花屋 みたて


August 18, 2022 水に浮かぶ「秋草の吹き寄せ」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.52

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
水に浮かぶ「秋草の吹き寄せ」。 みたて

水に浮かぶ「秋草の吹き寄せ」。

 日中に暑さの残る京都も秋分を過ぎれば、いよいよ秋。紅葉に色づく11月までのひとときは寺社や野山を彩る秋の草花が主役となる。大きな水盤を桔梗、秋明菊、女郎花(おみなえし)、河原撫子、仙翁と、草花で満たした『みたて』秋のあしらい。
 五山の送り火で鳥居の山として知られる曼荼羅山には、かつて仙翁寺という寺があった。室町時代に中国から伝えられ、境内で栽培されたことから名がついた仙翁は、鮮やかな朱の色が印象的。仙翁寺がなくなって久しい現在は京都府立植物園で目にすることができる鮮やかな花。
 黄色く可憐な女郎花は石清水八幡宮のある男山とゆかりが深い。紀貫之が「男山の昔を思ひ出でて、女郎花のひとときをくねるにも、歌をいひてぞ慰めける」と書いた古今和歌集序文から作られた能楽「女郎花」。登場する女郎花塚は『松花堂庭園』の中にあり、女郎花の花と共に佇む。
 秋明菊も古く中国から伝来した花のひとつ。貴船で多く見られたことから貴船菊とも呼ばれる、丸い花びらが可愛らしい花は大原野にある善峯寺が名所。9月下旬から10月下旬のひと月にわたり、白、桃色、八重の桃色と5000本もの花が境内に咲き誇る。伽藍とのコントラストに見とれ、時間を忘れる眺めが待っている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年11月号より。


August 11, 2022 幽玄の美を思う「櫂の捶撥」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.51

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
幽玄の美を思う「櫂の捶撥」。 みたて

幽玄の美を思う「櫂の捶撥(すいはつ)」。

「大堰川 うかべる舟のかがり火に をぐらの山も名のみなりけり」と嵐山の鵜飼の情緒を詠んだのは在原業平。平安時代、清和天皇が始めたと伝わる宮廷鵜飼は、業平をはじめとする貴族たちを魅了してきた。「暗くなりぬれば鵜舟どもかがり火さしともしつつ、ひと川さわぎたり。をかしく見ゆることかぎりなし」と、宇治での鵜飼が綴られているのは「蜻蛉日記」。同じく平安時代の天禄2(971)年、奈良の長谷寺に詣でた作者・藤原道綱母が行き帰りに興味深く鵜飼を見物した様が記されている。
 1200年の時を経て、嵐山と宇治ともに鵜飼を眺めるのは船上から。暑い京の夏も日が暮れ、川風を感じれば、いくぶん涼やか。篝火に浮かび上がるのは風折烏帽子に腰蓑姿の鵜匠と鵜たち。巧みな手綱さばきで次々と川魚を捕らえていく様子はいつまでも見飽きることがない。平安から現代まで変わることなく、鵜飼は見る人を魅了する夏の風物詩なのだ。行く夏を惜しみつつ味わいたい幽玄の美がそこにある。
 かつて舟を漕ぐのに使った櫂を捶撥に、漁つながりで飛鳥時代の蛸壺を花器に見立てた夏の花入。桔梗、赤い実をつけた瓢箪木、鞍馬苔を生けて可愛らしさを添えている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年10月号より。


August 04, 2022 緑を添えた「うつわの愛で方」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.50

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
緑を添えた「うつわの愛で方」。 みたて

緑を添えた「うつわの愛で方」。

 清水焼発祥の地、五条坂で開かれる陶器まつりは夏の風物詩のひとつ。大正9(1920)年、六道珍皇寺での六道まいりに合わせ開かれたのが始まりだけに、暑い盛りの夏の陶器市となっている。例年8月7日から 日にかけての4日間。川端通から東大路通までの五条坂に、窯元から陶芸家、小売店、卸店と400軒もの店がずらりと並ぶ様子は圧巻だ。夜10時と遅い時間まで開かれているから、暑い日中を避けて夕涼みがてらに出かけるのもいい。掘り出し物や思わぬ出合いに、京都でのうつわ探しを堪能するに違いない。
 好みのうつわに出合ったら、使う前にまず様々に愛でるというのが『みたて』の提案。杉田明彦の漆器の菓子鉢に水を張り、あえて無造作に皿を入れ、そこに山葡萄の葉をあしらった。夏に青々と茂る山葡萄は生命力を感じさせ、一枚一枚異なる葉の形も可愛らしい。ただ置くのではなく植物とともに。深い漆の色と葉の緑が、料理を盛り付けるのとはまた異なる風情でうつわを引き立てている。盛り付けた様を想像するのもまた楽しい。
 もうひとつ暑い盛りの京都の風物詩といえば、 8月の11日から16日にかけ下鴨神社で開かれる下鴨納涼古本まつり。暑さをいとわず足を運びたくなる2つの市が待つ8月の京都だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年9月号より。


July 28, 2022 水盤に描く「初夏の額縁」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.49

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
水盤に描く「初夏の額縁」。 みたて

水盤に描く「初夏の額縁」。

 蒸し蒸しと蒸せる京都の6月、目に涼をもたらしてくれるのが夕暮れに飛び交う蛍の姿。大原や貴船、高雄といった郊外はもちろん、岡崎あたりの白川、哲学の道、下鴨神社といった街中でも目にすることができるのは、自然との距離が近い京都の魅力でもある。源氏物語の第25帖「蛍」には暗い部屋で光を放つ蛍が印象的に描かれ、和泉式部は夫との復縁を祈願に訪れた貴船神社で蛍を目にして「もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞ見る」と詠んだ。現代はもちろん、古く平安時代にも蛍は京に暮らす人々にとって心を揺さぶる存在だったのだ。
 5月の下旬から6月中旬にかけて蛍の姿を存分に眺めたあとは、蛍からイメージを膨らませた『みたて』初夏のあしらいを愛でたい。ホタルブクロは鐘のようなふっくらとした花を咲かせる野の花。かつて子どもたちが花の中に蛍を入れて光らせ遊んだことから、その名がついたとも伝わる。ホタルブクロの花を一輪、そっと置いたのは古い伊万里の水盤。縁を額縁に見立て、緑から黄、赤へと色づく小梅で初夏の彩りを添えた。可憐な白い花は色とりどりの梅の色で、一層際立つ。蛍の季節が終わってもなお、思いを馳せ、名残を楽しませてくれるあしらいとなっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年8月号より。


July 21, 2022 青々と滴る「山のたより」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.48

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
青々と滴る「山のたより」。 みたて

青々と滴る「山のたより」。

 咲き誇る桜とともに喧騒に包まれる春が終われば、京都で暮らす者にとって待望の季節がやってくる。蒸し暑い夏がやってくるまでの、ほんのひと月ほどの間。三方に見える山々はもちろん、永観堂や毘沙門堂、神護寺といった紅葉の名所も青楓に覆われ、街全体が新緑に包まれる京都は瑞々しく美しい。ひと足延ばして鞍馬や貴船へと足を運べば、野趣あふれる山道も青楓に覆われ、鮮やかさもひときわ。はっと息をのむ美しさに、見惚れることだろう。かつて藤原定家は「影ひたす 水さえ色ぞ緑なる 四方の梢のおなじ若葉に」(四方の木々がすべて若葉なので、影を映す水の色まで緑に見えるようだ)と詠み、吉田兼好は「徒然草」第139段で「卯月ばかりの若楓、すべて万(よろず)の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり」(卯月の頃の若楓は、すべての花や紅葉にもまさって 素晴らしいものだ)と綴った。先人たちにとってもまた、心沸く眺めだったに違いない。
 そんな季節に『みたて』から届くのは、手折った青楓のひと枝を添えた、山からのたより。文には言葉を添えずとも、青々とした枝は雄弁に、山滴る京の景色を伝えてくれる。受け取ればすぐに花器に生けたり、水に浮かべたり。思い思いに新緑を愛でることができる仕掛けとなっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年7月号より。


July 14, 2022 春の息吹を醸す「風流傘」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.47

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
春の息吹を醸す「風流傘」。 みたて

春の息吹を醸す「風流傘」。

 京都三大祭のひとつ、葵祭は1500年もの昔に始まったと伝わる賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の祭。5月1日に上賀茂神社で行われる競馬会足汰式(くらべうまえあしぞろえしき)、3日に下鴨神社で行われる流鏑馬(やぶさめ)神事などの前儀を経て、クライマックスは15日に行われる路頭の儀だ。斎王代をはじめ、平安装束に身を包んだ500人もの人々が京都御所から出発して下鴨神社、上賀茂神社までを歩く。新緑にきらめく京の街をゆく行列は、競べ馬の騎手が乗る騎馬・乗尻を先導に最後を締めくくる牛車まで、平安絵巻さながらに連なる。その中ほどに登場するのが取物舎人(とりものとねり)の持つ風流傘。赤や白の牡丹や杜若(かきつばた)を飾り付けた大傘、山吹色の山吹の大傘が2本続けて通る様子は華やかさもひときわでいつも注目を集める存在。
「みたて」春の盛りのあしらいは、葉を間引いた山吹に和紙を合わせ仕立てた風流傘。本番の造花にはない可憐さが風情を醸し出す。葵祭を模した古い豆人形を合わせ、長い行列を切り取った。
 その名のとおり山吹の色が愛らしい山吹は、京都では松尾大社が名所。境内には3000株もの山吹が植えられ、一ノ井川沿いには山吹色の花を、上古の庭の奥では白山吹を愛でることができる。枝物とはまた違う、春の趣を楽しむのも一興だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年6月号より。


July 07, 2022 素朴さが愛らしい「つくり花」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.46

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
素朴さが愛らしい「つくり花」。 みたて

素朴さが愛らしい「つくり花」。

 毎年3月に始まる上七軒の北野をどりを皮切りに、祇園甲部の都をどり、宮川町の京おどりと続き、5月の先斗町の鴨川をどりまで。4つの花街で繰り広げられる踊りは、京都に春を告げる風物詩。芸舞妓が華麗に彩る舞台はもちろんのこと、装って観劇へと足を運ぶ人々が行き交う街も、なんとはなしに華やかで心が沸き立つ。そして観劇の際にもうひとつ加わる楽しみが、舞台の前に、もてなしを受ける茶席で使われる菓子皿だ。団子が描かれた都をどりの団子皿や、鴨川を写したような水色の鴨川をどりの皿など、デザインは踊りごとに異なり、時代によっても移り変わる。これは持ち帰ってもいい土産の品。菓子をのせれば春の京都を思い出す、そんな存在となっている。
北野をどりの皿は、白い生地の一部に色の釉薬がのせられたデザイン。いつの頃から使われているか定かではないものの、モダンさが漂う意匠だ。全部揃えば青・緑・黄・黒・茶の5色があるうち、「みたて」があしらいに取り入れたのは緑の皿。2枚並べて流れるようなラインを山の稜線に見立てた。散らしたのは梅と桜のつくり花。花びらの一枚、蕊(しべ)の一本まで細やかに仕上げた花は、生花とは違う素朴さと可憐さを持つ。山に見立て、花に見立て。可愛らしい春の野山を愛でたい。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年5月号より。


