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奈良・東吉野村に移住した理由。フィリックス・コンランとエミリー・スミス、奈良の小さな「森の家」ができるまで。#1May 29, 2026

Introduction

森に抱かれるようにして立つ家で、二人はギリシャと韓国からやってきた2匹の犬と一緒に暮らしている。手前に広がるのはよき隣人が育てるよもぎ畑。
森に抱かれるようにして立つ家で、二人はギリシャと韓国からやってきた2匹の犬と一緒に暮らしている。手前に広がるのはよき隣人が育てるよもぎ畑。

一目惚れした地に移住して、 古民家に新たな息吹をもたらす。

 奈良県東部の山間に、ひっそりある東吉野村。深い緑の山々が連なり、清らかな川が流れる。その眺めはまさに日本の原風景といえるもの。人口はわずか1300人足らず。列車も高速道路も通っていない静かな村は近年、移住事業に積極的なこともあり、国内外のクリエイターを中心とする移住者も数多い。フィリックス・コンランさんとエミリー・スミスさんもイギリスから村へ移り住んだ。

 フィリックスさんは、デザイン界の巨匠であり『ザ・コンランショップ』の創業者、テレンス・コンラン卿を祖父に持ち、若くして父と家具ブランド〈メーカー&サン〉を立ち上げ、デザイナー 兼経営者としてグローバル企業へと成長させてきた。そのセンスは祖父譲りだろうか。「祖父がよく話していたのは、世界はまだ柔軟で可変性があるということ。デザインで物事は変えることができる、人の生活をよりよくすることができるのが デザイナーの仕事だと」。家族のほとんどがクリエイティブな職業についていたコンラン家では、幼少期からアイデアが形になることを間近に見て、意識することなく自由な発想や感性が養われてきたという。「たとえば、この椅子が好きといったら、なぜ好きなのか、それは素材なのかサイズなのか。もう少し成長すると、もっとよくするにはどうしたらいいか、と質問が飛んでくるのが日常でした」。当たり前と感じていた祖父や家族とのやりとりが、物事を分析する習慣を身につけ、構造を理解し、どう進化させるかを考える力を育んだというフィリックスさん。現在は東吉野村を拠点に、地方での持続可能な暮らしの在り方を追求する〈ハ・パートナーズ〉を起業。この地で育まれた素材を使ったプロダクトデザイン、古民家の改修、そして地元のコミュニティを通して、都市部から離れた地域での豊かな暮らしを自ら実践しながら提案し続けている。パートナーのエミリー・スミスさんは、日本に生まれ育った韓国人の母とイギリス人の父を持ち、ドキュメンタリー映画の制作に携わってきた。その一方で子どもの頃から自然が大好きで、コロナ禍のロックダウン期間に改めて野山で収穫する山菜やきのこの魅力に開眼し、独学で研究を重ねてきたという。

フィリックスさんが初めて奈良・東吉野の古民家に出合ったときには、外観の見学しかできなかったそう。その後、中の様子を想像しながら手製したのがこの間取り図。縮尺を揃えた紙片に家具などを書き記し、異国での小さな家での暮らしを想像していた。実際、寝室や水回り、暖炉の位置などは当時のイメージに近い形に仕上がっている。
フィリックスさんが初めて奈良・東吉野の古民家に出合ったときには、外観の見学しかできなかったそう。その後、中の様子を想像しながら手製したのがこの間取り図。縮尺を揃えた紙片に家具などを書き記し、異国での小さな家での暮らしを想像していた。実際、寝室や水回り、暖炉の位置などは当時のイメージに近い形に仕上がっている。
左からエミリー・スミスさん、フィリックス・コンランさん。
左からエミリー・スミスさん、フィリックス・コンランさん。

 そんな二人と東吉野との出合いは、まさに偶然のたまもの。「会社を売却したタイミングで、子どもの頃から憧れていた日本を3か月かけてエミリーと一緒に旅しました。Airbnbで選んだ東吉野村にやってきたとき、ここが自分たちのいるべき場所だと直感で感じたのです」とフィリックスさんはいう。「美しい山や川に囲まれて、いろんなことを教えてくれるお年寄りもいれば、ユニークなクリエイターもいる。外国人の移住者もいて、私たちが住むことで村のコミュニティに貢献できそうだとも。日本に住みたかったのではなく、東吉野に暮らしたかったのです」とエミリーさん。 この地に恋に落ちた二人はすぐに引っ越しを決断したというから、その行動力たるや。東吉野村で移住支援やシェアオフィスを運営する〈オフィスキャンプ東吉野〉の手助けのもと、初めて訪れて からわずか1年後の2024年に移住を果たした。

 家があるのは村の中心部から車で10分ほどの場所。村のなかでも、のどかさはひと際だ。「すぐ裏を美しい川が流れ、その奥には森が広がっている。素晴らしいロケーションだと思いました」と フィリックスさん。そして彼らが住まいに選んだのは、築140年ほどになる建物。すっかりモダンな今の姿からは想像できないが、住居を経て、牛舎や農機具小屋として使われた後は長い間放置さ れ、荒れ果てていたという。ところが彼らに新しく建て直すという選択肢はまったくなかった。「建物を解体してしまっては、守り続けたい歴史が途切れてしまいます。この地で育まれた素材や技術を使い、建物に備わった伝統的な技法や職人技に現代のデザインの視点を組み合わせ再構築する。これは自宅のリノベーションであると同時に、私のライフワークでもあるのです」

 実は二人の背中を押してくれたエピソードがもうひとつある。「役場の方に案内されて家を見に来たあと、もう一度こっそり自分たちだけで足を運びました。外から眺めていると隣の家の人が現 れて、何か注意されるのかと思ったら、嬉しい嬉しいってハグしてくれて」。その隣人こそ、今では二人の東吉野での生活に欠かせない人物となった梅本フサエさん。93歳(取材当時)にして一人で暮らし、農作業や野山の知識、保存食や郷土料理づくりなど、失われてしまうには惜しい知恵を細かに伝えてくれる師匠のような存在である。移住と同時にエミリーさんは地域おこし協力隊にも参加。東吉野きのこ会を立ち上げるなど、すっかり地域のコミュニティに溶け込んでいる。

二人が最初に見た家の姿。長く閉め切られ、中には荷物も残る状況だったという。躯体を残しフルリノベーションした。
二人が最初に見た家の姿。長く閉め切られ、中には荷物も残る状況だったという。躯体を残しフルリノベーションした。
家の裏の鷲家川。「蛍が飛ぶ姿も本当に素晴らしい。夏になると水量が増え、毎日泳いでいます」とエミリーさん。
家の裏の鷲家川。「蛍が飛ぶ姿も本当に素晴らしい。夏になると水量が増え、毎日泳いでいます」とエミリーさん。

Felix Conran/フィリックス・コンラン家具デザイナー

1994年オーストラリア生まれ。 ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ在学中に起業。2018年には父と家具ブランド〈メーカー&サン〉を創業。Instagram@felixconran www.felixconran.com

Emily Smith/エミリー・スミスドキュメンタリープロデューサー

1993年イギリス生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジを卒業後、ドキュメンタリー映画の制作に携わる。SNSで東吉野の生活を発信中。Instagram@down2forage

photo : Haruhi Okuyama text : Mako Yamato cooperation : Kazuki Nakamori (OFFICE CAMP)

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