河内タカの素顔の芸術家たち。

パステルカラーで女性的芸術を追求した、マリー・ローランサン【河内タカの素顔の芸術家たち】Marie Laurencin / March 10, 2023

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マリー・ローランサン Marie Laurencin
1883-1956 / FRA
No. 112

パリのアカデミー・アンベールで学び、キュビスムの画家として活動をはじめる。美術評論家のギヨーム・アポリネールの恋人同士となるも別れてしまい、その後ドイツ人男爵のオットーと結婚。しかしドイツ国籍となったため、第一次世界大戦がはじまるとフランス国外への亡命を余儀なくされる。離婚後にパリにもどり1921年に行った個展で成功を収めるや、人気肖像画家としてパリの社交界の人びとの肖像画を数多く残す。徐々にスタイルや作風は変わっていったものの一貫して晩年までフェミニンな作品を描き続けた。

パステルカラーで女性的芸術を追求した
マリー・ローランサン

 20世紀前半に活動したフランスの画家マリー・ローランサンの作品がBunkamura ザ・ミュージアムで展示されています。パステルカラーの夢見るような少女像というのがローランサンのスタイルですが、知っているようであまり知らなかったこの女流画家の絵に思いのほか魅了されてしまいました。その要因として、おそらくここ最近アンリ・マティスのことを考えることが多かったことが影響していて、マティスと同じ時代を生きながらも、個性的な様式を確立していたのが今回の展示でも伝わってきました。

 ふたつの世界大戦に挟まれた1920年代のパリは「エコール・ド・パリ」と呼ばれ、それは主に外人画家たちが中心となってジャンルを超えて様々な才能が混じり合っていた時代でした。同時期には「フラッパー」と呼ばれたモダンでおしゃれな女性たちの動向も注目され、それを象徴する人物の一人がローランサンだったのです。お針子をしていた母親のもとで美しい生地や絹糸などを見て育ち、女学校を卒業する頃には画家になることを決意。絵やデッサンを学んでいた頃に出会ったのが、1歳年上の画家のジョルジュ・ブラックでした。

 彼女に新しい絵画表現の動向を教えたばかりか、ピカソを紹介したのもブラックでした。また、アーティストたちの溜まり場となっていたピカソのアトリエ「洗濯船」で知り合った美術評論家で詩人のギヨーム・アポリネールと恋に落ち、お互いが刺激を与えあう存在になっていきます。しかし二人の恋は長くは続かず、アポリネールと別れたローランサンは、知り合ったばかりのドイツ人男爵と結婚したことでフランス国籍を失い、さらにはスパイ容疑をかけられスペイン各地を転々とする生活を余儀なくされます。

 第一次世界大戦が終わった頃、関係が悪化していた夫と離婚し再びパリへと戻ったローランサンは個展を開催。すると、柔らかな色彩による女性像の表現が、長い戦争によって心が沈んでいたパリの人々を魅了し、エコール・ド・パリの新進画家として知られるようになっていくのです。ローランサンが描く女性たちは表情が薄くどこか物憂げですが、その一方でなにかを主張したそうな意思の強さを感じられ、そういった自由を求める感性が当時の女性たちから支持されたのでしょう。

 ローランサンの絵の中の女性たちは顔立ちが似ているため、彼女たちの身を包んだファッションやアクセサリーによって特徴付けられることが多いのですが、中でも彼女自身も収集していたという様々な色や形をした帽子は、当時のファッションのトレンドを伝えるだけでなく、絵の構成においても重要な役割を果たしていました。ファッションセンスが高いローランサンの肖像画には注文が相次ぎ、上流階級の間では彼女に描いてもらった絵を部屋に飾ることが流行したほど、当時は絶大なる人気を博したといいます。

 その肖像画の注文をした一人が、すでに有名になっていたココ・シャネルでした。しかし、ローランサンは注文主を写実的に表現せず、自身の美意識による肖像画を常に描こうとしていました。その結果、完成した作品を見たシャネルは自分に似ていないと描き直しを要求するも、彼女は断固としてそれを拒否。後にシャネルのことを「田舎娘」と揶揄したほどの軋轢が生まれてしまいます。今回の展覧会は、パリのモード界の寵児、かたやパリ前衛芸術シーンの重要画家としてファッションとアートの境界を交差しながら生きた二人の動向に焦点を当てた構成になっていて、問題となった『マドモアゼル・シャネルの肖像』(1923年)も展示されているので、この絵を巡る二人のやり取りも想像していただけるのではないでしょうか。

Illustration: SANDER STUDIO

『マリー・ローランサンとモード 図録』マリー・ローランサンの絵画作品を、ココ・シャネルやポール・ポワレ、マドレーヌ・ヴィオネのデザインを豊富な資料とともに紹介する一冊。

展覧会情報
「マリー・ローランサンとモード」
会期:2023年4月9日(日)まで開催中
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1 B1F
お問い合わせ:050-5541-8600
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_laurencin/

巡回予定:
京都市京セラ美術館
2023年4月16日(日)〜6月11日(日)
名古屋市美術館
2023年6月24日(土)〜9月3日(日)


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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