June 30, 2022 刻々と移り変わる「椿灯路」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.45

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
刻々と移り変わる「椿灯路」。 みたて

刻々と移り変わる「椿灯路」。

 節分を終えて底冷えの冬をやり過ごし、桜が咲き始めるまでのひととき。いつも賑わう街もすっと静かに思える、そんな早春の京都を彩るのが東山・花灯路(はなとうろ)だ。青蓮院門跡から八坂神社、高台寺、八坂の塔、清水寺と連なる東山の寺社がライトアップに浮かび、それらを結ぶ神宮道やねねの道、二年坂から三年坂には足元を照らす灯路が置かれる。2003年に始まったまだ新しい行事であるものの、風情溢れる東山が夜の灯りに浮かびあがる姿は昼とはまた違った表情を醸し出し、すでにこの季節の風物詩となっている。伝統とはこうしてつくられていくのだと感じさせる行事のひとつ。
 江戸時代の灯明皿や韓国の燭台を並べ、写し取 った『みたて』の東山・花灯路。「藪椿」や「秋の月」といった存在感ある椿を飾り、蝋燭の小さな灯りをそっと添えた。時は夕闇が迫る頃。暮れてゆくのとともに灯りが際立ち、椿を照らし出す。明るい日の光の中にあったのとは異なる表情を見せる花の姿に、新たな美しさを見る。花と灯りと。刻々と移り変わる様子は、夕暮れこそがもたらすインスタレーションとなっている。
 今年の東山・花灯路ももう間もなく。とっぷり暮れてしまう前に足を運び、街並みが灯りに浮かびあがってゆく様を楽しみたいものだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年4月号より。


June 23, 2022 春告げる植え込みの「節分草」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.44

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
春告げる植え込みの「節分草」。 みたて

春告げる植え込みの「節分草」。

 京都の節分といえば吉田神社や壬生寺の名があがるのには理由がある。節分には邪気=鬼が生じることから、京都御所の鬼門を護る寺社へ参り、邪気を払い福を招くのだ。北東にある表鬼門の吉田神社、南東の伏見稲荷大社もしくは八坂神社、南西で裏鬼門の壬生寺、北西の北野天満宮。吉田神社に現れ追われた鬼は、北野天満宮で末社に閉じ込められるという。この4社へ参ることを四方(よも)参りといい、千年もの昔から受け継がれている。
 もうひとつほかの街にない風習といえば、節分のお化け。江戸時代末期に始まったとされるお化けは子どもが大人の格好をする、女性が男装するなどして普段とは異なる姿になることで鬼をやり過ごす、厄払いの行事。町衆から始まった風習とされ、祇園などの花街では今も残る風習。節分に花街を歩けば、凝った仮装のまま次の座敷へと向かう芸舞妓の姿を目にするに違いない。
 そんな節分の頃に花を咲かせることから名がつけられた節分草。陶芸家・清水善行の焼き締めの素朴な器に苔と共に生けた植え込みは、黒と緑の色合いが白い小花を際立たせる。京都にとって2月は寒さがもっとも厳しい頃。とはいえ節分が終われば翌日は立春。春の訪れを告げる花を愛でながら、本格的にやって来る春を待ちたい。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年3月号より。


April 28, 2022 終わりと始まりの「縁日」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.43

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
終わりと始まりの「縁日」。 みたて

終わりと始まりの「縁日」。

 京都の二大縁日といえば東寺で開かれる弘法さんと、北野天満宮で開かれる天神さん。東寺にゆかりの深い弘法大師の命日が3月21日であり、北野天満宮の御祭神・菅原道真公の命日が2月25日であることから、それぞれ毎月21日と25日に多くの人が参拝し、それにあわせて屋台などが出て賑わうようになったのが始まりとされる。とりわけ毎年12月に開かれる縁日は「終い弘法」「終い天神」と呼ばれ、賑わうことこのうえない。しめ縄や干支の置物など、ずらりと並ぶ迎春用品を求める人でごった返すのだ。年が開けて1月になると、今度は「初弘法」「初天神」と呼ばれる縁日が開かれる。一年の始まりだけに、こちらも盛大。締めくくりの12月と、口開けの1月はどちらも縁日好きの心をくすぐるものとなっている。
 年末年始の京都をイメージした『みたて』のあしらいは、「終い天神」で手に入れた小さな盃が主役。よく見れば3羽の鶴が繊細に描かれている。屠蘇(とそ)を飲むのにもふさわしい柄だ。中に生けたのは根引き松。根がついたままの松は門松の原型であり、現在も京都では松飾りの主流でもある。和紙を巻いて紅白の水引を掛け、門に向かって右には雄松、左に雌松を飾り、歳神を迎える目印とする根引き松。鶴と松とで、めでたさもひときわ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年2月号より。


April 21, 2022 凍てる空気も伝える「敷松葉」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.42

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
凍てる空気も伝える「敷松葉」。 みたて

凍てる空気も伝える「敷松葉」。

 11月も終わりに近づき、南座にまねきが上がるとたちまち京都の街には年末の空気が漂いだす。まねきとは12月に行われる「吉例顔見世興行」に出演する歌舞伎役者の名を、勘亭流と呼ばれる独特の書体で書き上げた看板のこと。長さ1間(約1・8m)もあるまねきが40枚ほど、ずらりと並ぶ姿は圧巻。南座が再開場した今年は、例外的に10月の終わりにまねきが上がったものの、例年は師走の風物詩だ。
 12月に入ると千本釈迦堂や了徳寺、三宝寺、妙満寺などで行われるのが大根焚きの行事。大鍋で炊いた大根が諸病や中風除けとして振る舞われる。 
 祇園をはじめとする花街では毎年12月13日は事始め。芸舞妓さんが世話になった先へ挨拶にまわり、正月の準備を始める日となっている。
 様々な行事と同様、敷松葉もまた冬を告げる風物。庭の苔を霜から守るため、松葉を一面に敷き詰める。実用性に加え趣を添えるためにも使われ、俳句の世界では冬の季語でもある。
 木箱に苔を敷き、松葉と南天の実を散らした「敷松葉」は『みたて』が作る正月飾りのひとつ。苔の緑に枯れ松葉の茶色のコントラストは、冬の庭の風情を写し取ったもの。南天の赤が控えめに、けれどもしっかりと華やかさを添えている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2019年1月号より。


April 14, 2022 可憐さをかもす「菊のパレット」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.41

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
可憐さをかもす「菊のパレット」。 みたて

可憐さをかもす「菊のパレット」。

 深まりゆく秋と共に、野山の主役は色づく紅葉となる。赤、黄、橙と穏やかな色合いに包まれるなか、はっとする色使いで主張するのが菊の花だ。菊といえばまずは9月9日の重陽の節句を思うものの、初秋から晩秋までの長きにわたり愛でることができる存在でもある。
 嵯峨にある大覚寺では毎年11月に「嵯峨菊展」が開かれる。平安の嵯峨天皇の時代、境内の大沢池の菊ヶ島に自生していた古代菊を百年以上の年月をかけて改良。糸のように細い花びらを持つ嵯峨菊は現在も門外不出であり、ここでしか観ることのできない優雅な菊となっている。
 また10月から11月にかけ大菊や小菊から古典菊、洋菊まで、千本にものぼる菊がずらりと並ぶのは京都府立植物園で開かれる「菊花展」。清々しい菊の香りのなか、色とりどりの花を眺めて過ごす時間は心沸くひとときだ。
『みたて』が作る秋のあしらいは「菊のパレット」。鮮やかな菊の花を絵の具に見立て、絵皿へ置いた。嵯峨菊を思わせる細い花びらから、小ぶりな花そのまままで、絵皿を彩る姿はただ花を飾るのとは違う華やかさがある。色という観点で菊を切り取り再構築。秋の美を掬(すく)いとったパレットに、新たな美を感じさせる仕立てとなっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年12月号より。


April 07, 2022 鮮やかに写した「花の天井」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.40

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
鮮やかに写した「花の天井」。

鮮やかに写した「花の天井」。

 沢桔梗(さわぎきょう)、柚香菊(ゆうがぎく)、檜扇(ひおうぎ)、碇草(いかりそう)、女郎花(おみなえし)。細かな仕切りの引き出しに整然と並べられたのは秋の草花。可愛らしさを添える柿や栗など実ものも加わって、20以上の小さな植物を揃えた一期一会のあしらい「花の天井」だ。
 インスパイアされたのは平岡八幡宮の天井画。神護寺の守護神として弘法大師が創建、焼失した後に足利義満によって再建された古社で、江戸末期に造営された現在の本殿には、画工・綾戸鐘次郎藤原之信の手による花卉図(かきず)が44面にわたり描かれている。牡丹、椿、紫陽花など極彩色で描かれた折々の花。義満公が花を愛したことから室町時代の再建時にはすでに花卉図があったと伝わり、春と秋に開催される特別公 では今も華やかな姿を見せている。
 実は京都にはもうひとつ花の天井がある。それは知恩院の末寺・信行寺。江戸時代の画家・伊藤若冲による167枚の花卉図だ。牡丹や菊から珍
しい植物までが描かれた天井画は、残念ながら非公開。こちらは明治時代に写された版画などで鑑賞する傑作となっている。
 木箱の中に作られた天井画の世界。それは描かれた当時へも思いを馳せる、時代を超えて広がるインスタレーションなのだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年11月号より。


March 31, 2022 旅する「木舟の藤袴」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.39

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
旅する「木舟の藤袴」。

旅する「木舟の藤袴」。

 藤袴は夏の終わりから秋にかけ、小さく可憐な花を咲かせる秋の七草のひとつ。葉や茎からほのかに桜餅のような匂いが漂うのが特徴だ。紀貫之の詠んだ「やどりせし 人の形見か 藤袴 忘られがたき 香に匂ひつつ」(泊まっていった人の形見だろうか、この藤袴は。忘れられない香りが漂っているのです)の歌が古今和歌集に収められているように、平安時代にはすでに貴族がその香りを楽しんだという。古くから愛されてきた花なのだ。
『みたて』初秋のあしらいは、小さな木舟に藤袴をそっと生けたもの。かつては子どもの玩具だったと思われる、プリミティブな舟を花器に見立てたその訳は、藤袴を好む蝶・アサギマダラにある。翅(はね)が半透明の浅葱(あさぎ)色であることからその名がついた蝶は、春から夏にかけては北へ、秋になると南へと旅するのだ。藤袴などの蜜を体にたっぷりと蓄え、日本と台湾の間、2000㎞もの距離を移動することもあるという。時には行願寺や下御霊神社で開かれる藤袴祭や、500株もの藤袴が咲き誇る大原野など、京都でも目にすることができるアサギマダラ。旅する蝶からイメージを膨らませた木舟。その生命力や透きとおった浅葱色の翅の美しさへも思いを馳せながら、素朴な花の姿を愛でたい藤袴のあしらいだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年10月号より。


