シンガーソングライター、エッセイスト 寺尾 紗穂
January 27, 2017 今月の選曲家 寺尾紗穂
January.27 – Feburuary.02, 2017
Saturday Morning

彼女のデビューアルバムの代表曲でもあるこの曲の前奏は、クリスマス・キャロル「Good King Wenceslas」の旋律が使われている。貧者を見捨てなかった賢い王をたたえるイギリスの聖歌。小さな女の子でも弾けそうなフレーズが次第に美しい和音を増していく。久しぶりに聞き直せば、いつでもその優しさに心が震える。デビューアルバムのピアノ弾き語りのみでも何の不足も感じないけれど、このアルバムではバンドバージョンで、ウッドベースがとりわけ心地よい。立ち上がるにはまだもう少し。でも雨粒を数えているうちに雨は止む。お天気の悪い朝でも、この曲を聴いたらそんな気持ちになれるはず。
アルバム『Nina Simone’s Finest Hour』収録。
アルバム『Nina Simone’s Finest Hour』収録。
Sunday Night

ラヴェルの「亡き王女のためパヴァーヌ」は有名だけれど、その12年前、1887年に作曲されたこちらも負けず劣らず、切ない名曲。耳になじむテーマから、やがて深い森の中に迷い込んでいくようなファンタジックな展開に至るまでピチカートが不思議な存在感で続いてゆく。そもそもパヴァーヌというのは、16世紀ヨーロッパで広まったもので、舞踏の行進に使われたゆったりした音楽という。聴きながら、その光景を想像するだに素敵な空間が生まれていたのだろうと思う。日曜の夜、明日からの憂鬱を忘れるべく、異国の古い舞踏曲に導かれて、妄想世界をさまよいつつ眠りに落ちるのも良いかと。
アルバム『フォーレ:パヴァーヌ~管弦楽作』収録。
アルバム『フォーレ:パヴァーヌ~管弦楽作』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

January 20, 2017 今月の選曲家 寺尾紗穂
January.20 – January.26, 2017
Saturday Morning

昔つきあっていた人が教えてくれた歌。道で包丁とぎするおじさんにも気軽に声をかけ、タクシーの運転手さんとの会話もお決まりだった。毎日が日曜日みたいな人だった。私もしばらく、一人の時もそういう風に心が開いて、タクシーに乗って昔は黙りこくっていたのに、気が付けばおしゃべりするようになっていた。恋をすることは、誰かの眼差しを自分の中に持つことだ。眼差しを重ね、心を重ねて、私が少しずつ、変わりながら、できていく。今日の私もその結末。いつも原稿を書く店でこの曲がよくかかる。その度にあの頃の気持ちを思い出し、休日の朝みたいなこの曲の清々しさに思わず目がうるむのだ。
アルバム 『Menagerie』収録。
アルバム 『Menagerie』収録。
Sunday Night

小さいころ母がよく歌ってくれた不思議な歌があった。たまに聴きたくなってあれを歌って、と頼んだものだ。歌を歌うようになってから、あれは何の歌だったのと聞くと、浅川マキだと言うので驚いた。筒井康隆作詞、山下洋輔作曲というタッグもすごい。詩世界は斬新ながら懐かしく、“寝ないならば捨てる”というのは、日本の守子歌の情念を忠実に継承している。それを彼女が選んで歌ったというのもまたいい。一番二番三番と、赤白青の「お馬」が歌われていて幻想的なイメージが美しい。いい曲だけど、私が娘たちに歌ったら、やっぱり私みたいな天邪鬼になるかしら。
アルバム『裏窓 MAKI V』収録。
アルバム『裏窓 MAKI V』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

January 13, 2017 今月の選曲家 寺尾紗穂
January.13 – January.19, 2017
Saturday Morning

シンプルなギター、物憂く、でも力のある声。学校に行かない少年、ブランドものに身を固める少女、死んだあの子、厳しい時代を生きたおばあちゃん。歌うたいの眼差しは、鋭く、優しい。同アルバムの「きゅびずむ」で、江戸の情緒香るような不思議な高揚感を伝えて、音楽関係者の度肝をぬいた新星折坂くんが見てるのは、やっぱり「今」なんだ、とこの曲で分かる。昔を見る人は、今を見る。小難しくも暗くもない。ただただ、懐かしい風のようだ。土曜の朝この曲をかけたら、きっと大きく窓を開けたくなるだろう。
アルバム『あけぼの』収録。
アルバム『あけぼの』収録。
Sunday Night

