河内タカの素顔の芸術家たち。

自身の精神性を凝縮させた 佐伯祐三の風景画【河内タカの素顔の芸術家たち】Yuzo Saeki / February 10, 2023

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佐伯祐三 Yuzo Saeki
1898-1928 / JPN
No. 111

大阪府北区中津に浄土真宗光徳寺の次男として生まれる。14歳頃から油絵を描き始め、1917年に上京して藤島武二に師事。翌年に東京美術学校(現・東京藝術大学)の西洋画科に入学。22歳で池田米子と結婚し、翌年新宿区下落合にアトリエ付きの家を建てる。1922年には長女の彌智子(やちこ)が誕生。1924年1月にパリに到着後、現地の芸術学校の自由科に通う。1925年に結核を患い、兄に療養を促されて日本へ帰国。1927年8月に再び渡欧しパリに住む。結核と神経衰弱がひどくなり郊外の精神病院に入院。そして1928年8月16日、妻が娘の看病をしていたため妻子に看取られることなく衰弱死した。

自身の精神性を凝縮させた
佐伯祐三の風景画

 早世した20世紀の日本人の画家としてわりとすぐに思い浮かぶのが、青木繁 (28歳)、神田日勝 (32歳) 、松本竣介 (36歳) 、岸田劉生 (38歳)あたりなのですが、30歳で亡くなった佐伯祐三も青木らとともに「夭逝の天才画家」と言われ続けている一人ではないでしょうか。彼は画家として制作期間の半分近くをパリで過ごし、自分の死を覚悟していたかのように猛烈な勢いで作品を仕上げていったのですが、持病だった結核のため亡くなったことで、今もなお伝説的な画家として語り継がれているというわけです。

 短く濃厚だった佐伯の半生は、二度のパリ時代と一時的に帰国した1924年から1928年までにほぼ凝縮されています。現在東京ステーションギャラリーで行われている「佐伯祐三 自画像としての風景」では、パリと東京の下落合、故郷の大阪にて制作された作品が都市ごとに展示されているのですが、夭逝の天才画家という固定された考えを持たず、今一度まっさらな目でパリの街並み、古い壁、建物などをモチーフにした佐伯の作品を見なおすと、様々な試みや工夫に満ちていることを理解することとなるはずです。

 佐伯が初めてパリに向かったのは26歳の時で、後に岡本太郎も学ぶことになるグランド・ショミエール芸術学校に通っていたのですが、実は同年夏に彼の人生を大きく影響を与える出来事が起こります。画家の里見勝蔵を介してマティスとともにフォービズム運動(「野獣派」と言われ、目に映る色彩ではなく心に映る色彩を表現した) を率いたモーリス・ド・ヴラマンクを訪れた際に、密かに自信を持っていた見せた裸婦の絵を「アカデミズムに染まった絵、全く生命力がない!」と痛烈に叱責されてしまったというのです。

 この出来事に深いショックを受けた佐伯は、純粋すぎるがゆえにそれまで自身がやってきたことをすべてリセットするべく、まずは学校に行くことをやめ、そして画題、描き方、形、色といった根本的なところから見つめ直すようになっていきます。それから試行錯誤の末に生まれたのが代名詞となる暗い色調で描かれたパリの街角の風景写真でした。素早い筆致による力強いタッチで描かれた油絵は、ヴラマンクを継承しながらユトリロやゴッホを彷彿させるような絵画に取り組んでいくことになるのです。

 その後、病弱で体調も思わしくなかったためにいったん帰国することになるのですが、日本滞在中に描かれた作品が実に興味深く、個人的にはパリの作品以上に興味を抱いてしまいました。中でも『滞船』というシリーズの一枚がとても素晴らしく、停泊する船から上に延びるマストとロープが複雑に重なり合い、青灰色の空を背景に線で構成された幾何学模様が強いインパクトを残します。街風景やポスター文字を激情的に描いた画家として知られる佐伯なだけにこの絵はとにかく新鮮で、しかもその後再訪したパリでの新しい表現へと突き進んでいくプロセスが見えてくるだけに、いっそう興味が惹かれてしまったというわけです。

 さて、今回も展示されているパリを描いた佐伯の代表作を見ながら頭に浮かんだのが、アメリカの具象画家として知られるエドワード・ホッパーの作品でした。二階建ての白い建物だけをポツンと描いた『村役場』(1926) はホッパーの『線路脇の家』(1925)を、そして『ロカション・ド・ヴォワチュール』(1925) やポスターだらけの壁面を描いた『ガス灯と広告』(1927)は、横位置の並んだレンガ造りの建物を描いた『早朝の日曜日』(1930) をなぜか思い起こしてしまったのです。そういえばホッパーも若い頃にパリに三度滞在していて、佐伯と同じくフランスの画家たちからの影響を振り切るのに苦労した画家の一人でした。

 ホッパーのことを思いながら、あらためて佐伯の作品を見て思ったことは、佐伯のあの生々しく揺さぶるような風景描写というのは、実のところホッパーと同じく画家の心の内そのものであったのだろうなということです。人の心の中で起こっていることはそもそも不明瞭であるわけで、目に映る風景ではなく、まさに心に映っていた光景を忠実に描き出したのが佐伯やホッパーの絵であり、それゆえに、もう少し長く生きていたかっただろうなぁと今回の展示作品を前に切ない気持ちになってしまいました。

Illustration: SANDER STUDIO

『佐伯祐三 自画像としての風景』現在開催中の展覧会に出品される全作品をカラー掲載。佐伯祐三の画業への理解が深まるコラムや年譜、地図などの資料も収録した一冊。

展覧会情報
「佐伯祐三 自画像としての風景」
会期:2023年4月2日(日)まで開催中
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
お問い合わせ: 03-3212-2485

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202211_saeki.html

巡回予定:
大阪中之島美術館
2023年4月15日(土)〜6月25日(日)


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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