MUSIC 心地よい音楽を。
ミュージシャン 西寺郷太さんが選ぶ土曜の朝と日曜の夜の音楽。vol.2August 14, 2026
August.14 – August.20
Saturday Morning

多作家プリンスには数えきれない名曲がありますが、「土曜の朝」というお題で頭に浮かんだのがこの曲「The Morning Papers」。
恋多きプリンスは、10代後半での早熟なデビュー以来、多くの女性と浮き名を流しました。彼はかなり戦略的に今でいう炎上、バズ的な効果を理解していた人です。同年齢で少年時代からエンターテインメント界に君臨していた「優等生」マイケル・ジャクソンと対照的な、性的な歌詞や好色なイメージ、美しい女性を周囲に侍らせスキャンダラスに振る舞うことで賛否両論の人気を得たダーティ・ヒーロー。
彼がプロデュースしたヴァニティ6、アポロニア6に在籍した初期の恋人スーザン・ムーンジーだけでなく、なんと同じグループのヴァニティまでも恋仲に。音楽的才能がありコーラス面でプリンスを助けたジル・ジョーンズ、婚約もしたスザンナ・メルヴォイン。シーラEや、マドンナ、彼がサウンドトラックを手がけた映画『バットマン』を通じて接近し交際した女優キム・ベイジンガー。マーヴィン・ゲイの娘、ノーナ・ゲイ(僕のバンド、ノーナ・リーヴスの由来となった名前です)。これでもすべてではありません。
同時進行の恋愛と奔放な暮らし。しかし、こんな生活を続けていては、一人の人間としてプリンスを心から愛し、大切に想う女性ほど彼から距離を置き、去っていくことに繋がったとしても不思議ではありません。
'90年代に突入し、彼が30代になった頃。プリンスの心境に大きな変化が訪れます。歌詞や楽曲のムードが純愛モードにシフトしていったんです。きっかけは、ダンサーであった15歳年下の若き恋人マイテ。マイテが19歳になった時、二人は恋人となり、彼女が21歳の時、プリンスがプロポーズ。この「The Morning Papers」には、完全にマイテに恋におちていた時期の、プリンスの作詞家としての研ぎ澄まされた表現力が存分に真空パックされています。代表曲「The Most Beautiful Girl In The World」(世界で一番美しい女の子)が彼女のために書かれたのもこの頃です。
プリンスは、ピアニストだった父と、歳の離れたシンガーだった母の間に生まれ、複雑な家庭環境の中で育ちました。両親は喧嘩が絶えず、彼が幼い頃に離婚しています。泣いている妹タイカを慰めようと、一生懸命テレビ番組『バットマン』のテーマを覚え、父が残したピアノで弾いたことがミュージシャンとしての彼の人生の始まりだったと言われています。プリンスにとって音楽が最初から、誰かを喜ばせ、自らの哀しみを癒やすものでもあったことがよくわかるエピソードです。
恋多きプリンスは、10代後半での早熟なデビュー以来、多くの女性と浮き名を流しました。彼はかなり戦略的に今でいう炎上、バズ的な効果を理解していた人です。同年齢で少年時代からエンターテインメント界に君臨していた「優等生」マイケル・ジャクソンと対照的な、性的な歌詞や好色なイメージ、美しい女性を周囲に侍らせスキャンダラスに振る舞うことで賛否両論の人気を得たダーティ・ヒーロー。
彼がプロデュースしたヴァニティ6、アポロニア6に在籍した初期の恋人スーザン・ムーンジーだけでなく、なんと同じグループのヴァニティまでも恋仲に。音楽的才能がありコーラス面でプリンスを助けたジル・ジョーンズ、婚約もしたスザンナ・メルヴォイン。シーラEや、マドンナ、彼がサウンドトラックを手がけた映画『バットマン』を通じて接近し交際した女優キム・ベイジンガー。マーヴィン・ゲイの娘、ノーナ・ゲイ(僕のバンド、ノーナ・リーヴスの由来となった名前です)。これでもすべてではありません。
同時進行の恋愛と奔放な暮らし。しかし、こんな生活を続けていては、一人の人間としてプリンスを心から愛し、大切に想う女性ほど彼から距離を置き、去っていくことに繋がったとしても不思議ではありません。