March 24, 2022 「真菰 (まこも) の馬」と迎える七夕。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.38

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「真菰の馬」と迎える七夕。

「真菰の馬」と迎える七夕。

 五山の送り火とともに、旧暦で行われる七夕もまた8月の京都の大切な行事。八坂神社では境内に大笹を立て、参拝者が願いを書いた短冊を掲げる七夕祭が行われる。宮中の伝統行事を今に伝える冷泉家では、供え物をして織姫と彦星を祀り、技芸の上達を祈る「乞巧奠(きっこうてん)」が粛々と執り行われている。菅原道真公が「ひこ星の 行あひをまつ かささぎの 渡せる橋を われにかさなむ」 (彦星が逢瀬を待って掛けるというかささぎの橋を、私にも貸してほしいものだ)と詠んだことから、古くから重要な祭りとして七夕神事が行われてきたのは北野天満宮。織物の町・西陣では古くは七夕祭を棚機祭と書き、機織りの祖神・天棚機姫神(あめのたなばたひめのかみ)の祭りとして広く信仰されてきたのだ。現在では道真公が愛用した書道具を夏野菜や御手洗団子と共に供え、人々の無病息災を祈願している。
『みたて』が笹と共に飾る七夕のあしらいにと仕立てたのは真菰の馬。初秋を表す季語でもある真菰の馬は、すっと長い真菰の葉を束ねて作る七夕や盆の飾りだ。七夕や盆の供え物として作られるのは東日本が中心であるものの、馬と縁の深い上賀茂神社の摂社・久我神社の膝元に店を構える『みたて』ならではの新たな提案。素朴さが笹の緑を際立たせる、七夕飾りとなっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年9月号より。


March 17, 2022 瑞々しい「御土居のもみじ」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.37

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
瑞々しい「御土居のもみじ」。

瑞々しい「御土居のもみじ」。

 御土居とは天下統一を果たした豊臣秀吉が、天正19(1591)年に敵からの襲撃や鴨川の氾濫に備え造った土塁のこと。東の鴨川から西の紙屋川、北の鷹ヶ峰から南の九条あたりと、京都の街をぐるりと囲んで造られた御土居。内側を洛中、外を洛外とした御土居には七口と呼ばれる出入り口が設けられ、蔵馬口や丹波口など今も受け継がれる地名にも、その歴史を感じることができる。
 御土居そのものもいくつか残るうちのひとつが北野天満宮の境内、自然林と約350本ものもみじに囲まれた史跡 御土居だ。小倉百人一首の中
に菅原道真公が詠んだ「このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず 手向山(たむけやま) 紅葉の錦 神のまにまに」の歌が収められていることから、道真公とも縁あるもみじの木。一面が真っ赤に色づく秋はもちろんのこと、朱塗りの鶯橋とのコントラストが際立つ初夏の姿もまた素晴らしい眺めとなっている。
 その景色を青々とした苔ともみじで表現した『みたて』初夏のあしらい。小ぶりなヤマモミジ、うちわのように丸い形の葉が独特のハウチワカエデ、黄色のカツラ、深い赤に染まるデショウジョウと様々な表情のもみじを使うことで、自然林を思わせる野趣を添えた。陶板の上に世界は広がり、いにしへへと想いを馳せるものとなっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年7月号より。


March 10, 2022 花売る「白川女の籠」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.36

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
花売る「白川女の籠」。

花売る「白川女の籠」。

 社伝によれば創建は日本が建国する以前の神代と伝わる『地主神社(じしゅじんじゃ)』。毎年5月5日には雅楽や白川女、稚児などが行列となって進む姿が華々しい地主祭りが行われている。紺の着物に絣の前垂れ、白い襦袢、頭の上の蓑(み)に切り花と自家製の番茶を載せ、「花いりまへんか〜」と白川の里から町へと売り歩いた白川女。その白川女が行列に加わる由来は平安時代まで遡る。『地主神社』へと行幸した嵯峨天皇が、帰りにふと目にしたのが境内の地主桜。一重と八重の花が同じ一本の木に咲く不思議な様子に目を奪われたのか二度、三度と車を引き返して眺め、いつしか御車返しの桜と呼ばれるようになったという。以来、春になると桜が白川女によって朝廷へと献上されたという故事により、列に加わり華やぎを添えている。
 桜や色とりどりの草花に彩られる白川女の蓑を、野山に咲く草花と古道具の籠で畳の上に再現したのが『みたて』初夏のしつらえ。梅や桜など木々に花が咲く春を経て、5月はミヤコワスレやホタルブクロ、ナデシコ、イチリンソウなど可憐な草花が一斉に咲き始める季節。花屋『みたて』の店頭が賑やかになるのと同じように、白川女も忙しく、籠は華やかになったに違いないと思いを馳せるひととき。さりげなさに心惹かれる演出だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年6月号より。


March 03, 2022 「州浜草のなげいれ」と意匠。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.35

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「州浜草のなげいれ」と意匠。

「州浜草(すはまそう)のなげいれ」と意匠。

 水温む春。野山のあちこちにも花が咲く季節、『みたて』のあしらいは州浜草のなげいれ。鉄製の灯火器に須恵器の小さな器を置き、そっと生けられた州浜草。3つに分かれた葉の先が丸くなった形からその名が付いた、早春から初夏にかけて花咲く可憐な山野草だ。花器に見立てた道具の落ち着きが、紅色の花の鮮やかさを引き立てている。
 州浜とはそもそも水辺の流れによって、土や砂が運ばれ水面に現れたところ。曲線を描いた浜の姿は優雅で美しく、桂離宮の黒石の州浜や仙洞御所の白石の州浜、天龍寺の曹源池庭園などでも水辺に表現されている。豆の粉から作る菓子が州浜という名であるのもまた、切り口が州浜の形に似ていることから名付けられたもの。自然の造形美から生まれた意匠が巡って戻り、植物の名の由来になっているのもおもしろい。
 浅く炒って挽いた大豆の粉に、水飴や砂糖を練り合わせて作る州浜。飴で練り上げることでむっちりと凝縮した豆の、香りと風味が豊かな和菓子だ。切れば州浜の形になる棹物を360年にわたって作り続けた『御州濱司 植村義次』は残念ながら暖簾をおろしてしまったものの、今も州浜生地の菓子は京都の菓子店の多くで作られている。州浜草の生け込みを愛でつつ味わいたいものだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年5月号より。


February 24, 2022 「左近の梅と桜・右近の橘」花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.34

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「左近の梅と桜・右近の橘」

「左近の梅と桜・右近の橘」

 雛飾りには左近の桜・右近の橘が欠かせない。由来をひもとけば雛飾りは御所の紫宸殿(ししんでん)を模しており、今も変わらず京都御所の前庭には桜と橘が植えられている。ところが実は平安遷都の際、紫宸殿の庭に植えられたのは桜ではなく梅だった。万葉集に詠まれているのも、桜より梅のほうがずっと多かったことからも、かつては花といえば梅だったことが窺える。一説によると桜に代わったのはこんな理由があったという。後の村上天皇の時代、枯れたとも焼失したとも伝わる梅の代わりを求めて都中を探した際に、勝るとも劣らない梅の木が見つかった。その木の持ち主は歌人・紀貫之の娘。宮中へと運ばれてきた梅の木にはこんな歌を書いた文が結ばれていたという。「勅なれば いともかしこし 鶯の宿はと問わば いかが答へむ」(天皇の命であればこの木は謹んで献上しますが、梅の木にやってきた鶯に私の宿はどうしたと聞かれたら、どう答えたらよいでしょうか)。この歌を詠んだ天皇は梅の木を返し、代わりに桜を植えたという。鶯宿梅(おうしゅくばい)とされる故事により、今では左近の桜、右近の橘として受け継がれているのだ。『みたて』が作る雛祭りの飾りは、かつての故事を偲び橘の実と、桜と梅の花をあしらった。素朴な平安期の器を使い、当時への思いを馳せている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年4月号より。


February 17, 2022 鬼門除けの「節分の飾り」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.33

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
鬼門除けの「節分の飾り」。

鬼門除けの「節分の飾り」。

 鬼門とは北東のことで、十二支では丑と寅の間にあることから艮(うしとら)とも呼ばれる。陰陽道では鬼が出入りするといわれて縁起が悪く、なにごとにも避けるべき方角とされる。反対の南西=坤(ひつじさる)は裏鬼門で、こちらも同様に忌むべき存在。鬼門除けを街のあちこちで目にするのも、京都らしい光景のひとつだ。たとえば比叡山延暦寺は平安京の鬼門除けとして建立された歴史を持つ。京都御所や東本願寺は敷地の北東角を凹ませ、鬼門そのものをなくしている。京都御所にいたっては凹ませた築地塀(ついじべい)の屋根裏に、さらに烏帽子をかぶり御幣を担いだ木彫りの猿を安置。艮の対向が坤であることから鬼門に対抗し、まさると読まれる神猿は魔が去る・勝るに通じることから鬼門封じとされる猿。比叡山延暦寺の 守社・日吉大社の神使いでもある猿を祀り、鬼門を守っている。
 鬼門除けとして魔除けの植物を植えることもある。魔除けの尖った葉を持つ柊。難転という言葉に通じて難を転じて福となす意味と、赤い実が魔除けの力があるとされる南天。柊の葉と南天の実を、家形の紙立体に添えたのが『みたて』節分のあしらい。豆まきで鬼門から鬼を追い出すことからイメージを膨らませた。小さく可愛らしい厄除けは、さりげなく居宅を守ってくれそうだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年3月号より。


February 10, 2022 心弾む「羽子板のしつらい」。花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.32

