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植物のネームプレート。写真と文:イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)#4October 30, 2026

庭の花壇の手入れをするとき、目線は地面にぐんと近づく。鳥が落としていった小さな羽根、リスのかじりかけの木の実、ダンゴムシが石の下へ忙しそうに入ったり出たりしているのを見ると、知らないところで、けれども実はすぐそばで、たくさんの生き物たちが暮らしていることを思い出す。まるで「深呼吸をして、足元をよく見ることも大事だよ」と言われているような気持ちになる。
夏の終わり、コロンと愛らしい丸花蜂が一匹、花壇の土の上で死んでいた。まだ綺麗な状態だった。私はしゃがむと持っていたハンドショベルで穴を作り、そうっとそれを埋葬した。
コロナ禍のとき、私は子どもが小学校でもらってきたウイルスに家庭内感染し、運悪くその合併症と考えられる心筋梗塞になった。病院に運ばれて血液検査をしたら医師から「心臓発作を起こしています」と告げられた。全力で誰かに左胸を押されているような強い痛み。すぐにモルヒネや点滴での処置が始まった。
あまりにも急展開だったので恐怖は吹き飛んでいた。それよりも、薬が合わず胸の不快感とともに壮絶なめまいと吐き気に襲われたのが辛かった。私の命はこんなにあっけなく消えてしまうのだろうか。そこから更に悪化するかどうかは神のみぞ知るで、カテーテルを心臓に通されている間も頭の中は真っ白だった。
運がよかったのだろう。なんとか私は生還した。さすがにすぐ元の生活に戻れたわけではなかったが、今では毎週友人とテニスに通うくらい元気である。とはいえ、一度死の淵をみた経験はこの先も消えることはない。土の上に転がっている蜂を見ると、死は常に身近にあるという現実を心の中で反芻してしまう自分がいる。
大病をしてから私は「家族や友人と過ごした日々をひとつひとつ大切に覚えておきたい」と強く思うようになった。一緒に旅した景色、楽しかった会話。そうすれば最期は目をとじてそのアルバムをめくり、心穏やかでいられる気がするからだ。そんなことを言っている人間に限って長生きするかもしれないが、頭の中が真っ白にならないための、ちょっとした心の準備である。
思い入れのある植物にネームプレートを付けることも、そういう心境から浮かんだアイデアだった。こうしたプレートには、品種名だけでなく、場合によっては植えた年や、誰から贈られたのかなども書いたりする。オンラインで気軽に印字をオーダーできる店があったのでまず4本注文し、そのうちの1本には今年の5月に日本から会いに来てくれた友人の名前を入れた。冒頭の写真がそれである。
友人は普段、東京で映像ディレクターの仕事をしている。出会いは彼女が担当していたNHKの番組『美の壺』で私が扱っているアンティークジュエリーを紹介してくれたのがきっかけだった。同い年で、そのうえ好きなものも何かと共通しており、いつ喋っても話が尽きない。今年は一緒に南東イングランドを私の車で旅しよう、ということになった。
友人は植物が好きで、私が帰国して東京の宿に泊まっていると「よかったらお部屋に飾って」と花屋で買い求めた数本の切り花を手土産に持ってきてくれるひとであった。今回も日本からのお土産に『ポール・ヴァーゼンの植物標本』(リトルモア)という、おおよそ100年前の植物標本を写真にしたものと作家・堀江敏幸さんの文がまとめられた本をくれた。実際の標本に挟まれるグラシン紙をイメージさせる半透明のカバーに、表紙の標本写真が透けて見える。偶然にも少し前に私はイギリスで次のような書籍を手に入れたばかりだったので、やっぱり好みをよくわかってくれているなと驚いた。
19世紀にピアニストとして活躍したクララ・シューマンが、精神病院に入院していた作曲家の夫ロベルトへ贈るために制作していた押し花ダイアリー『BLUMENBUCH FÜR ROBERT(ロベルトのための花日記) 1854-1856』(Stroemfeld)である。ロベルトの面会が制限されていた時期もあったため、クララは散歩道や演奏旅行先、自宅の庭などで摘んだ花や葉を押し花にして、摘んだ日付、場所、言葉を添えて病院の外の様子や変わらぬ愛を伝えようとした。この本は原本のページの表裏両方を掲載しており、本物のクララの花日記をめくっている気持ちになれる独特の仕掛けになっている。
友人との二人旅は天気に恵まれ、海と空の色が澄んでいて美しかった。石灰質の白い崖の上は花が咲き、遠くの水平線だけがぼんやり霞んでいる。私たちは草の上にピクニックマットを敷いて寝転んだ。そして眩しい太陽の光をさえぎるため、私が持っていた薄手のショールの端と端をふたりでそれぞれ持ち、頭の上にかかげて日陰を作った。はためくショールの下で、何を話したか覚えていない。それくらい他愛もない会話だったと思うが、その時のおひさまの温かさや風の強さ、心がほどけていくような幸せな気持ちは尾を引いて私のなかに残った。
友人がイギリスを発つ前、カフェが併設されているロンドンのガーデンショップへ一緒に行った。いっぱい並んだ苗を見て彼女は「イセキ家の庭に花をプレゼントしたいから、どうぞ、ひとつ選んでよ」と言った。私はお言葉に甘え「ナイトスカイ」という名前のペチュニアを選ばせてもらった。名前の通りパープルに不規則な白い斑点がちらばっていて、星がまたたく夜空のような花だった。
先月、東京に戻った友人と久しぶりに電話で話をした。最近、夢を見たのだそうだ。「アヤちゃんと、あの広い草原の上に二人で寝転がっている夢だった」と彼女は言った。
注文していたネームプレートが郵便で届き、私はさっそく庭に植えたナイトスカイの横に挿してみた。なかなか素敵である。買ってもらった時の3倍くらいに成長した姿を携帯電話のカメラで撮り、友人に送った。最近の私は花殻をこまめに取り、ナイトスカイを来年も咲かせようと種をせっせと集めている。大切なひとの名前が入ったプレートがあると、このようにガーデニングにも精が出るので私はとても気に入っている。

アンティークジュエリーバイヤー イセキアヤコ












































