あの人が大切にしている、暮らしの本。

作家・くどうれいんさんが大切にしている、料理の本。『ノルウェイの森 (下) 』August 17, 2023

くどうれいん_ノルウェイの森 (下) _「どうです?うまいでしょう?」と僕は訊いてみた。〈うまい〉と彼は言った。「食べものがうまいっていいもんです。生きている証しのようなもんです」結局彼はキウリを一本食べてしまった。

根源的な食欲をそそるのは、武骨な「キウリ」。

主人公のワタナベが恋人の父の病室を訪ねる場面。持参したキュウリに海苔を巻き、醤油をつけてポリポリと食べるワタナベを見て、それまで食欲のまったくなかった父は「キウリが食べたい」と言う。そしてこの会話が繰り広げられます。死と隣り合わせにいる人間の食欲を掻き立てたものは愛情のこもった料理でも消化に良さそうな食事でもなく、この武骨なキウリだったことに感動しました。これを初めて読んだ高校生の私は、フラペチーノや海鮮丼などカロリーの高い食べ物を魅力的に書くことで読者の食欲を掻き立てたいと思っていましたが、シンプルな野菜の描写だけでそれができることに衝撃を受けたんです。この小説に出合ってから食べ物への眼差しや、書くときの姿勢が変わった気がします。

Kudo-books

『ノルウェイの森 (下)』 著 村上春樹 (講談社)

Rein Kudo

くどうれいん Rein Kudo
作家。1994年岩手県生まれ。盛岡に拠点を置き、小説、エッセイ、歌集、絵本、児童書など多ジャンルで活躍。初の中編小説『氷柱の声』は第165回芥川賞候補に。最新エッセイに『桃を煮るひと』(ミシマ社)がある。

illustration : Shapre text:Mariko Uramoto

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