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ヘリテージ・プランツの魅力。写真と文:イセキ アヤコ(アンティークジュエリーバイヤー)#2October 16, 2026
私が20代の頃、京都に住む母・みどりがロンドンへ会いに来てくれて、街の中心部にある美術館「ザ・ウォーレス・コレクション」を一緒に訪れたことがあった。このミュージアムにはクセが強めの珍妙な歴史的美術品が多いのだが、花や果物が描かれた17~18世紀のオランダ・フランドルの優美な静物画も収蔵されている。その静物画コーナーにさしかかったとき、母はふと足をとめてこう言った。「この絵に描かれているのはオールド・ローズやね」と。

私とは対照的に母は園芸が得意で、その頃は薔薇をたくさん育てていた。「京都は暑くて湿度が高いし、ほんまは薔薇には適してへん」と言いながらも、実家のベランダや玄関まわりは母のプチ薔薇園と化していた。イギリスでは植物と上手に付き合えるひとのことを英語で “He/She has green fingers.”(彼/彼女はみどりの指を持っている)と表現する。母の指は二重の意味で「みどりの指」であり、植物についてわからないことがあると私は必ず母に電話をするのだった。
「オールド・ローズ」という言葉をそれまで耳にしたことがなかったので、後になって意味を調べてみた。母が言っていたのは1867年以前に存在した伝統的な品種とその系統のことだった。見た目の特徴としては、中心にいくほど花びらが密集し幾何学模様のように円を描くもの、丸い球状に花びらが折り重なって咲くもの、開き切ると平らになり真ん中にボタンのような芯が見えるもの、などがあるらしい。そして質感は、どちらかというとマットで繊細、薄いシルクのようだという。
17、18世紀のオランダ・フランドルはボタニカルアート(科学的な正確さと芸術的な美しさを両立させた植物画)の黄金期で、画家たちは植物を細部まで生き生きと描いた。今は意図的に人工交配して作り出した多種多様なモダン・ローズが世の中にあふれているので、何百年も前の絵画のなかに「オールド・ローズ」を見つけると、これが当時から存在していた品種なのか、と確かに好奇心がくすぐられる。
あれから長い年月が経った昨年のこと。イングランドのウィルシャーに住むチューリップの専門家、ポーリー・ニコルソンについての記事を読んだ。彼女は英国の植物保全団体から認定され、「ダッチ・ヒストリック・チューリップ(オランダの歴史的チューリップ)」と「イングリッシュ・フローリスツ・チューリップ(17~19世紀に英国で育成され何世代も受け継がれてきた品種群)」の150種以上の国家遺産級コレクションを保持、管理している。

ポーリーは異色の経歴の持ち主だ。彼女の一族はイギリスのバースで代々続く有名な老舗古書店の家系で、ポーリー自身の社会人としての最初のキャリアはオークションハウス〈サザビーズ〉の古書、写本のスペシャリストだった。歴史的な植物の博物画、17、18世紀のオランダ・フランドルの静物画の世界に深く触れていたバックグラウンドが、のちに彼女をこうしたヘリテージ・プランツ(歴史的・文化的な価値を持つ植物)の蒐集へと導く要因になった。
〈サザビーズ〉を離れた彼女はガーデニング学校などで本格的に園芸を学び直し、現在はウィルシャー北部にある丘陵地帯、マルボロ・ダウンズの麓でチューリップをはじめとするオーガニックの切り花栽培ビジネス〈ベインタン・フラワーズ〉を主宰している。

私はポーリーの記事を読んで彼女の著書『ザ・チューリップ・ガーデン』を購入し、そこに掲載されている様々なタイプのチューリップにすっかり魅せられてしまった。それらは私が子どもの頃から日本で目にしていたチューリップという花のイメージを覆すもので、個性豊かで佇まいが凛としていて、どれも恰好よかった。

そして、私もチューリップを育てたいという気持ちがむくむくと湧いてきた。せっかく人生で初めて自分の庭を持ったのだから(前回の記事参照)、我が家でもたくさん栽培してみよう。そう決めた。
しかし何ぶんチューリップ初心者ゆえ、どの品種が早咲きで遅咲きなのかも知識はゼロ。私はポーリーの美しいウェブサイトや インスタグラムの寄せ植えの写真の中から一枚これ、というものを選んで、そこに載っている複数の品種を調べてリストアップ。まったく同じ球根を方々の取扱店からかき集めた。一年目はポーリー先生と同じレイアウトの花壇を作ってみよう。私のチューリップ道はそこからだ。
今月は、ふだんは一般公開されていない〈ベインタン・フラワーズ〉の庭に入れてもらえるイベントがあり、高い競争率のなか私はチケットを勝ち取って往復約4時間かけて車を運転し、ウィルシャーまで行ってきた。当コラムのため事前にポーリーに連絡をとり、写真撮影の許可もいただいた。長くなるのでここでは写真にキャプションを添える程度で割愛するが、ポーリーのガーデンは想像していた通り圧巻で、さまざまな工夫が凝らされていた。
オールド・ローズ、ダッチ・ヒストリック・チューリップ、イングリッシュ・フローリスツ・チューリップ。ヘリテージ・プランツ沼は深く、調べれば調べるほど惹きこまれて楽しくて仕方ない。結局、私はやっぱり母・みどりの植物好きの遺伝子を受け継いでいるのかもしれない。

アンティークジュエリーバイヤー イセキアヤコ








































