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春、がんもの味わい。春夏秋冬、能登めぐり。写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1June 03, 2026

春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1
石川・珠洲にある『湯宿さか本』の入口。

初めて奥能登を訪れた2024年の3月から、気づけば丸2年経っていた。

私はこれまで、主にドキュメンタリー映画の取材のため、石川県の珠洲市・輪島市・能登町を中心に奥能登地域をめぐってきた。2024年1月の地震が起きた当初を思い返せば、道路も家々もずいぶんと復旧が進んでいる。あれから豪雨や干ばつがありながらも、歩み続ける地域の人々を見つめてきた。

3度目の春を迎えて、ふと映像を撮ること抜きに奥能登で過ごしてみようと思った。レンズ越しではなく自分の目で、ゆったりと今の奥能登を感じたい。それにうってつけな場所が『湯宿さか本』だった。

玄関には、清らかな水の音と季節の花。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 玄関には、清らかな水の音と季節の花。
玄関には、清らかな水の音と季節の花。
七段飾りの雛人形なんていつぶりだろう。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 七段飾りの雛人形なんていつぶりだろう。
七段飾りの雛人形なんていつぶりだろう。
丁寧に磨かれた床が、光をやわらかく照り返す。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 丁寧に磨かれた床が、光をやわらかく照り返す。
丁寧に磨かれた床が、光をやわらかく照り返す。
窓のない洗面所から吹く風に、潔さを感じる。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 窓のない洗面所から吹く風に、潔さを感じる。
窓のない洗面所から吹く風に、潔さを感じる。

『湯宿さか本』にはテレビも冷房もなく、電波もほとんど届かない。洗面所は吹きさらしで、共同のお風呂は竹林のなかだ。ホームページに「さか本にはなんにもありません」と書かれている通り、便利さや過度なサービスとは一線を画す。しかし暖簾をくぐった瞬間、その静謐な佇まいに「ここにはすべてがある」と感じられた。

庭の池が凪いでいる。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 庭の池が凪いでいる。
庭の池が凪いでいる。
池のほとりに咲いていた椿。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 池のほとりに咲いていた椿。
池のほとりに咲いていた椿。
離れでは池を眺めながらくつろげる。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 離れでは池を眺めながらくつろげる。
離れでは池を眺めながらくつろげる。
離れでひらいた、写真家・渋谷敦志さんの写真集。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 離れでひらいた、写真家・渋谷敦志さんの写真集。
離れでひらいた、写真家・渋谷敦志さんの写真集。

チェックインを済ませたら庭を散策し、池のほとりの離れでまったりと過ごした。音楽をかけ、コーヒーを淹れて、本を読みながらたびたび窓の外を眺める。あたたかい木製の出窓や、足を伸ばせる椅子など、部屋の設えひとつひとつに優しく包まれる心地がした。手に取った渋谷敦志さんの写真集『能登を、結ぶ。』(ulus publishing)には、私がこれまで見てきた風景や出会った人々も写されていて、この地の奥ゆかしさを改めて感じることができた。

陽が落ちきる前に、竹林に囲まれた浴室へ。ミニマムな空間に湯船がどっしりと構え、窓の外ではさわさわと青竹が揺れている。源泉を沸かしたお湯にざぶんと浸かれば、思わず「はぁ」と声が出た。「湯宿」と名乗るそのわけを、湯けむりに包まれながら思い知る。

セリとゴボウのかき揚げ。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | セリとゴボウのかき揚げ。
セリとゴボウのかき揚げ。
旬のお刺身に、クレソン。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 旬のお刺身に、クレソン。
旬のお刺身に、クレソン。
脂がのったイワシ。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 脂がのったイワシ。
脂がのったイワシ。
能登の魚醤「いしる」が香る、焼きおにぎり。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1 | 能登の魚醤「いしる」が香る、焼きおにぎり。
能登の魚醤「いしる」が香る、焼きおにぎり。

身も心もあたたまり、お待ちかねの夕食へ。広間には数組の宿泊客が集い、立派な梁の天井に和やかな空気が充満している。春の訪れを告げる手料理の数々は、どれも飾らない美しさがあった。香り、食感、味の濃淡や温度など、よく考えられた順序で私たちの体に沁みていく。特に、締めの焼きおにぎりは感動のあまり、食べ終えるのが惜しいほどだった。炊き加減、握り加減、焼き加減のどれもが絶妙で、能登の魚醤「いしる」のほのかな香りが鼻腔をスーッと抜けていく。旬と、土地と、真心が交差する、またとない夕べとなった。

『湯宿さか本』の名物、朝ごはんのがんも。春、がんもの味わい。〈春夏秋冬、能登めぐり〉写真と文:小川紗良 (アーティスト) #1
この宿の名物、朝ごはんのがんも。

朝目覚めると、昨晩お腹いっぱい食べたはずなのに、身体がふわりと軽い。その心地よさに寄り添うように、朝食で差し出されたのは自家製がんもどきだった。ぽってりとしたフォルムの中に、エビやシイタケといった具材の旨みが詰まっている。サクッ、ジュワッと揚げたての食感に、思わず顔がほころぶ。"滋味"とはまさにこのことだ。

帰りがけ、宿を営む坂本菜の花さんにお礼を告げると、「お構いもできませんで」と彼女は返した。直接交わす言葉は少なくとも、空間づくりや手料理のひとつひとつから、おもてなしの心が伝わってくる。私とそう歳のかわらない彼女の生きる姿勢は、なんだかさっき食べたがんもを想起させるようだった。シンプルに、丁寧に、心を尽くすこと。私もあのがんものような作品づくりを目指そうと、気持ち新たに奥能登をあとにした。


アーティスト 小川紗良

小川紗良プロフィール
1996年、東京生まれ。文筆家、映像作家、俳優。早稲田大学文化構想学部卒業。俳優として、映画『イノセント15』、NHK『まんぷく』等に出演。初長編監督作『海辺の金魚』は韓国・全州国際映画祭に出品され、自ら小説化も手がけた。2023年1月より、J-WAVE「ACROSS THE SKY」(日曜午前9時〜12時)にてナビゲーターを務めている。同年3月、創作活動の拠点として「とおまわり」を設立した。

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