クラシックからは遠ざかったけれども、今も好きでたまに弾きなおすのが「森の情景」「子供の情景」といったシューマンの小品。高校時代ピアノの発表会用の曲はショパンが多かったが、最後にどうしても弾きたかったのがこの曲。第一楽章を弾いているときは、大きな漆黒の闇とそこに輝く星が見えて、そのまま魂が宇宙空間にたゆたっているようなイメージ。最終楽章にも、シャンソンみたいな切ないコード進行が出てきて、ドキドキしながら弾いていたのを覚えている。キーシンの演奏は、速すぎず、抒情たっぷり。日曜の夜、ウイスキーのロックをベッドの枕元に置いて、大の字に寝て天井仰ぎながら聞きたい。二日酔い? もちろんしない程度に。
アルバム『Evgeny Kissin -The Complete RCA & Sony Album Collection』収録。
アルバム『Evgeny Kissin -The Complete RCA & Sony Album Collection』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

January 06, 2017 今月の選曲家 寺尾紗穂
January.06 – January.12, 2017
Saturday Morning

中学から声楽を何年か習った。祖母の従妹のおばあちゃん先生。先生がコンサートのアンコールでたまにやるラフマニノフのこの曲が好きだった。ナタリーは少し先生の声質に似ているので。いつかカバーしてみたいが、ピアノ譜を見るとそんなに簡単ではない。自分なりに崩しつつ原曲の微妙な和音感を再現してみたいという欲が出る。弦での演奏は音圧が強く感じるが、先生のソプラノのヴォカリーズはもっとはかなげだった。声楽の発声ではなく、静かな、凛とした声で歌えたら素敵だろうと思う。澄み切った湖面の朝のように。
アルバム『The Miracle of the Voice』収録。
アルバム『The Miracle of the Voice』収録。
Sunday Night

マヒトゥの音楽には、闇とか底がよく出てくる。それは、光をはらむものでもあるんだけれども、彼の音楽の持つ引力の強さを考えると、やはり夜に聴くべき音楽かなと思う。アコースティックギターは静謐で、たきぎの燃える音がする。漆黒の空の下、音の、人間の、存在の悲しみがあふれだす。けれど、これは夜明けの歌でもある。だから私は闇の中で、いつも安心してマヒトゥの世界にたゆたうことができる。
アルバム『沈黙の次に美しい日々』収録。
アルバム『沈黙の次に美しい日々』収録。
『&Premium』特別編集
『&Music/土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ 』 好評発売中。

シンガーソングライター、エッセイスト 寺尾 紗穂

1981年、東京生まれ。2006年に『愛し、日々』でソロデビュー。セカンドアルバム『御身』は坂本龍一、大貫妙子らから高い評価を得た。大林宣彦監督作品『転校生 さよならあなた』や、安藤桃子監督『0.5ミリ』(安藤サクラ主演)の主題歌を担当した他、 CM(資生堂、ユニクロ、出光など)、文筆の分野でも活躍中。著書に『評伝川島芳子 男装のエトランゼ』(文春新書)、『原発労働者』(講談社現代文庫)、『南洋と私』(リトルモア)などがある。現在は文芸誌「すばる」(集英社)で「あのころのパラオをさがして」、「ウェブ平凡」(平凡社)で「山姥のいるところ」、「ウェブ本の雑誌」(本の雑誌社)で「私の好きなわらべうた」、「ウェブ花椿」(資生堂)で「銀座時空散歩」のほか「高知新聞」でのエッセイ執筆など連載多数。最新アルバムは日本各地で歌い継がれてきた“わらべうた”をリアレンジした2016年リリースの『私の好きなわらべうた』。