&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。

はじめての熱海で、ツバメを見る。写真と文:長瀬ほのか (エッセイスト) #2July 15, 2026

 揚げかまぼこを食べたあと、熱海駅前の商店街に戻り、いかにも観光客をターゲットにしていそうな大型の海鮮店に入った。地元の人が通う店を探し当てたりするのも楽しいが、こういうわかりやすい店も好きだ。食べておきたい地物が確実に食べられるし、当たり前に歓迎され、堂々と観光客たる態度を取れる安心感がある。

 整理券を取ってしばらく待つと席に通された。案内してくれたスタッフが、「ご挨拶させていただきます! 」と右手を挙げながら、「6番テーブル、2名様ご来店で〜す! 」と店内に響く声で叫んだ。ああ、これは他のスタッフとのコールアンドレスポンスのやつだなと察し、そのつもりで構えていたが、何も返ってこなかった。気まずかったので小さく会釈した。他のテーブルの様子を見ていると、本来は「いらっしゃいませ〜! 」というレスポンスが返ってくるはずだったらしい。たまたま彼女の声が店内の音にかき消されたのか、みんな忙しかったのか。私なら悲しくて泣いてしまうかもしれない。しかし、彼女は気丈な振る舞いで、我々のもとに金目鯛の刺身を運んでくれた。皮目の色が鮮やかな、美しい刺身であった。噛み締めるほどにうまかった。

 商店街の手前の通りを歩いていると、夫が突然足を止め、建物の軒先を覗き込んだ。何事かと思って同じようにしてみると、そこにはツバメの巣があった。「よくわかったね」と言うと、「チュンチュン聞こえたから」と。しかし、もう鳴いていない。雛たちは我々をじっと見下ろし、黙っている。親鳥以外に用はないという顔をしている。歓迎されていないことは承知のうえで、私はしばらく見入ってしまった。はじめてツバメの巣を見たからだ。北海道にもツバメはいるにはいるらしいが、民家の軒先に巣を作ることはほとんどないという。本当にこうやって巣を作るんだ、と感動が込み上げた。

 親鳥らしき飛行体がこちらに向かって飛んできて、我々の姿を見るなり引き返していった。「ごめんって」と言いながら、軒下を離れる。するとすぐにまた飛んできて、雛が大騒ぎする声が聞こえた。はじめての熱海ではじめて燕の巣を見たことを、私はきっと忘れないだろう。

はじめての熱海で、ツバメを見る。写真と文:長瀬ほのか (エッセイスト) #2 | 美しい金目鯛の刺身。
美しい金目鯛の刺身。
はじめての熱海で、ツバメを見る。写真と文:長瀬ほのか (エッセイスト) #2 | 親鳥以外には用がない雛たち。
親鳥以外には用がない雛たち。

エッセイスト 長瀬ほのか

プロフィール写真
1988年北海道生まれ。東京都在住。古生物学者の夫との暮らしを記したエッセイ「古生物学者の夫」がnote主催の創作大賞2024で双葉社賞エッセイ部門を受賞。同作を収録した初のエッセイ集『わざわざ書くほどのことだ』(双葉社)を2025年に刊行。https://x.com/nagase_h

note.com/nghngh

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 153誰かと語りたい、あの映画。2026.07.17 — 980円