&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。
はじめての熱海で、地元を思う。写真と文:長瀬ほのか (エッセイスト) #4July 29, 2026
熱海を歩いていると、「干物」の文字がやたら目に入ってくる。海辺の街ではどうしても獲れたてピチピチの鮮魚に心を奪われがちだが、熱海の落ち着いた趣が「干物もいいですよね」という気分にさせてくれる。その場で食べられる店も多くあるようで、そのなかの一つに入って、金目鯛の干物を日本酒とともにいただいた。サザエの壺焼きも食べた。
駅の方に戻ると、こぢんまりとしたベンチで「赤いきつね」をずるずる啜っている初老男性がいた。地元の人だろうか、と思ったが、それならこんな観光客が食べ歩きをしている落ち着かない場所ではなく、家に帰って食べるのではないか。だとすると観光客ということになるが、それこそどうして「赤いきつね」を、という話である。
熱海駅から少し離れたところに宿を取っており、路線バスで移動することにした。買い物袋を下げた人たちが、当たり前に乗り降りしていく。熱海で生まれ育った人たちは、自分が熱海に生まれたことをどう思っているのだろうか。というのも私自身、どうして自分は北海道に生まれたのだろう、とよく考えるからだ。北海道は良くも悪くも観光地として存在感が大きい。はるばる遊びに来る人が大勢いる一方で、私はそこにポンと生まれ落ちた。そのことが、なんだかずっと不思議なのだ。熱海も温泉や海を求めて人が訪れ続ける土地である。しかも北海道よりずっと局地的だ。自分がたまたま生まれた場所に、全国的に共有されたイメージがついていることを、どう捉えているのだろう。地元の人にとっては、なんの変哲もない海辺の町なのだろうか。観光客だらけの熱海駅も、地元の人にとっては地元の駅でしかないのだとしたら、あの「赤いきつね」を食べていた人も、やはり地元の人なのかもしれない。
バスは海沿いの道を走る。曇っていたから景色が綺麗すぎなくて、ほんの少しだけ熱海の日常に紛れ込めたような気がした。
エッセイスト 長瀬ほのか



































