが振り返る、新譜「Whispers of Silence」が生まれるまで。

実写映画『秒速5センチメートル』の劇伴が記憶に新しい音楽家・江﨑文武さんが、2作目のソロアルバム「Whispers of Silence」をリリースした。バンドWONKでの活動や、藤井風、King Gnuらのサポート、さらにはソロでの47都道府県ツアーなど刺激的な日々を送るなかで、今作では自身のルーツであるピアノに向き合ったという。美しい光が差し込む『YAECA HOME STORE』で、充実の制作について振り返ってもらった。

日々の生活のなかで、自然に聴いてもらえる音楽を。

──江﨑さんは、ここ『YAECA HOME STORE』の店内BGMの選曲を務めているそうですね。アンビエントやジャズ、ミニマルなフォークなど、江﨑さんの作品に似た静謐な心地よさを感じます。今作「Whispers of Silence」にも通ずる部分があるのでしょうか。

江﨑文武(以下江﨑) そうですね。自分自身、インテリアや生活そのものに関心を持つようになって、今作は暮らしのなかで“BGMとして機能する平易さ”を意識しました。ひとり、家で聴くための音楽と言いますか。気軽に聴いても気持ちよく、聴き込めば音楽的な構造の面白さにも気づいてもらえるように。そのバランスを何度も考えましたね。服で例えるなら、奇をてらったデザインではないんだけど、着心地が良くて何度も手に取ってしまう、カシミアのニットのような音楽というイメージ。

──全体を通して、どこか懐かしく、すっと心に沁みる楽曲ばかりでした。一部フィールドレコーディングの作品を除けば、すべてがソロピアノで。

江﨑 ポップスの現場や劇伴など、様々に経験させていただくなかで、ソロ作であればピアノにフォーカスしたいという思いがありました。年齢が30代に入ったのもあり、自分の通ってきた道を思い返したときに「やっぱりピアノだ」と。制作しながら自覚していった形です。

──全曲インストゥルメンタルとはいえ、4曲目の「Midnight Steps」や8曲目「Letters」などからは、歌心を感じられました。

江﨑 嬉しいです。以前から童謡・唱歌への憧れがあったので、それがにじみ出ていたかもしれません。明治期の音楽家たちが西洋の音楽理論と日本の伝統文化を融合させようとした跡が感じられて、敬意を抱いていました。今回はそうしたアプローチに加えて、特に前半の方は日本のリスナーが聴いても、海外のリスナーが聴いても違和感なく親しめる“ユニバーサル感”も大切にしました。

──なるほど。耳を惹く曲と、音の美しさに浸る曲とがストーリーを紡いでいて、アルバムを通して聴く楽しさを思い出します。

江﨑 19曲聴いたら、また1曲目から自然と聴きたくなる形にできたらいいなと思っていましたが、それ以上に、何曲目からスタートしても、どこで止めても、また続けてもいい⋯⋯、そんなループ感を意識しましたね。今作のようなインストゥルメンタル作品を広く届けるにはどうしたらいいんだろうと考えて、全体の構成を整えていきました。

2「自分のルーツであるピアノに、改めて深く向き合った」。音楽家・江﨑文武さんが振り返る、新譜「Whispers of Silence」が生まれるまで。

制作環境がもたらした、美しい旋律。

──レコーディングは、多面体スピーカーを手がける〈listude〉が山梨・北杜に構える、音楽ホールで行われたそうですね。

江﨑 森に囲まれたロケーションで、3日間にわたって収録しました。15曲は事前に作曲して持ち込み、残りはフィールドレコーディングや現場で作曲したものなど、全19曲。ボリュームのある制作でした。

──どういった経緯でこうしたレコーディングを組むことになったのでしょうか。

江﨑 元々は別作品のレコーディングで、奈良を拠点としていた時代の〈listude〉を訪れたんです。その際に〈アトリエ・ピアノピア〉の調律師、小川瞳さんに出会い、ピアノ作品における理想的な音を捉えた感覚がありました。それが忘れがたくいたところに、〈listude〉が山梨でホールを作ったというタイミングも重なり、今作に繋がった形です。今回は小川さんが立ち会ってくれただけでなく、アンティークの楽器も持ち込んでくれて、ダルシトーンやオルガン、トイピアノに触れ、ますますインスピレーションが膨らみました。現場で即興的に「Unwind」と「Absence」の2曲を制作しましたが、名残り惜しくてもっと滞在していたくなるような経験でした。

──素晴らしいですね。楽曲からも、ひとつひとつの音が森の中に響いて溶け合うような、美しいイメージが湧きました。

江﨑 木々の間に立つホールは天高があって自然光がきれいに差し込み、さらにケータリングは『sun.days.food』が用意してくれました。東京でのレコーディングだとどうしても部屋に籠るので、スタジオが精神と時の部屋のようになってしまうのですが、北杜では日が昇って沈み、夜になるという一日の流れを感じながら、鳥のさえずりを聴き、ときに雨や雪を眺めて、おいしいものを食べて、本当に健やかに制作できました。いつか、こんな環境で一から制作ができたらいいですよね。

