みたて – 花屋 | & Premium (アンド プレミアム)

花屋 みたて


Vol.12 / September 23, 2021 「竹酔日(ちくすいじつ)」のしつらえ。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「竹酔日(ちくすいじつ)」のしつらえ。

「竹酔日(ちくすいじつ)」のしつらえ。

 旧暦5月13日は竹酔日。かつて中国ではこの日に竹を植え替えれば、竹がまるで酒に酔ったように場所を移されたことに気付かず、よく根付き育つと伝わる日。竹酔日に植えられなければ竹に5月13日と書いた紙を貼ったり、吊るすだけでもよいともいわれたという。
「降らずとも竹植うる日は蓑と笠」の句を詠んだのは松尾芭蕉。竹植うる日=竹酔日には蓑と笠の姿が似つかわしい。雨が降っていなくても蓑と笠を身につけたいものだと、この日を芭蕉の美意識で切り取った。6月20日に〈鞍馬寺〉で今も行われるのは「竹伐会式(たけきりえしき)」という千年の古儀。中興の祖・峯延上人が大蛇を法力で退治した故事にちなみ、僧兵の姿の鞍馬法師が近江と丹波に分かれ、大蛇に見立てた青竹を伐る。その速さで豊作を占い、水への感謝を捧げるのだ。
〈みたて〉が店を構えるのは市内の北、紫竹(しちく)と呼ばれる地域。地名の由来の一説には、かつて紫竹が自生していたからとも伝わる。現在、紫竹は黒竹(くろちく)と呼ばれるのが一般的で、その黒竹を使い竹酔日のあしらいを仕立てた。竹を植えることからイメージを膨らませ、根で繋がる2本の黒竹を主役に。根をリースのように丸めて形づくり、笹の葉を漉いた和紙に留めて飾り、芭蕉の句を思い蓑を横にそっと置いた。アートピースのようでもあるその姿は、生きた竹を使う一期一会のインスタレーションのようでもある。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年6月号より。


Vol.11 / September 16, 2021 厄を払う「石菖の寄せ植え」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
厄を払う「石菖の寄せ植え」。

厄を払う「石菖の寄せ植え」。

 黄色い斑入りの朧月石菖(おぼろづきせきしょう)と丈の短い姫石菖。2種の石菖を苔と共に陶片に植え込んだのが、端午の節句の寄せ植え。あえて花は使わず、緑だけでまとめた。濃い緑の苔からすっくと葉が伸びる様子は、はつらつとして凛々しく、いかにも男の子の節句にふさわしい姿だ。
 かつて中国では端午の節句に邪気を払うため、菖蒲と呼ばれていた石菖を魔除けに用いたり、菖蒲酒として飲んでいた。葉は腹痛に、根は胃薬や解熱などと、薬草としても使われたという。平安時代に節句の行事として伝わった当時の日本には石菖がなく、似た効果のあやめ草(葉菖蒲)を菖蒲として代用。後に中国の菖蒲が日本へと入って来た際には、新たに石菖と名付けられた。この歴史を紐解き、あえて〈みたて〉では端午の飾りに石菖を選んだ。陶片も平安時代のものを選び、ひそかに当時へと思いを馳せる仕掛けになっている。
〈上賀茂神社〉では毎年5月5日、賀茂競馬(かもくらべうま)と呼ばれる競馬会神事(くらべうまえしんじ)が行われる。寛治7(1093)年、宮中の節会の儀式を移して以来続く端午の節句の神事だ。一連の神事の中には、菖蒲の根を比べる宮中での遊びも含まれていて、節句と菖蒲の深いつながりも伝えてくれている。
 5月に入る頃、〈みたて〉には、葉菖蒲とよもぎを軒に飾り魔除け火除けを祈る軒菖蒲(のきしょうぶ)という風習のための小さな花束も並ぶ。こちらは玄関でさりげなく厄を除けてくれる飾りとなるのだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年5月号より。


Vol.10 / September 09, 2021 花見を持ち帰る「桜の花束」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
花見を持ち帰る「桜の花束」。

