MUSIC 心地よい音楽を。
土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/小田朋美 vol.5October 29, 2021
October.29 – November.04, 2021
Saturday Morning

数年前、興味本位で十日間の瞑想合宿に参加したことがある。この十日間はここでは書ききれないほどの面白いことが色々あったのだけど、ひとつとても印象に残っていることがあって、それは、周りの参加者と一切話してはいけないこと、そして、会話に限らず一切のアウトプットを禁じられていたこと。スマホはもちろんNGだし、紙に何かを書くことも、歌うことも、運動をすることも禁じられていた。
わたしは生真面目にその掟を固く守っていたが、最終日、思わず声が出てしまった。合宿の会場が緑の茂る山に囲まれた場所だったので、あまりに空気が美味しくて、「あ〜!」と高い声が出てしまったのだった。すると、スタッフがやってきて、わたしに一言聞いた。「それは歌ですか?」
この企画をわたしが担当するのも最終週となり、まだまだ紹介したい音楽は山ほどありつつ、とっておきの音楽をと思っていたところ、メレディス・モンクがすぐに浮かんだ。モンクといったらセロニアス・モンクを思い浮かべるひとのほうが多いかもしれないけど、こっちのモンクもかなりやばい。(ちなみに「モンク」は修道士、修道僧という意味だそうで、そんなたいそうな名前を持った人生はわたしには想像もつかないけど、確かにふたりとも宗教的と言っていいほど自分の道を極めているひとだなと思う。名前って強い。)
彼女は、声の作曲家だ。わたしたちの身体の中にある声をこれでもかと掘り起こし、身体そのものを掘り起こす彼女の音楽を聞くと、馬鹿馬鹿しさと深遠さが一挙にやってくる。ミクロでありマクロ。内向を中途半端にではなく極限まで突き詰めたら、宇宙に出てしまった、みたいな。
「それは歌ですか?」という人生で一度しか聞かれたことのない質問に、わたしは答えられなかった。どっちでもいいじゃん、と言ってしまえばそれまでだが、あの時以来、わたしは歌って何なんだろうと考え続けている。そして今は、メレディス・モンクを久しぶりに聴いて、けたけた笑いながら静かに泣きたくなっている。
アルバム『Impermanence』収録。
Sunday Night

顔の半分が見えなくても、声が少しこもってても聴こえづらくても、無駄話が減っても、触れられなくても、レイテンシーがあっても、会話の間が取れなくても、まあ大丈夫。まあ、最低限のことはできるし。まあ、何より今は仕方ないのだし。まあ、まあ、まあ。
そんなまあまあを続けているうちに、はたと気がつくと、何かがカットオフされたような、フィルターがかかったような日々を過ごしている気がする。HighとLowが削られて、遊びも最小限で、良くも悪くもまとまった音楽のように。
今回の曲、コール・ポーターの名曲をダイナ・ショアが歌った「I’ve Got You Under My Skin」と出合ったのは高校生くらいの頃で、ジャズ好きの母が持っていたオムニバスアルバムの中に入っていた一曲だった気がする。当時大した恋をしたこともないわたしだったが、禁断の恋の匂いが立ち込めるこの曲に一発に魅せられて、恋というのはこんなに苦しくて甘いものなのだな……と実際に恋愛するより先に実感した。
それから何度となくこの曲を聴き込み、ダイナ・ショアの歌とアンドレ・プレヴィンのピアノによるこのバージョンに親しみきっていたあと、おそらくこの曲の歌唱で一番有名であろうフランク・シナトラバージョンを聴いたら、あまりにも明るくて驚いた。シナトラは素晴らしいし、シナトラバージョンの軽やかな切なさにも良さはもちろんあるのだけど、シナトラが歌うこの曲を聴いても、全然苦しくならない。
そんなことを思い出しながら、先日改めてこの曲(もちろんダイナ・ショアバージョン)を聴いたら、久しぶりに日常的な感覚としてのHighとLowが抜けた感じがした。全然まあまあじゃない愚かさ。まあまあじゃない優しさ。マスクどころか皮膚の下まで通過してくるような苦さと甘さ。
まだ当分はフィルターが外れそうにない2021年、はやく突き抜けた楽しさが戻ってくると良いなと思うのはもちろんだけど、同時に、痛いくらいの苦さや苦しさも戻ってきてほしいなと思う。
アルバム『Dinah Sings,Previn Plays』収録。
作曲家、ヴォーカリスト、ピアニスト 小田朋美
