LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。

しなやかに適応する働き方と、創造の時間。テキスタイルデザイナー・島塚絵里さんの自分らしく働くための、3つのルール。May 28, 2026

さまざまな分野で活躍する人の働く姿勢や生き方を尋ねた&Premium151号(2026年7月号)「仕事と生き方」より、テキスタイルデザイナー・島塚絵里さんの自分らしく働くための、3つのルールを紹介します。

フィンランド・ヘルシンキ在住のテキスタイルデザイナー島塚絵里さんの自宅兼アトリエは美しい自然に囲まれている。北欧らしい温もりを感じさせるクロスは自身の作品。
フィンランド・ヘルシンキ在住のテキスタイルデザイナー島塚絵里さんの自宅兼アトリエは美しい自然に囲まれている。北欧らしい温もりを感じさせるクロスは自身の作品。
しなやかに適応する働き方と、創造の時間。テキスタイルデザイナー・島塚絵里さんの自分らしく働くための、3つのルール。窓外の景色を眺めながらアトリエでスケッチをする島塚さん。テキスタイルデザイナーだがイラストレーターでもあり、書き手でもある。「すべての経験が何らかの糧になる」 | 窓外の景色を眺めながらアトリエでスケッチをする島塚さん。テキスタイルデザイナーだがイラストレーターでもあり、書き手でもある。「すべての経験が何らかの糧になる」
窓外の景色を眺めながらアトリエでスケッチをする島塚さん。テキスタイルデザイナーだがイラストレーターでもあり、書き手でもある。「すべての経験が何らかの糧になる」

Eri Shimatsuka's Rules

1. 肩書や年齢にとらわれない仕事をする。
2. 家族と過ごすための休暇をしっかり取る。
3. 何もしない「退屈な時間」をつくる。

異国の地で見いだした、ひとつの肩書に収まらない働き方。

色鮮やかで伸びやか。フィンランドの自然や街並みといった身近なモチーフを題材にしながら、どこかおとぎ話のような幻想性をまとった世界観—そんなテキスタイルを生み出しているのが、デザイナーでイラストレーターの島塚絵里さんだ。現在フィンランドに暮らすが、その縁は13歳の頃に遡る。初めてこの国を訪れたのは、1か月間のホームステイだった。当時、日本での学校生活に悩みを抱えていた彼女にとって、その経験は大きな転機となる。

「世界は広いんだと実感して、視野が広がり、気持ちが楽になりました」

 10代の頃からアートやものづくりに興味はあったが、大学卒業後は英語教師に。沖縄の通信制高校に赴任し、そこでは多様な背景を持つ人々と出会った。価値観の異なる他者と関わる日々は学びに満ちていたが、同時に仕事量の多さから心身ともに疲弊していく。一方で、西表島で訪ねた染織家の石垣昭子さんとの交流をきっかけに、ものづくりへの関心が再び芽生え始めた。そんな折、13歳のときに出会ったフィンランドの友人と再会。この縁と留学への思いが重なり、フィンランドへの移住を決意する。現地の美術大学に入学したのは27歳のときだった。

「テキスタイルを専攻し、織りや編み、プリントなど幅広く学ぶなかで、自分はプリントデザインが合っているなと徐々に方向が定まっていきました」

在学中にはテキスタイルブランドの〈マリメッコ〉でインターンとして働き、大学に籍を置きながら、そのまま社員へ。永住権も取得し、フィンランドでの生活基盤が整っていく。

「労働環境は理想的でした。女性も多くて働きやすく、福利厚生も整っている。『理想の会社』と感じられる場所でした。一方で、配属された部署では外部デザイナーが作った図案を基に柄のリピートを作成したり、サイズ調整を行ったりする職人的な業務がメイン。社員のままだとやりがいはあっても〝自分のデザインをすることはできない〞という現実に直面しました」

 転機となったのは、卒業制作を通じた提案だった。学業の一環であれば自作のデザインを提案できると知り、直談判して作品を提出。クリエイティブディレクターに見せた作品のうち、3点が採用された。その後、「社員として残るか、フリーランスとして独立するか」という選択を迫られる。安定した環境にとどまるか、自らの創作を軸に生きるか。迷いのなかで背中を押したのは、上司の一言だった。「50歳になったとき、後悔しない選択をしなさい」。その言葉を胸に独立を決意する。

リビングのラグはフィンランドの老舗メーカー〈フィナルテ〉と島塚さんのコラボ。
リビングのラグはフィンランドの老舗メーカー〈フィナルテ〉と島塚さんのコラボ。
インテリアに自身の布を取り入れ、季節によって柄や素材を替える。
インテリアに自身の布を取り入れ、季節によって柄や素材を替える。
1950年代のメゾネット式の自宅の前で。
1950年代のメゾネット式の自宅の前で。
入居の際に建築家の夫が内装をデザイン。白壁に家具と床だけ木目のシンプルな空間に島塚さんの作品が映える。
入居の際に建築家の夫が内装をデザイン。白壁に家具と床だけ木目のシンプルな空間に島塚さんの作品が映える。

