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文筆家・甲斐みのりさんに聞いた、いい仕事をするために大切にしていること。好きなことを仕事にするために。June 16, 2026

さまざまな分野で活躍する人の働く姿勢や生き方を尋ねた&Premium151号(2026年7月号)「仕事と生き方」より、文筆家・甲斐みのりさんの「いい仕事をするために、大切にしていること」を紹介します。

Q.好きなものを仕事にするために、大切にしていることは?
A.世界を加点法で観察して、"好き”の引き出しを増やしておくこと。

 

文筆家・甲斐みのりさんに聞いた、いい仕事をするために大切にしていること。アントニン・レーモンドが設計を手がけた銀座「教文館ビル」の4階『CAFÉきょうぶんかん』にて。「窓辺に配した十字架のアイアンワークが素敵」 | アントニン・レーモンドが設計を手がけた銀座「教文館ビル」の4階『CAFÉきょうぶんかん』にて。「窓辺に配した十字架のアイアンワークが素敵」
アントニン・レーモンドが設計を手がけた銀座「教文館ビル」の4階『CAFÉきょうぶんかん』にて。「窓辺に配した十字架のアイアンワークが素敵」
甲斐さんの「好きなもの」を綴った「すきノート」。『月光荘』のノートを使用。
甲斐さんの「好きなもの」を綴った「すきノート」。『月光荘』のノートを使用。

自分の心に素直に掘り下げ、職人の精神で届ける。

—文筆家として活動する以前の20代前半、映画評論家の植草甚一の生き方に大きな影響を受けたそうですね。「かわいいもの」好きな甲斐さんのイメージからすると渋好みに感じますが、スタイルが重なるところもありそうです。若い頃から、ご自身の「好きなもの」が明確でしたか。

甲斐みのり 子どもの頃から本や雑誌が好きで。そうしたことに関わる仕事をしたい、とずっと思っていました。10代を地元・静岡県で過ごし、大阪の芸大に進学。文化的な事柄に囲まれた環境で過ごせば「今までとは違う自分になれるかも」と、思っていたフシがあって。でも、そんなものは幻想に過ぎなかった。才能がある憧れの作家の作品に触れるたびに、その人のすごさと自分を比較する毎日。「自分は何者でもない」という壁にぶつかり、鬱のような感じになってしまったことも。その殻を破ってくれたのが、植草甚一の存在で。

—どんなところが琴線に触れたのでしょうか。

甲斐 『ぼくは散歩と雑学がすき』という著書がありますが、街を歩いて、そのときの雑感を綴ることもひとつの文学になり得るということに気づかせてもらいました。植草さんは誰かがいいと価値づけたものではなく、それが安くても高くても、自分が気に入ったものを買うことが好きな人。たとえ役に立たないものでも「戦利品」と呼び、集めて、楽しんでいました。彼に影響を受けるにつれて、街に出たいと思うように。行きたい街や店など、好奇心をそそられるものをリストアップして、スケッチブックに書き連ねることが、ただ楽しくて。それを「すきノート」と名付け、丸々一冊、文字で埋めることができたら「自分は変われる」。そうやって、自分自身におまじないをかけて、心の中に深く潜る作業を繰り返しました。

—「本を出版したい」。その想いが強くなるだけ、力んでしまいそうです。そこで、まずは自分の「好き」をとことん知ろうとするのは、優しいステップですね。

甲斐 書き連ねるだけだから、お金をかけないでできますし。家の中でも、近くの街に足を延ばすだけでも、心に留まる「何か」を見つけられるように思います。「お菓子の包み紙」「昔ながらの喫茶店」「個人商店の八百屋」とか。さらに、気になるパン屋に入ってみたら、「猫の顔をしたパン」がたまらなくかわいかったりして。「好きの基準」のハードルを上げないでいたら、私にも「こんなに好きなものがある」ということがよくわかったんです。それで、よく読んでいたフリーペーパーを編集している窓口の方に手紙を書いて「寄稿させてもらいたい」とお願いをしてみたんです。その後、念願が叶い、「京都のおでかけ帖」的な内容を寄稿することができました。それが、今の活動の原点です。

—「好きの基準を上げない」。その軽やかな姿勢が素敵です。プロの世界では、「好きなこと」をマニアックに突き詰めた上で文章を綴っている人がたくさんいるので、無意識にそうでなくてはやっていけない、と思い込んでしまいそうなので。

甲斐 私は「名建築」を中心に巡る旅や散歩を提案する著書を数冊発表していますが、専門性の高い分野なので言及してよいテーマなのか、とても不安がありました。偉い人に怒られるのではないか、と。でも、素敵な建築デザインを眺めて、巡って、愛でる好奇心は本当のことだし、こうした価値観を世の中に伝えたら、自分のような人が喜んでくれるのでは、とあるとき思えて。実際、名建築に関する書物は世の中にたくさんあるけど、アカデミックな文脈ではないアプローチで発信したら、ニッチな情報を届けられたりもして。建築現場に関わっている方に喜んでいただけました。

—発信したいテーマをご自身で出版社に売り込んで本の出版が決まるのでしょうか。

甲斐 いいえ。出版社の方からお話をいただいています。本を作り出したときは「自己表現」をしなきゃ、とプレッシャーを感じていました。ですが、詩人の谷川俊太郎さんが出版社からの依頼があって創作をしていると聞き、気持ちが楽になりました。「好きなこと」は日頃から夢中になっているだけで。出版の話をいただいたら、それに応えられるようにあらゆるリサーチをしています。内容に合わせてさまざまな引き出しからネタを提供する感じで。自分の仕事は「自己表現」というよりも、職人的な感覚が強い。自分が好きなもので、みんなも共感してくれそうなものを同時に考えながら伝えることを楽しんでいます。

甲斐みのり文筆家

1976年静岡県生まれ。2005年に初の著書『京都おでかけ帖』(祥伝社)を刊行。以来、旅、建築、雑貨、おやつなどを題材に書籍の執筆や寄稿を行う。著書は50冊以上。近著に『おやつがあれば、だいたいだいじょうぶ』(OZbooks)がある。

photo : Ayumi Yamamoto text : Seika Yajima cooperation : CAFÉきょうぶんかん

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