河内タカの素顔の芸術家たち。
「人間にとってデザインとは何か?」を問い続けた エットレ・ソットサス【河内タカの素顔の芸術家たち】September 10, 2026

エットレ・ソットサス Ettore Sottsass
1917 - 2007 / ITA
No. 154
オーストリアのインスブルックに生まれる。著名な建築家である父の影響を受け、建築や芸術が日常生活に深く根付いた環境で育つ。30歳でミラノにデザインスタジオを開設し、1956年にニューヨークへ移住した際には、アメリカの大量消費社会の現実に強い衝撃を受ける。1958年には〈オリベッティ〉のデザインコンサルタントに就任し、鮮やかな赤色のポータブル・タイプライターを発表。1981年、デザイン集団「メンフィス」を結成するも4年後に脱退し建築や芸術的表現へと軸足を移す。1989年には福岡市のホテル『イル・パラッツォ』の建築ディレクションを手がけ、晩年はガラス工芸やセラミック制作に情熱を注いだ。
「人間にとってデザインとは何か?」を問い続けた
エットレ・ソットサス
「ポストモダニズム」は、1970年代から'80年代にかけて、合理性や機能性を重視したモダニズムへの反動として台頭した運動です。これは純粋な実用性よりも、ユーモアや大胆な色彩、遊び心のあるフォルムを重視するものだったのですが、エットレ・ソットサスは創造的な自由と鮮やかな色彩を取り入れるなど、この運動において極めて重要な役割を果たしたことで、デザイン界におけるポストモダンへの転換を主導しました。
1950年代半ば、39歳だったソットサスはニューヨークへ渡り、〈ハーマン・ミラー〉のデザイン・ディレクターであったジョージ・ネルソンのスタジオで働きました。当時のアメリカは、大量生産・大量消費の時代を謳歌しており、街中にはカラフルな広告やプラスチック製品があふれ、アンディ・ウォーホルが火付け役となったポップアートのムーブメントが形作られつつありました。こうした大衆文化のエネルギーに触発され、ソットサスは「日常の道具も派手で楽しいものではいけないのか」と考えるようになります。彼のそんな奇抜な発想が、やがて鮮やかな赤のプラスチック製タイプライター《ヴァレンタイン》(1969年)の誕生へとつながっていくのです。
〈オリベッティ〉のためにデザインされたこの未来的な製品は、単なる奇抜さの追求から生まれたものではありませんでした。というのも、当時の事務機器といえば、職場の環境に溶け込むような、グレーやオリーブグリーンといった地味で目立たない色が一般的で、ソットサスはそのような「退屈さ」に疑問を抱いたのです。やがて、リップスティックを思わせるような光沢のある鮮やかな色を選んで「ポップ」な美学を打ち出し、「仕事そのものが喜びの源泉であるべきだ」というメッセージを伝えようとしたのも、当時の支配的な慣習に対する明確なアンチテーゼ(反発)だったからです。
商業的な仕事に行き詰まりを感じていたのか、ソットサスは1961年から'70年代にかけてインドを訪れるようになり、貧困の中でも人々が色鮮やかな服をまとい、香を焚く世界でカルチャーショックを受けます。ヨガや東洋哲学などヒッピー文化に傾倒するようになり、日常生活に溶け込んだ神聖な儀式といったインド的な生き方に触れることとなるのです。彼が西洋社会のあり方に強い疑問を抱くようになったのも、当時の西洋の人々が何よりも効率だけを優先し、人間の存在を機械的な繰り返しへと導いているように感じていたからでした。
1981年、ミラノの自宅に集まった30代の若手デザイナーや建築家たちと共に、デザイン集団「メンフィス」*を結成。機能性や合理性ばかりが重視されていた戦後のデザインからはかなり相対するように、ニューヨークで洗礼を受けたポップな色彩感覚と、インドで出会った感情や精神に訴えかけるような造形とを融合させたデザインへと突き進んでいきます。その結果、単に使いやすさを求めるだけでなく、大胆な色彩、奇抜な形状、そしてユーモアを取り入れたプロダクトを次々と発表し、人間の感情や五感に訴えかけるような独自の方向性を打ち出していくのです。
メンフィス時代のソットサスの代表作《カールトン》(1981年)は、手足を広げた人物を思わせる奇抜な形状と斜めに配置された仕切り、そして鮮やかなプラスチック・ラミネートで仕上げた本箱です。本箱でありながら、空間を仕切るパーティションとしての機能も持ち合わせ、まるで芸術作品のように空間全体のフォーカルポイントとして機能しました。一方、同じ年に発表したキャビネット《カサブランカ》は、幾何学的かつ彫刻的でユニークなフォルムを持ち、どこか古代文明の建築を連想させるデザインでありながら、実用的な目的を超越し「おもちゃ」のような遊び心が感じられました。
20世紀の「モダニズム」から「ポストモダニズム」への移行期において中心的な役割を果たしたソットサスは、感情や遊び心を肯定する新たな価値観を確立し、家具デザインの概念そのものを一変させました。そればかりか、建築から写真、晩年のガラス工芸に至るまで、幅広い分野で独自の表現を追求し、それまでの機能性を優先する既存の慣習を打ち破ったのです。日常生活に驚きや感動をもたらす「魔法」を生みだし、現代のデザインに見られる大胆な色彩やフォルム使いの礎を築いた彼は、20世紀デザイン界における不朽のレジェンドとしてその名を刻む存在となったのです。
*「メンフィス」は、結成の夜、レコードから流れていたボブ・ディランの曲『メンフィス・ブルースを聴きながら(Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again)』から命名された。古代エジプトの首都「メンフィス」と、ロックの発祥地であるアメリカの「メンフィス」という歴史と大衆文化が混ざり合うイメージが彼らの思想に合致した。

『エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる カタログ』(公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館)日本初大規模回顧展の公式カタログ。ソットサスの世界を、初期から晩年まで100点超の作品とともに紹介する。
「エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」
会期:開催中〜2026年10月4日(日)
休館日:月曜日(9月21日は開館)、9月24日
会場:アーティゾン美術館 6階展示室
住所:東京都中央区京橋1-7-2
https://www.artizon.museum/exhibition_sp/sottsass2026/
本展は、石橋財団が所蔵する100点を超える貴重なコレクションを一挙に公開する、同館にとって初のデザインに特化した展覧会。「メンフィス」の盟友でもあった倉俣史朗やミケーレ・デ・ルッキによる家具も紹介。代表作《ヴァレンタイン》や《カールトン》をはじめ、色鮮やかな家具、独創的な照明デザイン、さらには中・後期に制作されたガラス作品など、作家の全キャリアを網羅する名品が年代順に展示されている。
文/河内 タカ
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。




























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