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詩人の生活。クマバチと神社の風。写真と文:黒川隆介(詩人)#1September 09, 2026

二日酔いではなかったからか、珍しく早起きだったからか、ピンときて近所の神社に向かった。平日の正午過ぎによれた軽装で住宅街を歩く。これが自分の主たる世界だと思う景色。

勤め人になったことのない人間の主たる景色という主観のなかを歩く。人混みとは無縁、早寝早起きとは無縁、定型とは無縁に詩に惹かれ16歳からこの景色に迷い込んだが、ふらと歩きつづけては行き止まりにはまだ着かない。そもそも目的地を持っていないのだから行き止まりすらないのは当たり前か。

介護施設の前を通ると、スタッフと思しき女性二人組が足元を駆ける虫を見て悲鳴をあげていた。制服を着ていようがその瞬間はスタッフではなく、虫の苦手な平時の自分に戻るのだろう。頭の中で文字を浮かべながらしゃがみ込んで、何かしらの虫の羽を巣に運ぼうとする蟻を眺める。自分の頭の高さに他人の膝が行き交う平日の住宅街、いつもより人通りが少しばかり多い気がする。頭の中にまた文字を浮かべながら巣の入り口の盛り砂を観察していると大きな羽音が沸いた。

蟻が蝉の羽を運んでいた。
蟻が蝉の羽を運んでいた。

膝を折ったまま視線を花壇に移すと、丸みをおびた体に黄色いファーを巻いたようなクマバチ。半年前であればこの蜂がクマバチだとわからなかった。3か月前、瀬戸内海に浮かぶ人口5人ほどの島、小佐木(こさぎ)島を訪ねた。訪ねたといっても訪ね人も訪ね先も持たず、ただ一周ぐるっと散歩をし、頭上を泳ぐトンビを見ながら島民の方ととれたての晩白柚(ばんぺいゆ)を食べたぐらいのものだったが、その散歩のなかでクマバチに出会った。独特の出立ちが気になり現地の方に尋ねたところ、クマバチじゃ、たぶん、たしかクマバチじゃと教えてもらった。何万倍どころではない人口を擁する東京の住宅地にもきみはいるのか。文字を頭に浮かばせながら、クマバチの観察をつづけては潮風を在りし日から纏う。

小佐木島からは、映画『裸の島』の舞台である宿禰(すくね)島も見える。
小佐木島からは、映画『裸の島』の舞台である宿禰(すくね)島も見える。

視線を感じ顔を上げると、しゃがみ込んで地面を覗く男を構う表情でこちらを見ている子ども。私はどちらかというとこちら側ではなくそちら側です。神社が目的地だったことを彼のおかげで思い出し、サンダルが地面を擦る音を大袈裟に立てながら歩き直せばすぐさま神社に着いた。街のはずれに佇む小さな神社、いつも通り人影はなく、静けさの端を拾いながら境内を進んでいくと、私にしか見えない渡し船と風。拝殿には「一把百円」の貼り紙と線香の束が置かれていたので銀丸を賽銭箱に放り、設置されたコンロで一把まるごと火をつけた。

二礼二拍手。最近したばかりなのに拍手先に手を合わせ、仲良い犬の快方を祈っていると何者かに後頭部を撫でられ振り返る。変わらず人っこひとりいない平穏のなかに潮なし風が吹いていた。祈りが届くこともある。拝殿上部に張られた幕が突風によって伸ばされ、手を合わせ祈る私の頭に。祈りが届いたような気になって、いつもとは違う歩き方で最寄りのコンビニに向かった。

いつもとは違う心地になったのでガリガリくんのソーダ味ではなく梨味を買い、夏の帰路に一口頬張ればソーダの文字が浮かぶ。帰宅後、自宅で飼っているクロナガアリとクロオオアリに一欠片ずつあげた。


詩人 黒川 隆介

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1988年神奈川県生まれ。16歳から詩を書き始め、文芸誌への寄稿や雑誌連載の傍ら、全国各地を詩作・朗読しながら巡っている。趣味はイカを捌くこと。近著に『生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる』(実業之日本社)。

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