&STORY 名品が紡ぐ物語

〈エルメス〉のスカーフに宿る、終わりのない小宇宙 。August 27, 2026

BRAND: Hermès ITEM: Scarf

〈エルメス〉のスカーフに宿る、終わりのない小宇宙 。

正方形のスカーフに宿る、終わりのない小宇宙 。

スカーフという、小さな空想の断片を身にまとう。それは 〈エルメス〉が長い時をかけて綴ってきた、壮大な軌跡だ。 代名詞であり、すべての始まりである「カレ」が誕生したの が1937年。創業から百年の歳月をかけて生まれたシルクツイルスカーフが、今また年輪を重ね、来年には90周年という節目を迎えようとしている。

 一辺90cm、重さにして79g。フランス語で正方形を意味するその名の通り、「カレ」は帯状やショールが主流だった時代の静かな革命だった。斜めに織り上げるシルクツイルの構造は、独特のハリと肌触りを生み、時を経るごとに風合いを まとっていく。夏は涼しく、冬はあたたかに。

 一枚が世に出るまでに費やされる時間はおよそ2年。メゾンが「美しい手」と呼ぶイラストレーターたちとの協業は、歴代で300人以上を数えるという。三世代にわたりファミリーで仕事を続けるアーティストがいれば、新進気鋭のクリエイターも名を連ねるなど、年齢や国籍、芸術的な手法も様々。野村大輔や河原シンスケといった日本人も含めて、現在は60人を超す才能が集う。〈エルメス〉にとってそれは発注ではなく、完璧な出合いを探し求める恋心にも似た工程。たったひとつの図案のために、8年待ち続けたことさえあるそうだ。色を決めるのは、メゾンが誇る75,000点ものライブラリーから。織り、プリント、仕上げ、縫製のほぼすべてを担うフランス・リヨンの工房で、専門家たちがイラストレーションへ命を吹き込み、配色を与えていく。図案をフィルムへと分解する彫版師の仕事だけで、平均600時間。伝統のシルクスクリーン技法で一枚ずつ丹念に色を重ね、最後に「ルロタージュ」という手縫いの縁かがりが施される。外側から内側へと巻き込まれ、縫い留めていく、気の遠くなるような手仕事もまた、唯一無二の証明と言えるだろう。

 ここに紹介するのは、エリアス・カフーロスによる2026-27年秋冬の新作《ヘパイストスの馬》。エッフェル塔のらせん構造が、鍛冶と冶金を司るギリシャ神話の神、ヘパイスト スが鍛えた2頭の鉄の馬の姿へと変化する。布の上で繰り広 げられる、古代ギリシャとパリとの対話。最後の一筆を加えるのは、身に着ける人自身の手だ。100通り以上あるとされる結び方や、折り目ひとつで、スカーフが描く世界は増幅され、その人だけのものとなる。デザインと職人技術を融合し た幻想。その自由は、銀河のごとく無限大だ。

photo : L.A.Tomari edit & text : Aiko Ishii
※この記事は、No.154 2026年10月号「&STORY」に掲載されたものです。

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