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片足のない猫と、吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』。海辺の本屋の日々と本。写真と文:あかしゆか(編集者・『aru』店主)#3September 18, 2026

以前、店のウッドデッキにたまに遊びに来る片足のない猫がいた。

目が合うといつもビクッと怯えたような顔をして、俊足でササっと逃げていく。きっと人見知りな猫なんだろうなと思いながらも、私はその猫のことを心の中でそっとかわいがっていた。

ある日、営業日ではなかったけれどちょっとした用事があって店まで行くと、どこからか、ミャア、という声が聞こえる。どこだろうと辺りを探してみると、すぐそばの木の陰で、例の猫がこちらを見て鳴き続けていたのだった。

いつものようにすぐに逃げていくのだろうなと思ってこちらから立ち去ろうとすると、背後からもう一度ミャア、という声が聞こえてくる。まさかと思い振り返ってみると、その猫が私をまっすぐ見つめながら、トコトコトコとついてきた。

どうしたの、寂しいの、と話しかけると、まるでその言葉に答えるかのようにミャアと鳴く。そしてその猫は私を先導するかのように、ちゃんと私がついてきているかを時折振り返って確かめながら、店のウッドデッキへと連れていってくれたのだった。

ウッドデッキのベンチに私が腰掛けると、猫は私の膝の上にちょこんと座った。そしてこちらの様子を少しだけ窺ったあと、すやすやと息を立てながら寝始めた。私は驚きながらもとてもうれしくて、猫の体温があたたかくて、そのまま一緒に休ませてもらうことにした。

片足のない猫と、吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』。海辺の本屋の日々と本。写真と文:あかしゆか(編集者・『aru』店主)#3わたしの膝の上から離れない猫。
わたしの膝の上から離れない猫。

40分ほど経っただろうか。暗くなってきたし、雨もパラパラと降ってきた。いつまでも私の足の上から動かない猫を、どうしたものかと考えあぐねていると、坂の下から女性の声が聞こえてきた。

「サビー! どこにいるんや、サビー! 」

そしてその声を聞くや否や、猫はバッと起きて私の腕から飛び出した。

私も(なぜか)慌てて猫のあとを追っていくと、店のすぐそばでレストランをされている女性の方が、その猫と話している。ああ、この猫は、このレストランで飼われていたのか。

「この猫ちゃん、サビっていう名前なんですか」

そう聞くと、名前は3日前につけられたばかりなのだという。その女性は、サビの飼い主になったばかりだったのだ。話を聞くと、これまで犬を2匹、猫を2匹を飼っていて、その愛する動物たちの壮絶な看取りを経験してから、もう動物は飼わないと心に決めていたのだという。でも、片足がないこの子を見て、どうしても面倒を見ずにいられなかったのだそうだ。

「餌をあげてしまったんよ......。一度餌をあげたら、覚悟を持たなきゃいけんけえ」

その言葉には、これまでどれだけその人が動物と真剣に向き合ってきたのかの歴史を見るようだった。餌をやりはじめた途端、人懐っこくなったのよというその言葉には、きっとあなたの愛がそうさせたのだと心の中で思った。

「落ち込んでるんよ」と、愛しい目で、そして悲しい目でサビを見つめながらその女性は何度も繰り返しそう言った。
もうあんなに悲しい思いはしたくないのに、またやってしまった。大切な存在ができてしまった。本当に何かを愛し、何かを失った人にしか発することができないその言葉と眼差しに、胸がキュッと苦しくなる。

サビはそのあと、女性に連れられて病院に行き、去勢手術などを受けたあと、家で飼われることになるのだという。

もう会えないのかもしれないのか、という幾ばくかの寂しさを心に抱きながら、「ばいばい、またね」と言ってサビとその女性と別れて店で本の整理をしていると、吉本ばななさんの『うたかた/サンクチュアリ』(福武文庫)が目に入った。そしてその帯には、こう書かれていた。

「人を好きになることはほんとうに悲しい」

人を好きになることはほんとうに悲しい。
女性の眼差しを思い出しながら、ほんとうにそうだよなあ、と思った。誰かを愛することは、いつか来るべき別れへの悲しさを必ず内包している。けれども、だからこそその時間は唯一無二に輝いているのだけれど。

サビとその女性との短い時間は、儚く美しく私の記憶に残った。そしてきっとこの本は、サビの記憶と共に、私にとってとても大切な本になるのだと思った。

片足のない猫と、吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』。海辺の本屋の日々と本。写真と文:あかしゆか(編集者・『aru』店主)#3
『うたかた/サンクチュアリ』。福武文庫版の装丁が好き。

編集者・本屋『aru店主』 あかしゆか

あかしゆか
1992年京都生まれ、岡山在住。東京での会社員生活を経て独立。2021年に本屋『aru』を岡山県倉敷市児島で開業し、現在2店舗を経営している。Web、出版、イベント、場づくりなど、媒体を問わず「ことば」に関する編集に携わる。

instagram.com/akyskaa

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