&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。

甥の手を引きながら、ヒトについて考える。写真と文:黒川隆介(詩人)#2September 16, 2026

6歳になった甥にプレゼントを渡しに実家へ向かった。一方だけに贈り物をすれば揉め事に繋がるというのは有史以来の火種、3歳になる下の子にも玩具を見繕い万全を期した。兄は欲しかったサッカーのユニフォームに飛び跳ねて袖を通し、弟はプレゼントが入った紙袋からプレゼントを取り出しそのまま床に放った。プレゼント不在の空になった紙袋に手を突っ込み、見せつけるように何かを探しつづけている。

「プレゼントがない」

いや、あげたでしょう、これプレゼントでしょう。放られたおもちゃを指差すも紙袋の中を漁り続け、プレゼントないよ、それプレゼントじゃないよと押し返してくる。意に適うものがあげられなかったのかと思索に耽りかけると本丸が現れた。

「ケーキがないよ」

3歳はモノより思い出、自分もかつて3歳だったはずだが通念に囚われ芯を置き去りにしていた。これは警句だ。靴を片足ずつ丁寧に履かせ、2人でケーキ屋へ向かった。

私のカメラを奪い勝手に自撮りした甥。
私のカメラを奪い勝手に自撮りした甥。

途中、窓ガラスに反射する甥をおぶった汗だくの自分と目が合い、同じように自分と目を合わせていた甥とガラスのなかで目が合った。甥が大人びた顔つきでにやりとし、私も笑った。甥からしても、親になったことのない私が子どもをおぶる姿が不恰好で笑えたのかもしれない。

帰路、幼少期によく走り回っていた敷地を通りがかった。同じ猫のはずはないが、あの頃よく見上げていた窓際に同じようにハチワレの猫がいて、甥と額の模様を見ながら手を繋いで歩を進めた。

空が大きくうねり回転しながら動いている。透明ではあるが視認できる巨大な回転、この大きな螺旋に無言の指令をうけて人間は生きているのではないか。子どもを作り、生命のバトンを繋いでいく、ヒトとしての使命感の内側にいることにより肯定を育み、人類の延長に寄与している実感のもと幸福を感じるようにできているのではないか。大きな循環を命題として、ヒトは疑うことなく生きる意味を持つのではないか。

姉の子の手を引いて星を歩くだけでこうも血のなかをヒトが巡る。人間である前に動物であるから、種の保存に自然と感慨を深くするのは当たり前の話ではある、しかし、私は現状この螺旋の外側にいる。今のところなのか永劫なのか定かではないが、世界中の子どもの幸せを願うことはあっても自分の子どもの幸せを願う幸せを未だ知らない人間である。

詩に生きる過程で手放した未来や棄てた過去、恥が、足元におびただしい数ひろがっている気が途端にして、まじまじとアスファルトに見入る。あれ、セミの抜け殻。これセミの抜け殻だよ、持って帰る? 壊れないように抜け殻を拾い、かわいいTシャツにくっつけようとすると恐る恐る後退りする甥に生来の性格があることを想う。

空はいつもの色に戻り、回転は止まっていた。昔ここでおれもセミの抜け殻拾ったよ、とはどうしてか甥に言わなかった。

すすきに囲まれて育ったわけではないのにすすきを見ると懐かしくなる。
すすきに囲まれて育ったわけではないのにすすきを見ると懐かしくなる。

詩人 黒川 隆介

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1988年神奈川県生まれ。16歳から詩を書き始め、文芸誌への寄稿や雑誌連載の傍ら、全国各地を詩作・朗読しながら巡っている。趣味はイカを捌くこと。近著に『生まれ変わるのが死んでからでは遅すぎる』(実業之日本社)。

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