MOVIE 私の好きな、あの映画。
1964年のパリの空気を堪能できる『はなればなれに』/映画監督 瀬田なつきさんが語る、 極私的・偏愛映画論。May 25, 2026
This Month's Favorite Themeゴダール映画とロケ地。

映画の中で、1964年のパリが、生々しく息づく。
ゴダールの映画を初めて観たのは、おそらく大学のとき。授業の課題で、渋谷の『ユーロスペース』(今の円山町でなく、桜丘町にあったころ)に観に行った『ゴダールの映画史』だった。観たことがある人は、わかると思うのですが、抜粋や引用の嵐、画面に広がるテロップ、呟きのようなフランス語の心地よいモノローグ、そして、それらの日本語字幕を読んでいたら、意識は遠のき、かなりウトウト……。しかし、これも映画なのだ、と。
そのあとに、おそるおそる、同じゴダールが監督をした初期作品を観た。殺風景なパリで、英語学校に通う若者たちが寄り道しながら無謀な強盗計画を実行に移す。モノクロなのにどこかカラフルで、デタラメなのに刹那で、不慣れなダンスのシーンが忘れられない、それが『はなればなれに』だった。
久しぶりに観直した『はなればなれに』は、1964年の冬のどこか殺伐としたパリ郊外を、やっぱり登場人物たちが、もうひとりの登場人物のような、ゴダール自身のちょっとおしゃべりなナレーションとともに、自由に動き回り、ルーヴル美術館を駆け抜ける。あの緊張感と照れくささが混じるダンスシーン、突然、背景音がなくなっても踊り続け、足音だけが聞こえる時間、どこか生々しく、白い息や、セーヌ川の匂いも漂ってきそうだった。きっと、あのパリで、あのメンバーで、あの瞬間にしか撮れないもの、奔放さ、大胆さが詰まっている。そして同時に思う、もうゴダールも、主演のアンナ・カリーナも、撮影のラウール・クタールも、音楽のミシェル・ルグランもこの世にはいないのだ、と。
映画に記録され、閉じ込められている、あのときの「いま」、そして映画を観る自分の「いま」を重ねる。あれから、自分でも映画を作って、こんなふうに、軽やかに、自由に、街で即興的に撮ること、ふっと踊り出すことが、どれだけ難しいかを知るのだけど。
「極私的偏愛映画」という言葉に「ひとつだけ?」と、「映画」というものの、複雑さと、シンプルさにぶち当たって、相当、あれこれと迷い悩み、ふと、なんだか、思い出した作品、でした。

『はなればなれに』
Director
ジャン=リュック・ゴダール
Screenwriter
ジャン=リュック・ゴダール
Year
1964年
Running Time
96分
Wacth now 配信はこちらから
illustration : Yu Nagaba movie select & text:Natsuki Seta edit:Seika Yajima

























