MUSIC 心地よい音楽を。
土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/小田朋美 vol.3October 15, 2021
October.15 – October.21, 2021
Saturday Morning

ここ数年、しゃっくりがよく出る。酔っ払っているわけでもないのに、朝昼晩問わず、だいたい一日に1、2回は出る。しかも、わたしのしゃっくりは音がかなり大きい。美術館やコンサートホールなど残響の多い場所で突然しゃっくりに見舞われると、空間の隅々にまで届く大しゃっくりが響き渡るのだが、リバーブをたくさん含んだしゃっくりはけっこう面白い音だなと思ったりする。
そう言えばしゃっくりで出来た音楽ってあるのかな?と思って検索してみたけど、私の検索力では出てこなかった(もし誰か知っていたら教えてください)。ある程度の法則性はあるにしても、いつやってくるか分からず、しようと思ってできるものではないしゃっくりはレコーディング自体難しいのかもしれない。せっかくこんなにしゃっくりと仲が良いのだから、いつかしゃっくり音楽を作ってみたいけど。
そもそも、しゃっくりに限らず良い音や面白い音はいつやってくるかなんて分からなくて、レコーディングという限定された空間と時間で捕まえられる音なんて本当にほんの一部だ。鰻みたいにスルスルと手の中から逃げていってしまう数多の音たち。を捕まえようとして、音楽家達は日々ハンターのように耳を光らせて生活している。
などとつらつら考えていたら、本物のしゃっくりではないけど、しゃっくりみたいな音楽を思い出した。それが今回の曲、エグベルト・ジスモンチ&ナナ・ヴァスコンセロス「Aquarela do Brasil」(作曲:アリ・バローソ)。こんな文脈(?)で紹介するのは申し訳ない素晴らしいアルバムなのだけど、アルバム1曲目の「ブラジルの水彩画」と訳されるこの曲は、原曲はきっと皆さんも一度はどこかで耳にしたことがあるであろうブラジルの名曲をカバーしたもの。エグベルト・ジスモンチの自由自在なハーモニーとナナ・ヴァスコンセロスのしゃっくりのような軽快なヴォイスパーカッションが絡み合いながら徐々に輪郭を表すメロディーがやみつきになる、珍アレンジにして名アレンジの一曲。良いしゃっくりを捕まえたみたいに、すごい瞬間がいっぱい詰まったアルバムです。
アルバム『Duas Vozes』収録。
Sunday Night

ドラえもんののび太は即寝が得意技らしく、寝ようとしてから眠るまでの最速記録は0.93秒だそうだが、わたしものび太に引けを取らない即寝人間で、移動中の車や電車はもちろんのこと、15分程度のバイトやリハーサルの休憩時間でも寝れるし、むしろレジでお客さんを待ってる最中に立ったまま寝てしまったことがある(もちろん怒られた)くらい寝るのが得意だったのに、最近めっきり寝つきが悪くなってしまった。
音楽を聴いていて眠ってしまうのは、退屈していることの表れのように捉えられて、一般的には失礼という感じなのかもしれないけど、わたしはそうも思わない。音楽がBGMとして世の中に溢れるようになって久しく、ながら聴きが当たり前になってしまった今(それを良しとするかは別としても)、眠りながら音楽を聴くことだって全然ありだと思うし、夢うつつで音楽を聴くのは至福の時間だ。無意識? 半意識? こそが捉えられる音も、きっとある。
「ポストクラシカル」という言葉を生み出した作曲家のマックス・リヒターが作ったこのアルバム『Sleep』は、タイトル通り眠りのための音楽で、長さがなんと8時間もある。不眠解消法としてメトロノームをゆっくり鳴らすという方法があると聞いたことがあるが、神経科学者の助言を得て作られたというこの作品は、BPM40、人間の心拍よりもゆっくりなテンポで進んでいき、ベースラインは少しずつ下降していく(ちなみに、わたしが大好きな曲のひとつにバッハの「ゴルトベルク変奏曲」があり、バッハは不眠に悩む知り合いの伯爵のためにこの曲を書いたそうだが、この曲もゆっくりなテンポで、ベースラインがだんだん下がっていく)。
元・即寝人間としてはすぐに寝られなくなってしまったことはちょっと寂しい気もするけど、眠りにつくまでの時間が長くなった分、ゆっくりと意識が沈んでいく感覚を味わえるようになったと考えれば、それも悪くないのかもしれない。今や隙あらばスマホやパソコンから情報を得ようとしてしまう私たちだけど、自分の身体からの情報を聴く時間も大切だなと思うし、眠りというものを捉え直すきっかけとして、日曜の夜にぜひ。
アルバム『Sleep』収録。
作曲家、ヴォーカリスト、ピアニスト 小田朋美