'90年代に突入し、彼が30代になった頃。プリンスの心境に大きな変化が訪れます。歌詞や楽曲のムードが純愛モードにシフトしていったんです。きっかけは、ダンサーであった15歳年下の若き恋人マイテ。マイテが19歳になった時、二人は恋人となり、彼女が21歳の時、プリンスがプロポーズ。この「The Morning Papers」には、完全にマイテに恋におちていた時期の、プリンスの作詞家としての研ぎ澄まされた表現力が存分に真空パックされています。代表曲「The Most Beautiful Girl In The World」(世界で一番美しい女の子)が彼女のために書かれたのもこの頃です。
プリンスは、ピアニストだった父と、歳の離れたシンガーだった母の間に生まれ、複雑な家庭環境の中で育ちました。両親は喧嘩が絶えず、彼が幼い頃に離婚しています。泣いている妹タイカを慰めようと、一生懸命テレビ番組『バットマン』のテーマを覚え、父が残したピアノで弾いたことがミュージシャンとしての彼の人生の始まりだったと言われています。プリンスにとって音楽が最初から、誰かを喜ばせ、自らの哀しみを癒やすものでもあったことがよくわかるエピソードです。
母親は新たな恋人と再婚しますが、プリンスは継父と折り合いが悪く、半ば家出のような形で親友の家に身を寄せ10代を過ごします。そんな彼にとって、最愛のマイテと結ばれ理想の家庭を築くことは夢のような出来事だったのかもしれません。しかし、運命はプリンスに非情でした。
プリンスはマイテとの間に長男アミールを授かるのですが、誕生後すぐに重い病で早逝。深い悲しみの中で二人の関係は悪化し、マイテと離婚に至ることに……。限られた期間でしたが、プリンスの歴史の中でも最もピュアな愛に満ちたこの時期のメッセージ色の強いミディアム、バラードには心震わせるものがあります。
アルバム『Love Symbol』収録。
Sunday Night

マイケル・ジャクソンのアルバム三部作『OFF THE WALL』『Thriller』『BAD』のプロデューサー、名匠クインシー・ジョーンズ。1985年、アメリカを代表するスターたちが大集合して歌ったチャリティ・ソング「We Are The World」を仕切り、指揮していた姿で覚えている方も多いのではないでしょうか。
「日曜日の夜」と言えば、クインシーにグラミー賞の最優秀アルバム賞をもたらした名作『Back On The Block』の最後を締めくくる「The Secret Garden (Sweet Seduction Suite)」が、ぴったりかなと。作詞・作曲に携わったのは4人。まず、クインシー。そして、マイケルに「Rock With You」「Thriller」など、象徴的なマスターピースを提供した天才作詞作曲家、ロッド・テンパートン。さらに、マイケルの代表曲「Man In The Mirror」の作詞家サイーダ・ギャレット。そして、きょうだいグループ「デバージ」のフロントマン、エル・デバージ。
曲が始まるやいなや、グレッグ・フィリンゲインズによる艶やかなフェンダー・ローズ(エレクトリック・ピアノ)が、真夜中の空気を運んでくる。TOTOのギタリスト、スティーヴ・ルカサーによるギター・カッティングと、のちにダフト・パンクのアルバム『Random Access Memories』にも参加するジョン“J.R.”ロビンソンによるドラム・グルーヴが心地良い。歌ったのは、アル・B・シュア!、クインシーの門下生にして長年の盟友ジェイムス・イングラム、楽曲の共作者でもあり、瑞々しいハイトーンを響かせるエル・デバージ。そして、時空が揺らぐほどのセクシーな低音ヴォイスで場を支配する大御所、バリー・ホワイトの4人。
クインシーのキャリアの出発点は、ジャズ・トランペッターでした。ビッグ・バンドのアレンジや指揮で辣腕を振るった彼は、個性の異なる素晴らしいヴォーカリストやソングライターを集め、組み合わせることを得意としていました。
実は、数多くの個性的なシンガーが集結した「We Are The World」にも、同じ発想が生かされています。高い声、低い声、変わった声、可愛らしい声。時には男女の歌声も交ぜながら、ジャズでピアノ、ベース、トランペット、サックス、ドラムと、それぞれ音色もムードも異なる楽器が、即興でソロを交代していくように——。クインシーは歌手一人ひとりを、世界にひとつしかない楽器のように捉え、ぶつけ合うことによって素晴らしい効果と快感を生み出していったのです。
