花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」

February 24, 2022 「左近の梅と桜・右近の橘」花屋『みたて』の「折々に見立てる、京の暮らし」 Vol.34

花屋<みたて>に習う植物と歳時記 折々に見立てる 京の暮らし
 

四季折々に迎える歳時記を、京都の花屋『みたて』が植物を通して表現。一つの作品を通して、京都ならではの生活が見えてきます。

 
「左近の梅と桜・右近の橘」

「左近の梅と桜・右近の橘」

 雛飾りには左近の桜・右近の橘が欠かせない。由来をひもとけば雛飾りは御所の紫宸殿(ししんでん)を模しており、今も変わらず京都御所の前庭には桜と橘が植えられている。ところが実は平安遷都の際、紫宸殿の庭に植えられたのは桜ではなく梅だった。万葉集に詠まれているのも、桜より梅のほうがずっと多かったことからも、かつては花といえば梅だったことが窺える。一説によると桜に代わったのはこんな理由があったという。後の村上天皇の時代、枯れたとも焼失したとも伝わる梅の代わりを求めて都中を探した際に、勝るとも劣らない梅の木が見つかった。その木の持ち主は歌人・紀貫之の娘。宮中へと運ばれてきた梅の木にはこんな歌を書いた文が結ばれていたという。「勅なれば いともかしこし 鶯の宿はと問わば いかが答へむ」(天皇の命であればこの木は謹んで献上しますが、梅の木にやってきた鶯に私の宿はどうしたと聞かれたら、どう答えたらよいでしょうか)。この歌を詠んだ天皇は梅の木を返し、代わりに桜を植えたという。鶯宿梅(おうしゅくばい)とされる故事により、今では左近の桜、右近の橘として受け継がれているのだ。『みたて』が作る雛祭りの飾りは、かつての故事を偲び橘の実と、桜と梅の花をあしらった。素朴な平安期の器を使い、当時への思いを馳せている。

photo : Kunihiro Fukumori edit & text : Mako Yamato
*『アンドプレミアム』2018年4月号より。


花屋 みたて

和花と花器を扱い、四季の切り取り方を提案する京都・紫竹の花屋。西山隼人・美華夫妻がすべてを分担し営む。

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Latest Issue心を揺さぶる、アートの力。2022.06.20 — 880円