真似をしたくなる、サンドイッチ

『ベ・ベ・テ』のシンプルを極めた、
ドライソーセージと豚肉のリエットのサンドイッチ。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.12January 07, 2022

サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届けします。
今回は、本誌No98に登場した『ベ・ベ・テ』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。「包みを開いた瞬間に香りが漂った」という幸せなメモが.....!
具材を分析した精巧なスケッチを毎回ご紹介。「包みを開いた瞬間に香りが漂った」という幸せなメモが.....!

クラシックなサンドイッチに心踊らせて。

私には、ふだん、買わないようにしている食べ物が2つある。
一つはポテトチップス。開けたら最後、一袋食べ切ってしまう。もう一つはドライソーセージ(サラミ)。1本買ってきて、それを空腹時に食べ始めようものなら、胃が痛くなるまで食べてしまう。2つとも、自制心が利かなくなるくらい好きなので、極力手に取らないようにして、年に数回、ご褒美で買うに留めている。だから、『ベ・ベ・テ』のメニューにドライソーセージが書かれているのを見たときには、心が躍った。

この連載でも紹介してきた、「サンドイッチってこんなにも包容力があったのか!」と驚かされるようなバラエティーに富む具材の、オリジナリティを前面に出すサンドイッチがすっかり定着した中で、最近では逆に目にすることがめっきり減ったクラシックなサンドイッチを主軸に販売する店『ベ・ベ・テ』を見つけた。メニューに並ぶのは、ジャンボン・ブール(ハム&バター)にジャンボン・フロマージュ(ハム&チーズ)、ドライソーセージ、豚肉のリエット。それに今の傾向を取り入れた、ベジタリアン、パストラミ、モツァレラ&ハムなどで、その時々セレクトのチーズをオプションで追加することもできる。

私がこのメニューの中で、ぎゅっと惹きつけられたのは、ドライソーセージと豚肉のリエットだった。どちらも大好物だ。ただ、このシンプルなサンドイッチを、注文してから作ってくれる店はほとんどない。最近の、おいしいサンドイッチを売る店は、どんなにシンプルでもそこには何かしらのクリエーションがあり、文字通り"挟むだけ"で堂々と存在するのは、王道のジャンボン・ブールとジャンボン・フロマージュに限られる。ドライソーセージとリエットが具のサンドイッチは、作り置きでショーケースに並べて売る店に行けばあっても、作りたてに出合えることは稀だ。

本誌で紹介した、豚のリエット入りサンドイッチ。バゲットは古代麦粉のセミ・コンプレで作られたもの。この力強さと、豚肉の脂身の旨味が抜群の相性。
本誌で紹介した、豚のリエット入りサンドイッチ。バゲットは古代麦粉のセミ・コンプレで作られたもの。この力強さと、豚肉の脂身の旨味が抜群の相性。
窓際でスタンバイのバゲット。売り切れ御免。
窓際でスタンバイのバゲット。売り切れ御免。

食べる直前に海苔を巻いて食べるおにぎりと、作られた時に海苔も巻かれてすっかりごはんに馴染んだおにぎりほどではないかもしれないけれど、作り置きのサンドイッチと、注文してから作られたサンドイッチは、やっぱり違う。そして、もう一つ例を挙げるなら、予め詰められ、箱が重ねられて売られるお弁当と、注文してからごはんを詰めてくれるお弁当では、たとえ中身が全部同じだったとしても、向き合う気持ちは別のものになると思うのだ。

そんなことを考えながら『ベ・ベ・テ』で、まず、豚のリエットのサンドイッチを買ってみた。本誌での連載に書いたけれど、私にとって豚のリエットは、「いつか日本に引き上げることになったら、おそらく最も恋しくなる食べ物」だ。大いなる期待を胸に手にしたサンドイッチは、バターも塗られておらず、リエットとピクルスと、バゲット、その3アイテムだけで構成されたいた。でも全然飽きずに、どんどん食べ進んだ。コショウの効いたリエットと、弾力と精悍な香ばしさが同居する茶色がかった生地のバゲット、キンと酸味の効いたピクルスのバランスが絶妙なのだろう。