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
心弾む「羽子板のしつらい」。

心弾む「羽子板のしつらい」。

 藁に餅花をあわせた「雨あられ」。凛とした竹と竹炭と和紙で清浄を祈る「竹炭包み」。木箱に松葉を置き、その上に赤い実を散らした「敷松葉」。『みたて』が作る正月飾りは、それぞれに縁起やいわれがある植物を取り入れながらも、組み合わせや切り取り方にはっとさせられる。さりげなく、そして清々しさを漂わせるものばかりだ。
 2018年の新春に提案するのは、つくばねに赤と黒の漆をまとわせ、台形の小箱に納めた「羽子板のしつらい」。丸い実から4枚の葉が飛び出し、まるで羽根つきの羽根のようであることから、その名がつけられたつくばね。正月を思わせる可愛らしい形は漆に包まれて華やかさを増し、その造形美を際立たせている。
 添えられたのは木工職人の手による、端正な木箱。邪気をはねのけ厄払いを祈願した、羽子板を思わせる形に仕立てた。つくばねと共に飾るのはもちろん、来年のためにと丁寧にしまう時間さえ楽しませてくれるものだ。おせちのための重箱や、節句の人形など年に一度のために用意される道具や飾りは、日本人の美意識を強く感じさせてくれるもの。飾って愛でる間はもちろん、目に触れない時間もまた、手元にあるということで心を豊かにしてくれる新春のあしらいなのだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年2月号より。


Vol.31 / February 03, 2022 晩秋に愛でる「残菊」の美。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
晩秋に愛でる「残菊」の美。

晩秋に愛でる「残菊」の美。

残菊とは盛りを過ぎても咲き残る菊のことで、晩秋を表す季語でもある。重陽の節句の盛りの菊とは違い、一輪二輪残って咲く花の趣を表す言葉。かつては梅と同様に菊も愛したと伝わる菅原道真公も、菊や残菊を詠んだ漢詩や和歌を残している。
『みたて』晩秋のあしらいは須恵器の小壷を花器に見立て、アオツヅラフジを可憐なノジギクと共に生けた。蔓や葉が木々に絡まる野山にて深い藍色の実が主張し、ふと目に止まるアオツヅラフジ。色づいた葉も含め数枚だけ残った葉が、まるで晩秋の野を切り取ったような空気を醸し出している。
 山野草は野山にあるがごとく生けることで、その美を楽しむ草花。ところが蔓系植物は他の植物と絡まり、野山ではその姿をはっきりと見ることはできない。手に入れて花器に生けることで、初めて凛とした姿を現す。その掬い取り方は『みたて』ならではのもの。花器を掛けたのは、和紙で表情をつけたシンプルな壁。周りの余白があしらいの存在感を際立たせている。
 ちなみにアオツヅラフジの実の中には、自然の造形美がもうひとつ隠れている。果肉を取り除いた中から現れる種子は、まるでアンモナイトの化石のよう。ほんの数ミリの種子に広い世界を見るようで、枯れた後もまた楽しみが潜んでいる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年1月号より。


Vol.30 / January 27, 2022 一期一会の「秋のスケッチ」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
一期一会の「秋のスケッチ」。

一期一会の「秋のスケッチ」。

爽やかに吹き抜ける秋風とともに、季節が変わったことを伝えてくれるのは色づく木々や草花。名所といわれる場所へ足を運ぶまでもなく、鴨川や下鴨神社の南に広がる糺の森をそぞろ歩けば、日一日と深まってゆく秋を堪能することができるのが京都の魅力でもある。黄色やオレンジ、赤と植物ごとに異なる色合い。緑から黄色や赤へと移るグラデーション。時折虫に喰われた様もまた美しい。木々の紅葉や草花の草もみじなど、色づいた葉が秋を運んでくれるようだ。
 マルバマンサク、ハクサンフウロ、アキノキリンソウ、ノウルシ、ウメモドキ、ナナカマド、カマツカ、ツリバナ、ヤマモミジ、ノコンギク、ガマズミ、アキカラマツ、シロバナホザキマンサク、シモツケ、ヤマニシキギ。色づく草花を中心に、まるでスケッチするように古い画板の上の画用紙に散らしたのが、『みたて』ならではの秋のインスタレーション。葉の形はもちろん、紅葉(こうよう)、黄葉(おうよう)、褐葉(かつよう)と色づき方も様々。枯れてしまうまでのほんのひととき、束の間を楽しむ「秋のスケッチ」は自然の造形美をくっきりと浮かびあがらせている。
 11月に入れば紅葉の見頃はもうまもなく。深まりゆく秋への期待を高め、部屋へ秋をそっと届けてくれるような素朴さに惹かれる一幅だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年12月号より。


Vol.29 / January 20, 2022 須恵器に浮かべ愛でる「菊酒」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
須恵器に浮かべ愛でる「菊酒」。

須恵器に浮かべ愛でる「菊酒」。

重陽の節句に厄除けや長寿の力を持つとされる菊の花びらを酒に浸して飲む菊酒は、平安時代に中国から日本へと伝えられた風習。「十三まいり」で知られる嵐山の虚空蔵法輪寺(こくうぞうほうりんじ)や、女性の守り神・市比賣(いちひめ)神社、芸能の神様の車折(くるまざき)神社などでは重陽の行事が行われ、参拝の人々に御神酒に菊の花びらを浮かべた菊酒が振る舞われる。とりわけ虚空蔵法輪寺の重陽の節会では菊の雫で長寿を得たと伝わる菊慈童像が祀られ、金剛流の能「枕慈童」が奉納されることもあって、人気の高い秋の風物詩となっている。
 新暦では9月9日、旧暦では10月となる重陽の節句。『みたて』では菊酒が日本へ伝わった平安の頃に思いを馳せ、須恵器と愛らしい野菊で菊酒のあしらいとした。器の胴の部分に開けられた穴に竹筒などを挿し、水を注いだり吸ったりしたと伝わる瓦泉(はそう)を使い、同じ須恵器の碗に2輪の花をそっと浮かべた。古墳時代から平安時代まで作られた須恵器は、高温で焼き締められた土器。青とも灰色ともつかない色あいや、プリミティブな形が素朴で美しく、野菊の白を引き立てるようだ。うだるような暑さもようやく終わり、過ごしやすい秋の日。開けた窓から入ってくる秋風で時折、花がゆらゆらと揺れるのもまた風情。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年11月号より。


Vol.28 / January 13, 2022 秋を告げる「葛の裏風」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
秋を告げる「葛の裏風」。

秋を告げる「葛の裏風」。

 萩、桔梗、葛、藤袴、女郎花(おみなえし)、薄(すすき)、撫子(なでしこ)。七草粥で味わう春の七草とは違って、可憐な花を楽しむ秋の七草。その由来は古く奈良時代の歌人・山上憶良が詠んだ「秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数ふれば七種(ななくさ)の花」「萩の花 尾花(=薄) 葛花瞿麦(なでしこ)の花 女郎花また藤袴 朝貌(あさがほ=桔梗)の花」の2首による。万葉集に収められたこの歌は、秋の野の景色をしのばせるものとなっている。
 その七草のひとつ、葛は葉の裏に毛があり白く見えるのが特徴。吹く風にひらりと裏返って、緑の葉の合間に白が見えると、まるで風を目で見るようにも思える。「葛の裏風」とは秋の風がもたらすそんな様子を表した歌詞だ。新古今和歌集に収められている、大伴家持が詠んだ「神奈備の御室の山の葛かづら裏吹き返す秋は来にけり」の歌
にもその情景が詠まれている。
 秋の彼岸に供えるきな粉のおはぎに、裏を見せた葛の葉を添えたのが「葛の裏風」。表の葉も共に飾り、裏の白さを印象づけた。料理や菓子に葉を添えて、季節をさりげなく伝えてくれるあしらいは、生けるのとはまた違う植物の魅力を感じさせてくれるもの。つや消しの漆の黒さも葉の緑を際立たせる。静かな佇まいに、ふわりと吹く風を感じさせる秋のあしらいだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年10月号より。


Vol.27 / January 06, 2022 「おもだかの盛り物」

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「おもだかの盛り物」

「おもだかの盛り物」

7月のひと月続いた祇園祭が終われば、そろそろお盆の用意が始まる京都。サンスクリット語を語源に持ち、正しくは盂蘭盆会(うらぼんえ)というお盆は8月13日から始まり、16日の五山の送り火で終わる。それに先駆け7日から10日まで、精霊を迎えるために六道まいりとして六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)を参詣するのも、お盆に欠かせない大切な行事だ。
 宗派によって多少の違いはあるものの、「もりもの百味」として家に帰ってきた精霊に供える菓子が菓子屋の店頭を飾るのもまた、風物詩のひとつ。前日12日はおけそくとも呼ばれる白餅にお迎えだんご、はす菓子。15日は白餅と送りだんご、白むしといった具合に5日間の予定が張り出される。その様子は、街全体で精霊を迎える準備をしているようにも思え、いかにも京都を感じさせる光景となっている。盛り物をイメージし、漆の盆におもだかを飾ったのが『みたて』盛夏のあしらい。矢じりのような葉が特徴のおもだかは、花くわいとも呼ばれるくわいの原種。球根を見せて飾ることでくわいを思わせ、その丸い形から「もりもの百味」の白餅を連想させる。おもだかに白い小さな花が咲くのも、お盆の頃。葉だけの凛とした姿も、可愛らしい花が顔をのぞかせても、共に美しい。夏の暑さをひととき忘れる佇まいだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年9月号より。


Vol.26 / December 30, 2021 「山紫陽花のあしらい」

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「山紫陽花のあしらい」

「山紫陽花のあしらい」

 6月に入れば梅雨もさかり。それと同時に紫陽花が咲き誇り、雨の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる。京都では三千院や藤森神社、善峯寺、三室戸寺など紫陽花の寺として知られる名所はもちろん、柳馬場あたりの御池通や高瀬川沿いなど街路樹としても街のあちらこちらに植えられていて、梅雨の季節の楽しみとなっているのだ。
 大きな花が主張する西洋紫陽花と違って、小さな花の周りに装飾花が開いて咲く山紫陽花は可憐さもひときわ。京都でも野山に数多く見て楽しむことができる。その山紫陽花の大きな株を、古い籠にすっと収めたのが『みたて』の紫陽花を使ったあしらい。日用の道具として使い込まれた籠の焦げ茶と、花の薄紫、たっぷりの葉の緑のコントラストが美しく、極めてシンプルながら山紫陽花の生命力を感じさせてくれる。後ろに置かれた草花も、初夏ならではの生き生きした姿。まるで野山を歩いてふと目に飛び込んでくる山紫陽花のように、野趣を感じさせる組み合わせとなっている。
 鎌倉時代に詠まれた和歌に「これほどと人は思はじ川かみに 咲きつづきたるあぢさゐの花」というものがある。人里離れた川上に咲く紫陽花の景色を詠んだ一首に、今も昔も変わらないはっとさせる紫陽花の姿を見るようだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年8月号より。


Vol.25 / December 23, 2021 青紅葉を閉じ込めた「氷柱」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
青紅葉を閉じ込めた「氷柱」。

