あの人が大切にしている、暮らしの本。
歌人・穂村 弘さんが大切にしている、心の本。『明石海人歌集』August 15, 2023
何度でも思い返す人間の根源的なメッセージ。
真っ暗な海の中で誰にも頼れずただ一人生きている、だから自ら光るしか道はない。歌人の明石海人が死の直前に出版した歌集『白描』の序文の一節です。彼は25歳でハンセン病を発病しますが、当時この病気は不治の病。体が順番に壊れていき、隔離されて家族にも会えない真っ暗な状況に陥ります。そんな彼にとっての最後の光は、象徴的な短歌の新しい世界を開くこと。確実に死に向かっている人が最後に放つ、その光のために自らが燃えるという決意の言葉であり、腹の底から何かを手渡される本当に根源的なメッセージです。これは誰もが心の奥では知っていることだけど、日常の中で何度でも忘れてしまう。だからこれはどんな場合にというものではなく、何かに直面するたびに繰り返す言葉です。
『明石海人歌集』 編 村井 紀 (岩波文庫)
穂村 弘 Hiroshi Homura
歌人。1962年北海道生まれ。1990年に歌集『シンジケート』(沖積舎)でデビュー。エッセイや評論などでも活躍中。『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞受賞。最新エッセイ集に『彗星交叉点』(筑摩書房)がある。
illustration : Shapre text:Watanuki Akane edit : Wakako Miyake