ドライソーセージとバター、ピクルスだけとシンプルに。

それで翌週、今度は、ドライソーセージ版を買いに出かけた。チーズ入りもあったけれど、ドライソーセージとバター、それにピクルスだけの方にした。これがまた、唸るバランスだった。バターは、パンの切り口の下側のみに塗られている。ところどころ、厚みが5ミリほどあり、チーズが挟まれているかのボリュームを感じた。対して、ドライソーセージは透けるほどの薄さ。グリーン・ペッパー入りのそれは、重なりながら隙間なく並べられ、満遍なくペッパーが口の中を刺激する。だいたい、包みを開いた瞬間からドライソーセージの香りがぷわ〜っと広がったのだ。その存在感から、薄さを見て驚いたくらいだった。こちらのバゲットは身が白くもちもちで、皮は香ばしくも表面のクープも1本だからか、軽やかさも併せ持っている。確かにこの生地には、少し厚みのあるドライソーセージを数枚だとだいぶ異なる印象を受けるだろう。

こちらが、ドライソーセージサンド。
こちらが、ドライソーセージサンド。
開くと、バターがたっぷり塗られているのが見て取れる。上側に塗られていないことで、下側だけに塗られたバターのボリューム感をより感じる気がした。
開くと、バターがたっぷり塗られているのが見て取れる。上側に塗られていないことで、下側だけに塗られたバターのボリューム感をより感じる気がした。

久々に、これ以上ないシンプルでおいしいサンドイッチを食べたら少し興奮した。でも、フランスの食文化の土台とも言えるおいしさに、改めて魅入られた人々は多いようだ。
1年半前にオープンした『ベ・ベ・テ』は、昨年の夏前に2軒目を出し、勢いは加速してこの1月には3店舗目、3月には4軒目を開店するという。

取材に行ったときに、「ぜひリエットとサン・ネクテール(チーズ)の組み合わせを試してほしい!」と言われて、食べた。チーズのクリーミーさが合わさることでリエットの肉肉しい感じは和らぎ、脂肪分は加わるのに力強さやボリューム感が増すわけではなく全体としてはマイルドな印象になった。ものすごくフランス的な味だなぁ、と思ったら、日本でもこういうことあるな、と頭に浮かんだ。それだけで十分塩っぱい鯵の干物や塩鮭に醤油を数滴垂らすと、塩気は増えるはずなのに味がまあるくなる感じ。あれと似ているなぁと思った。

共同経営者の一人サーシャ(右)と、店を仕切るクレール。
共同経営者の一人サーシャ(右)と、店を仕切るクレール。
昼に3時間だけ営業する店は、とても小さい。そして、営業中でも綺麗に片付いている。
昼に3時間だけ営業する店は、とても小さい。そして、営業中でも綺麗に片付いている。
チーズ入りのリエットサンドを開いた図。「リエットを選ぶ人は、お腹が空いてるってことだから、量を惜しんじゃダメなんだ」とサーシャは言っていた。
チーズ入りのリエットサンドを開いた図。「リエットを選ぶ人は、お腹が空いてるってことだから、量を惜しんじゃダメなんだ」とサーシャは言っていた。

『B.B.T』

31 rue de Châteaudun 75009 ☎06-60-72- 02-33 11:30~14:30 土日休 どれもシンプ ルで、注文ごとに作る。故に作り置きのも のとは一線を画すおいしさを堪能できる。
31 rue de Châteaudun 75009 ☎06-60-72- 02-33 11:30~14:30 土日休 どれもシンプ ルで、注文ごとに作る。故に作り置きのも のとは一線を画すおいしさを堪能できる。


文筆家 川村 明子

パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。

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