青紅葉を閉じ込めた「氷柱」。

 東福寺、高山寺、三千院、圓光寺、蓮華寺。紅葉の名所として知られる寺はまた、新緑を愛でたい場所でもある。境内を緑に染める青紅葉。瑞々しさ溢れるその姿は、不思議なほど心弾ませてくれる存在。5月からは貴船や高雄の川床(かわどこ)も始まった。せせらぎと青紅葉に囲まれ、木漏れ日の中で過ごす心地よさは何ものにも代え難いひととき。新緑の初夏は京都が美しく輝く季節のひとつだ。
『みたて』初夏のあしらいは、青紅葉をガラスの器に閉じ込め涼しげな氷柱に見立てたもの。丸いガラスはかつて金魚すくいで金魚を持ち帰るために使われたか、金魚を飾ったと思われる器。口いっぱいまで水と氷を満たすことで、丸い氷のように仕立てた。水の中をスイスイと泳ぐ金魚のように浮かぶのは唐辛子。水揚げのよくない紅葉は切り口を割って唐辛子を挟み、刺激を与えて水を吸わせることもある。あえて唐辛子を見せ、コントラストの美しさを演出した。
 川床を切り取ったような青紅葉と水の組み合わせ。周りに浮かび出た水滴が、涼やかさを際立たせる。京都の避暑地を映したように、小さなガラスの中に世界が広がる氷柱。心動かされて川床へと足を運ぶのも、部屋の中で想いを馳せつつ眺めるのもまた楽しい作品だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年7月号より。


Vol.24 / December 16, 2021 「踏青」の木箱に写す春の野。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「踏青」の木箱に写す春の野。

「踏青」の木箱に写す春の野。

 踏青(とうせい)とはその字のとおり、春に青草の上を歩く古代中国の風習から生まれた言葉。野遊びやピクニックをして、野山に萌え出ずる草花の精気を身体の内に取り込み、英気を養うのだ。
 京都で暮らす中で、もっとも身近にある野山といえば鴨川の川原。折々の自然を楽しませてくれ、季節を伝えてくれる場所でもある。なかでも心沸き立つのは春の頃。水が温むにつれて緑が芽吹き、野の花が次々と咲き、日一日と色濃くなってゆく鴨川の景色。その足元に広がる景色を切り取ったのが踏青の木箱だ。主役はホトケノザ、ヒメオドリコソウ、ヤエムグラ、カラスノエンドウ、スズメノエンドウといった、普段はほとんど花のアレンジに使われることのないさりげなく咲く野の花。苔むした杉皮、ケヤキの落ち葉、どんぐりも一緒に添えて、春の自然な野の姿を再現したのがいかにも『みたて』らしい。野の花は可憐で弱いように見えて実は生命力に溢れて強いだけに、箱に詰めても3日もすればすっくと伸び立ち上がってくるものもあるという。蓋を開ければ春の気が溢れ出るような木箱。仲春から晩春と季節が移るにつれ、彩りを添える草花も移り変わる。鴨川散歩のひとときという広々とした世界を、小さな箱の中に見る面白さがここにある。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年6月号より。


Vol.23 / December 09, 2021 土器に咲く「バイカオウレン」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
土器に咲く「バイカオウレン」。

土器に咲く「バイカオウレン」。

 常緑の山野草として木々の足元を彩るバイカオウレンは、春になり新しい葉が芽吹くのに先駆けて白い花を咲かせる。小さな花が梅の花に似ていることからその名がついた。〈みたて〉では梅や桜などと寄せ植えにし、木々に花が咲く前にまず足元からという趣向を凝らすのにも使われている。
 今回、可憐なバイカオウレンを生けたのは土師器(はじき)の残欠。歴史を辿れば、弥生土器ののちに作られるようになり、古墳時代から平安の頃まで焼かれたという。素朴な表情を持つ素焼きの土器は、さりげない山野草ともよく似合い、お互いを引き立てる。完品であれば希少で値も張る土器も、残欠であればまた別。京都では骨董市や骨董店に並ぶことも多くあり、値段も手頃となっている。加えて欠けや割れが表情をもたらしてくれるから、目に留まればまずひとつ手に入れてみたいものだ。
 山野草を数多く扱う〈みたて〉では、相性のよい土器を花器として使い、提案することもしばしば。右奥に見えるイイダコの蛸壺なども、時代は違っても鄙びた佇まいは土器に通じるものがある。一部に穴があいたものは壁掛けにして使うなどのアレンジも楽しいもの。残欠を花器に見立てるのもまた、草花を暮らしにさりげなく取り入れる〈みたて〉らしいアイデアとなっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年5月号より。


Vol.22 / December 02, 2021 山を愛でる「初春のしつらえ」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
山を愛でる「初春のしつらえ」。

山を愛でる「初春のしつらえ」。

 たらの芽、独活(うど)、わらび、ぜんまい。錦市場に山菜が並び、京料理にも使われるようになると、寒い冬もそろそろ終わり。春の息吹を野山から運び伝えてくれる山菜は、春の使者として多くの人の心を弾ませる存在だ。
 奈良時代の万葉集には「明日よりは 春菜摘まむと 標めし野に 昨日も今日も 雪は降りつつ」と山部赤人が、平安時代には光孝天皇が百人一首にもある「君がため 春の野に出でて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ」と、鎌倉時代の歌人・藤原為家も「里人も千代の古道幾かへり 春の嵯峨野の若菜つむらん」と詠んだ。奈良・平安・鎌倉と時代を超え、まだ雪がちらつく日であっても春菜・若菜=春に芽生える食用の野草は、春を告げるものとして欠かせなかったと思わせる。
 ガラスの器の中に苔むした杉の皮を沈めて水を張り、蕗の薹とこごみを生けた「初春のしつらえ」。野山の水辺や木の朽ちた部分には、山菜が多く育つことからイメージを膨らませ、植物のためのアクアリウムといった姿に仕立てた。ガラスにそっと閉じ込められた春の野山は、芽吹きの瞬間を切り取ったように瑞々しい。敷き藁の中に花咲く球根をしのばせたものとともに〈みたて〉初春のあしらいの定番となっている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年4月号より。


Vol.21 / November 25, 2021 鬼を払う「柊と小豆の飾り」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
鬼を払う「柊と小豆の飾り」。

鬼を払う「柊と小豆の飾り」。

 節分に豆をまくのは、平安時代に現れた鞍馬山の鬼に豆を投げて退治したという伝説から。豆(=魔目)を鬼の目に投げつけて、鬼を滅ぼした(=魔滅)という語呂合わせもあるという。もうひとつ節分には恵方の家に泊まるという平安時代の行事が、後に恵方の部屋へ移動する形となり、向かう部屋の厄払いとして先に豆をまいたとも伝わる。一方、平安時代に始まった追儺式(ついなしき)は鬼やらいとも呼ばれた、大晦日に鬼を払い災いを除ける行事。豆まきと追儺があわさったのが、現在に伝わる節分の豆まきだ。
 厄除けとして知られる柊と鰯の頭ではなく、柊と小豆で節分のあしらいを仕立てた〈みたて〉。赤い色が災い除けの力を持つとされる小豆を使い、厄除けを強調した。豆まきの豆に小豆が使われていた時代や地方もあるという。豆まきの後は年の数だけ豆を食べることから、和紙の包みの中に家族の年の数の小豆をしのばせている。
 京都で節分といえば〈吉田神社〉。節分前日の夜には怒りの赤鬼、悲しみの青鬼、苦悩の黄鬼と、災いを象徴する3匹の鬼を方相氏(ほうそうし)が追い払う追儺式。深夜には古い神札を焼き納める火炉祭(かろさい)で、燃え上がる炎とともにクライマックスを迎える。厄除けもまた京都の大切な行事のひとつだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年3月号より。


Vol.20 / November 18, 2021 野を写す「つくばねの花束」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
野を写す「つくばねの花束」。

野を写す「つくばねの花束」。

丸い実から4枚の葉がぴょんぴょんと飛び出す姿が羽根つきの羽根のようと、その名が付いたつくばね。新年の茶会では椿と共に飾られるのがおきまりの茶花でもあり、塩漬けにしたものは新春の料理に彩りとして添えられることもある。1月に使われる、縁起のよい野の植物だ。
『みたて』ではヒノキの葉と合わせて和紙でくるりと包み、ごくミニマムな花束に仕立てた。つくばねがヒノキやモミなど針葉樹に寄生して育つことからイメージしたその組み合わせは、まるで野山の景色をそっと切り取ったよう。つくばねの茶色とヒノキの緑、そして和紙の白。けっして派手さはないものの、さりげなくめでたさを漂わせていて、新年にこそふさわしい花束となっている。控えめさゆえ松の内を過ぎてもなお、飾っていても自然と空間に溶け込み、馴染んで違和感がないのもまた魅力でもある。
 とはいえ、つくばねは自然のまま枯れてゆけばこの姿になるのではない。まだ葉が青いうちから枝を切り、逆さに吊るすことでピンと飛び出す羽根のような葉の形が保たれる。暑さの残る秋の頃に、新年を思い描いてする準備。つくばねに限らずそんな日々の積み重ね、繰り返しが京都の折々の歳時記を演出しているのだと思わせる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年2月号より。


Vol.19 / November 11, 2021 深まる秋の「実ものアレンジ」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
深まる秋の「実ものアレンジ」。

深まる秋の「実ものアレンジ」。

 真夏には可憐な白い花を咲かせ、朝晩がひんやりし始める頃には白や緑の小さな実をつけるスズメウリ。野山のあちこちで見かけるツル科の植物を巻いて、さりげないリースに仕立てたものは、秋から冬にかけての〈みたて〉のアレンジのひとつ。細いツルを幾重にも巻くことで鳥の巣のような温もりある雰囲気が生まれ、そこに鮮やかな朱色のカラスウリを合わせた。
 名前の由来はぽってりとしたカラスウリに対して小さな実であるからとも、実がスズメの卵のようであるからともいわれるスズメウリ。とはいえカラスウリの名は、かつて唐から伝わった朱墨・唐朱が由来ともいわれる。唐朱の原料の鉱石が鮮やかな朱色で、形も似ているのだ。
 スズメウリやカラスウリをはじめ、ツルウメモドキやアケビなどツル科の植物が実をつける秋。しなやかな茎は曲げることもたやすく、くるりと丸めて絡めれば、たちまちリースが完成する。肩肘張らず、秋の気配を部屋の中へ運んでくれるような存在だ。鴨川上流の賀茂川や高野川の川べり、吉田山や大文字山、郊外の大原など街中からそう遠くない自然の中を歩けば様々な実ものに出合うこともできるのが京都。自分だけのリースを作るための野山歩きも楽しい秋の頃だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2017年1月号より。