 フリーランスのテキスタイルデザイナーとしての仕事は、主に企業への「柄の提供」で成り立つ。依頼に応じる場合もあれば、自ら提案することもあるが、採用後の製品づくりに深く関わることは難しい。素材や生産背景にまで踏み込めないもどかしさは常にある。そんなことから、自らの表現をより自由に形にするためオリジナルブランドを立ち上げた。〝森のテキスタイル〞シリーズとして展開されるプロダクトは、生地からブランケット、クロスへと広がり、自分の手で完結するものづくり。同時にフィンランドにまつわる執筆や現地での取材のコーディネートなど領域を超えた仕事も増え、どれも積極的に行うよう心がけてきた。

「肩書はいくつあってもいいと思うんです。すべての経験が糧になると信じているので、依頼を受けたら思いきってやってみる。それで道が開けることもある。それに、ひとつの肩書に収まらない働き方は今の時代ではむしろ自然な在り方なのかもしれません」

フィンランドの社会にもその柔軟さは表れている。女性が働き、子育てをし、キャリアを築くことは特別なことではない。男性にも「ともに担う」という前提が社会に根付いている。

「権利として長期間の休暇を取ることや、家族で過ごす時間も重要視されています。フレキシブルな働き方がそういった考えを支え、誰もがやりたいことを犠牲にしない生き方が成立しやすい社会なのだと思います」

 そしてここ最近、島塚さんが大切にしているのが「退屈な時間」だという。情報に溢れた現代において、何もすることがない時間はむしろ希少だ。その余白こそが創造性を育てると考える。

「友人から、子どもだった頃、夏休みにサマーハウスに行ったときに何もすることがなくて、でもその環境のなかで遊びを考えるようになった、それが創造力の源になったという話を聞いて、腑に落ちたんです。そして、『退屈』や『つまらない』時間は無価値なものではなく、むしろ人が何かを生み出すきっかけにつながるのだと考えるようになりました。変化の激しい時代に、自分の軸を持ちながら柔軟に働くこと、あえて退屈な時間をつくること。その両方がこれからの自分の創造性を支えてくれると思っています」

自宅の飾り棚も創作のインスピレーションに。随所に日本文化を取り入れ、招き猫やこけし、沖縄の民芸、イサム・ノグチの照明などと、アンティ・ヌルメスニエミのケトルやリサ・ラーソンの陶板など北欧の文化を混ぜて。
自宅の飾り棚も創作のインスピレーションに。随所に日本文化を取り入れ、招き猫やこけし、沖縄の民芸、イサム・ノグチの照明などと、アンティ・ヌルメスニエミのケトルやリサ・ラーソンの陶板など北欧の文化を混ぜて。
壁には島塚さんのドローイング作品や布、柚木沙弥郎の《灯台とくじら》のリトグラフを飾る。
壁には島塚さんのドローイング作品や布、柚木沙弥郎の《灯台とくじら》のリトグラフを飾る。
ブランケットやクッションカバーなど暮らしに寄り添うプロダクトが多い島塚さんの作品。これからは「もの」だけでなく考え方や感性も伝えたいと絵本やエッセイにも力を入れる。
ブランケットやクッションカバーなど暮らしに寄り添うプロダクトが多い島塚さんの作品。これからは「もの」だけでなく考え方や感性も伝えたいと絵本やエッセイにも力を入れる。

HISTORY

フィンランドの美術大学に進学後、初めての夏休みに、教員時代に訪ねた石垣昭子さんの工房で研修させてもらった。
2009年 西表島の染織家・石垣昭子さんの工房で。フィンランドの美術大学に進学後、初めての夏休みに、教員時代に訪ねた石垣昭子さんの工房で研修させてもらった。

大学在籍中に〈マリメッコ〉で働き、卒業制作の一環としてプリントデザインを同社に提案。右の2点が採用された。
2013年 〈マリメッコ〉のコレクションに採用。大学在籍中に〈マリメッコ〉で働き、卒業制作の一環としてプリントデザインを同社に提案。右の2点が採用された。

芸術家が集まる村、フィスカルスのアーティストレジデンスに1か月滞在しながら作品を制作、初の個展を開いた。
2021年 フィンランド・フィスカルスで初個展。芸術家が集まる村、フィスカルスのアーティストレジデンスに1か月滞在しながら作品を制作、初の個展を開いた。

絵本作家レーッタ・ニエメラとの共作。2024年には日本語版『しずかなところはどこにある?』(岩波書店)も刊行。
2022年 初の絵本『Kettu ja hiljaisuus 』を出版。絵本作家レーッタ・ニエメラとの共作。2024年には日本語版『しずかなところはどこにある?』(岩波書店)も刊行。

 

島塚 絵里テキスタイルデザイナー

しまつか・えり 大学卒業後、英語教員を経てフィンランドへ。アアルト大学でテキスタイルデザインを学び、〈マリメッコ〉に勤務後、2014年に独立。イラストや執筆も手がける。著書に『フィンランドで気づいた小さな幸せ365日』(パイ インターナショナル)他。

photo : Chikako Harada edit & text : Chizuru Atsuta

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 151仕事と生き方。2026.05.20 — 980円