河内タカの素顔の芸術家たち。
写真で「時間の観念」を可視化する 杉本博司【河内タカの素顔の芸術家たち】August 10, 2026

杉本博司 Hiroshi Sugimoto
1948- / JPN
No. 153
東京生まれ。立教大学卒業後、1970年に渡米、1974年よりニューヨークに拠点を移し写真制作を開始。《ジオラマ》《劇場》《海景》に代表されるシリーズなど、明確なコンセプトと卓越した技術で高い評価を確立し、時間、歴史、意識の起源をテーマに、緻密でコンセプチュアルな様々な写真作品を発表してきた。2008年に新素材研究所を設立し、構想から20年をかけて建設された文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」を2017年10月に開設した。
写真で「時間の観念」を可視化する
杉本博司
現代美術作家の杉本博司の展覧会が、東京国立近代美術館で開催されていることもあって、写真、建築、舞台芸術の演出、古美術の蒐集など、いくつもの顔を持つ杉本の活動や人物像が様々なところで取り上げられています。
現代アート界で世界的に知られる杉本は、歴史や人間の意識の起源を壮大なスケールで探求する求道者であり、その一方で和歌や書に凝り、ユーモアと駄洒落好きな側面を併せ持つ多芸多才な人です。子供の頃は科学雑誌を愛読し、実業家で落語家でもあった父親の影響から「物事にはオチや腑に落ちることが大切」ということを学んだといいます。
杉本の写真家としての資質に、単に「瞬間を切り取る」のではなく、「時間そのものを可視化する」思考力と際立った技術力が挙げられます。例えば、映画一本分の光を1枚に収める《劇場》では時間を蓄積させることを試みる一方で、《海景》では哲学的とも言える作品を世に送り出すコンセプチュアル・アーティストなのです。
1975年にスタートした《ジオラマ》は、博物館の展示をガラス越しに撮影したものとは思えないほど本物のようで、そこには緻密に計算された職人技とも呼べる高度な写真の技法が投入されています。このシリーズの着想のきっかけとなったのが「片目を閉じて覗き見たリアル」でした。片目で見たら脳内の遠近感が薄れ、不気味なほど本物の風景に見えたのだというのです。そして杉本は「どんな偽物でも、一眼のレンズに撮ってしまえば本物になる」と考え、大判カメラで剥製の白熊をモノクロで撮影すると、本物以上に本物らしく見えることを再認識。この奇妙なパラドックスを「死んでミイラ化した剥製を、生きていたときよりも美しく見せるための化粧のようなもの」と杉本は表現しています。
それから少し遅れて着手した《劇場》は、映画館や古い劇場の客席から、上映中のスクリーンを真ん中に見据えて撮影したシリーズで、「映画が始まった瞬間にカメラのシャッターを開け、映画が終わった時点でシャッターを閉じる」という極端な長時間露光によって撮影されました。その結果、画面中央のスクリーンにイメージはなく、すべてが「真っ白な光の集積」として残されていました。さらに、スクリーンから反射する光の明滅が、時間をかけて劇場全体のディテールをフィルムに焼き付けるため、客席と壁や天井が暗闇の中に浮かび上がっていたのです。その幻想的な光景は、人の目では一度に見ることができない「映画一本分の光が蓄積された空間」であり、カメラの絞りが行き過ぎれば全体が露出オーバーとなり、足りなければ劇場が写らないといった、研ぎ澄まされた勘と撮影技量が問われる作業でした。
杉本の代表作である《海景》は、「現代人が、古代の原始人と同じものを見られる景色はあるだろうか?」という問いが原点となっています。その答えが、太古から変わらない「海と空」で、これまで世界各地に赴き継続的に撮り続けられています。このシリーズには、人工物、島、船などを一切入れない、画面の真ん中に必ず水平線を置くというルールが徹底されていました。陸地を映さないために、時には足場の悪い岬の先端や数百メートルの断崖絶壁の縁に三脚を立て、強風が吹き荒れる中、数時間もシャッターチャンスを待ち続けるのは命がけの撮影でした。静まり返ったミニマルな写真の裏には、危険と隣り合わせながらの杉本の完璧を求める執念があってこそ実現できたものなのです。
この初期三部作のように、コンセプトと精度を極めた写真をさらに強固にしているのが、若い頃から培ってきた特別な眼力です。かつてニューヨークで古美術商を営んでいたこともあった杉本は、「素晴らしい美術品を身近に置くと、つまらない作品を作るわけにはいかなくなる。骨董は自分のライバルだ」と自身に言い聞かせ、単なる収集ではなく「人類の意識の起源」や「時間の痕跡」を読み解くためのタイムカプセルと位置付けているようです。杉本は何百年、何千年という時間がモノにどう刻まれるかを骨董や古美術から直に学ぶとともに、モノが内包する時間を見抜く力、あるいは歴史と空間への洞察を深めながら、長年培ってきた写真技術と審美眼によって「時間の観念」を可視化しようとしているのです。

『「杉本博司 絶滅写真」図録』(日本経済新聞社)21年ぶりの大規模回顧展に出品された62点の作品図版と、作家自身による解説を収録する一冊。
展覧会情報
「杉本博司 絶滅写真」
会期:開催中~2026年9月13日(日)
会場:東京国立近代美術館
住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
https://art.nikkei.com/sugimoto/
初期から現在にいたる銀塩写真約60点を一堂に展示。加えて3階の所蔵品ギャラリーでは、美術館が所蔵する《劇場》《海景》全13点とともに、撮影や暗室作業に関する覚書を記した「スギモトノート」も併せて公開している。
文/河内 タカ
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。





