3「自分のルーツであるピアノに、改めて深く向き合った」。音楽家・江﨑文武さんが振り返る、新譜「Whispers of Silence」が生まれるまで。

AI時代に、自分の手で作品を作る意味。

──1曲目「January 28th, 2026」や、フィールドレコーディングの11曲目「Hokuto City, Yamanashi, Japan」があることで、ホールでの江﨑さんのコンサートに招かれたような気持ちになりました。

江﨑 こうした曲を通して、誰が、いつ、どこで録ったものなのか、アルバムのなかできちんと表現したかったんです。近頃はAIの進化が凄まじく、サブスクリプションサービスでふと耳に留まった曲がAI生成だったことに気づいて、びっくりするということが時々あって。そうしたなかで、音楽に人間が介在しているという事実や感覚を大切にしたいと。

──わかります。AI生成でも、パッと聴いた限りでは判別できないほどのクオリティですよね。

江﨑 きっと音楽はどんどん、匿名的なものになっていってしまうと思うんです。それに比例するように、作り手も聴き手も「人間が作った音楽なんだ」という感覚を求めるようになるんじゃないかと思っています。

──作品自体はとてもタイムレスな仕上がりですし、また数年後、数十年後に聴き直して、「このときに録ったアルバムなんだな」と振り返るのも楽しいですよね。

江﨑 そうですね。今作のひとつのテーマとして、自分が70歳、80歳になったときにも自信を持って演奏できるものにしたいと考えていました。例えば、お年を召したボサノヴァのアーティストが、ギター1本でステージに上がって、挨拶もそこそこに弾き始める姿とか、とてもかっこいいじゃないですか。自分もそんなおじいさんになれたらいいな、と。長く愛される存在であるためには、自分の内側を逃げずに見つめ続けて、自分のやりたいことをやる。それに尽きると思うんです。今回は特に、そうした実感を深められた作品になったんじゃないかなと思っています。

4「自分のルーツであるピアノに、改めて深く向き合った」。音楽家・江﨑文武さんが振り返る、新譜「Whispers of Silence」が生まれるまで。
江﨑さんの作品。右からアーティスト・⼭⼝幸⼠との展示から生まれた「Suite: Reflection / Reverb」、1stアルバム「はじまりの夜」、実写映画「秒速5センチメートル」オリジナル・サウンドトラック、そしてテストプレスが上がってきたばかりの今作LP。フィジカルリリースは、LP が今夏発売予定。

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「お茶を飲むこと」:朝と寝る前に緑茶や黒豆茶、ほうじ茶などを楽しんでいます。急須は〈白山陶器〉、茶筒は〈開化堂〉のもの。この時間にレコードもかけて、朝はグレン・グールドのバッハだったり、時間によって聴く音楽を決めていて。リラックスしながら、妻と話をする時間を大切にしています。江﨑文武さんのインタビュー記事

&Premiumが大切にしている「Better Life(より良き日々)」。それを叶えるためのヒントを江﨑文武さんに聞いてみました。

「お茶を飲むこと」:朝と寝る前に緑茶や黒豆茶、ほうじ茶などを楽しんでいます。急須は〈白山陶器〉、茶筒は〈開化堂〉のもの。この時間にレコードもかけて、朝はグレン・グールドのバッハだったり、時間によって聴く音楽を決めていて。リラックスしながら、妻と話をする時間を大切にしています。

Release InformationWhispers of Silence

Whispers-of-Silence 江﨑文武

各種ストリーミングサービスにて配信中。

01. January 28th, 2026
02. Scenery
03. Nostalgia
04. Midnight Steps
05. Snowlit Heart
06. Felt
07. Homeward
08. Letters
09. Unwind
10. Split Ways
11. Hokuto City, Yamanashi, Japan
12. Barcarolle
13. Quiet Moon
14. Unfold
15. Children’s Waltz
16. In Your Light
17. Absence
18. Voyager
19. Ours

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江﨑文武 Ayatake Ezaki音楽家

1992年福岡県生まれ。東京藝術大学音楽学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。バンドWONKのメンバーとして活動するほか、King Gnu、Vaundy、米津玄師、藤井風らのレコーディングおよびライブサポートに参加。実写映画『秒速5センチメートル』『#真相をお話しします』、ドラマ『シナントロープ』などの劇伴を手がけ、NHK FM「江﨑文武のBorderless Music Dig!!」パーソナリティ、西日本新聞「音聞」にて連載を執筆するなど、多方面で活躍。現在、47都道府県ツアーの真っ最中。

photo : Hinano Kimoto

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