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極私的・偏愛映画論『SOMEWHERE』選・文/河村敏栄(『MAG BY LOUISE』オーナー) / April 20, 2017

This Month Theme心地よい朝を過ごしたくなる。

河村敏栄(『MAG BY LOUISE』オーナー)

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エッグベネディクトが教えてくれること。

 舞台はLA。主人公のジョニーは映画スター。ハリウッドのアイコン的な高級ホテル、シャトー・マーモントで暮らすセレブでどんな人にも礼儀正しく良い人なのだけれど、パーティーに明け暮れ、いろんな女性と関係を持ってしまうダメ男です。豪華な暮らしをしていても空虚感を味わうのは何故だろう。ここではないどこかへ行きたいがどこに行きたいかはわからない、人生30代半ばで行き詰まっている所はセレブじゃない私たちでもよくある話。

 ある日、離婚した妻がしばらく娘を預かって欲しいと言ってくる。母親にも一人になる時間が必要なのは当然のこと。子育てとは無縁だったジョニーと11歳のクレオの、久しぶりに暮らす父娘のぎこちなく切ない時間が静かに流れていきます。11歳がただの無邪気な子供でないことは経験から知っています。
親なしでは生きていけない立場ゆえの不安や葛藤。人間的にはまだ未熟な父、ジョニーに今の自分を投影して、愛に飢えた幼い娘クレオに昔の自分を投影しながら見守る私がいました。

 クレオ、ジョニー、その親友3人が、同じテーブルに座ってエッグベネディクトを食べる朝のシーン。まだ寝ている父を思ってキッチンに立つクレオの美しいこと! 体全部で愛を訴えるクレオに触れて、空っぽだったジョニーの心もしだいに動き始め……。私はこの映画を観たあと、どんな味がするのか気になって夫とさっそくエッグベネディクトを食べにいきました(笑)。1日の始まりを誰とどういうふうに過ごすのかは意外とその日1日まるごと全部に影響を与える気がします。つまるところ、朝を制するものは人生をも制する。(大げさかな。)この映画はまた、人生半ばで孤独や空虚感を経験することは、人として成長するために大事なことだと教えてくれる。もがきながら見つけた愛はそのまま自分への希望となって……。人は誰でも、自分への希望に包まれて目を覚ますシンプルな朝を求めているだけかもしれません。

illustration : Yu Nagaba
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父と娘のひとときの夏の交流を描いた映画 『SOMEWHERE』。家族の絆をテーマにした映画によくある感傷的な演出はありません。キラキラした太陽、大きなヤシの木、青いプールとサングラス。おしゃれな映像と登場人物の繊細な心の内とが対照的に描かれています。監督ソフィア・コッポラのセンスあるユーモアが絶妙で、クスッとした笑いも運んできてくれる。
Title
『SOMEWHERE』
SOMEWHERE
Director
ソフィア・コッポラ
Screenwriter
ソフィア・コッポラ
Year
2010
Running Time
98分
価格:3,800円+税(DVD)、4,700円+税(BD)
発売元:㈱東北新社
販売元:TCエンタテインメント㈱
©2010 Somewhere LLC

『MAG BY LOUISE 』オーナー 河村 敏栄

「日本の女子が、もっと自由でもっと楽しく生きていける東京を」をコンセプトに始まった花屋は閉店、現在はイベントスペースとなっている。 季節の花を使ったワークショップやレッスンに加え、様々なイベントを不定期で開催。2018年3月「花と女の人生」をテーマにアートマガジン『FLOWER』も創刊。

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