Vol.18 / November 04, 2021 「炉開きのあしらい」

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「炉開きのあしらい」

「炉開きのあしらい」

 炉開きは亥の月の最初の亥の日に、囲炉裏の炉を開き冬の始まりを告げる行事。口切りは茶壺に入れて夏を越し熟成させた、その年の新茶の封を切ること。重要でめでたい二つの行事が行われる11月は、新しい1年の始まり。茶人にとっての正月ともいわれる大切な月だ。
 古くから炉開きには織部(おりべ)・伊部(いんべ)・瓢(ふくべ)の三部(さんべ)を取り合わせるのがよいとされ、織部焼の香合、伊部焼(備前焼の別名)の水指(みずさし)、瓢(瓢箪のこと)の炭斗(すみとり/炉にくべる炭を入れる器)を使うことが多いことから、あしらいの主役に三部のひとつ、瓢箪の花器を選んだ〈みたて〉。骨董市で手に入れたという花器は、自然がもたらす造形美そのもの。そこに生けたのは、茶事では本来飾られないやぶきた。普段は茶葉へと栄養を行き渡らせるため、花を咲かせることのない茶の木。日を追うごとに白い花が咲いてゆく姿もまた趣のあるものと、小さなつぼみと実のある枝を選んだ。茶の木と瓢箪で炉開きを切り取った初冬のあしらい。
 老舗茶舗でも手に入れることのできる熟成させた茶葉。共に味わいたいのは、炉開きでも使われる亥の子餅。亥の子ども、うりぼうを思わせるころっと丸い形で、小豆やニッキなど穀物を使った餅は、亥の月、亥の日、亥の刻に餅を食べて無病息災を祈るという中国の故事に基づいたもの。
 色づき始める木々もあり、日々秋が深まる11月の京都。目でも舌でも味わいたい風情だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年12月号より。


Vol.17 / October 28, 2021 「ずいき祭のしつらえ」

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「ずいき祭のしつらえ」

「ずいき祭のしつらえ」

 胡麻酢和え、ずいきと揚げの炊いたん、白和えなど、夏から秋にかけて料亭でも家庭の食卓にもたびたび上るのがずいき。赤ずいき、白ずいき、青ずいきと3種があり、しゃくしゃくとした食感が独特。けっして派手ではないけれど京都では欠かせない野菜が年に一度だけ主役に躍り出る。それが北野天満宮のずいき祭だ。
 ずいき祭は菅原道真公が太宰府で彫り上げた木像を祀り、その年に収穫された穀物や野菜を供えて五穀豊穣を感謝したのが始まりとされる秋祭り。5日間にわたって繰り広げられ、ずいきで屋根を葺いた大小2基のずいき神輿で広く知られる。赤ずいきを外側に、白ずいきを内側に葺いた2層の屋根を持ち、赤茄子や唐辛子、白胡麻、九条葱の種、柚子などその年の収穫物で彩られた神輿は、まさに豊かな実りを象徴するもの。新鮮な作物を材料にするだけに、神輿は毎年新調。北野天満宮の御旅所に飾られ、10月4日の還幸祭に巡行する様子を心待ちにする人々も多い。
 神に供えるという気持ちに寄り添うように、すっと伸びた赤ずいきをまっすぐに生けたのが〈みたて〉流、ずいき祭のあしらい。赤ずいきの皮の中にも緑の色が混じり、なんともいえない茎の色合いを際立たせるため、余計な手は加えずシンプルに。花器に見立てたのは、南山城村で作陶する清水善行の鉄鉢。須恵器ならではの深い色合いがまた、ずいきを引き立てている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年11月号より。


Vol.16 / October 21, 2021 秋を閉じ込めた「虫籠」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
秋を閉じ込めた「虫籠」。

秋を閉じ込めた「虫籠」。

 昼はまだまだ暑い京都の9月も、夜になればぐっと過ごしやすくなるもの。気持ちよい夜風が吹く宵のひとときに、風情を添えてくれるのが虫の声だ。寺社仏閣、緑も豊かな円山公園や京都御苑、高瀬川や白川の川べりなど、そぞろ歩けば耳に飛び込んでくる虫の音。『源氏物語』にも女三宮と光源氏が詠んだ「おほかたの秋をば憂しと知りにしを ふり棄てがたきすず虫の声(秋はつらいものとよくわかっているけれど、鈴虫の声を聞くと秋もまた捨てがたいと思う)」「心もて草のやどりをいとへども なほすず虫の声ぞふりせぬ(あなたは出家してしまいましたが、その姿は鈴虫の声のように美しい)」の歌から名付けられた第38帖「鈴虫」があるように、平安の頃から虫の音を聞くことは秋の風物詩として愛されてきた。
 この季節は〈みたて〉でも、店内に流す音楽の代わりに鈴虫の音色を響かせ、夜は鈴虫の籠を枕元に置いて過ごすという。
 古い鳥籠を花器に見立てた今月の〈みたて〉。樹木が化石になった木化石を中心に山苔、シノブ、マメヅタをあしらい、鈴虫を入れたテラリウムで9月の京都を切り取った。緑の中に放たれた鈴虫は逃げてしまうこともなく、おとなしい。籠の中に写し取られた山野と、時折リーンリーンと聞こえる鈴虫の声がまた、秋の野山を彷彿とさせてくれる。目で愛でて、耳で楽しむあしらいは、普段にも増して五感を刺激してくれるようだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年10月号より。


Vol.15 / October 14, 2021 消し炭で作る「五山の苔山」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
消し炭で作る「五山の苔山」。

消し炭で作る「五山の苔山」。

 東山如意ヶ嶽の大文字、松ヶ崎西山・東山の妙・法、西賀茂船山の船形、金閣寺北山の左大文字、嵯峨仙翁寺山の鳥居形。毎年8月16日の夜、大文字を皮切りに5つの山に火を灯し、帰ってゆく霊を送る夏の京都の風物詩が五山の送り火。その始まりは諸説あり、平安時代に弘法大師が始めたとも、室町時代の足利義政とも、江戸時代の近衛信尹とも、地元でいつしか始まったとも伝わる。真っ暗な山々に火が灯され文字が描かれていく様子は、ふと暑さも忘れるほど厳かな光景。始まりは定かでなくとも、五山の地元の人々で大切に守られ、無病息災や家内安全を祈る行事でもある送り火。その火が消えてゆくと同時に、そろそろ夏も終わりと寂しさが心をよぎる。
 翌朝には五山に登り、送り火を焚いた松明の消し炭を手に入れるのもまた、送り火にまつわるひとつの行事。消し炭は奉書紙に包んで水引を掛け、玄関に飾れば魔除けや厄除けになると伝わる。
 その消し炭を中心に苔をあしらい、苔玉ならぬ苔山に仕立てたのが〈みたて〉の五山の送り火の飾り。五山にならい5つを並べたうち、とりわけ立派なものを大文字、連なるものを妙法に見立てた。たっぷりと水を含ませた苔の緑と炭の黒のコントラストは、美しく手入れされた庭を見るようでも、野趣を感じる野山を見るようでもある。愛でる楽しみも加わった消し炭は、また新たな京都の奥深さを伝えてくれるあしらいだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年9月号より。


Vol.14 / October 07, 2021 可憐な「祇園祭の花束」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
可憐な「祇園祭の花束」。

可憐な「祇園祭の花束」。

 コンチキチンの祇園囃子がどこからともなく聞こえ、祇園祭とともにある7月の京都。その始まりは貞観11(869)年に流行した疫病の退散を祈願して、66の鉾を作り御霊会を行ったことに遡る。1100年の歴史を超えて、今も受け継がれる祇園祭。広く知られているのは2014年からは後祭も復活した山鉾巡行と宵山。八坂神社の三基の御神輿が街を練り歩き御旅所へ向かう神幸祭と、八坂神社へと戻る還幸祭。後祭が合同された約50年前に始められ、花街の芸舞妓の踊りや鷺舞などで華やかさもひと際の花傘巡行。その他にも八坂神社の祭礼として1日から31日までの1か月にわたり様々な行事が行われている。
〈みたて〉は花傘巡行の主役・舞妓がつける花かんざしからイメージを膨らませ、祇園祭のあしらいとした。梅や桜、顔見世のまねきなど季節を映した可憐なかんざしの7月は団扇や扇子がモチーフ。小さな花が連なる様子をつまみ細工に見立てたイチヤクソウと、ジュウヤクとも呼ばれるドクダミをそれぞれ小さな花束に仕立てた。イチヤク・ジュウヤクという名を持ち、どちらも薬効がある草花を選んだのは、祇園祭のルーツが疫病退散にあるためだ。そこに先人たちの思いを偲ばせている。扇面の和紙にのせたのは、7月のかんざしが団扇や扇子に花を組み合わせていることから。京都の木漆芸家・新宮州三の漆黒の盆にのせることで、可憐さはますます際立つものに。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年8月号より。


Vol.13 / September 30, 2021 花であらわす三角の「水無月」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
花であらわす三角の「水無月」。

花であらわす三角の「水無月」。

旧暦6月1日は氷の朔日(ついたち)とも呼ばれる氷の節句。平安時代や室町時代の宮中や幕府では、氷室の氷を取り寄せ、氷を口にすることで暑気払いをしたという。氷室は今も京都の北区にその跡と地名を残し、〈氷室神社〉では仁徳天皇の時代に額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのおうじ)に氷を献上したと伝わる稲置大山主神(いなぎおおやまぬしのかみ)を祀る。とはいえ貴重な氷を口にできたのは高貴な身分の人々のみ。手に入らなかった庶民は、氷をかたどった三角の生地に邪気払いの小豆をのせた菓子を作り、これが今に伝わる水無月となった。 
 現在は6月30日に行われる夏越(なごし)の祓(はらえ)の菓子として、京都に受け継がれる水無月。神社で茅の輪をくぐって半年の穢れを払い、残る半年の清浄を祈る夏越の祓に欠かせない和菓子である。
〈みたて〉が6月に作るのは花色の対比で三角を作り、水無月を表現した木箱。京都人なら蓋を開けた途端、水無月を思い浮かべる仕掛けだ。使うのは古くから日本に自生するヤマアジサイ、それに白い花が穂のように咲くコバノズイナと花びらの先が細く裂けた淡い紅色のカワラナデシコをあわせた。ヤマアジサイは中央に集まる小さな粒が本来の花で、花びらに見えるのは装飾花と呼ばれるガクが変化したもの。そのコントラストが可憐さをよりいっそう際立たせている。
 花の水無月を愛でながら、菓子の水無月を味わう。それは京ならではの粋が詰まった、6月だけの楽しみになりそうだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年7月号より。


Vol.12 / September 23, 2021 「竹酔日(ちくすいじつ)」のしつらえ。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「竹酔日(ちくすいじつ)」のしつらえ。