マイケルは『Back On The Block』への参加を打診され、この「The Secret Garden」に加わる案もあったと、アル・B・シュア!はのちに証言しています。しかし、結果的に参加は実現しませんでした。もしマイケルが歌っていたら「都会の大人の夜」を描く曲の空気は、もう少しファンタジックな夢物語へ変わっていたかもしれません。現実の男女の、精神的でありながらセクシュアルでもあるつながり。その生々しい艶は、クインシーが結局のところ決断した「マイケルの不在」からこそ生まれたものなのでしょう。
アルバム『Back On The Block』収録。
「日曜日の夜」と言えば、クインシーにグラミー賞の最優秀アルバム賞をもたらした名作『Back On The Block』の最後を締めくくる「The Secret Garden (Sweet Seduction Suite)」が、ぴったりかなと。作詞・作曲に携わったのは4人。まず、クインシー。そして、マイケルに「Rock With You」「Thriller」など、象徴的なマスターピースを提供した天才作詞作曲家、ロッド・テンパートン。さらに、マイケルの代表曲「Man In The Mirror」の作詞家サイーダ・ギャレット。そして、きょうだいグループ「デバージ」のフロントマン、エル・デバージ。
曲が始まるやいなや、グレッグ・フィリンゲインズによる艶やかなフェンダー・ローズ(エレクトリック・ピアノ)が、真夜中の空気を運んでくる。TOTOのギタリスト、スティーヴ・ルカサーによるギター・カッティングと、のちにダフト・パンクのアルバム『Random Access Memories』にも参加するジョン“J.R.”ロビンソンによるドラム・グルーヴが心地良い。歌ったのは、アル・B・シュア!、クインシーの門下生にして長年の盟友ジェイムス・イングラム、楽曲の共作者でもあり、瑞々しいハイトーンを響かせるエル・デバージ。そして、時空が揺らぐほどのセクシーな低音ヴォイスで場を支配する大御所、バリー・ホワイトの4人。
クインシーのキャリアの出発点は、ジャズ・トランペッターでした。ビッグ・バンドのアレンジや指揮で辣腕を振るった彼は、個性の異なる素晴らしいヴォーカリストやソングライターを集め、組み合わせることを得意としていました。
実は、数多くの個性的なシンガーが集結した「We Are The World」にも、同じ発想が生かされています。高い声、低い声、変わった声、可愛らしい声。時には男女の歌声も交ぜながら、ジャズでピアノ、ベース、トランペット、サックス、ドラムと、それぞれ音色もムードも異なる楽器が、即興でソロを交代していくように——。クインシーは歌手一人ひとりを、世界にひとつしかない楽器のように捉え、ぶつけ合うことによって素晴らしい効果と快感を生み出していったのです。
マイケルは『Back On The Block』への参加を打診され、この「The Secret Garden」に加わる案もあったと、アル・B・シュア!はのちに証言しています。しかし、結果的に参加は実現しませんでした。もしマイケルが歌っていたら「都会の大人の夜」を描く曲の空気は、もう少しファンタジックな夢物語へ変わっていたかもしれません。現実の男女の、精神的でありながらセクシュアルでもあるつながり。その生々しい艶は、クインシーが結局のところ決断した「マイケルの不在」からこそ生まれたものなのでしょう。
アルバム『Back On The Block』収録。
edit : Seika Yajima
ミュージシャン 西寺郷太(NONA REEVES)

1997年にNONA REEVESのシンガー、メイン・ソングライターとしてデビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としても少年隊、SMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、A.B.C-Z、鈴木愛理などの多くの作品、アーティストに携わる。
バンド以外でも小説家、脚本家、ライター、MCや自身のYouTube チャンネルNishidera Gota Channel(NGC)では映画『Michael』の劇場公開に合わせたマイケル・ジャクソンの解説動画が100万以上の再生数を記録。これまでにソロとしてカバーアルバムを含め4枚をリリース。弾き語りなどソロライブも定期的に実施。



