花見を持ち帰る「桜の花束」。

「都をどりは、よーいやさー」の掛け声で幕を開ける都をどりで、京都は春本番を迎える。花街のひとつ、祇園甲部の芸舞妓による舞台はチェリーダンスとも呼ばれ、華やかな舞で都絵巻の世界へと運んでくれる春の風物詩だ。鮮やかなブルーの衣装にも桜が描かれ、舞台の上はまさに春爛漫。
 賀茂川沿いに八重紅しだれ桜の並木が続く半木(ながらぎ)の道、山全体がやわらかな桜色に染まる嵐山、〈平野神社〉や〈醍醐寺〉〈仁和寺〉など桜で知られる寺社も数多く、3月から4月は様々に桜を愛でることができるのが京都の魅力だ。
 といっても京都に暮らせば、名所へわざわざ足を運ぶより、日々の生活の中にある姿こそ桜。街のあちらこちらに桜が咲き誇り、意識せずに花見を楽しめるのが醍醐味の街でもある。
〈みたて〉では花見をそのまま家に持ち帰る気持ちでと、桜を花束に仕立てる。紙に6つの穴を開けて紐を通すことで、ふんわりと桜を包みながらもしっかりと固定。そのまま飾っておきたくなるような美しい姿とした。桜を包む紙と紐は、桜の樹皮で少しずつ異なる色合いに染めたものを使い、重ねて桜の魅力を伝えてくれるよう。
 蕾が膨らむことで木がほんのりピンクに色づき、ぽっと花が咲けば途端にあたりを春色に染める桜を思わせるよう、あえて他の植物は合わせずシンプルに仕上げた花束。生ければ一輪ずつ蕾が膨らみ、花が開く様子を間近に見ることが喜びとなる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年4月号より。


Vol.9 / September 02, 2021 可憐な菜の花で「雛祭り」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
可憐な菜の花で「雛祭り」。

可憐な菜の花で「雛祭り」。

 3月3日は桃の節句。別名は上巳の節句ともいい、平安時代には草や紙で作った人形(ひとがた)に身の穢れを移して川などへ流し厄を払った。その流し雛の風習と、平安貴族の子供の間で盛んだった小さな人形で遊ぶ「ひいな遊び」が合わさって、現代へと受け継がれる雛人形や雛祭りとなったという。
 京都で行われる雛祭りの行事は華やかさも際立つ。人形の寺として知られる〈宝鏡寺〉では雛人形が飾られるなかで島原大夫の舞が奉納され、〈上賀茂神社〉や〈貴船神社〉では神前に桃の花とこぶしの花と草餅を供え厄除けを祈願する「桃花神事」、〈下鴨神社〉では人形を御手洗川(みたらしがわ)に流して厄払いする「流し雛」で賑わう。
 その流し雛をのせるのは藁で編んだ桟俵(さんだわら)。素朴な桟俵をそのまま花器に見立て、飾り気のない菜の花を生けたのが〈みたて〉の雛飾り。シンプルさが菜の花の可憐さを際立たせ、壁に掛けて楽しむのはもちろんのこと、水に浮かべれば流し雛の風情も漂うという仕掛けになっている。
 雛飾りを眺めながらいただくのは京の雛祭りに欠かせない「ひちぎり」。こなしや外郎(ういろう)の生地の端を伸ばして引きちぎった上に、きんとんや餡をのせた雛菓子だ。細かな形や意匠は菓子店で異なるものの緑、紅、白と3色揃って作られることが多い。雛飾りに桃の花を外したのは、「ひちぎり」とのバランスを考えてのこと。菜の花の黄色が3色と引き立て合い、華やかさはひと際となる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年3月号より。


Vol.8 / August 12, 2021 木箱の梅が告げる「立春」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
木箱の梅が告げる「立春」。

木箱の梅が告げる「立春」。

 迫力ある追儺式(ついなしき)で知られる〈吉田神社〉の節分祭、壬生狂言「節分」が奉納される〈壬生寺〉の節分会、良縁や衣装持ちのお守り・懸想文(けそうぶみ)が授与される〈須賀神社〉の節分会、花街で繰り広げられる「お化け」など、季節の変わり目の邪気や厄を払い、福を呼び込むために様々な行事が行われる京都の節分。〈みたて〉では根付きの紅大豆と柊を楮の紐で束ね、節分飾りとする。
 節分が終われば翌日からは立春。二十四節気のひとつで、この日から新しい一年となり、春が始まる。立春の早朝、禅寺では門に「立春大吉」と書いた札を貼り、厄を祓うという。2016年の立春は2月4日からで、まだまだ寒い京都も少しずつ春の気配が感じられるようになる頃。立春のため〈みたて〉が切り取ったのは、時に雪が降る季節に日一日とほころび咲き始める梅の花。京都には境内に50種1500本もの梅が植えられた梅苑のある〈北野天満宮〉をはじめ、〈京都府立植物園〉や〈梅宮大社〉〈京都御苑〉など梅の名所も数多い。雪に見立てた綿花を敷き詰めた四寸の木箱に、あしらうのは古木にむしたウメノキゴケと、紅梅の花とつぼみ。ウメノキゴケは梅や松などの樹皮に着生し、盆栽などではその風情を味わうための苔。その荒々しさが紅梅の可憐さを、よりいっそう際立たせてくれる。届けられた木箱の蓋を開ければ、たちまち春の知らせを運んでくれる小さな〈みたて〉の世界だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年2月号より。