「竹酔日(ちくすいじつ)」のしつらえ。

 旧暦5月13日は竹酔日。かつて中国ではこの日に竹を植え替えれば、竹がまるで酒に酔ったように場所を移されたことに気付かず、よく根付き育つと伝わる日。竹酔日に植えられなければ竹に5月13日と書いた紙を貼ったり、吊るすだけでもよいともいわれたという。
「降らずとも竹植うる日は蓑と笠」の句を詠んだのは松尾芭蕉。竹植うる日=竹酔日には蓑と笠の姿が似つかわしい。雨が降っていなくても蓑と笠を身につけたいものだと、この日を芭蕉の美意識で切り取った。6月20日に〈鞍馬寺〉で今も行われるのは「竹伐会式(たけきりえしき)」という千年の古儀。中興の祖・峯延上人が大蛇を法力で退治した故事にちなみ、僧兵の姿の鞍馬法師が近江と丹波に分かれ、大蛇に見立てた青竹を伐る。その速さで豊作を占い、水への感謝を捧げるのだ。
〈みたて〉が店を構えるのは市内の北、紫竹(しちく)と呼ばれる地域。地名の由来の一説には、かつて紫竹が自生していたからとも伝わる。現在、紫竹は黒竹(くろちく)と呼ばれるのが一般的で、その黒竹を使い竹酔日のあしらいを仕立てた。竹を植えることからイメージを膨らませ、根で繋がる2本の黒竹を主役に。根をリースのように丸めて形づくり、笹の葉を漉いた和紙に留めて飾り、芭蕉の句を思い蓑を横にそっと置いた。アートピースのようでもあるその姿は、生きた竹を使う一期一会のインスタレーションのようでもある。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年6月号より。


Vol.11 / September 16, 2021 厄を払う「石菖の寄せ植え」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
厄を払う「石菖の寄せ植え」。

厄を払う「石菖の寄せ植え」。

 黄色い斑入りの朧月石菖(おぼろづきせきしょう)と丈の短い姫石菖。2種の石菖を苔と共に陶片に植え込んだのが、端午の節句の寄せ植え。あえて花は使わず、緑だけでまとめた。濃い緑の苔からすっくと葉が伸びる様子は、はつらつとして凛々しく、いかにも男の子の節句にふさわしい姿だ。
 かつて中国では端午の節句に邪気を払うため、菖蒲と呼ばれていた石菖を魔除けに用いたり、菖蒲酒として飲んでいた。葉は腹痛に、根は胃薬や解熱などと、薬草としても使われたという。平安時代に節句の行事として伝わった当時の日本には石菖がなく、似た効果のあやめ草(葉菖蒲)を菖蒲として代用。後に中国の菖蒲が日本へと入って来た際には、新たに石菖と名付けられた。この歴史を紐解き、あえて〈みたて〉では端午の飾りに石菖を選んだ。陶片も平安時代のものを選び、ひそかに当時へと思いを馳せる仕掛けになっている。
〈上賀茂神社〉では毎年5月5日、賀茂競馬(かもくらべうま)と呼ばれる競馬会神事(くらべうまえしんじ)が行われる。寛治7(1093)年、宮中の節会の儀式を移して以来続く端午の節句の神事だ。一連の神事の中には、菖蒲の根を比べる宮中での遊びも含まれていて、節句と菖蒲の深いつながりも伝えてくれている。
 5月に入る頃、〈みたて〉には、葉菖蒲とよもぎを軒に飾り魔除け火除けを祈る軒菖蒲(のきしょうぶ)という風習のための小さな花束も並ぶ。こちらは玄関でさりげなく厄を除けてくれる飾りとなるのだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年5月号より。


Vol.10 / September 09, 2021 花見を持ち帰る「桜の花束」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
花見を持ち帰る「桜の花束」。

花見を持ち帰る「桜の花束」。

「都をどりは、よーいやさー」の掛け声で幕を開ける都をどりで、京都は春本番を迎える。花街のひとつ、祇園甲部の芸舞妓による舞台はチェリーダンスとも呼ばれ、華やかな舞で都絵巻の世界へと運んでくれる春の風物詩だ。鮮やかなブルーの衣装にも桜が描かれ、舞台の上はまさに春爛漫。
 賀茂川沿いに八重紅しだれ桜の並木が続く半木(ながらぎ)の道、山全体がやわらかな桜色に染まる嵐山、〈平野神社〉や〈醍醐寺〉〈仁和寺〉など桜で知られる寺社も数多く、3月から4月は様々に桜を愛でることができるのが京都の魅力だ。
 といっても京都に暮らせば、名所へわざわざ足を運ぶより、日々の生活の中にある姿こそ桜。街のあちらこちらに桜が咲き誇り、意識せずに花見を楽しめるのが醍醐味の街でもある。
〈みたて〉では花見をそのまま家に持ち帰る気持ちでと、桜を花束に仕立てる。紙に6つの穴を開けて紐を通すことで、ふんわりと桜を包みながらもしっかりと固定。そのまま飾っておきたくなるような美しい姿とした。桜を包む紙と紐は、桜の樹皮で少しずつ異なる色合いに染めたものを使い、重ねて桜の魅力を伝えてくれるよう。
 蕾が膨らむことで木がほんのりピンクに色づき、ぽっと花が咲けば途端にあたりを春色に染める桜を思わせるよう、あえて他の植物は合わせずシンプルに仕上げた花束。生ければ一輪ずつ蕾が膨らみ、花が開く様子を間近に見ることが喜びとなる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年4月号より。


Vol.9 / September 02, 2021 可憐な菜の花で「雛祭り」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
可憐な菜の花で「雛祭り」。

可憐な菜の花で「雛祭り」。

 3月3日は桃の節句。別名は上巳の節句ともいい、平安時代には草や紙で作った人形(ひとがた)に身の穢れを移して川などへ流し厄を払った。その流し雛の風習と、平安貴族の子供の間で盛んだった小さな人形で遊ぶ「ひいな遊び」が合わさって、現代へと受け継がれる雛人形や雛祭りとなったという。
 京都で行われる雛祭りの行事は華やかさも際立つ。人形の寺として知られる〈宝鏡寺〉では雛人形が飾られるなかで島原大夫の舞が奉納され、〈上賀茂神社〉や〈貴船神社〉では神前に桃の花とこぶしの花と草餅を供え厄除けを祈願する「桃花神事」、〈下鴨神社〉では人形を御手洗川(みたらしがわ)に流して厄払いする「流し雛」で賑わう。
 その流し雛をのせるのは藁で編んだ桟俵(さんだわら)。素朴な桟俵をそのまま花器に見立て、飾り気のない菜の花を生けたのが〈みたて〉の雛飾り。シンプルさが菜の花の可憐さを際立たせ、壁に掛けて楽しむのはもちろんのこと、水に浮かべれば流し雛の風情も漂うという仕掛けになっている。
 雛飾りを眺めながらいただくのは京の雛祭りに欠かせない「ひちぎり」。こなしや外郎(ういろう)の生地の端を伸ばして引きちぎった上に、きんとんや餡をのせた雛菓子だ。細かな形や意匠は菓子店で異なるものの緑、紅、白と3色揃って作られることが多い。雛飾りに桃の花を外したのは、「ひちぎり」とのバランスを考えてのこと。菜の花の黄色が3色と引き立て合い、華やかさはひと際となる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年3月号より。


Vol.8 / August 12, 2021 木箱の梅が告げる「立春」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
木箱の梅が告げる「立春」。

木箱の梅が告げる「立春」。

 迫力ある追儺式(ついなしき)で知られる〈吉田神社〉の節分祭、壬生狂言「節分」が奉納される〈壬生寺〉の節分会、良縁や衣装持ちのお守り・懸想文(けそうぶみ)が授与される〈須賀神社〉の節分会、花街で繰り広げられる「お化け」など、季節の変わり目の邪気や厄を払い、福を呼び込むために様々な行事が行われる京都の節分。〈みたて〉では根付きの紅大豆と柊を楮の紐で束ね、節分飾りとする。
 節分が終われば翌日からは立春。二十四節気のひとつで、この日から新しい一年となり、春が始まる。立春の早朝、禅寺では門に「立春大吉」と書いた札を貼り、厄を祓うという。2016年の立春は2月4日からで、まだまだ寒い京都も少しずつ春の気配が感じられるようになる頃。立春のため〈みたて〉が切り取ったのは、時に雪が降る季節に日一日とほころび咲き始める梅の花。京都には境内に50種1500本もの梅が植えられた梅苑のある〈北野天満宮〉をはじめ、〈京都府立植物園〉や〈梅宮大社〉〈京都御苑〉など梅の名所も数多い。雪に見立てた綿花を敷き詰めた四寸の木箱に、あしらうのは古木にむしたウメノキゴケと、紅梅の花とつぼみ。ウメノキゴケは梅や松などの樹皮に着生し、盆栽などではその風情を味わうための苔。その荒々しさが紅梅の可憐さを、よりいっそう際立たせてくれる。届けられた木箱の蓋を開ければ、たちまち春の知らせを運んでくれる小さな〈みたて〉の世界だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年2月号より。


Vol.7 / August 05, 2021 しめ縄と餅花で「正月」飾り。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
しめ縄と餅花で「正月」飾り。

しめ縄と餅花で「正月」飾り。

〈みたて〉が一年でもっとも忙しくなるのは正月飾りを用意する年の瀬。京都ではポピュラーで門松の原型とされる根曳き松。蓬莱山に登る龍をあらわした掛け蓬莱。松と稲穂のモダンな門松。高野箒や稲藁の餅花など、伝統を伝えつつ独特のセンスで切り取った正月飾りは、凜とした空気と控えめな華やかさをもたらしてくれるものばかり。
 稲藁に餅を付け、しめ縄に仕立てた「雪のれん」もそのひとつ。しめ縄の上の縄は雲、垂れる稲藁は雨といわれる。そこに雪に見立てた餅を付けることから、その名となった。新年は気持ち新たに神様を迎えたいという原点に返った時に、稲藁が身近にある農家ならこんな飾りを作り、自然の恵みに感謝し、大地を潤す雨と五穀豊穣を願ったのではないかとイメージを膨らませたもの。どこかの時代や地方で、誰かが作っていたかもしれないと思わせる意匠を意識するという。1本の稲藁には12個の餅が付けられており、その年の十二カ月と、十二支の意味も込められている。稲藁と白い餅だけで作られた飾りは、光を受けて餅が浮かび上がり、素朴さと品を兼ね備えた姿に。花のない冬の時季の花でもある雪。梅など初春の花が咲き出す頃まで飾るのもいい。
 雪のれんが飾られた家の中、新年の食卓を彩るのは平安の公家文化を受け継ぐ白味噌の雑煮。餅は丸く円満にの意味を込めた丸餅。甘くふくよかな味わいの雑煮と共に、豊かな一年を祈りたい。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年1月号より。


Vol.6 / July 29, 2021 「冬至」の「ん」づくし。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「冬至」の「ん」づくし。

