真似をしたくなる、サンドイッチ
天然酵母のパン屋が作る、
豆腐サンドと"オムニ"サンド。真似をしたくなる、サンドイッチ Vol.24January 04, 2023
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。今回は、本誌No110に登場した『アトリエ・ぺ・アン』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。
今や、サンドイッチは専門店で買うのだ。
この連載で紹介してきたサンドイッチのほとんどは、注文を受けるごとに作られる、サンドイッチ専門店や食材店、コーヒーショップによるものだ。かつては、サンドイッチを買いに行くならば真っ先に浮かんでいたであろうパン屋は、数軒しか取材していない。大きな理由のひとつに、オリジナルのパンを用い、具材に工夫を凝らしたサンドイッチ店が続々登場し、それらに興味をそそられ、買いに行く機会が増えたことが挙げられる。パン屋で売られるサンドイッチの主流は、ハムやチーズ、生野菜を挟んだもの。もちろんそんなシンプルなものも時折食べたくなるのだが、その場合は、仕入れ先や出所のわかっている素材を扱うサンドイッチ店や食材店で買うようになった。
久しぶりに好奇心をくすぐられた、パン屋のサンドイッチ。
モンマルトルの丘を越えたマルカデ通りに、『アトリエ・ぺ・アン』というパン屋がある。天然酵母を用いた古代麦や在来種の麦の粉で作るパンが並び、バゲットは売っていない。オープンしたのは2019年の春の終わりで、天然酵母を使ったパン教室も開催している。サンドイッチが気になっていたのだが、チャバタで作られていたのが難点だった。実はチャバタは、個人的にあまり惹かれるものではなく、それで作られたサンドイッチも試したことがなかった。しかし、今年の夏のバカンス明けにパンが変わった。コッペパンが少し平たくなったような形状のそのパンを目にして、一気に好奇心が膨らんだ。
実はこの店に行って、ほぼ毎度買うのは、塩味のタルト。特に夏野菜のタルトは色鮮やかで、目にもおいしいものだった。だからサンドイッチも「まずはヴィーガンを食べてみたい」と思った。私は天邪鬼なところがあって、謳い文句に対し斜に構えがちだ。"ヴィーガン"や"ビオ(オーガニック)"を前面に出されると、敬遠する。でも、『アトリエ・ぺ・アン』では食指が動いた。野菜タルトのようなおいしさに出合えるかもしれない……と。
まず魅せられたのは、豆腐が具材のサンドイッチ。
最初に食べたヴィーガンサンドには豆腐が入っていた。フランスのビオブランドが製造したものであろう、ぎゅっと身の詰まった硬めのもので、日本人の感覚からすると"トウフ"とカタカナで記したくなるような、日本の豆腐とは一線を画するタイプのものだった。でも、この"トウフサンド"を食べて、普段自分から進んで買うことのない"トウフ"に、初めて「こうすればおいしいのか!」と開眼した。パプリカ風味のそれは、ターメリック入りのパンと、レモンを加えた豆乳マヨネーズ、それにビーツ、トマト、ラディッキオ、赤玉ネギのピクルスと馴染み、それら具材の持ち味をまったく邪魔することなく、でも存在感はしっかり示していた。正直、具材に豆腐を見つけると「ヴィーガンを名乗るには、ともかく豆腐を入れればいいと思って」くらいに考えていたのだ。その自分を恥じた。これはもっと知りたい、また食べたい!と、その次もヴィーガンサンドを買いに行った。
そして、気づいてしまった。オムニサンドのおいしさに!
『アトリエ・ぺ・アン』では常に2種類のサンドイッチを作っていて、ヴィーガンと、もう一つは"オムニ"だ。オムニとは「すべての」とか「総じて」などの意味で、オムニサンドには、ハムやツナ、チーズが具材として用いられる。夏の終わりには、ブッラータチーズが頻繁に使われていた。すっかり"トウフ"の面白さに引き込まれていた私は、しばらく、オムニサンドを買いたいとは思わなかった。
それは、どこか、オーツミルクに目覚めたときと似ていた。カフェオレを飲むときはオーツミルクを選び、ホットミルクもオーツミルクを好んで、しばらく牛乳を買わずにいたら、すっかり牛乳と疎遠になってしまった。でもあるとき、ふと気が向いて、久々に牛乳を買い、カフェオレを淹れたら、「あぁやっぱり牛乳っておいしいな」としみじみしたのだ。
それがサンドイッチでも起こった。オムニサンドに挟まれている野菜は、ヴィーガンサンドとほぼ同じ。だけれど、噛んだときにブッラータのミルクの風味が奥歯のほうでじわっと滲み出て、あぁやっぱりおいしいなぁ、と。もしかしたら、パンに動物性油脂が加えられていないことで、より乳製品の旨みを感じたのかもしれない。マヨネーズではなく、ネギの風味をつけたオイルがかけられただけなのも、それをさらに助長させたのだろう。
この店のサンドイッチの特典は、もうひとつある。サンドイッチに使われているパン。これは販売していない。だから、サンドイッチでしか味わえない。プロヴァンス地方のブリオッシュに着想を得て開発した、オリーヴオイルを加えてセミコンプレの粉で作るパンは、実は毎日ちょこっと変わる。ある日は、プレーン。翌日はザータル(モロッコのミックススパイス)入り。その翌日はシード入り、といった具合だ。どこか、おにぎりのふりかけが毎日変わるような気分になる。
サンドイッチは11時半頃店頭に並ぶ。でも13時を過ぎると売り切れていることが少なくない。おまけに水〜金の3日間しか売っていないから、限定品を買いに行くようなワクワクを、向かう道すがらいつも感じている。