河内タカの素顔の芸術家たち。

ブルターニュで覚醒した画家、ポール・ゴーガン【河内タカの素顔の芸術家たち】Paul Gauguin
 / April 10, 2023

PaulGauguin

ポール・ゴーガン / Paul Gauguin

1848 – 1903 / FRA
No. 113

幼少期をペルーで過ごし、船乗りを経て、株式仲買人として働き始めた25歳頃から絵を描くようになる。カミーユ・ピサロと出会い1879年の第4回印象画展に参加し、1886年から1894年の間に5回に分けてブルターニュに長期滞在し制作を行う。1888年に南仏のアルルに移り、ゴッホと9週間にわたる共同生活を送るも仲違いに終わる。タヒチの文化に強く惹かれ1891年と1895年の二回に渡り暮らす。しかし、最晩年の『我々はどこから来たのか』を描き終わる頃には、多額の借金と足の痛みを抑えるモルヒネに頼る日々を送り1903年5月8日に孤独死した。


ブルターニュで覚醒した画家

ポール・ゴーガン

 フランス北西部に位置するブルターニュは、16世紀前半まではフランスでなく独立した国として存在し、ブルトン語と呼ばれる言語や独自の風習を持つ地域として知られています。19世紀に活躍した数々の画家たちが、豊かな自然に囲まれ古くから風習や口承が残るこの地に移り住み、印象派たちとは異なる新たな表現を模索していました。その画家たちの中でも最も有名なのがポール・ゴーガンであり、「コワフ」と呼ばれる白い帽子をかぶった女性や農婦を描いた作品が、このブルターニュで描かれました。



 まだほとんど名を知られないまま38歳を迎えたゴーガンは、1886年夏にポン=タヴァンという村にあった画家たちのコミュニティの中に暮らし始めました。ここに移住したのはパリよりずっと生活費が安いからという理由でしたが、それまでなかなか自分の画風を確立できなかったゴーガンは、この地の豊かな景観や素朴な人々の暮らしに触れていくにつれ、印象派の画風から少しずつ脱却していくことになります。



 もともとアフリカのフォークアートや浮世絵を通してのジャポニスムなど、ヨーロッパ文明にはないものへの憧れを抱いていたゴーガンは、目に見えない人の内面世界や神秘的な情景を表現できないものかと試行錯誤していました。それを反映するように描き始めたのが、対象を忠実に描写するのではなく自身の記憶や感情を反映させるかのような絵でした。



 線で輪郭を強調し、遠近法や陰影を使わず、平坦で色彩豊かに構成した作品は、ポン=タヴァン派の画家の中でも純度の高い作品という評価を得るようになっていきます。その象徴的な作品が『黄色いキリスト』であり、これはブルターニュの伝統衣装を着た3人の女性が、キリストが磔になった十字架のまわりで祈る姿が描かれているというものです。十字架の上ですやすやと眠っているように見えるそのキリストの肌は、背景の秋の収穫の風景に溶け込むような小麦色であり、伝統的な十字架の悲壮な場面とは決定的に異なる風変わりで戸惑いさえ覚える作品でした。



 ポン=タヴァン近郊の礼拝堂にて、ゴーガンが作者不明の17世紀に作られた黄色い十字架像を見たことが着想となったようなのですが、この絵が描かれたのがゴッホとのアルルの「黄色い家」で共同生活を送った翌年のことであり、同じ黄色ということでなにか因果があるのではないかとも考えてしまいます。輪郭や平坦さが強調され、遠近法をまったく無視したような作品なのですが、それは野生的なものを追求していたゴーガンの反骨精神を反映したものだったのかもしれません。



 この数年後、さらにプリミティブ(原始的)な画題を求めたゴーガンが向かった先は、フランスからはるか遠い南太平洋のタヒチやマルキーズ諸島のヒヴァ=オア島でした。しかし、その原動力としてゴーガンの中には常にブルターニュでの体験や記憶があったはずで、ピカソやマティスや20世紀の近代美術にとてつもなく大きな影響を与えることとなるこの凄みのある画家の画風が形成されたのが、自然豊かで伝統的な風習が残っていたブルターニュの小さな村だったというわけなのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『ポール・ゴーギャン画集 タヒチ─楽園の思索』(TAPIRUS)代表作である3点の解説のほか、タヒチ、肖像画、静物・風景の四章に分けて作品を紹介する絵画集。

展覧会情報
「憧憬の地 ブルターニュ」

会期:2023年6月11日(日)まで開催中

会場:国立西洋美術館

住所:東京都台東区上野公園7-7

お問い合わせ:050-5541-8600

https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2023bretagne.html

「ブルターニュの光と風 画家たちを魅了したフランス〈辺境の地〉」

会期:2023年6月11日(日)まで開催中

会場:SOMPO美術館

住所:東京都新宿区西新宿1-26-1

お問い合わせ:050-5541-8600
https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2022/bretagne2023/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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