Vol.7 / August 05, 2021 しめ縄と餅花で「正月」飾り。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
しめ縄と餅花で「正月」飾り。

しめ縄と餅花で「正月」飾り。

〈みたて〉が一年でもっとも忙しくなるのは正月飾りを用意する年の瀬。京都ではポピュラーで門松の原型とされる根曳き松。蓬莱山に登る龍をあらわした掛け蓬莱。松と稲穂のモダンな門松。高野箒や稲藁の餅花など、伝統を伝えつつ独特のセンスで切り取った正月飾りは、凜とした空気と控えめな華やかさをもたらしてくれるものばかり。
 稲藁に餅を付け、しめ縄に仕立てた「雪のれん」もそのひとつ。しめ縄の上の縄は雲、垂れる稲藁は雨といわれる。そこに雪に見立てた餅を付けることから、その名となった。新年は気持ち新たに神様を迎えたいという原点に返った時に、稲藁が身近にある農家ならこんな飾りを作り、自然の恵みに感謝し、大地を潤す雨と五穀豊穣を願ったのではないかとイメージを膨らませたもの。どこかの時代や地方で、誰かが作っていたかもしれないと思わせる意匠を意識するという。1本の稲藁には12個の餅が付けられており、その年の十二カ月と、十二支の意味も込められている。稲藁と白い餅だけで作られた飾りは、光を受けて餅が浮かび上がり、素朴さと品を兼ね備えた姿に。花のない冬の時季の花でもある雪。梅など初春の花が咲き出す頃まで飾るのもいい。
 雪のれんが飾られた家の中、新年の食卓を彩るのは平安の公家文化を受け継ぐ白味噌の雑煮。餅は丸く円満にの意味を込めた丸餅。甘くふくよかな味わいの雑煮と共に、豊かな一年を祈りたい。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2016年1月号より。


Vol.6 / July 29, 2021 「冬至」の「ん」づくし。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「冬至」の「ん」づくし。

「冬至」の「ん」づくし。

 冬至は一年で最も太陽の位置が低く、昼が短い日。易の考え方では陰の気が極まり、転じて陽の気の始まりとなることから、一陽来復(いちようらいふく)とも呼ばれ、冬が終わり春が来るという意味を持つ。
 この日を境に日一日と強くなる太陽の力と共により一層、運気が高まるようにと、冬至七種を食べる町衆文化がかつての京都にはあった。七種と書いてななくさと読む。なんきん・にんじん・れんこん・ぎんなん・きんかん・かんてん・うんどん(うどんの古い呼び名)。「ん」が2つ付く食べ物で、縁起をかついで運を強くし、冬の間に乏しくなりがちな栄養を補ったという。成功するには幸運と根気と鈍いくらいの粘り強さが必要ということわざ「運根鈍」にあやかり、語呂合わせした食材でもある。
〈みたて〉冬至のあしらいは、今ではほとんど見ることのなくなったその風習からイメージを膨らませたもの。きんかん、ぎんなんに換えた銀杏と共に、南天と早蓮木(かんれんぼく)を神棚に使われる榊立てに投げ入れた。南天は難を転じるといわれ縁起のよい木。英名ではハッピーツリーと呼ばれる早蓮木。どちらも縁起がよく、名前に「ん」が付いた植物を選び、冬至七種のきまりにならった。小さなバナナのようにも見える早蓮木が、おとなしい構図に動きをつけてくれる組み合わせ。花飾りについてはとりたてて決めごとのない冬至。それだけに自在なアレンジが節気を切り取ってくれる。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年12月号より。


Vol.5 / July 22, 2021 揺れる水に豆を沈め「後の月」。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
揺れる水に豆を沈め「後の月」。

