ミース・ファン・デル・ローエThis Month Artist: Mies van der Rohe / February 10, 2017

Author

河内 タカ

mies
Ludwig Mies van der Rohe
1886 – 1969 / DEU
No. 039

ドイツのアーヘンで生まれ、地元の職業訓練学校で製図工の教育を受けた後、1906年にブルーノ・パウル事務所とペーター・ベーレンス事務所に勤めた後、1912年に独立。その後、ドイツ工作連盟に参加し、ヴァルター・グロピウスやル・コルビュジェらと共に実験的集合住宅を建設した。1929年のバルセロナ万国博覧会でのドイツ館「バルセロナ・パヴィリオン」の設計によりモダニズム建築のスタイルを確立。1930年よりバウハウスの校長として教鞭をとるも、閉鎖にともない1938年にアメリカに亡命。その後、1969年に亡くなるまでアメリカにおいて「シーグラムビル」や「レイクショアドライブ・アパートメント」などを残した。

「Less Is More」の提唱者として知られる
ミース・ファン・デル・ローエが設計した白い邸宅

 近代建築の三大巨匠のひとりとして知られるルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(以降、ミースと呼びます)が、1950年に手がけた傑作建築が『ファンズワース邸』と呼ばれている全面ガラス張りの白い建物です。この名称はミースの当時の恋人だった若い女医エディス・ファンズワースという人の名前に由来する名称なんですが、この邸宅ももともとは二人が週末を過ごすための別荘として米国イリノイ州のプラノという小さな町の自然豊かな土地に建てられたました。

 薄い屋根と床が8本の鉄骨柱で支えられたシンプルで気品漂うこの建物の最大の特徴は、ミースの住宅に対する思想である「ユニバーサルスペース」がふんだんに盛り込まれている点です。「ユニバーサルスペース」とは床平面を最大限に広く使う考え方で、特定の目的を定めずに空間のどこでも食事し横になっても良いという、単純に言ってしまえば「仕切られた部屋によってライフスタイルを制限させるべきではない」ということを提言したものでした。また、床面を1.5メートル持ち上げることで、地面と建物を直線的に分け隔て視覚的に強く訴えかけ、かつ周囲の自然と溶け合っているという絶妙なバランスを保っているのです。

 しかし、20世紀モダニズム建築を代表するとされる名建物は、その施工費も当初の予算を大幅に超えていったことが要因となり、エディスとも泥沼の訴訟沙汰になってしまいます。その訴訟にミースは勝ちはしたものの、怒りが収まらなかった二人はほとんど住むこともなくこの家を売却してしまうことに……。加えて、川の近くの平坦な敷地に建てられていたため度重となる洪水に見舞われ、2003年にはついに競売に出され、地元のナショナルトラスト(歴史的建築物の保護を目的としたボランティア団体)が購入。今現在は米国におけるモダニズム建築の重要建築物に指定され、一般にも公開が行われているといった状況です。

 ミースが残した有名な言葉に「レス・イズ・モア」、そして「神は細部に宿る」というのがあるのですが、前者の意味するところは、シンプルにすることがより良いデザインにつながる、簡潔なものの中には美しさと豊かな空間が生まれるということを表したもので、そのことはどこか日本の伝統的な建築様式にも通ずる概念に近いものかもしれません。そして、後者は目立たないところこそ手抜きをせずに仕上げてこそ全体の完成度が高まる、細部にまできめ細かく配慮して作られたものは美しく、「細部」が「全体」の完成度に大きな影響を及ぼすのだといった考え方を表して、上質な建材を使いディテールまでこだわった構築されたものだけが崇高で美しいのだというが彼の強い信念だったのだと思います。

 でも、結果的にそういった細部や素材へのこだわりが大きな要因となって、ファンズワース邸の施工費がもともとの予算より大幅に超過してしまったことで訴訟沙汰になったわけなんですが(数年前に論争を巻き起こしたザハ・ハディッド設計の『新国立競技場』のことが頭をよぎります)、ファンズワースという名前は、モダニズム建築を代表するこの建物によって、本人が意向にかかわらず、後世まで輝かしく残ることになったわけですから、もしかしたらそんなに高くなかった物件じゃないかと思うんですけどね(笑)。

Illustration: Sander Studio

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『Mies Van Der Rohe: 1886 – 1969』(Taschen America Llc)“less is more”というモットーで知られる建築家、ミース・ファン・デル・ローエ。ドイツでの作品から後期にアメリカで作り上げた作品まで、約60年分に及ぶ彼の建築作品を紐解く、ボリュームたっぷりの一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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