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極私的・偏愛映画論『東京物語』選・文/稲葉基大(〈wagashi asobi〉代表) / December 26, 2018

This Month Theme日本のお菓子が食べたくなる。

“棘の引き立て役”としての和菓子。

 世界の映画界に大きな影響を残す映画職人小津安二郎監督。 彼が映画に描く家族の姿には、共感と同時に、チクリと痛みを感じる。親子の何気ないやり取りの隙間に、口には出せない人間のエゴやズルさ、言うなればタブーのような棘が刺さっている。 とても痛くて抜けない。ご紹介する『東京物語』にも、棘がいくつも刺さっている。 私がこの作品を初めて観たのは、修業時代、ニューヨークで和菓子職人をしていた頃。ケーブルテレビで放送されていた。
 20代の私には、あまりにも退屈すぎて、ある意味でセンセーショナルな映画だったと記憶している。以来、何度となく鑑賞して大好きな作品になった。この作品の中に一瞬、和菓子が登場するシーンがある。しかも、“棘の引き立て役”として和菓子が用いられている。和菓子職人として常々、和菓子は、人を喜ばせる為のコミュニケーションツール的な食文化だと考えている。 お供えの和菓子、茶席の和菓子、お土産の和菓子、誰かの想いが込められた菓子が和菓子なのである。 映画の中でも、娘、志げの夫、庫造が上京してきた義父母(周吉ととみ)に浅草土産で買ってきた、おそらく唐饅頭か最中であろう、優しい想いの込められた和菓子が登場する。志げの一言で、この優しい和菓子が見事に棘の引き立て役になってしまう。和菓子職人としては、不本意な役回りで残念。 
しかし、現代に暮らす我々の生活の中にも、意地悪、雑な付き合い、忙しさからの無礼非礼など、この古い映画に描かれた棘のような出来事が多くある。 私自身も、心当たりが有り反省してしまう。いま一度、自分の周りにいる人達に感謝と敬意をもって接し、もっと丁寧に思いやりのある生活をしようと思う。 大切な人と一緒に、美味しいお茶と美味しい和菓子を愉しみながら 大好きな小津監督の映画をじっくり鑑賞する時間を作ってみよう。

illustration : Yu Nagaba
1953年の作品でありながら現代社会でも起こり続けている普遍的ともいえる親子、家族の有様を 笠智衆、原節子、杉村春子というベストキャスティングで 穏やかに、且つ、生々しく描いた 小津安二郎の傑作。
Title
『東京物語』
The Adventures of the Wilderness Family
Director
小津安二郎
Screenwriter
野田高梧
小津安二郎
Year
1953
Running Time
136分
『あの頃映画 松竹DVDコレクション 東京物語 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター』
DVD ¥2,800+税 発売中 発売元:松竹 販売元:松竹©︎ 1953/2011 松竹株式会社

〈wagashi asobi〉代表 稲葉 基大

「一瞬一粒(ひとつひとつ)に想いを込めてつくる。」を理念として活動する和菓子職人。 東京都大田区上池台のアトリエでドライフルーツの羊羹とハーブのらくがんを製造販売。国内外でワークショップや講演などもこなす。著書に『わがしごと』(コトノハ)がある。

wagashi-asobi.com

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