揺れる水に豆を沈め「後の月」。

 月見と聞けば旧暦八月の十五夜。中秋の名月を思うものの、実は日本にはもうひとつの月見がある。それは旧暦九月の十三夜。十五夜からひと月ほど経ち、秋も深まった頃、満月になる前の少し欠けた月を愛でる、「後の月」「名残の月」とも呼ばれる風習だ。奈良時代から平安時代にかけて中国から伝わった十五夜に対して、日本独自の風習として始まったとされる十三夜。供え物とした時節の実りから、十五夜は芋名月、十三夜は豆名月や栗名月と呼ぶことも。今ではほとんど見られなくなった十三夜の行事や風習も、かつては「木曾の痩(やせ)もまだなほらぬに後の月」(松尾芭蕉)、「三井寺に緞子(どんす)の夜着や後の月」(与謝蕪村)など、多くの歌人や俳人に詠まれ、十五夜とともに広く親しまれた大切な歳事のひとつだった。
 今回の見立てはその十三夜。平安時代の公家たちの月見は月を直接見るよりも池や杯に映る姿を楽しんだとも伝わることからイメージを膨らませ、逆さにした燈籠の地輪のくぼみをつくばいに見立てて水を張り、色とりどりの豆を沈めた。ゆらゆらと水面に映る月に見立てて水面に浮かべたのは、ゴウダソウという草花の実の隔膜。原産のヨーロッパではルナリアという名を持ち、その名はラテン語のルナ(=月)に由来する。丸く平べったい独特の実の形は、洋の東西を問わず月の姿を思わせるよう。傍らにはススキをさりげなく添え、手水鉢にもてなしの心を込めた仕掛けだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年11月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.4 / July 15, 2021 可憐に咲く野菊に「着せ綿」を。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
可憐に咲く野菊に「着せ綿」を。

可憐に咲く野菊に「着せ綿」を。

 9月9日は菊の節句ともよばれる重陽の節句。五節句が生まれた中国では、厄除けや不老長寿の力を持つとされた菊を酒に浸して飲む、菊酒の風習があったという。平安時代に日本へと伝わった後、宮中で営まれた独自の風習が菊の着せ綿だ。節句の前夜に菊の花を綿で覆い、翌朝、花の露や香りを移しとった綿で顔や体をぬぐって、不老長寿や無病息災を願った。始まった頃は特に決まりはなかった色使いも、近世になると白菊には黄色の綿、黄菊には赤い綿、赤菊には白い綿と決まり事ができるほど盛んに。やがて新暦へと代わり9月が菊には早い時期となった現在では、京都を中心とした菓子屋で作られる上生菓子に、赤と白の着せ綿の意匠が残るだけになっている。

 はかなげな野菊しかなかった平安時代に思いを馳せ、〈みたて〉で使うのは野菊。この風習が始まった当時は、特に色の組み合わせに決まりはなかったことから、白一色の菊に合わせて彩る綿は五色に。繭から作った絹の真綿は、江戸時代から続く自然素材を使って染めを手掛ける〈染司よしおか〉によるもの。赤は茜の根、黄は近江・伊吹山で育つ刈安、青は藍、紫は紫草の根を使い、古法を守り染め上げた。ふわりと優しい綿とごく控えめな色が、可憐な白菊をそっと包む。

 ゆらゆらと少し揺れる花台に目を留めれば、それは役目を終えた蹴轆轤(けろくろ)。飾らない姿が菊を引き立てる花台も〝みたて〞のひとつだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年10月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.3 / July 08, 2021 風物詩「川床」を清流とともに。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
風物詩「川床」を清流とともに。

風物詩「川床」を清流とともに。

 京都に夏を告げる風物詩のひとつが、川のせせらぎにしつらえられる川床(かわどこ)の姿。江戸時代に遠来の客をもてなしたことに起源を持ち、川面を吹き抜ける風で涼をとりながら、鱧や鮎など夏の京の味に舌鼓をうつ。ゆかともかわどことも呼ばれ、読み方に迷うものの、実はそれぞれの由来を持つ別のもの。街中の鴨川に設けられるのは、高床をその名の由来とする床で、読み方は「ゆか」。一方、貴船では水上の床の間の意味を持つことから、「かわどこ」と呼ばれるようになったという。

〈みたて〉が切り取るのは、もちろん色濃い緑に包まれる貴船の川床。ぐっとせり出した木々や、苔、水草の姿は、自然がもたらしてくれる野趣溢れる庭といったところ。清冽な水の流れは手を伸ばせば届くほどの近さにあり、時に激しい水音もまた耳に涼をもたらしてくれる。自然に抱かれるように料理を楽しむひとときだ。

