河内タカの素顔の芸術家たち。
西洋の感性と和の伝統美を融合させた ノエミ・レーモンド【河内タカの素顔の芸術家たち】June 10, 2026

ノエミ・レーモンド Noémi Raymond
1889–1980 / FRA USA
No. 151
フランスのカンヌに生まれ、後にアメリカ合衆国へ移住。1914年にアントニン・レーモンドと結婚。1919年、フランク・ロイド・ライトと同行して夫と来日し、その後4年後にレーモンド設計事務所を設立した。以降、夫を公私にわたり支えつつ、家具、テキスタイル、グラフィックデザイン、食器などの幅広い分野においてデザイナーとして活躍。第二次世界大戦により一時アメリカへ帰国するも、約40年間にわたり日本国内において活動し、戦後の日本のモダニズム建築及びデザインの発展に多大な貢献を果たした。
西洋の感性と和の伝統美を融合させた
ノエミ・レーモンド
建築家アントニン・レーモンドの妻であり、仕事上のパートナーでもあったインテリア・家具デザイナーのノエミ・レーモンド。一般的に知られる二人の役割分担は、アントニンが建築を担当し、ノエミが家具やテキスタイルなどのインテリアデザインを担っていたとされていました。しかしながら、アントニンの設計自体にもノエミの意向が強く反映されていたばかりか、設計の初期段階から彼女がコンセプトに関与していたのです。
加えて、これまであまり語られることのなかった事実として、ノエミが単独で設計を行った建築が十数作品存在することも明らかになってきました。例えば、東京都港区に残されている「旧カニングハム邸」(1954年)と、東京都大田区にある「旧伊藤邸」(1963年)は、すでに築60年以上も経過しているにもかかわらず、ほぼ建造時のまま現役で使用されています。写真で見る限り、どちらの住宅も動線に優れ、作り付けの収納棚などに使用された素材は戦後の物資不足にも関わらず厳選されており、非常に高い完成度を誇っています。
フランス生まれのノエミは、10代でニューヨークに移住後、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでデザインの基礎を学んだ後にイラストレーターとして活躍しました。1914年にアントニンと運命的な出会いを果たし、やがて結婚。友人を介してアントニンをフランク・ロイド・ライトに紹介したのも彼女であり、そのライトが設計を担当した『帝国ホテル』の建造のために、アントニンと共に1919年に来日し、これを機に夫妻は長きにわたって日本での活動を行うようになるのです。
ノエミは、もともと日本の文化に興味を持っていたようで、民家をはじめ、和紙や織物といった各地の手工芸、あるいは東洋哲学や自然崇拝など、日本に根ざしたものに共鳴していたそうです。豊かな感性と才覚に溢れ、自然や民藝の美を吸収していったノエミは、日々の暮らしからインスピレーションを得たテキスタイルデザインを展開します。さらに、い草を座面に用いた椅子、ベニヤ板を用いた機能的な美しさを追求した家具、照明、そして暖炉で用いるファイヤーツールに至るまで、アメリカで培ったデザインの感性と、日本の暮らしの息づく伝統美を融合させて、独自のスタイルを生み出していきました。
アントニンは、白黒がはっきりとした性格で、クライアントや所員に対して厳格な態度で接していたと言われています。かたやノエミは、穏やかでユーモアに富んだ性格。場の雰囲気を和らげ、所員に得意の料理の腕前を披露するなど、優秀なパートナー兼マネージャーとして多大な貢献を果たしました。おそらくレーモンド設計事務所がクライアントや所員を維持できたのもノエミの支えが大きく、彼女の旺盛な好奇心がアントニンを刺激し続け、やがて「日本近代建築の父」と称されるまでに至った背景に、彼女の絶え間ない貢献があったと想像できるのです。
フランス人デザイナーといえば、ノエミと同じ頃、シャルロット・ペリアンも日本に滞在していました。この二人の共通点は、西洋のデザインと日本の伝統的な素材を高度に融合させ、建築や日本の風景と調和する空間を創造した点にあります。ペリアンから日本への影響は常々語られていますが、ノエミもまた日本の建築やデザインに大きな影響を与えたと考えられるのは、日本での滞在期間がペリアンよりも圧倒的に長く、日本語も流暢に話せたという点が挙げられ、アントニンとの仕事を通じて、多くの建築や家具デザイナーなどから尊敬を集めていたことは想像に難くありません。
散策をこよなく愛していたというノエミは、暇さえあれば愛犬を連れて野山を何時間も散歩し、それがデザインのインスピレーション源となっていました。所員たちから「動物愛護のおばちゃん」という愛称で親しまれ、捨て犬を日常的に保護する動物愛護家でもあり、確かにいろんな種類の犬たちと写ったスナップ写真が残されています。生涯を通じ、アントニンを縁の下で支えながら、自らも優れた建築デザイナーであったノエミは、住宅建築において「そこに住む人の視点」を重視した設計を行いました。そんな彼女の才能や人柄に魅了されてしまい、できればもっといろいろ知りたいという思いが強くなるばかりです。

『「ノエミ・レーモンドの建築と意匠 ―和で紡ぐモダンライフ― 」 展覧会公式図録』(公益財団法人ギャラリー エー クワッド)ノエミ・レーモンドの住宅設計手法と、日本の建築デザインに与えた影響を分析した図録・パンフレット。
展覧会情報
「ノエミ・レーモンドの建築と意匠 ―和で紡ぐモダンライフ― 」
会期:2026年6月18日(木)まで開催中
会場:ギャラリー エー クワッド
住所:東京都江東区新砂1-1-1 竹中工務店東京本店1F
入館料:無料
https://www.a-quad.jp/exhibitions/133/index.html
日本のモダニズム建築に大きな影響を与えたノエミ・レーモンドの建築設計やインテリアデザインの功績にスポットを当てた展覧会。家具、テキスタイル、ファブリックなどの実物や資料のほか、設計やプランニングに深く関わった住宅作品を、図面や写真パネルで紹介し、日本の建築デザインに与えた先駆的な役割を深く考察する。
文/河内 タカ
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。




