「冬至」の「ん」づくし。

 冬至は一年で最も太陽の位置が低く、昼が短い日。易の考え方では陰の気が極まり、転じて陽の気の始まりとなることから、一陽来復(いちようらいふく)とも呼ばれ、冬が終わり春が来るという意味を持つ。
 この日を境に日一日と強くなる太陽の力と共により一層、運気が高まるようにと、冬至七種を食べる町衆文化がかつての京都にはあった。七種と書いてななくさと読む。なんきん・にんじん・れんこん・ぎんなん・きんかん・かんてん・うんどん(うどんの古い呼び名)。「ん」が2つ付く食べ物で、縁起をかついで運を強くし、冬の間に乏しくなりがちな栄養を補ったという。成功するには幸運と根気と鈍いくらいの粘り強さが必要ということわざ「運根鈍」にあやかり、語呂合わせした食材でもある。
〈みたて〉冬至のあしらいは、今ではほとんど見ることのなくなったその風習からイメージを膨らませたもの。きんかん、ぎんなんに換えた銀杏と共に、南天と早蓮木(かんれんぼく)を神棚に使われる榊立てに投げ入れた。南天は難を転じるといわれ縁起のよい木。英名ではハッピーツリーと呼ばれる早蓮木。どちらも縁起がよく、名前に「ん」が付いた植物を選び、冬至七種のきまりにならった。小さなバナナのようにも見える早蓮木が、おとなしい構図に動きをつけてくれる組み合わせ。花飾りについてはとりたてて決めごとのない冬至。それだけに自在なアレンジが節気を切り取ってくれる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年12月号より。


Vol.5 / July 22, 2021 揺れる水に豆を沈め「後の月」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
揺れる水に豆を沈め「後の月」。

揺れる水に豆を沈め「後の月」。

 月見と聞けば旧暦八月の十五夜。中秋の名月を思うものの、実は日本にはもうひとつの月見がある。それは旧暦九月の十三夜。十五夜からひと月ほど経ち、秋も深まった頃、満月になる前の少し欠けた月を愛でる、「後の月」「名残の月」とも呼ばれる風習だ。奈良時代から平安時代にかけて中国から伝わった十五夜に対して、日本独自の風習として始まったとされる十三夜。供え物とした時節の実りから、十五夜は芋名月、十三夜は豆名月や栗名月と呼ぶことも。今ではほとんど見られなくなった十三夜の行事や風習も、かつては「木曾の痩(やせ)もまだなほらぬに後の月」(松尾芭蕉)、「三井寺に緞子(どんす)の夜着や後の月」(与謝蕪村)など、多くの歌人や俳人に詠まれ、十五夜とともに広く親しまれた大切な歳事のひとつだった。
 今回の見立てはその十三夜。平安時代の公家たちの月見は月を直接見るよりも池や杯に映る姿を楽しんだとも伝わることからイメージを膨らませ、逆さにした燈籠の地輪のくぼみをつくばいに見立てて水を張り、色とりどりの豆を沈めた。ゆらゆらと水面に映る月に見立てて水面に浮かべたのは、ゴウダソウという草花の実の隔膜。原産のヨーロッパではルナリアという名を持ち、その名はラテン語のルナ(=月)に由来する。丸く平べったい独特の実の形は、洋の東西を問わず月の姿を思わせるよう。傍らにはススキをさりげなく添え、手水鉢にもてなしの心を込めた仕掛けだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年11月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.4 / July 15, 2021 可憐に咲く野菊に「着せ綿」を。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
可憐に咲く野菊に「着せ綿」を。

可憐に咲く野菊に「着せ綿」を。

 9月9日は菊の節句ともよばれる重陽の節句。五節句が生まれた中国では、厄除けや不老長寿の力を持つとされた菊を酒に浸して飲む、菊酒の風習があったという。平安時代に日本へと伝わった後、宮中で営まれた独自の風習が菊の着せ綿だ。節句の前夜に菊の花を綿で覆い、翌朝、花の露や香りを移しとった綿で顔や体をぬぐって、不老長寿や無病息災を願った。始まった頃は特に決まりはなかった色使いも、近世になると白菊には黄色の綿、黄菊には赤い綿、赤菊には白い綿と決まり事ができるほど盛んに。やがて新暦へと代わり9月が菊には早い時期となった現在では、京都を中心とした菓子屋で作られる上生菓子に、赤と白の着せ綿の意匠が残るだけになっている。

 はかなげな野菊しかなかった平安時代に思いを馳せ、〈みたて〉で使うのは野菊。この風習が始まった当時は、特に色の組み合わせに決まりはなかったことから、白一色の菊に合わせて彩る綿は五色に。繭から作った絹の真綿は、江戸時代から続く自然素材を使って染めを手掛ける〈染司よしおか〉によるもの。赤は茜の根、黄は近江・伊吹山で育つ刈安、青は藍、紫は紫草の根を使い、古法を守り染め上げた。ふわりと優しい綿とごく控えめな色が、可憐な白菊をそっと包む。

 ゆらゆらと少し揺れる花台に目を留めれば、それは役目を終えた蹴轆轤(けろくろ)。飾らない姿が菊を引き立てる花台も〝みたて〞のひとつだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年10月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.3 / July 08, 2021 風物詩「川床」を清流とともに。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
風物詩「川床」を清流とともに。

風物詩「川床」を清流とともに。

 京都に夏を告げる風物詩のひとつが、川のせせらぎにしつらえられる川床(かわどこ)の姿。江戸時代に遠来の客をもてなしたことに起源を持ち、川面を吹き抜ける風で涼をとりながら、鱧や鮎など夏の京の味に舌鼓をうつ。ゆかともかわどことも呼ばれ、読み方に迷うものの、実はそれぞれの由来を持つ別のもの。街中の鴨川に設けられるのは、高床をその名の由来とする床で、読み方は「ゆか」。一方、貴船では水上の床の間の意味を持つことから、「かわどこ」と呼ばれるようになったという。

〈みたて〉が切り取るのは、もちろん色濃い緑に包まれる貴船の川床。ぐっとせり出した木々や、苔、水草の姿は、自然がもたらしてくれる野趣溢れる庭といったところ。清冽な水の流れは手を伸ばせば届くほどの近さにあり、時に激しい水音もまた耳に涼をもたらしてくれる。自然に抱かれるように料理を楽しむひとときだ。

 六寸の木箱の中に再現された川床。ぐっと張り出した青もみじは貴船の床さながら。苔をイメージしたてまり草を敷き詰め、センジュガンピ、ヌマトラノオ、桔梗、山帰来(さんきらい)など、時々の草花をあしらい、川岸の自然な風情を作り上げた。箱の半分は持ち運びもできる水を模した仕掛け。ふわりと浮かぶ青もみじは、川面を流れるかのよう。蓋を取った瞬間に、清らかな水が現れる仕掛けは、はっと心を打つもの。たとえ京に暮らしても少しばかり遠い貴船の涼を運んできてくれるのだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年9月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.2 / July 01, 2021 水面に浮かぶ「梶の葉」一葉。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
水面に浮かぶ「梶の葉」一葉。

水面に浮かぶ「梶の葉」一葉。

 五節句のひとつ七夕は、旧暦の行事として8月に行われるのが京都の主流。伝統的な宮中行事を今に伝える冷泉家で七夕に開かれるのは、乞巧奠(きっこうてん)と呼ばれる行事だ。そもそも乞巧奠は牽牛と織女の星へ裁縫技芸の上達を願った中国の行事で、奈良時代に日本へと伝わり宮中から広まったもの。冷泉家では今も2つの星に供え物をし、蹴鞠や雅楽、和歌の朗詠を行う。墨で願いごとをしたためた梶の葉を、星を映すため角盥(つのだらい)に張った水に浮かべ、供え物や飾りには陰陽五行説に基づいた青・赤・黄・白・黒の五色を使うのがしきたりだ。

〈みたて〉が七夕に提案するのも、ポピュラーな笹の葉に短冊を付ける飾りではなく、梶の葉を使ったシンプルな飾りだ。陶芸家・清水善行の須恵器に水を張り、梶の葉をそっと浮かべる。梶の緑は、水で深みを増した焼き〆の色によってより一層際立つ。願いごとは葉に書かず、心の中でそっと祈るという。あしらうのは五色の和紙。〈みたて〉では草木で五色に染めた布を掛け、その前に器を飾るという趣向を凝らすこともある。窓辺に置けば水面がゆらゆらと風で揺れ、目にもまた涼を運んでくれる七夕飾り。

 かつては七夕の前日に梶の葉売りが「かじ〜かじ〜」と売り歩いたという京都。今その役割を担うのは〈みたて〉だ。日々の器に梶の葉を一枚浮かべるだけでも、たちまち生まれる七夕の景色を手に入れたい。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年8月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.1 / June 24, 2021 凛とした「茅の輪」で厄払い。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
みたて 凛とした「茅の輪」で厄払い。

凛とした「茅の輪」で厄払い。

〈みたて〉は花屋ではあるけれど、ただ植物だけを売るのではない。京都の日日の暮らしに漂う空気をすっと掬い、植物に添えてまとめる。木箱に川床を映し、藁と草花で芽吹きを表すといったアレンジを見れば、鴨川や東山、寺社、町並み、伝統行事といった景色が目の前に広がる。さりげなく京や季節を伝え見せてくれるのだ。

 6月30日は夏越の祓。京都の多くの神社に用意される茅の輪をくぐることで、半年の厄を払い残り半年の無病息災を願う。かつてスサノオノミコトが旅の途中で世話になった蘇民将来への礼として、茅萱で輪を作り腰に着ければ災難から免れると伝え、その教えに従った蘇民将来一族は疫病から逃れることができたという故事に基づく行事だ。

 神社では2mを超える茅の輪も、〈みたて〉ではスサノオノミコトが腰に着けたという伝えからイメージし、直径15㎝ほどの大きさで作り上げた。葉先や根元は巻き込んで完全な円にせず、あえて残すことで夏の植物の力強さを感じさせる仕立て。水をくぐらせ古材と組み合わせて飾れば、茅萱の緑の鮮やかさも際立つ。厄払いの気持ちを込め、目線よりも高い場所に飾りたい。

 茅の輪が彩る空間で味わいたいのは水無月。暑気払いの氷を表す三角のういろうに、邪気を払う小豆を載せた、夏越の祓に欠かせない和菓子だ。

 暑い暑い京都の夏もまもなく本番。茅の輪を愛でて厄を払いたい夏至の頃だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年7月号より。


花屋 みたて

和花と花器を扱い、四季の切り取り方を提案する京都・紫竹の花屋。西山隼人・美華夫妻がすべてを分担し営む。

hanaya-mitate.com

Latest Issue住まいのカタチと、暮らし方。2022.07.20 — 880円