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庭は心を映す鏡。写真と文:イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)#1October 09, 2026

イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)の庭

ロンドンの自宅から最寄駅へ向かう途中、美しい煉瓦造りの家々が並ぶ住宅街がある。しかもその中の一軒がユニークで、私はいつも前庭の植物に気をとられながら横を通り過ぎるのだった。夏になると見たことのない鮮やかなパープルやオレンジ色の花が咲いているし、濃いグリーンの大きな葉が茂っている一角もある。一般的なイギリスの庭と違い、どこか南国っぽいというか、若干トロピカルな雰囲気が漂っていて面白いと感じた。

ある年の初夏、また駅へと歩いているときに住人とおぼしき女性がその家から出てくるのを目撃した。大粒のカラフルなビーズのネックレスをして、長い髪を頭の上で綺麗におだんごにまとめた50代くらいのアフリカ人のご婦人だった。ああそうだったのか。慣れた手つきで前庭に水やりをしはじめた彼女をそっと視界の端にとらえながら、私は腑に落ちた。この庭はきっと、彼女がこれまでの人生で見てきたもの、好きな色がそのまま映し出された心の鏡なのだ。

私の家の庭にも同じことが言える。3年前、イギリス暮らし20年目にして一軒家を購入した。この国でもう少し根をはって生きていくことに決めたのだ。といっても総リノベを前提にしたぼろぼろの物件で、家の中と外観は建築士の夫が、家の前の花壇と裏庭はガーデニング初心者の私が担当することになった。

移り住んだ当初、裏庭のフェンスは腐っていて奥のほうに前の家主がコンクリートで埋め立てた池の成れの果てがあった。土は泥炭質で乾くと石のように固くなり、雨の多い冬は水がたまる。たまに鳩やカササギが何かをついばみにくるだけの寂しい場所だった。一年目はそのまま放置し、庭にはほとんど出なかった。どこから手をつければいいのか私は途方に暮れていた。

イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)の入居して一年が過ぎた頃の庭。
入居して一年が過ぎた頃の庭。ひとまず不要な木々を切り、池のまわりにあった囲い板を取り除いた。

2年目、春の終わりに思い切って庭師をしている友人夫婦に協力を頼んだ。彼らはふたりともチャールズ国王のロイヤルガーデンの中に住んでいる、王室専属の植物のプロだった。こんなに心強い助っ人はいない。まず庭の下見にきてくれたのだが、ご主人のほうが帰り際、私に「アヤコ、次回は固い土をなんとかするためにアックス(斧)を持ってくるよ」と言った。もうショベルとか鍬(くわ)とか、そういう次元ではないらしい。彼の言葉に衝撃を受けたのと同時に、それくらい土質が悪いのだと理解した。

しかしながら広範囲を斧で耕してもらうのはあまりに申し訳なく、私はとりあえず外構業者を呼んで、地面の表層を全部削り取って持っていってもらうことにした。赤い小さなダンプカーとショベルカーが到着。ウィンウィン言いながら2台は2日かけて荒地をシンプルな土だけの状態にしてくれた。私は友人の助言から水はけのよい土を大量に購入し、それらを元の土に鍬で漉き込んで必死に新たな土づくりをしていった。

イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)の庭 | ミニダンプカーとミニショベルカー。奥と右のフェンスも新しく取り替えることに。
ミニダンプカーとミニショベルカー。奥と右のフェンスも新しく取り替えることに。
イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)の庭 | 左側の花壇が完成。庭の奥のスペースは、ゆくゆくは離れを建てたいので空けてある。
左側の花壇が完成。庭の奥のスペースは、ゆくゆくは離れを建てたいので空けてある。
イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)の庭 | 植えたばかりのまだ背が低い植物たち。後ろのフェンスは片側から蔓薔薇、もう片側からジャスミンを這わせて埋めていく予定。
植えたばかりのまだ背が低い植物たち。後ろのフェンスは片側から蔓薔薇、もう片側からジャスミンを這わせて埋めていく予定。

翌週末、庭師の友人夫婦がふたたび降臨し、すばらしいスピードで裏庭の土を整え花壇を完成させた。私は弱ってしまった古い薔薇の鉢を奥さんのほうに見せ、この株を家の前の花壇に植えるところまで一緒にやっていただけないだろうかとお願いした。以前住んでいたフラットの玄関前に置いていたが、うまく育てられず花が咲かなくなってしまった株だった。

彼女は快諾し小さな鋏でパンパンパンと要らない部分の枝を切り落とした。全く迷いのない鮮やかな手さばきで、しかもたったの数秒で。次に薔薇に適した陽当たりのベストポジションを探し、ざくざく穴を掘って堆肥を混ぜ、たっぷり水を注いでから手袋をつけた両手で鉢から取り出した株を持った。

まるで華道のように枝つきを見ながら正面を決め、彼女は株を穴の中にゆっくり着地させた。素人の私が見ても完璧で見事なバランスだった。さすが国王の庭師。彼女の背後に立っていた私は目を閉じ心の中で手を合わせた。結果、薔薇はなんと数日後に早くも新芽を出し始め、ぐんぐん成長して今年は隣の家に住むイギリス人のおばあちゃんに花をおすそわけできるほどに復活した。痩せ細った株を見るたびに感じていた自責の念も払拭されて、友人には感謝しかない。

イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)の庭
友人のゴッドハンドのおかげで元気になった薔薇。「ジェントル・ハーマイオニー」という品種。これは鉢から土へ植え替えてもらってから1か月後の様子。

夫の希望で、花壇以外の場所には芝生の種をまいた。すると翌月には見違えるほど青々とした緑の絨毯が広がった。遊びに来る鳥の種類も増え、リスや近所の猫もやってくる。植える植物は、普段通っている地域のスポーツ施設の花壇を真似て、ホワイト、グリーン、パープルの3色をメインカラーにした。実際目にしてその組み合わせをとても気に入っていたからだ。私が大病をした際、アロマセラピストの友人が美味しいレモンバーベナのハーブティーを飲ませてくれたことがあり、そんな思い出からレモンバーベナの苗も買った。

庭に自分のアイデアや記憶が形となって増えていく。ガーデニングとはこんなに楽しいものだったのか。私はいつのまにか庭にいる時間が増えていたことに気がついた。

先ごろ仕事で目がまわるほど忙しい週があった。そのあいだ私は庭に出る暇もなく、植物のことを考える心の余裕がなかった。やっと一段落した日、庭に行くと植物はどれもぐったりしていた。雨が降った日もあったし、まあいいや、と放置したことを後悔した。ごめんねと謝りながら私は慌てて栄養剤を入れた水をじょうろで植物たちにかけてまわった。ちらほら雑草も出てきている。明日は虫に喰われた葉っぱや枯れた小枝の部分を綺麗にしてやろう。

私が荒むと庭も荒む。庭は心を映す鏡だからだ。私にとっての庭は、今や自分自身をかえりみるための大切な場所となっている。


アンティークジュエリーバイヤー イセキアヤコ

Ayako Image
京都出身。ロンドン在住。アンティークジュエリーのオンラインショップ『tinycrown(タイニークラウン)』店主。2026年11月21日(土)〜11月29日(日)は兵庫県の『MORIS』にてジュエリーの展示販売会を開催する予定。 tinycrown HP Instagram@tinycrown_jewellery Instagram @tinycrown_ltd X @isekiayako

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