&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。

深夜2時半、十数年ぶりのミュージックバーで。写真と文:黒川隆介(詩人)#3September 23, 2026

友人がそろそろ帰ると言うので、タクシーまで見送った。2時半頃だった。帰巣本能が夜霧によって薄れたまま踵を返して歩いていると、懐かしい階段が酒の沁みた目に映った。最後に訪れたのは20年近く前。特段理由もなく、以来ただ通り過ぎていた。数歩通り過ぎてから戻り、漏れてくる80'sロックをたよりに階段を上がっていく。急な勾配は街と異世界を接続するワームホールの役割を果たし、上がっていくというより吸い込まれていく感覚に近かった。

「そこ空いているんで大丈夫だと思いますよ」

店主が見当たらなかったので扉を開けて立ったままでいると、カウンター席の男性が声をかけてくれた。氷がほとんど溶けていることとやさしい声かけから、永い滞在であることがわかる。3席空けて座り、壁に貼られたポスターのなかのマイケル・ジャクソンと目が合ったまま時が流れかけていく。

そのまま朝日。無職の生業。写真と文:黒川隆介(詩人)#3
記憶が曖昧になりそうな夜はカメラで記録する。

奥から現れた店主の顔には、見覚えがあった。カウンターに座ったのは初めてだと座ってから気がつき、ミュージックバーであることを思い出しながら洋酒以外の揃えもあったかをボトルの並びを横目に咄嗟に判断した。芋の水割りをください。20代半ばには尿酸値が基準値を超えていたので、ウイスキーから焼酎にその頃変えた。

いろいろなことからしばらく経ったことに気がつくにはバーより適した場所はない。フリーのスラップが店内に響き、目の焦点はカウンターから頭上へと移り自分の内側に入っていく。気がつくと、ビールを頼んでいた。尿酸値も何杯目かも忘れ、ビールを頼んでいた。ミュージックバー、それもブリティッシュロックに寄ったミュージックバー、連想がつらなり気分はアイリッシュ、ギネスを喉が求める。

ビールは何がありますか、と尋ねれば、〈ハートランド〉と〈アサヒ〉の二択が返ってきた。まさかのギネス不在。わざわざ聞いた手前、踵は返せずそのまま〈アサヒ〉。酔いが深まってくるとビールを挟みたくなるのは何故か。飛びかけの脳に問いながら揺れる視界の窓向こうには国道246にながれる彩色、疵が疼く走馬灯、かつてタクシーで帰るという選択肢はなかった。帰った方がいいという選択肢もなかった。

胃の上下がわからなくなる睡眠から目を覚ますと二日酔い。今日は酒を抜こうと喫茶店に入り、原稿を進めるべくPCを開いた。レッチリの低音ベースラインがスピーカーから響いてきたからか、気がつくと赤霧島のロックを頼んでいた。今日は一杯目からロックか。

隣席のアイルランド人が脚に彫ったギネスのタトゥーを見せてきたときのもの。
隣席のアイルランド人が脚に彫ったギネスのタトゥーを見せてきたときのもの。

詩人 黒川 隆介

Screenshot
1988年神奈川県生まれ。16歳から詩を書き始め、文芸誌への寄稿や雑誌連載の傍ら、全国各地を詩作・朗読しながら巡っている。趣味はイカを捌くこと。近著に『生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる』(実業之日本社)。

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 155あの人のクローゼット。2026.09.18 — 980円