 六寸の木箱の中に再現された川床。ぐっと張り出した青もみじは貴船の床さながら。苔をイメージしたてまり草を敷き詰め、センジュガンピ、ヌマトラノオ、桔梗、山帰来(さんきらい)など、時々の草花をあしらい、川岸の自然な風情を作り上げた。箱の半分は持ち運びもできる水を模した仕掛け。ふわりと浮かぶ青もみじは、川面を流れるかのよう。蓋を取った瞬間に、清らかな水が現れる仕掛けは、はっと心を打つもの。たとえ京に暮らしても少しばかり遠い貴船の涼を運んできてくれるのだ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年9月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.2 / July 01, 2021 水面に浮かぶ「梶の葉」一葉。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
水面に浮かぶ「梶の葉」一葉。

水面に浮かぶ「梶の葉」一葉。

 五節句のひとつ七夕は、旧暦の行事として8月に行われるのが京都の主流。伝統的な宮中行事を今に伝える冷泉家で七夕に開かれるのは、乞巧奠(きっこうてん)と呼ばれる行事だ。そもそも乞巧奠は牽牛と織女の星へ裁縫技芸の上達を願った中国の行事で、奈良時代に日本へと伝わり宮中から広まったもの。冷泉家では今も2つの星に供え物をし、蹴鞠や雅楽、和歌の朗詠を行う。墨で願いごとをしたためた梶の葉を、星を映すため角盥(つのだらい)に張った水に浮かべ、供え物や飾りには陰陽五行説に基づいた青・赤・黄・白・黒の五色を使うのがしきたりだ。

〈みたて〉が七夕に提案するのも、ポピュラーな笹の葉に短冊を付ける飾りではなく、梶の葉を使ったシンプルな飾りだ。陶芸家・清水善行の須恵器に水を張り、梶の葉をそっと浮かべる。梶の緑は、水で深みを増した焼き〆の色によってより一層際立つ。願いごとは葉に書かず、心の中でそっと祈るという。あしらうのは五色の和紙。〈みたて〉では草木で五色に染めた布を掛け、その前に器を飾るという趣向を凝らすこともある。窓辺に置けば水面がゆらゆらと風で揺れ、目にもまた涼を運んでくれる七夕飾り。

 かつては七夕の前日に梶の葉売りが「かじ〜かじ〜」と売り歩いたという京都。今その役割を担うのは〈みたて〉だ。日々の器に梶の葉を一枚浮かべるだけでも、たちまち生まれる七夕の景色を手に入れたい。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年8月号より。


花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.1 / June 24, 2021 凛とした「茅の輪」で厄払い。

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
みたて 凛とした「茅の輪」で厄払い。

凛とした「茅の輪」で厄払い。

〈みたて〉は花屋ではあるけれど、ただ植物だけを売るのではない。京都の日日の暮らしに漂う空気をすっと掬い、植物に添えてまとめる。木箱に川床を映し、藁と草花で芽吹きを表すといったアレンジを見れば、鴨川や東山、寺社、町並み、伝統行事といった景色が目の前に広がる。さりげなく京や季節を伝え見せてくれるのだ。

 6月30日は夏越の祓。京都の多くの神社に用意される茅の輪をくぐることで、半年の厄を払い残り半年の無病息災を願う。かつてスサノオノミコトが旅の途中で世話になった蘇民将来への礼として、茅萱で輪を作り腰に着ければ災難から免れると伝え、その教えに従った蘇民将来一族は疫病から逃れることができたという故事に基づく行事だ。

 神社では2mを超える茅の輪も、〈みたて〉ではスサノオノミコトが腰に着けたという伝えからイメージし、直径15㎝ほどの大きさで作り上げた。葉先や根元は巻き込んで完全な円にせず、あえて残すことで夏の植物の力強さを感じさせる仕立て。水をくぐらせ古材と組み合わせて飾れば、茅萱の緑の鮮やかさも際立つ。厄払いの気持ちを込め、目線よりも高い場所に飾りたい。

 茅の輪が彩る空間で味わいたいのは水無月。暑気払いの氷を表す三角のういろうに、邪気を払う小豆を載せた、夏越の祓に欠かせない和菓子だ。

 暑い暑い京都の夏もまもなく本番。茅の輪を愛でて厄を払いたい夏至の頃だ。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2015年7月号より。


花屋 みたて

和花と花器を扱い、四季の切り取り方を提案する京都・紫竹の花屋。西山隼人・美華夫妻がすべてを分担し営む。

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