あの人が大切にしている、暮らしの本。

料理家・長尾智子さんが大切にしている、料理の本。『海からの贈物』September 04, 2023

長尾智子_海からの贈物_しかし私の家に戻ったならば、ごみを土に埋める訳にはもういかなくても、 庭仕事はできて、私の仕事部屋にしている小屋まで自転車で行けるし、そして何も書けない時にはビスケットを焼くのを忘れずにいたいと思う。

料理は、一種の癒やしでもあるのだと気づいた。

出合ったのは20年ほど前。初版は1955年で、作者が当時の社会と自分、家族、仕事、友人などとの関係を、幸せを、何もない離島に身を置いて考えた一冊。食べ物について多く語られているかというとそうでもなく、ただ、少し唐突に出てくる「ビスケット」の示すものが、とても大事なことであると思ったのです。手仕事や手作りという意味だけではなく、気分を変えて逃げ込む場所ともいえる、ビスケットを焼くという行為。確かに、仕事とはいえ何かに行き詰まったり飽きたり、やる気が起こらなかったりすると、そういう時間と場所に逃げ込むことがあって、それは一種の癒やしでもある。料理はとても個人的でシンプルに自分へ戻ることのできる最良の方法だと、改めて気づかされたというわけです。

Nagao-books

『海からの贈物』著 アン・モロウ・リンドバーグ 訳 吉田健一 (新潮文庫)

Tomoko Nagao

長尾智子 Tomoko Nagao
料理家。雑誌や書籍での執筆、商品開発、メニュー提案など、「食の提案」にまつわる活動を幅広く行う。『料理の時間』(朝日新聞出版)、『ティーとアペロ お茶の時間とお酒の時間 140のレシピ』(柴田書店)など著書多数。

illustration : Shapre

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